新入生
サラスティナ魔法学園。
それは魔法使いの中でも、トップクラスで優秀な者のみが入学を許される、国内最高峰の魔法学園。
その学園の門を、一人の少年がくぐる。
少年の名はイース・トリュウ。
狭き関門を突破し、今日から正式に学園の生徒となる金の卵。
「少し早く着き過ぎたか……」
イースが入学前に渡された紙には、10時から入学式の案内が始まると記載されていた。
しかしながら、今現在の時刻は8時30分。
さすがに早すぎたと後悔する。
「もしかしなくても新入生よね? まだ入学式まで時間があるわよ」
これからどうしようか、そう考えていたイースに声がかかる。
声をかけた女性は学園指定の制服を着ているが、イースのものとは所々違いがある。
まずは制服のネクタイ。
男女と共にネクタイ着用がルールなのだが、ネクタイの色は学年ごとに違う。
1年が黄色、2年が青色、3年が緑色、4年が赤色。
女性のネクタイは赤色。
そして胸元には、生徒会所属を示す校章の入ったバッジがつけられていた。
「すいません、少し不安だったもので。もしかして生徒会の方ですか?」
「ええ、生徒会長のエマ・フォレストよ。よろしくね、新入生くん」
「イース・トリュウといいます。よろしくお願いします、エマさん」
愛想よく優しそうに笑うエマに、イースも挨拶を返す。
「ごめんなさい、まだ準備のほうができてなく」
「いえ、早すぎた自分に問題があるので」
「入学初日なんだから、心配で早く来るなんて当然のことだわ。そうね……」
エマは少し考えこむと、手をたたいて何かを思いついたように口を開く。
「もしよかったら、時間まで敷地内を見学してみるのはどうかしら?」
「いいんですか?」
「ええ、残念ながら私は準備があるから案内してあげられないけど」
「そこまで好意に甘えるわけにはいきませんよ」
「じゃあ10時までには、また門の前に戻ってきてね。あ! それと……一般生徒立ち入り禁止って書かれてるところには絶対入らないこと!」
今まで穏やかな態度でイースに接してきたエマだったが、急に鬼気迫る表情で忠告する。
「いい? 入学初日に入院なんてことになりたくなければ、絶対に近寄らないこと」
「……わかりました」
イースはその鬼気迫る迫力に押され、疑問も何も口にすることができずに了承する。
了承の言葉を聞くと、じゃあと言ってエマはその場を離れていく。
なぜそこが立入禁止なのか?
なぜ入院することになるのか?
いくつかの疑問が残ったが、エマの申し入れは素直にありがたかった。
早くに到着したことを、むしろラッキーだったと考えながら学園内を歩いていく。
ちらほらと生徒はいるが、みな何かしら忙しそうに準備をする上級生。
30分ほど歩いたころ、やっと同じネクタイの色をした生徒を見つける。
風に舞い散る桜を見上げ、静かにたたずむ少女。
真っ赤に燃えるような赤色の髪をなびかせ、ただ立っているだけ。
にもかかわらず、そこだけ世界が切り離されたような、そんな感覚をイースは得る。
声をかけるのも忘れ、ただその姿に見とれてしまっていた。
「初めて私と同じ1年にあったよ。君も早く着き過ぎてしまった口?」
イースはその少女から声をかけられてやっと、自分が見とれてしまっていたことを自覚する。
そしてイースは気づく、その少女の正体を。
イースに与えられた任務にも、深くかかわりがある少女の名は――
「こうして出会ったのもなにかの縁だし、自己紹介しておこうかな。知ってるかもしれないけど、私の名はカナン・ヘルト。よろしく」
ーーーーーー
その後、イースはカナン・ヘルトとニ、三言だけ話した。
イースも自分の名を伝え、学園内を歩いていた経緯を話したくらい。
この機会に仲良くなっておきたい――そう考えていたイース。
ところが準備があるからといって、カナンはすぐにそこから離れてしまった。
まあまだチャンスはある、そう考え切り替えることにした。
その後もしばらく学園内を歩き、10時まで残り10分ほどという時間で、元の場所へと戻った。
そこで入学式の行われる場所へと案内され今現在、イースは会場内の席に座っている。
1000人近くを収容する会場ということもあって、その光景は圧巻だった。
そもそもイースにとって、同世代のものが大勢いるという環境が初めてのため、少し気後れしてしまう。
もともと知り合いだったのか、それとも今仲良くなったのか?
