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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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婚約者


「本来なら最初は保護者も交えての話になるが、生憎ホクトくんが仕事で忙しくてね。どうだろう? いきなりだが本人同士で仲を深めるのは」


「俺はかまわねえよ」


「私もそれで大丈夫です。おじいさま」


 その方が手っ取り早くて助かる。

 いきなり二人きりにされても、問題なく会話を続けるなんてわけないことだ。

 一瞬、ラミアが俺の言葉遣いに驚いたようなそぶりを見せたが、すぐに笑顔に戻ったことから、ある程度グロウルに俺の本性を聞いていたことが予想できる。

 

「ではそうしようか。年寄りは退出させてもらうとしよう」


 そう言って、グロウルは部屋から出ていく。

 壁に並んでいた使用人たちも気を使って部屋から出ていった、のだが――


「……」


「……」


「お二人ともどうしたんですか? さっきから無言で。ああ、やはりいきなり二人きりというのは恥ずかし――」


「いや、お前も出ていけや。なに当然のような顔して残ってんだ」


「いえ、私には婚約者チェックを行う義務がありますから」


「ねぇよ!」


「婚約者チェック……?」


「何でもないから! 気にしなくていいから!」


 あどけない声で不思議そうな顔をするラミアに、俺はあわてて気を逸らさせる。


「とりあえずマヤ(これ)はほっといていいから。口汚い言葉ばかり発する魔獣だとでも思えばいい」


「は、はあ……」


 あきらかに困惑しているが仕方ない。

 甘い雰囲気までいかずとも、お互いに好印象を持つような雰囲気には持って行かなければ。


「まあ変な形になっちまったけど、とりあえずよろしくな、ラミア」


「こ、こちらこそよろしくお願いしますトーヤ様! トーヤ様のような方と婚約できてとても光栄です」


「おだてかたが露骨ですね。マイナスっと」


「そんなかしこまるなよ。婚約者同士なんだから、二人のときは気軽にしよう。呼び方もトーヤでいい」


「そんな、いくらなんでも呼び捨ては……せめてトーヤ……さんで」


「ん、まあいいか」


「トーヤ様からの申し出を断るとは……とんだ不届きものですね。これは大きな減点対象っと」


「帰れぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 いやもうほんと帰って!

 お金ならいくらでもやるから!


 これじゃ甘い雰囲気どころか、婚約破棄一直線だわ。


「どうしたんですトーヤ様? いきなり叫ぶからラミア様も驚いているじゃないですか」


「いやあきらかに俺のせいじゃねえよ。何か言うたびに口挟む魔獣がいたら、そりゃ困惑の一つもするわ」


「そう、私は恋の魔獣……」


 ……もう、しんどい。

 本気でこいつ解雇できないかな。

 帰ったらセーヤに相談しよう。


 

 ところで、ラミアからみた俺の印象は今どうなっているのか?

 まあ今までのことを鑑みれば……“婚約者との初対談に、口うるさい姑みたいな女連れてきた男”

 

 だめだ、色々と最低すぎる。

 初デートに母親連れてくるやつ並みに最低すぎる。

 逆の立場なら、もうすでに机をひっくり返して部屋から出ていっている。


 これここから挽回することできるか?

 なんにせよ、後ろにいるマヤ(バカ)の排除は最優先事項なわけだが。


「あ、あの……トーヤさん」


「……なんだ?」


 改めてラミアと向き合うと、ラミアは覚悟を決めた眼で俺に何かを伝えようとする。

 何を言われるかは大体想像できる。

 婚約の話はなかったことに……なんて言われても受け入れよう。

 ここまでの醜態をさらせば仕方ない。


「そちらの使用人の方なんですけど、もしかして――


 

 愛人だったりします?」


「それはない」


 前言撤回、まったく想像できなかった。


 待って、え、愛人?

 なんでその発言に至った?

 今の流れでなして愛人?


 反射で返事はしたが、俺の頭はパニック状態だった。

 

「そ、そうなんですか。いえ、その……お二人の会話はケンカしているように見えて、深い信頼関係のようなものを感じたので。もしかすると、深い仲なのかと勘違いしてしまって……」


 ラミアは少し照れ臭そうに、愛人という発想に至った経緯を話す。


「当然です。私とトーヤ様の主従関係は10年を越えます。小さい時から食事やお風呂、着替えなど様々なお世話を私が一手に担っており――」


 新しい使用人が任命されるたびに、お前がいびって辞めさせるからな。


「トーヤ様のことは体の隅々まで知り尽くしております。もちろん○○○の形も」


 止まんねえなこいつ。

 そこまでして破談に持っていきたいか。

 ほら見ろ、急に下品な発言するからラミアが顔真っ赤にしてるじゃねえか。

 

「お、お○○○の形まで……」


 ラミアさんや、『お』を付ければなんでも上品な言葉になるわけじゃないぞ。


「私とトーヤ様の関係は未来永劫、切れるものではありません」


 今まさにどうやったら解雇できるか考えてるけどな。


「とても、信頼し合っているのですね…………でも、よかったです、、、愛人の方とかじゃなくて」


 婚約者と初めての対面で愛人連れてくるやつとか、いたら見てみたいわ。

 そいつの心臓は黒竜の鱗でできてるに違いない。


「もし、愛人の方だったら、その、とても美しい方なので……かなわないなと……思いまして」


 手で口元を隠しながら、顔をこれでもかというほど赤くしてラミアが言う。


「……」


「……」


「……」


 ビリイイイという、紙が破れる小気味良い音が背後から聞こえる。

 振り返ると『婚約者チェックシート』なるものが真っ二つに割かれていた。


「とてもいい子じゃないですか。結婚しちゃいましょうこの子と。もう明日にでも式上げちゃえばいいんじゃないですか?」


 手のひら返しがすごい。

 手首が心配になるほどに。


「どうでしょう。ここからは二人きりで庭の散歩でもしてきては?」


 ……もう何も言うまい。


「じゃあそうするか。雪の庭園ってのも乙なもの――いてっ」


「どうしました? トーヤ様」


「いや、ちょっと机の角で指に傷ができちまったみたいだ」


 そう言って俺は、指の傷を二人が見えるようにする。

 人差し指から血が滴り、机にぽたりと落ちる。


「っ!――治療できるものをすぐに呼んできます! それと、私は準備のほうがありますので、先に庭に出ていただいてかまいません」


 そう言いながらラミアは慌てて部屋を出ていく。


 こんなかすり傷であそこまで慌ててくれるとは。

 ほんと、俺にはもったいない相手だ。


「トーヤ様」


「どうした?」


「何を確かめたん(・・・・・)ですか? 自分で(・・・)傷をつけてまで」


「さあな」


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