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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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冷えていく熱と


「――と、これが私の初恋の話です」


「すっごく素敵な話じゃないですか!? それで、その少年には会えたんですか?」


「いえ、残念ながらそれ以降一度も会ったことがありません。パーティーにもできるだけ参加して探したんですが」


「そうなんですか? 偶然その日の生誕祭に呼ばれていただけなんでしょうか?」


 リリアーナ、インの二人が話に花を咲かせる中、トーヤは一人考え事をするように顔をうつ向かせる。


「う~ん、トーヤ様はどう思います?」


 インがトーヤにも意見を求めるが、トーヤの反応はない。


「……トーヤ様?」


「え、なに?」


「トーヤ様はどう思いますかって」


「うん、そうだな、いいんじゃないか」


「いやなんの話をしてるんですか」


 まったく噛み合わない返事をするトーヤ。

 その姿は目に見えて慌てていた。


「しかし名前もわからないんですよね。ヒントが金髪だけとなると……」


「え! 俺は黒髪ですけど! 真っ黒ですけど!」


「別にトーヤ様の髪色は聞いてませんよ。何なんですかさっきから」


「ああ……ちょっと酔いすぎたのかもしれねえ。そろそろ解散にするか」


 唐突なトーヤのその言葉に、インは取って付けたような違和感をおぼえる。

 だが酔いのためか、その理由を考える思考力は今のインにはなかった。


「そうですね、私もお暇させていただきましょう。妹との距離が縮まらなかったのは残念ですが」


 リリアーナの言葉にダヴィが反応し、すぐさまリリアーナの傍まで迅速に近寄る。


「あれ、見送りはなしですか?」


 ソファに座ったままのトーヤを見て、リリアーナは笑いながら尋ねる。


「お~いフーバー、お客様のお帰りだ」


「彼ならさっきまたトイレに駆け込みましたよ」


「……おいイン、お前が――」


「zzz」


「あらら、完全に夢の中ですねこれは」


「……こいつ、ほんのついさっきまで元気だったくせに」


「いいじゃないですか、あなたが見送っておくださいよ。話したいこともありますから」


 リリアーナの言葉に、トーヤは渋々といった顔で立ち上がり玄関まで歩いていく。

 

 

 

 玄関の扉をダヴィが開くと、もうすでに日は暮れ、街灯の明かりのみが辺りを照らしていた。

 さらに空気は冷え切っており、リリアーナの吐息が白くはっきりと見え、小粒ながら雪が舞い始めている。


「初雪ですか……そういえばもうそんな時期でしたね」


「むしろ遅いくらいだろ。うちの方じゃとっくに積もってる時期だ」


「ヘルトの領地は寒い地方ですもんね。ダヴィ、先に門のほうまで行っておいてください」


「わかりました」


 ダヴィは不満を言うことなく、トーヤとリリアーナを二人きりにして玄関から少し離れた門まで歩いていく。


 二人はしばらく何もしゃべらず、降る雪を見つめ続ける。

 先に口を開いたのはリリアーナだった。


「王都の冬は冷え込みますし、雪も積もります。けれどその期間は短い。


 すぐにまた春が来ます」


「そいつは残念だ。冬は嫌いじゃないんだが」


「……本格的(・・・)に動くのは夏前ってところですか?」


「ああ、この冬の間に餌は撒いておく。春ごろには大きく探りを入れてくるはずだ。うってつけのイベントもあるわけだし」


「私はもうそれ(・・)に立ち会えないのが残念です」


 残念といいながらも、リリアーナの表情はどこか楽し気に笑う。


「なに笑ってんだよ」


「いえ、今まで誰かとこうやって対等な立場で協力する――なんてことがなかったもので。何事も初めての経験というのは心が躍るものです」


「それについては同意だな」


「とはいえ、この世界の現状(・・・・・)に不満を持ったのは確かです。腹が立ちましたし、変えるべきだと思いました」


 リリアーナの表情はすでに真剣なものへと変わっており、その瞳には熱がやどる。

 

