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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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いつかの再会を夢見て



「し、死ぬかと思いました……」


 リリアーナはつい先ほど、少年の手を握り返したことをすでに後悔していた。


 手を握った瞬間、『じゃあしっかり掴まってろよ』と一言だけ言われ、背中に担がれるような体制になると、何のためらいもなく少年は窓から飛び出した。

 その後、窓枠や城壁の出っ張り部分をつかみながら、するりするりと城壁を上っていく。

 

 突然のことにリリアーナは恐怖で震え、少年の小さな体を離すことがないよう、ギュッと抱き着くしかなかった。

 その状態は、そこそこ広さのある屋根の上に登るまで続いた。



「リリー、お前すっげえビビりなんだな」


 下を見ただけで気絶しかけた自分とは違い、怖がる素振りすら見せない少年。


「え、これ私がおかしいんですか?」


「あ、ほら見ろ。あれだ」


「やっぱり話を聞いてくれない……」


 恨めしげになりながらも、少年の指さす方向を見る。

 それは城の中でも一番高い塔、中は吹き抜けになっており、見張り台としても使われている塔だった。


「見たいものって……もしかしてあれですか?」


「違う違う。あそこから見れるもんだ」


「でもあそこは見張りの兵士以外、基本的に入れてもらえませんよ?」


「そうなんだよな~。俺もさっき行ったら追い返された。というかそんなのよく知ってるな」


「ええ、まあ」


 リリアーナは少年の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべて曖昧に返す。

 彼女にとって(ここ)は自分の家、知っていて当然のことだった。


 しかし今さら自分が王女であることを伝えて、かしこまった態度になられるのもなぁと考えた結果、そのような返事をすることになった。


「だからばれないよう行く」


「見つかったら怒られちゃいますよ?」


「いいんだよ。怒られてもいいやって思えるくらい見たいんだから」


「怒られても……いいくらい……」


 少年の言葉が、妙にリリアーナの心に残る。

 

「それで、ばれないようにっていうのは一体――」


「中からダメなら外から行く」


「外?」


「外」


「もしかして、また城壁を……」


「……」


 少年は何も言わない。

 しかし、少年の顔は輝かしい笑顔。


 それが答えだった。


「あ、あの、やっぱり私――」


 ガシッと、回れ右をしようとしたリリアーナの腕が少年に掴まれる。


「行くぞ!」


「イヤアアアアアア!!」


 少女の叫び声が、夜の王城に木霊した。









「うう、もう嫌です……」


 半べそかきながらリリアーナは塔の屋根に座っていた。

 その隣には、半べそをかかせた原因の少年が座る。


「泣くなよ」


「泣いてません!」


 自分より年下の少年に泣かされた、そのことをリリアーナは悔しさから認めることができない。


「それよりほら、見てみろよ」


 少年に言われ、目に溜まった涙を拭いて空を見上げる。


 そこには美しい満月があった。

 雲一つなく、模様までがくっきりと見える月。

 いつもより高い場所で見る分、大きく雄大に見える。



 しかしそれだけ(・・・・)だ。

 リリアーナは落胆する。

 なんだ、こんなものだったのかと。


 実のところ期待していた。

 同じ特権階級か、それに近しい身分でありながら、自分とは全く違う考え方をする少年。

 その少年が見たいもの、それは一体何なのか。

 

 もしかしたら、自分を変えてくれるような何かに出会えるのではないだろうか?

 そんな淡い期待が、心の中で崩れていくのをリリアーナは感じた。


「どこ見てるんだ?」


「え?」


 落ち込んでいたリリアーナ顔を、覗き込むように少年が尋ねる。


「どこって……月じゃないんですか?」


「まあ確かに月もきれいだけど、俺が見たかったのはあっち」


 そう言って少年が指さしたのは、()ではなく()


 


 それは小さな光。


 月の光には到底かなわない、弱いオレンジ色の光。

 

 だがどこか優しさを感じられるその光は、リリアーナの眼下で無数に広がっていた。


「……きれい」


 リリアーナの口から無意識の言葉が漏れる。

 彼女が見たのは、見慣れたはずである王都の街の景色。


 満月の光が、人々によって灯された火が、夜の王都を輝かせていた。

 

