建国祭 sideトーヤ
さて、ギャーギャーうるさいクソ王女もいなくなったわけだし。
こちらも改めて祭りを楽しむとしますか。
「お、トーヤ様じゃないですか。奇遇ですねえ」
席を立とうとした俺に声をかけてきたのは、どこかちゃらんぽらんそうな見た目の男。
俺の所有している屋敷の管理を任せているフーバーだった。
前までは年に数回会う程度だったが、最近はその屋敷をよく使用しているため、頻繁に顔を合わしている。
「ようフーバー、お前も来てたのか。ラシェルは来てないのか?」
「ええ、なけなしの勇気を振り絞って聞いては見たんですがねえ……さすがに幻術が使えるとはいえ、人混みは危険だからって断られちまいましたよ」
別に勇気を振り絞るような事でもないだろ。
まあラシェルが来れないのも無理はないか。
公式には死んだ人間だからな。それもテロリスト。
「それで、一人寂しく楽しんでるってわけか」
「いいんですよ、裏の世界で生きてきた俺が、こうやって祭りに堂々と参加できるだけでも幸せなんすから。というか、それを言っちゃあトーヤ様だって一人じゃないですかい」
「まあな」
そりゃ俺だってできりゃあ婚約者のラミアや、妹のカナンとかと一緒に祭りに行きたかったさ。
つっても建国祭の日なんて、上流階級もパーティーだったりなんだりで忙しいからな。
俺も本来なら参加しなきゃいけない立場なんだが、『連れていくとなにしでかすかわからない』と言われ免除されている。
自分で蒔いた種とはいえ、信頼低いな俺。
「なら寂しいもの同士、二人で回るか。今日は全部おごってやるよ、いくらでも好きなもんかっていいぞ」
なんせ国の経費で落ちるからな。
「お、ラッキー! ごちになりまーす」
こうしてフーバーと二人で回りながら、しばらくたったころ。
「トーヤ様……俺、結婚したいんすよ」
なんか言い出した。
「唐突だな」
「いや、ずっと思ってたんです。俺にとっての幸せって、多くの人間が当然のように享受する幸せを享受すること。だから俺も結婚して、幸せな家庭を築きたいんすよねえ」
「お見合い相手でも紹介してやろうか?」
「いや、それはいいです。まともに話せる気がしないんで」
どうしろってんだよ。
「お前なあ、女と顔合わせて話すこともできないやつが、結婚なんてできるわけねえだろ」
「わかってはいるんですけど、どうしても変に意識しちゃうんですよねえ」
この万年思春期が。
「よし、フーバー。俺がお前の女に対する苦手意識を克服させてやる」
「ほんとですか!?」
「ああ、やっぱ雇い主として、部下を幸せにする義務があるからな。お前にとっての幸せ、俺が叶えてやるよ」
そう言いながら、俺はフーバーの肩に手を置く。
「トーヤ様……」
俺はな、なんだかんだ言ってお前を信じてるんだぜ。
お前ならきっと――
「というわけでフーバー……ナンパしろ」
面白いものを見せてくれるってなぁ。
というわけで、フーバーにナンパすることを強要し、俺はそれを少し離れた路地裏から観察する。
これでもかというほど嫌がったフーバーだが、簀巻きにして元の組織に放り返すぞ、と脅したら渋々ながら覚悟を決めた。
しかたないんだフーバー、もはやお前には荒療治しかない。
おっと、どうやらさっそく行くようだ。
フーバーが意を決したような顔で、一人で歩く女性に声をかける。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
『あ』しか言えてねえ。
嘘だろ、ここまでひどい?
声をかけられた女性は怪訝な顔をして通り過ぎていく。
「トーヤ様……やっぱ俺には無理でさぁ」
こいつ、一人目で早々にあきらめて帰ってきやがった。
「落ち着け、まだ1回目だ。いいか、そもそもナンパなんてそう成功するもんじゃない。初心者なら1000回ナンパして1回成功すればいいってくらいの気持ちでいろ。お前はそこまで顔は悪くないんだ、自信を持て」
落ち込むフーバーを励まし、もう一度送り込む。
まあ別に成功する必要はない。
あくまで女性とまともに話ができるようになるのが目標だ。
その後、フーバーは何度か声をかけようと奮闘するも、やはりまともにしゃべれない。
聞いた中で一番流暢に話せたのが、こんにちはの5文字だ。
俺のことじゃないのになんか泣きたくなってきた。
「相手を女と考えずに、男友達だと思ってそのノリで話しかけろ。男友達じゃなくてもいい、自分が緊張しないものだと思い込むんだ。お前が一番気兼ねなく接することのできるのはなんだ?」
「……死体?」
その答えはどうなんだと、喉から出そうになった言葉を飲み込む。
「じゃあもう死体でいい。相手を死体だと思って話しかけるんだ」
「ああ、それなら……昔はよく死体に話しかけてたし」
どこか遠いところを見ているような、うつろな瞳でフーバーはつぶやく。
やべえな、これもしかしてトラウマほじくってないか?
