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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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身から出た錆





 まずい、非常にまずい。


「確かに、こうしてまともに(・・・・)お会いするのは初めてですね。リリアーナ・ガイアスです。よろしく、義弟(おとうと)くん」


 まともに、か。

 だよね。まともじゃない会い方はもうしたもんね。


 やっぱり、まごうことなきリリーだよ、この女。


 見た目が良く心優しい少年がある日、偶然出会った素性の知れないかわいらしい少女。

 二人で祭りを楽しみ、一日中遊び尽くす。

 その後彼女とは、お互い素性をあかさず別れてしまう。

 一日限りの関係だと思っていた。

 しかし数日後、実は彼女は王族であり、兄の許嫁として少年の前に現れる。


 うん、愛憎渦巻くドロドロ展開。どうあがいてもバッドエンドになりそうな気もするが、小説とかじゃありそうな話だ。

 それだけならまだよかった。しかし――


『……いつから気づいていましたか?』


 問題なのはこのセリフだ。


 俺はてっきり冗談に乗っかっただけとばかり思っていた。

 だが、実際はガチの王女様だった。


 あのとき話した内容をあらためて思い出す。


 もし俺の推測が正しければ、王女様は俺のことをこう思っているはずだ。


“相手が王族だと知っていながら不敬な態度をとり続け、酒を飲まし、極めつけに嫌がらせとしか思えないお土産を渡すクソ野郎”


 ちくしょう! なんで俺は激辛まんじゅう(あんなもん)渡してしまったんだ。

 過去の自分に対して往復ビンタしてやりたい!


 こうなったら……まんじゅうのことはしらばっくれよう。

 他のことならまだしも、まんじゅうの件については知らなかったで済ませられるはずだ。


 姫さんのほうはニコニコしていて、何を考えているのかわかりづらい。

 問題は従者の女のほうだ。

 さっきからすげー睨んできてる。

 最初は気のせいかなーとか思ってたけど、やっぱめちゃくちゃ睨んでるわ。

 殺意すら感じる。


「こちらは私の専属使用人のシーナです」


「お初にお目にかかります。シーナと申します」


 俺を睨み続けている女が、リリーの紹介を受けて挨拶をする。

 どうやらシーナというらしい。


 やっぱり王女に劇物渡したことを怒ってんのか?

 だとしたら美しい主従関係だ。

 主のことでそれほどまでの激情を抱けるとは。

 毒味と称して、人の飯を半分以上たいらげるどっかの腐れ使用人にも、ぜひ見習って欲しいもんだ。 


 



 そんなこんなで、シーナが睨んいることもあり、しばらく警戒していたのだが、なんということもなく、当たり障りのない会話が続く。

 まあそりゃ当然か。

 二人きりにでもならない限り、シーナも変な気を起こすことはないだろう。


「――ええ、相変わらず城では行動の自由が無くて」


「仕方ないでしょう。リリアーナ様に万が一のことがあってはいけませんから」


 アハハ、ウフフと笑いあうセーヤとリリー。 

 いつまでこのくだらないイチャイチャ話を聞かされるんだ。

 絶対俺がいる意味ないだろ。帰らせてくれえ。


 暇すぎて部屋を爆発させる妄想が100回目を超えた時、いきなり何かを思い出したようにリリーが声をあげる。


「あっ! そういえば、トーヤくんと話したいことがあるって言ってなかった? シーナ」


 まって。


「はい、トーヤ様もこれから学園に通う予定だとお聞きしていますので、学園についての情報を少しばかりお伝えしたく。できれば二人きりで――」


 まてまてまてまて。


「いや、別に私は……」


「トーヤ」


 丁重に断ろうとしたとき、セーヤから声をかけられる。


 まさか助け舟をだしてくれるのか?

 冷酷非道、血も涙もない、戦闘訓練で人を集中治療室送りにするあのセーヤが。

 訓練の意味知ってる? 死なないために訓練するんだぜ?

 だが今回ばかりは見直したぞ我が兄よ。

 いやまあ当然といえば当然か。

 姫様ほっぽって出ていくなんて、そんな非常識なこと――


「シーナは学園の現役生だ。しっかりと話を聞いてこい」


 ああ知ってた知ってた。

 助け舟どころか船から突き落とされた気分だよ。


「でしたらこちらのお部屋にどうぞ」


 そういって使用人が俺とシーナを部屋に案内する。


 こんなときまでしっかり気の利くヘルト家の使用人を少し恨んだ。






ーーーーーー




 案内された部屋で俺とシーナは二人っきりにされる。

 二人っきりのほうが話しやすいだろうということで、使用人までみんな部屋の外に出て行った。


 別に学園の話をするだけで二人っきりにする必要あるかこれ?

