冷えていく熱と
「――と、これが私の初恋の話です」
「すっごく素敵な話じゃないですか!? それで、その少年には会えたんですか?」
「いえ、残念ながらそれ以降一度も会ったことがありません。パーティーにもできるだけ参加して探したんですが」
「そうなんですか? 偶然その日の生誕祭に呼ばれていただけなんでしょうか?」
リリアーナ、インの二人が話に花を咲かせる中、トーヤは一人考え事をするように顔をうつ向かせる。
「う~ん、トーヤ様はどう思います?」
インがトーヤにも意見を求めるが、トーヤの反応はない。
「……トーヤ様?」
「え、なに?」
「トーヤ様はどう思いますかって」
「うん、そうだな、いいんじゃないか」
「いやなんの話をしてるんですか」
まったく噛み合わない返事をするトーヤ。
その姿は目に見えて慌てていた。
「しかし名前もわからないんですよね。ヒントが金髪だけとなると……」
「え! 俺は黒髪ですけど! 真っ黒ですけど!」
「別にトーヤ様の髪色は聞いてませんよ。何なんですかさっきから」
「ああ……ちょっと酔いすぎたのかもしれねえ。そろそろ解散にするか」
唐突なトーヤのその言葉に、インは取って付けたような違和感をおぼえる。
だが酔いのためか、その理由を考える思考力は今のインにはなかった。
「そうですね、私もお暇させていただきましょう。妹との距離が縮まらなかったのは残念ですが」
リリアーナの言葉にダヴィが反応し、すぐさまリリアーナの傍まで迅速に近寄る。
「あれ、見送りはなしですか?」
ソファに座ったままのトーヤを見て、リリアーナは笑いながら尋ねる。
「お~いフーバー、お客様のお帰りだ」
「彼ならさっきまたトイレに駆け込みましたよ」
「……おいイン、お前が――」
「zzz」
「あらら、完全に夢の中ですねこれは」
「……こいつ、ほんのついさっきまで元気だったくせに」
「いいじゃないですか、あなたが見送っておくださいよ。話したいこともありますから」
リリアーナの言葉に、トーヤは渋々といった顔で立ち上がり玄関まで歩いていく。
玄関の扉をダヴィが開くと、もうすでに日は暮れ、街灯の明かりのみが辺りを照らしていた。
さらに空気は冷え切っており、リリアーナの吐息が白くはっきりと見え、小粒ながら雪が舞い始めている。
「初雪ですか……そういえばもうそんな時期でしたね」
「むしろ遅いくらいだろ。うちの方じゃとっくに積もってる時期だ」
「ヘルトの領地は寒い地方ですもんね。ダヴィ、先に門のほうまで行っておいてください」
「わかりました」
ダヴィは不満を言うことなく、トーヤとリリアーナを二人きりにして玄関から少し離れた門まで歩いていく。
二人はしばらく何もしゃべらず、降る雪を見つめ続ける。
先に口を開いたのはリリアーナだった。
「王都の冬は冷え込みますし、雪も積もります。けれどその期間は短い。
すぐにまた春が来ます」
「そいつは残念だ。冬は嫌いじゃないんだが」
「……本格的に動くのは夏前ってところですか?」
「ああ、この冬の間に餌は撒いておく。春ごろには大きく探りを入れてくるはずだ。うってつけのイベントもあるわけだし」
「私はもうそれに立ち会えないのが残念です」
残念といいながらも、リリアーナの表情はどこか楽し気に笑う。
「なに笑ってんだよ」
「いえ、今まで誰かとこうやって対等な立場で協力する――なんてことがなかったもので。何事も初めての経験というのは心が躍るものです」
「それについては同意だな」
「とはいえ、この世界の現状に不満を持ったのは確かです。腹が立ちましたし、変えるべきだと思いました」
リリアーナの表情はすでに真剣なものへと変わっており、その瞳には熱がやどる。
そしてまたしばらく無言が続く。
何をするわけでもなく、視線を交わすわけでもなく、ただじっと雪を見つめる。