ぶつぶつ言いながらも、フーバーはナンパを再開しに行く。
自分で言いだしといてなんだが、さすがにかわいそうになってきた。
これ以上傷口を深くしないよう、そろそろ終わりにしてやるか。
次、話しかけてダメだったら終わりにしよう。
そう考えていると、フーバーは目標を定めたようで、ある女性のもとへと近づいていく。
話しかけようとしているのは、黒髪をポニーテールにした女性。
凛とした表情で、何かを探すようにきょろきょろと首を振りながら歩いている。
ツエルやん……
学園に通う際の俺の護衛兼付き人であり、よーく知った顔だった。
もしかして、屋敷から抜け出した俺のこと探してるのか?
だが、そんな事情を知らないフーバーはナンパを開始する。
「あ、お、お嬢さん、なにか、探し物? よかたたら、俺も、探してあげよか?」
おお! まだひどいが今までよりも大分いい感じだ。
話しかけるきっかけとしても、まあまあまあまあ。
このまま――
「余計なお世話という言葉、知っていますか?」
「……はい」
おぅ……
予想外の辛らつな言葉に、力なく返事することしかできないフーバー。
「ではその言葉が自らに当てはまることも理解できますね?」
「……はい」
それだけ言うと、ツエルはその場を去っていく。
「あの女、死体より冷たい……」
膝を抱えながら顔を伏せるフーバー。
相当なショックを受けているようだが、小粋なジョークがいえるなら大丈夫そうだ。
「まあありゃ相手が悪かった、気にするな。あいつには、他人にもっと優しくしてやれって俺から言っといてやるから」
「そうしてくだせえ。ありゃゴミクズを見る目でしたよ」
ゴミクズて。
「やっぱ俺にはナンパは……ってありゃ?」
「どうかしたか?」
顔を上げたフーバーが、俺の顔、正確に言えばその少し上の頭を見て不思議そうにする。
「いや……髪染めの魔法が解けてるんで」
「なに!?」
俺は傍にあった窓ガラスの反射で、自分の髪を確認する。
染めていたはずの色がすっかりと落ち、本来の黒色に戻っていた。
あいつ、朝早くに起こしてやらせたとはいえ、適当な仕事しやがって。
「まあなんにせよ、表通りにいるときじゃなくてよかったじゃないですか。もしそうなら大騒ぎでしたよ」
「不幸中の幸いか」
と思ったのも束の間、狙いすましたかのように路地裏の奥から人のやってくる気配がした。
「あー……どうします?」
「表に出るよりここにいた方がましだろ。あまり騒がないでくれるといいんだけどな」
しばらくすると、路地裏から一人の少女が歩いてくる。
茶髪の髪を無造作に腰のあたりまで伸ばしており、くるくるとしたくせ毛が特徴的で、まだ年齢が二桁にも達していなさそうな少女。
そんな少女が俺のほうを見ると、信じられないものを見たというような顔になる。
くそっ、ガキならもしかしたら、俺のことを知らない可能性もあると思ったんだが。
この顔じゃ望み薄だな。
「嘘……」
それどころか、感極まって涙すら流しそうになる。
いくらなんでも大げさだろ、まるで100年ぶりに思い人にあったような表情だ。
「ねえ……オーヤさんだよね!? 『そうだよ! 間違いなくオーヤさんだよ!』」
……マヤにお土産でも買って帰るか。
なんだかんだで今年は見逃してくれたしな。
「トーヤ様、今この子オーヤって――」
「言ってない」
「いやでも……」
「言ってない。お前の聞き間違えだ」
「やっぱりオーヤさんだよ! 『うん、そうだよ、メガネかけてるけどオーヤさんに間違いないよ!』だよね、オーヤさんの顔を間違える筈ないもん! 『昔より少し若いけどオーヤさんだよ!』」
「いや、間違いないでしょ。連呼してますよ」
「まだ小さいからな。トの発音が上手くできないんだろ」
そうだ、そうに違いない。
もしくはこの子は単純に勘違いしているだけだ、トーヤとオーヤを。
だから決して、500年前の初代ヘルト家当主、オーヤ・ヘルトとこのガキが関わっていたなんて事実、存在するはずがない。
「覚えてないですか!? 500年前にオーヤさんに助けてもらったシルエです! 『そうです!カーグ・ダルニアスの娘、シルエ・ダルニアスです!!』」
『シルエ・ダルニアス』
その名を聞いたとき、俺は諦めた。
そして同時に理解した。
厄介ごとが、俺に向かってダイビングヘッドしてきたのだと。
シルエ・ダルニアスの名前は、第66話「カーライ・テグレウ」にちょこっと出てます。




