剣聖
建国祭
名の通りシール王国の建国を祝う祭りであり、王都でこれでもかというほど盛大に行われる。
多くの屋台が立ち並び、国中から人が集まる国内最大級の行事。
なかでも、特に多くの屋台が立ち並ぶ王都の中心街。
その休憩所で椅子に座る一組の男女。
思い人と祭りを楽しむ人間も多いため、その光景自体何もおかしいことではない。
その男女がシール王国において、トップクラスの権力者でなければ。
「なんでツエルを連れてきてくれないんですか。ツエルとお祭りデートができると楽しみにしていたのに……ああ、テンションだだ下がりですよ……」
「テンション下がるのは俺だっつうの。せっかくの祭りだってのに、一緒にいるのがこんなバカ姫なんだからよ」
「はあああ? なんのためにあなたを呼び出したと思ってるんですか。ツエルのいないトーヤなんて、魔力のないヘルト家の人間と同じですよ」
「俺じゃねえかぶっ殺すぞ。呼び出しガン無視してやったのに、待ち伏せまでしやがって……」
めでたい祭りの日だというのに、あふれ出る不機嫌さを隠そうともしない二人。
そんな二人を恐れ、周りのものは二人の座る椅子から一定の距離を保っている。
にもかかわらず、躊躇なく二人に近づく人物がいた。
「お久しぶりですね、トーヤ様。五年ぶりでしょうか」
敬語ながらも、どこか親しさを感じさせるようにトーヤに話しかける。
腰に剣を携え、祭りを見回る警備兵の服装に身を通している。
まさに優男といった見た目をした成人男性。
その人物を見て金髪のトーヤは、これでもかというほど顔をしかめる。
「まさか髪の色を変えて、メガネをかけただけで人の顔を見間違うと思いましたか? 僕の目はそれほど節穴じゃありませんよ」
「ダマレ、オレ、オマエ、キライ」
「いやガキですかあなた」
あまりの挙動の不振さに、ついリリーは口をはさむ。
それによって、男は気づいたようにリリーのほうに向き直す。
「ああ、このような美しいレディに挨拶もなしに申し訳ない。ダルク・アーサリーと申します」
『ダルク・アーサリー』――その名にリリーは聞き覚えがあった。
いや、聞き覚えなんてものではない、明確に知っていた。
むしろシール王国において、その名を知らぬ者はいないであろうほどに知れわたるその人物は――。
「――剣聖」
息を漏らすようにその単語をつぶやくリリー。
剣聖
それは強さの象徴。
20万人を超える王国兵士において、もっとも優秀な人物に送られる称号である剣聖。
兵士ならば誰もが憧れるその称号を、最年少で獲得した人物。
それがダルク・アーサリー。
「おや、僕のことをご存知とは。身に余る光栄です」
そう言ってひざまずき、リリーの手の甲に唇を落とす。
その一連の所作には、不自然さのかけらもなかった。
「あら、こんなことされたのは初めてです。なんだかくすぐったいですね……剣聖様はどこか手慣れているようですけど」
「これは手厳しい。しかし僕にとって女性とは敬意を払うべき存在なので」
「素晴らしい心がけだと思います。約束をすっぽかそうとするどこかの貴族様と違って」
「それはいけませんね。繰り返しますが、このような美しい女性との約束をたがえるなど。『歩く太陽』と称されるリリアーナ様にも匹敵する美貌だというのに」
「まあ、お上手なんですから。あの美人で奥ゆかしくて才能あふれるリリアーナ様と比べるだなんて」
一連の会話を聞いていたトーヤは、その間ずっと顔をしかめていた。
もうこれでもかというほどしかめていた。
それは剣聖・ダルクの歯の浮くようなセリフに対してか。
それとも、普段よりも三段階ほど声のトーンが高いリリーに対してか。
「んで、お前は何しにきたわけ? つかなんで剣聖のくせに警備なんて下っ端の仕事してんだよ」
「その答えは両方とも同じですよ、トーヤ様。
デクルト山では弟子がお世話になりました、心からの感謝を」
腰を折り、感謝の意をトーヤに示す。
ただそれだけの行為にも関わらず、周りにいた人間も目を引かれる。
絵になる光景――そんな言葉を多くの者が思い浮かべた。
「ああ、インと一緒に黒竜と戦った兵士のことか……そういやそんなこと言ってたな」
「はい、そのことでもっと早くに伝えたかったんですが、剣聖とはいえ一兵士。一躍時の人となったトーヤ様に会う機会もなく」
「まさかそれが警備に入った理由か?」
「ええ、ちょうど人手不足ということもありましたし。トーヤ様なら数年前とおなじく、お忍びで祭りに参加しているだろうと思いまして」
『数年前』――その言葉を聞いた瞬間、元に戻っていたトーヤの顔がまたしかめっ面に戻る。
「そんなに睨まずとも、もう昔のようなマネはしませんよ。トーヤ様はもう子供ではありませんから。それでは、引き続き警備があるので私はこれで」
そう言って、剣聖はその場を離れていく。
「なるほど、城の使用人が剣聖に対してキャーキャー言うのも頷けますね。嫌味さを感じさせることなく、あんなセリフをポンポン吐くんですから」
被っていた猫をぶん投げたリリーは、声のトーンを普段のものにして話す。
「ま、箱入り娘なら簡単にコロッといくだろな」
「……気づいていたと思います?」
「どうだろうな。少なくとも確信を持ってなかったから、鎌をかけてきたんだと思うが」
女性を褒める際、あえて別の女と比較した剣聖。
二人は怪しみながらも、おそらくバレていると確信を持つ。
「剣聖はよく父の護衛をするらしいんですよね。今日のことを伝えられると監視の目が厳しくなるかも……」
「……インを使って伝えるのもありか? いや、親父伝いで――」
むしろ大歓迎とばかりに、王女の非行を王に密告する作戦を練りだすトーヤ。
「もしそんなことすればあなたの足の骨を親指だけ残して粉砕しますから」
「なにその親指に対する慈悲」
「それより、あなた剣聖と知り合いだったんですか? しかもかなり親しいようですけど」
「……まあ、ちょっと昔にな――」
というわけで次回過去編