先に口を開いたのは、またもやリリアーナだった。
「では私はこれで、待たせているダヴィに悪いですから」
そう言って歩き出すリリアーナ。
そんなリリアーナにトーヤから言葉がかけられる。
「またな」
たった三文字の短い言葉。
だが、その言葉を受けたリリアーナはかつての少年の姿を思い出す。
自分を変えた、初恋の少年。
思わずリリアーナは振り返る。
しかしそこにいるのは、やはり先ほどと変わらず憎たらしい少年。
初恋の少年とは、自分の好みとはかけ離れた容姿の少年。
それでも、どこか嫌いになれない少年の姿だった。
「どうかしたか?」
「……いいえ、なんでもありません。また会いましょう」
リリアーナは、また門のほうに向き歩き出す。
きっと酔いが回っているからだ。
きっと昔話なんかしてしまったからだ。
いつまでも初恋の少年を忘れられず、あろうことかトーヤと重ねてしまった自分の女々しさの理由をそう結論付ける。
こうして二人は再会の言葉を交わし、別れる。
あの幼き日のように。
ーーーーー
これは10年近く前。
とある少年少女が再会の約束をした日の話。
パーティーに参加しなかった少年は悩む。
どう親に言い訳するかを。
怒られることはすでに確定。
それに関しては後悔していない、目的は達成できたのだから。
ついでに言うなら反省もしていない。
しかし、ここからの巻き返し次第で説教の長さが変わってくる。
もっともらしい嘘で誤魔化すか、それとも素直に謝るふりをするか。
取るべき手段を城の屋根の上で考えていた少年。
そんな少年に声がかけられる。
「見つけましたよ、トーヤ様」
少年をトーヤと呼び、使用人服を身にまとった少女。
少女とはいえ、その年齢は17、8ほど。
トーヤよりも二回りほど大きい。
その少女が、トーヤを抱き込むように背中から手を回す。
抱き着くというよりも、捕まえるという表現のほうが正しいのかもしれない。
「なんだマヤか」
「なんだとはなんですか。トーヤ様のことを思って必死に探したんですよ」
マヤと呼ばれた少女は、不満げな顔を隠そうともせず表に出す。
「ホクト様がカンカンでしたよ。帰ったら相当きつい……」
言葉を中途半端なところで止めたマヤは、顔をトーヤの体に近づける。
「どうした?」
「知らない女の匂いがします」
「あ~」
「それもかなり強く、密着していなければつくことのない匂いです」
「それは――」
「私に内緒でどこぞの女を抱きましたね?」
「いや言い方」
「どこの馬の骨ですか?」
「知ら~ん、聞いてないから。でも可愛かった」
その言葉と共に、マヤの瞳からハイライトが消える。
「そうですか……可愛かったですか……」
「でもマヤのほうがきれいだけどな」
「……将来、刺されないようにしてくださいね」
手のかかる子を見るような目で、うっすらと笑いながらマヤはトーヤの髪をなでる。
優しく、慈しみのこもった手つきで。
しばらく髪をなでていたが、とある異変を見つけたマヤはその手をとめる。
月明かりに照らされることにより、それをはっきりと見つける。
「また……黒髪が増えてますね」
混じりっけなしであるはずのトーヤの金髪。
その髪に含まれる数本の黒髪。
明らかに、それは異質なものだった。
「親族に黒髪のかたはいませんし、一度医者に診てもらった方がいいかもしれませんね。もしくはホクト様に問い詰めてみるとか」
「大丈夫だってマヤ。きっと何も心配いらない」
根拠もなく、トーヤは笑う。
その笑顔を見ると、マヤは本当に大丈夫なんだと錯覚してしまいそうになる。
「……英雄の片鱗とでも言うんですかね」
ボソッと言葉を漏らしたマヤは、またトーヤの頭をなで始めた。
ちなみに、インの休暇は二日酔いで消滅しました。