 その輝きは、彼女の視線の先をどこまでも続く。


「すげえだろ? 今日は王族の生誕祭だから街中で火を灯してるんだ。普段は真っ暗な場所でさえも、ああやって明かりで照らされてる」


「あれ全部……街の明かりなんですか?」


「そうだぞ。何日も前からこの日のために準備してさ。灯りだけじゃなくて、祭りのために大勢の人間がここ数日は忙しそうにしてた。かきいれどきだ~って」


「祭り……」


「いろんな種類の屋台がすっげえ並ぶんだ。屋台だけじゃなくて、プロの演奏や演劇も行われて――」


 祭りのことを次々と楽しそうに話す少年。

 時折、街を指さしながら思い出話を語る。

 リリアーナもそれに耳を傾ける。 

 



「あそこらへんで激辛まんじゅうっていうのが売ってあってさ」


「まんじゅうなのに辛いんですか?」



「見世物小屋の魔獣が逃げ出して」


「ええ!?」



「酔っぱらったそいつがゴミ箱に頭から突っ込んで」


「ぶっ!」



 リリアーナにとって、少年の言葉一つ一つが街の景色同様に輝く。

 自分の知らなかった王都、自分の知らなかった世界、自分の知らなかった楽しみ。


 驚き、笑い、疑問、様々な思いに心が揺さぶられる。



 話がひと段落着き、リリアーナはもう一度街を見渡す。


 知らなかった、城でこんな景色が見れる場所があったなんて。

 知らなかった、祭りがそんなにも楽しいものだったなんて。

 知らなかった、パーティーの参加者にこんな少年がいたなんて。


 それは後悔だった。

 

 見逃していたのではないだろうか?

 自分の人生は決められただけのものだと決めつけて、多くの楽しみを、多くの喜びを。


 これまでの生活を思い返していたリリアーナ、そんなリリアーナの顔を先ほどのように少年が覗き込む。


「……どうしたんですか?」

 

「どうだ? いいもん見れただろ」


 ニコリ、というよりニヤリと聞こえてきそうな笑顔を、少年はリリアーナに向ける。


 その笑顔を見た瞬間、リリアーナは鼓動が速くなるのを感じる。

 顔に熱が帯びていくのを自覚できた。


「は、はい……」


 思わず顔を逸らしながら、少年の言葉を肯定する。


「どうした?」


「いえ! なんでもありません!!、、、なんでも、、、」


 なぜか少年と顔を合わせることができず、鼓動が一向におさまらない。

 制御できない自分の変化に戸惑うばかりだった。


「じゃあ俺は見たいもんも見れたし、そろそろ帰るけど。リリーはどうする?」


「私は……もう少しこの景色を見ていたいです」


「わかった。じゃあなリリー」


 それだけ言うと、少年はすぐに塔から下りていこうとする。


「待ってください!」


 リリアーナの呼び止めに反応し、少年は動きを止める。


「あ、えっと……」


 聞きたいことはいくらでもあった。

 そもそも、少年の名前すらまだ聞けていない。


 しかし、少女の問いはたった一つ。


「あの!……いつか私がお祭りに行くとき、案内してくれませんか?」


「おう、いくらでも案内してやるよ。


 ――またな」


 そう言って少年は笑顔で去っていく。



 名前を聞くではなく、素性を聞くでもなく、ただ少女は()の約束を取り付けた。





『いい? リリア、人生の楽しむコツは――



 恋をすることよ! 恋をすれば些細な悩みなんてどうでもよくなるわ!』


 それはかつて、少女が母から伝えられた言葉。


 少女は街を眺めながら、少年の言葉を思い出していく。

 最初はただきれいだと感じただけの景色――今はその景色に意味(・・)が宿る。

 灯りの一つ一つに、人々の営みが感じられる。


 

 そうして最後に思い出すのは『またな』という再開の約束。 

 

 少女の顔には自然と笑顔がこぼれていた。


リリーの過去編はこれで終了です。

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