 このままじゃガチで他人には聞かせられないような話することになっちゃうよ。

 こんなときこそマヤの出番だろ。なのにまっさきに出て行ったよあいつ。


「二人っきりとは、都合がいいですね」


 俺が黙っていると、シーナのほうから話をきりだす。

 ほらー! これ絶対にまんじゅうの話だよ!


「王女が城外に無断で外出していた……なんてことがばれると問題ですし、トーヤ様も勝手なお忍びの件、ばれないほうが都合がいいんじゃないですか?」


 シーナが言っているのは、間違いなく祭りの日のことだろう。

 ばれない方が都合がいいというか、全部バレた上にしっかり罰をくらってるんだわ。

 しかも実家の方にまで話が行っちゃったんだよな、これが。

 今頃親父絶対にかんかんだよ。

 分厚い手紙が届くこと間違いなしだ。どうせ読まずに捨てるけど。


「単刀直入に聞きますが、リリアーナ様にはどういったおつもりであの手土産を渡したのですか?」


 おっと、さっそく聞いてきたか。

 まあいい、なんといわれようと知らぬ存ぜぬで押し通す。


「どういうつもりもなにもただの手土産、それ以上でもそれ以下でもありませんよ」


「……本当ですか?」


「本当もなにも、さっきから何が言いたいんですか?」


「…………」


 部屋には軽く緊張感がただよう。

 シーナは怒りを含んだ目で、真っすぐに俺のことを見据える。

 俺のほうは“なんの話してんだ?”という体でとぼけ続ける。



「…………はぁ」


 しばらくの沈黙のあと、先に根負けしたのはシーナのほうだった。

 目を閉じ、ため息をもらす。


「まあいいです。どうせ故意だとしても、話してくれそうにはないですし」


 結局のところ、リリーのほうも非公式のお忍びだったため強くはでれないのだろう。


 ただこのまま兄嫁に恨まれたままっていうのも居心地悪いし、ちょっとリリーのほうがどれだけ怒ってるのか探ってみるか。


「なんのことかわかりませんが……それより、そのお渡しした手土産なんですが、リリアーナ様には喜んでいただけたでしょうか? 私も今回、初めてお忍びで参加したため勝手がわからず、人気のありそうな店の商品を選んだのですが……」


 気に入っていただけたのならいいんですが――――という期待半分、不安半分の表情を俺は意図的に作り、純情少年のような態度でシーナを見つめながら尋ねる。


「~っ!」


 あ、今ちょっと動揺した。ちょろいなこいつ。


「……手土産は、私が姫様からいただきました」


 

 ……あれ?もしかして激辛まんじゅう食ったのこいつ?

 

 …

 ……

 …………よし!


「ああ、そうでしたか。どうでした、お味のほうは?」


「大変おいしかったです。後から姫様がトーヤ様からもらったものとお聞きしました。ありがとうございます」


 そういってシーナは頭を下げる。

 さっきのセリフが“あんな辛いもんに味もくそもあるか! ふざけたもん食わせやがって、ぶち殺すぞ!!”に聞こえたのは気のせいだろうか?

 予想だが、下を向いて見えていないシーナの今の表情は、鬼のような形相に違いない。


 大方、姫様からもらったもんだから食わないと失礼だと思って根性で食ったけど、後からもらったものだと知らされた。

 最初においしいとかなんとか言ってしまったため、後から撤回するわけにもいかず、ぶつけようのない怒りだけが残ったってところだろう。

 

 いやもうほんとごめんとしか言えない。心の中で。


 リリーがあんなにニコニコ笑ってたのは、まんじゅうのことなんて何も知らなかったからか。


「とりあえずこの話はここまでにしておいて、学園の話に移りましょう」


 シーナは下げていた頭を上げて話を切り替える。

 というかほんとにするんだ、その話。


「毎年、貴族平民問わず多くの者が学園へと入学します。しかし今年は特別な年と言っていいでしょう。なにせ、姫様の弟君である第一王子アーカイド・ガイアス様が入学するのですから」


 へえ、聞いてない。


「そのためか、多くの有力貴族のご子息ご令嬢が、アーカイド様に合わせるようにして入学します。さらには貴族以外にも、王国主催の剣術大会で、少年の部において優勝を果たしたグラン。学園の入学試験で平民ながら主席合格のカリナ。他にも名前までは把握していませんが、今年は癖のある人物が多く入学すると聞きます。もちろんすでにお知りになっていることとは思いますが」


 ぜんぜん知らん。


「上級生のほうに関して特筆すべきことは、3年にアルシアス教の聖女様が在籍しているということくらいでしょうか」


 あ、それは知ってる。

 この家で聞いたわけじゃないけど。


 いやちょっといくらなんでも酷くないですかね?