周りにはさっそく、友人同士で和気あいあいとおしゃべりをしているグループもいる。
友人の作り方など知らないイースは、周りの集団とは少し離れた場所で一人ポツンと座っている。
特にやることもなかったため、ボーっと入学式のプログラムを眺めていると、隣の席に一人の少年が近づく。
「ここ、座ってもいいか?」
イースに話しかけてきたのは、茶髪の朗らかそうな少年。
特に断る理由もないため、イースは了承する。
「かまいませんよ」
「サンキュー、てかお前も1年だろ? ため口でいいよ、ケイ・シロバだ。よろしくな」
「イース・トリュウだ。よろしくな、ケイ」
にっこりと笑いながら隣の席に座るケイ。
とても話しやすい少年だったため、ひとまずイースは安心するが、1つ疑問が残る。
なぜ――
「なんで俺に話しかけたんだ?って顔だな」
まるで心を読んだかのごとく、イースの疑問をピタリと言い当てる。
「別に大した理由じゃないさ。単純に友達を作りたかっただけだよ」
「なるほど、野暮な疑問だったみたいだ」
「というわけで、親交を深めようぜ。クラスは?」
「Aだ」
イースが先ほど張り出されていた自分のクラスを伝えると、ケイは驚きの表情を浮かべる。
「どうしたんだ?」
「いやいやいや、Aクラスっていやぁエリート中のエリートじゃねえか! 1000人近い新入生の中でも、特に優秀な40人だけが選ばれるクラスだぞ!」
「そう言われると少し照れ臭いな……ケイのクラスは?」
「Cクラスだ。俺の成績は入学できて万々歳ってレベルだからな。無事卒業して、どっかの気前のいい貴族様に雇ってもらうのが目標だ」
「もう夢があるのか、いいな」
「そうか? そんなカッコいい夢でもないだろ。まあ少しでも就職を有利にするために、入学前から貴族に関する情報を集めまくってんだ。それ以外にもいろんな情報集めてるから、聞きたいことがあったら何でも聞いてくれていいぜ」
「それは助かる。ド田舎出身であまりその手の情報に詳しくないんだ」
「俺のほうも魔法のコツとかいろいろ教えてくれよ。Aクラスのエリート様」
ケイの話し方がうまいためか、あまりしゃべるのが得意でないイースもすらすらと言葉が出てくる。
つい最近、同じような感覚を味わったなと、祭りの日にあった女性のことをイースは思い出す。
そうしてしばらく話していると、いつのまにか周りの席はほとんど埋まっていた。
「お、そろそろ始まるみたいだぜ」
ケイの言葉にイースは前を向くと、壇上には今朝会った生徒会長の女性が立っていた。
その生徒会長が開会を宣言し、学園関係者の挨拶が続く。
その後これといってトラブルもなく、式はつつがなく進んでいく。
『新入生代表挨拶』
いくつかのプログラムをこなした後、そのアナウンスが流れると、壇上に一人の女子生徒が登る。
それと共に、会場にいた多くの新入生から歓声のような声があがる。
「見ろよイース。本物の英雄様だ」
ケイに言われるまでもなく、イースの視線は壇上に釘付けになっている。
今朝その姿を見た時よりも、圧倒的な存在感を放っているように感じられた。
『新入生代表、カナン・ヘルト様』
すでに英雄として名高い少女。
伝説を撃ち落とした魔女。
魔人復活という暗い影が迫るシール王国において、その身をもって希望を照らす少女が立つ。
「いいぞ!カナン!! お前が一番かわいいぞ!!!」
イースたちのいる場所からはかなり距離のある場所。
そこから声援のような透き通る声が響く。
新入生代表挨拶前の声援としては、完全に場違いな声援と言ってもいいだろう。
「おいおい、ありゃ保護者席のほうだな。興奮したバカが叫んじまったのか? しかもおもいっきり呼び捨て」
あきれるようにつぶやくケイ。
イースも顔をそちらに向けるが、叫んだ主の顔は見れなかった。
とはいえ、それほど興味があったわけでもないため、すぐに視線をカナンの立つ壇上のほうへと向け直す。
「しかしなんで貴族枠を使わずに、一般枠で入試を受けたんだろな?」
「貴族枠?」
ケイのつぶやいた疑問に、イースは前提から疑問を持つ。
「知らないのか? 俺たちのような一般市民が受ける入試とは別に、貴族には貴族枠ってのが用意されているんだ。一応面接はあるが、実質試験免除みたいなもん。うらやましいよな」
「そんなものがあったのか。じゃあなぜカナン様が一般での入試だとわかったんだ?」
「新入生代表挨拶できるのが、一般入試の主席だからだよ。学園での正式な決まり事だからな、例え王族が1年生にいたとしても例外は無しだ。まあけど、力を誇示したい貴族が主席を狙って、一般で試験を受けるってのはよくある話だけどな」
「今さらカナン様の実力を疑うやつがいるとも思えないが」
「だからこそ謎なんだよな~。セーヤ様もトーヤ様も普通に貴族枠で入学してたんだぜ」
結局、二人にはそれ以上議論を進めることはできなかった。
二人が話している間にも、カナンの挨拶は進んでいく。
すでに挨拶は終盤へと差し掛かったていた。
『最後に、これは私事になりますが。世間で私がどのように呼ばれていようとも、学園内では共に研鑽を重ねる同士です。一人の仲間として、一人のライバルとして、一人の友として。ここにいる者たちと歩んでいけたらと、考えています。新入生代表、カナン・ヘルト』
挨拶の終了と共に、惜しみない拍手がカナン・ヘルトへと送られる。
もちろん、イースとケイも惜しみない拍手を送る。
「やはり妹から接触していくのが速いか……」
イースがポツリとつぶやいた言葉は、拍手の音に掻き消された。
この日の晩、とある貴族の屋敷で、妹に半殺しにされた少年がいたそうないなかったそうな。
悪いなトーヤ!この章の主人公お前じゃねーんだ!!
というわけで5章です。