 そしてまたしばらく無言が続く。

 何をするわけでもなく、視線を交わすわけでもなく、ただじっと雪を見つめる。


 先に口を開いたのは、またもやリリアーナだった。


「では私はこれで、待たせているダヴィに悪いですから」


 そう言って歩き出すリリアーナ。

 そんなリリアーナにトーヤから言葉がかけられる。


「またな」


 たった三文字の短い言葉。

 だが、その言葉を受けたリリアーナはかつての少年(・・)の姿を思い出す。

 自分を変えた、初恋の少年。


 思わずリリアーナは振り返る。

 しかしそこにいるのは、やはり先ほどと変わらず憎たらしい少年。

 初恋の少年とは、自分の好みとはかけ離れた容姿の少年。


 それでも、どこか嫌いになれない少年の姿だった。


「どうかしたか?」


「……いいえ、なんでもありません。また会いましょう」


 リリアーナは、また門のほうに向き歩き出す。

 

 きっと酔いが回っているからだ。

 きっと昔話なんかしてしまったからだ。

 いつまでも初恋の少年を忘れられず、あろうことかトーヤと重ねてしまった自分の女々しさの理由をそう結論付ける。


 こうして二人は再会の言葉を交わし、別れる。

 あの幼き日のように。



ーーーーー



 これは10年近く前。

 とある少年少女が再会の約束をした日の話。

 



 パーティーに参加しなかった少年は悩む。

 どう親に言い訳するかを。


 怒られることはすでに確定。

 それに関しては後悔していない、目的は達成できたのだから。

 ついでに言うなら反省もしていない。


 しかし、ここからの巻き返し次第で説教の長さが変わってくる。

 もっともらしい嘘で誤魔化すか、それとも素直に謝るふりをするか。


 取るべき手段を城の屋根の上で考えていた少年。

 そんな少年に声がかけられる。


「見つけましたよ、トーヤ(・・・)様」


 少年をトーヤと呼び、使用人服を身にまとった少女。

 少女とはいえ、その年齢は17、8ほど。

 トーヤよりも二回りほど大きい。

 

 その少女が、トーヤを抱き込むように背中から手を回す。

 抱き着くというよりも、捕まえるという表現のほうが正しいのかもしれない。

 

「なんだマヤか」


「なんだとはなんですか。トーヤ様のことを思って必死に探したんですよ」


 マヤと呼ばれた少女は、不満げな顔を隠そうともせず表に出す。


「ホクト様がカンカンでしたよ。帰ったら相当きつい……」


 言葉を中途半端なところで止めたマヤは、顔をトーヤの体に近づける。


「どうした?」


「知らない女の匂いがします」


「あ~」


「それもかなり強く、密着していなければつくことのない匂いです」


「それは――」


「私に内緒でどこぞの女を抱きましたね?」


「いや言い方」


「どこの馬の骨ですか?」


「知ら~ん、聞いてないから。でも可愛かった」


 その言葉と共に、マヤの瞳からハイライトが消える。


「そうですか……可愛かったですか……」


「でもマヤのほうがきれいだけどな」


「……将来、刺されないようにしてくださいね」


 手のかかる子を見るような目で、うっすらと笑いながらマヤはトーヤの髪をなでる。

 優しく、慈しみのこもった手つきで。

 

 しばらく髪をなでていたが、とある異変を見つけたマヤはその手をとめる。

 月明かりに照らされることにより、それ(・・)をはっきりと見つける。


「また……黒髪(・・)が増えてますね」


 混じりっけなしであるはず(・・)のトーヤの金髪。

 その髪に含まれる数本の黒髪。

 明らかに、それは異質なものだった。


「親族に黒髪のかたはいませんし、一度医者に診てもらった方がいいかもしれませんね。もしくはホクト様に問い詰めてみるとか」


「大丈夫だってマヤ。きっと何も心配いらない」


 根拠もなく、トーヤは笑う。

 その笑顔を見ると、マヤは本当に大丈夫なんだと錯覚してしまいそうになる。


「……英雄の片鱗とでも言うんですかね」


 ボソッと言葉を漏らしたマヤは、またトーヤの頭をなで始めた。


ちなみに、インの休暇は二日酔いで消滅しました。

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