 まったく知らされてないんだけど、そういう情報。

 さすがに王子がいるのを伝えないのはどうよ。

 それを知らずに、王子に対して不敬を働いたらどうするつもりだったんだ。


「最後に一つ、学園には身分を問わず一般教養のある人間が集まっています。しかし学年に3、4人は頭のねじがゆるんでいるものも必ずといっていいほど在籍しています。そういう輩にはお気をつけ下さい」


 まじかよ、確か試験内容に面接試験とかもあったよな?

 なんでそんなやつ入れてしまうかな。


「ではそろそろ私は姫様のところに戻ります。失礼しました」


 そういって、シーナはさっさと部屋の外に出て行く。


 最初はどうなることかと思ったが、なんだかんだ情報もらえたのは助かったな。

 そういう前知識ゼロだったわけだし。 


 しかし、どこにでもヤバいやつってのは存在するもんだな。

 俺の知り合いにも、頭のねじがゆるむどころかぶっ飛んでしまっているやつがいる。

 だからそういう人間のめんどくささは、ある程度わかっているつもりだ。

 まったく、入学前だというのにもう憂鬱な気分になる。





 まあ今から考えてもしかたない。

 久しぶりに一人きりになった俺に、今できる最善のことは何か?

 遊びに行くことだ。







 次の日、兄にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。





ーーーーーー




 

 部屋から出たシーナは、自分が仕えるリリアーナ姫のもとへ足を進める。

 姫のもとへ向かいながら、先ほどまで話をしていたトーヤ・ヘルトという男の印象を思い出す。


 礼儀正しさ、見た目、言葉遣い、細やかな振る舞い、どれをとっても立派な貴族としてのもの。


 シーナが感じたトーヤの印象はそれだった。

 それ故に、事前に姫や自身の弟から聞いていたイメージとは全く重ならず、釈然としない思いに駆られる。


 歩きながら頭を悩ませていると、シーナの進行方向に一人の少女が立っていた。

 自身よりも少し背の低い美しい少女。

 最初こそ、若い使用人かな?――――という考えが浮かんだが、一瞬でその考えを消し去る。

 少女の腰にかけた剣が、ただの使用人ではないということを物語っていたからだ。

 

 (私兵団の人かしら? それにしては若いけど。私と同じか一つ二つ年下ってところだし)


 何をするでもなく、ただ突っ立っているだけの少女を不審に思ったシーナだったが、かといってわざわざ話しかけるほど興味が湧いたわけでもなかったので、特にアクションを起こすことなく少女の横を通り抜けようとしたその時――――


 とんでもないほど濃密な殺気が少女から放たれる。


「なっ!?」


 シーナが発することのできた言葉はそれだけだった。

 足はいつの間にか止まっており、すぐ隣にいる少女のほうを向くことさえ出来なかった。

 顔からは嫌な汗が止まらずにしたたり落ちる。

 心臓を直接つかまれるような嫌な感覚。


「露骨に睨んだり、敵意を向けたり、あまりふざけたことをするな。王族の側近だろうと関係ない。もし次にこのようなことがあれば、私は躊躇なく貴様を斬るぞ」


 声量は決して大きくなかったが、シーナには信じられないくらい重く響いたように感じられた。


 少女は言いたいことを言い終わったためか、歩いてその場を去っていく。


 少女の姿が見えなくなったところで、シーナはその場に崩れ落ちた。

 肩で息をしており、顔はこれでもかというほど真っ青。



 (呼吸が乱れるほどの殺気を受けたのは初めてね……簡単に二人っきりにされたのは、トーヤ様を睨んでいた私の出方をうかがってたってわけか。下手なことしてたら殺されてたな、これ)


「こうも当然のようにバケモンがいるんじゃね……将来英雄家で、姫様の世話をすると思うとゾッとする……」


 



 絞り出したような小さな声は、誰にも聞かれることなく消えていった。  

 激辛まんじゅう

そのあまりの辛さにかつて出店禁止処分を受けたこともある。

現在はギリギリのラインを模索中。


トーヤが敬語を使うときの一人称は私です。



次回からやっと学園に行きます。

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