婚約者
「本来なら最初は保護者も交えての話になるが、生憎ホクトくんが仕事で忙しくてね。どうだろう? いきなりだが本人同士で仲を深めるのは」
「俺はかまわねえよ」
「私もそれで大丈夫です。おじいさま」
その方が手っ取り早くて助かる。
いきなり二人きりにされても、問題なく会話を続けるなんてわけないことだ。
一瞬、ラミアが俺の言葉遣いに驚いたようなそぶりを見せたが、すぐに笑顔に戻ったことから、ある程度グロウルに俺の本性を聞いていたことが予想できる。
「ではそうしようか。年寄りは退出させてもらうとしよう」
そう言って、グロウルは部屋から出ていく。
壁に並んでいた使用人たちも気を使って部屋から出ていった、のだが――
「……」
「……」
「お二人ともどうしたんですか? さっきから無言で。ああ、やはりいきなり二人きりというのは恥ずかし――」
「いや、お前も出ていけや。なに当然のような顔して残ってんだ」
「いえ、私には婚約者チェックを行う義務がありますから」
「ねぇよ!」
「婚約者チェック……?」
「何でもないから! 気にしなくていいから!」
あどけない声で不思議そうな顔をするラミアに、俺はあわてて気を逸らさせる。
「とりあえずマヤはほっといていいから。口汚い言葉ばかり発する魔獣だとでも思えばいい」
「は、はあ……」
あきらかに困惑しているが仕方ない。
甘い雰囲気までいかずとも、お互いに好印象を持つような雰囲気には持って行かなければ。
「まあ変な形になっちまったけど、とりあえずよろしくな、ラミア」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますトーヤ様! トーヤ様のような方と婚約できてとても光栄です」
「おだてかたが露骨ですね。マイナスっと」
「そんなかしこまるなよ。婚約者同士なんだから、二人のときは気軽にしよう。呼び方もトーヤでいい」
「そんな、いくらなんでも呼び捨ては……せめてトーヤ……さんで」
「ん、まあいいか」
「トーヤ様からの申し出を断るとは……とんだ不届きものですね。これは大きな減点対象っと」
「帰れぇぇぇぇぇぇぇ!!」
いやもうほんと帰って!
お金ならいくらでもやるから!
これじゃ甘い雰囲気どころか、婚約破棄一直線だわ。
「どうしたんですトーヤ様? いきなり叫ぶからラミア様も驚いているじゃないですか」
「いやあきらかに俺のせいじゃねえよ。何か言うたびに口挟む魔獣がいたら、そりゃ困惑の一つもするわ」
「そう、私は恋の魔獣……」
……もう、しんどい。
本気でこいつ解雇できないかな。
帰ったらセーヤに相談しよう。
ところで、ラミアからみた俺の印象は今どうなっているのか?
まあ今までのことを鑑みれば……“婚約者との初対談に、口うるさい姑みたいな女連れてきた男”
だめだ、色々と最低すぎる。
初デートに母親連れてくるやつ並みに最低すぎる。
逆の立場なら、もうすでに机をひっくり返して部屋から出ていっている。
これここから挽回することできるか?
なんにせよ、後ろにいるマヤの排除は最優先事項なわけだが。
「あ、あの……トーヤさん」
「……なんだ?」
改めてラミアと向き合うと、ラミアは覚悟を決めた眼で俺に何かを伝えようとする。
何を言われるかは大体想像できる。
婚約の話はなかったことに……なんて言われても受け入れよう。
ここまでの醜態をさらせば仕方ない。
「そちらの使用人の方なんですけど、もしかして――
愛人だったりします?」
「それはない」
前言撤回、まったく想像できなかった。
待って、え、愛人?
なんでその発言に至った?
今の流れでなして愛人?
反射で返事はしたが、俺の頭はパニック状態だった。
「そ、そうなんですか。いえ、その……お二人の会話はケンカしているように見えて、深い信頼関係のようなものを感じたので。もしかすると、深い仲なのかと勘違いしてしまって……」
ラミアは少し照れ臭そうに、愛人という発想に至った経緯を話す。
「当然です。私とトーヤ様の主従関係は10年を越えます。小さい時から食事やお風呂、着替えなど様々なお世話を私が一手に担っており――」
新しい使用人が任命されるたびに、お前がいびって辞めさせるからな。
「トーヤ様のことは体の隅々まで知り尽くしております。もちろん○○○の形も」
止まんねえなこいつ。
そこまでして破談に持っていきたいか。
ほら見ろ、急に下品な発言するからラミアが顔真っ赤にしてるじゃねえか。
「お、お○○○の形まで……」
ラミアさんや、『お』を付ければなんでも上品な言葉になるわけじゃないぞ。
「私とトーヤ様の関係は未来永劫、切れるものではありません」
今まさにどうやったら解雇できるか考えてるけどな。
「とても、信頼し合っているのですね…………でも、よかったです、、、愛人の方とかじゃなくて」
婚約者と初めての対面で愛人連れてくるやつとか、いたら見てみたいわ。
そいつの心臓は黒竜の鱗でできてるに違いない。
「もし、愛人の方だったら、その、とても美しい方なので……かなわないなと……思いまして」
手で口元を隠しながら、顔をこれでもかというほど赤くしてラミアが言う。
「……」
「……」
「……」
ビリイイイという、紙が破れる小気味良い音が背後から聞こえる。
振り返ると『婚約者チェックシート』なるものが真っ二つに割かれていた。
「とてもいい子じゃないですか。結婚しちゃいましょうこの子と。もう明日にでも式上げちゃえばいいんじゃないですか?」
手のひら返しがすごい。
手首が心配になるほどに。
「どうでしょう。ここからは二人きりで庭の散歩でもしてきては?」
……もう何も言うまい。
「じゃあそうするか。雪の庭園ってのも乙なもの――いてっ」
「どうしました? トーヤ様」
「いや、ちょっと机の角で指に傷ができちまったみたいだ」
そう言って俺は、指の傷を二人が見えるようにする。
人差し指から血が滴り、机にぽたりと落ちる。
「っ!――治療できるものをすぐに呼んできます! それと、私は準備のほうがありますので、先に庭に出ていただいてかまいません」
そう言いながらラミアは慌てて部屋を出ていく。
こんなかすり傷であそこまで慌ててくれるとは。
ほんと、俺にはもったいない相手だ。
「トーヤ様」
「どうした?」
「何を確かめたんですか? 自分で傷をつけてまで」
「さあな」




