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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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きっかけ


 その日、少女は憂鬱だった。


 一つ年の離れた弟が7歳になる誕生日。

 それに伴って行われる盛大なパーティー。


 国王の住む城の大広間で行われ、豪勢な食事が並び、国中から集まった多くの有力者たちが参加する。

 7歳になる少年の祝い事にしては少々大げさだが、その少年が次期国王ともなれば何も不思議ではない。


 とはいえ、純粋に誕生日を祝いに来たものなど少数だろう。

 コネクションづくり、相手への牽制、そのための腹の探り合い。


 右を見ても左を見ても映るその光景に、シール王国第三王女リリアーナはため息をこぼした。



「ちょっと、こんな場でなに辛気臭い顔してるのよ」


「っ!……お姉さま」


 壁にもたれかかり、人目を忍んでいたリリアーナに声をかけたのは、父親譲りの釣り目が特徴的な第二王女ディアンナ・ガイアス。


「あんたがパーティー苦手なのは知ってるけど、それを顔に出すのはやめなさい」


「はい……」


「まったく、今日はあなたの婚約者候補も何人か来てるんだから。ちゃんとかわいい顔してなきゃ」


 そう言ってディアンナは、両手でリリアーナの頬をもてあそぶ。


「んむ、やめてくださいお姉さま。それに、まだ恋愛とかそういうのはよくわからないので……」


「10歳にもなって初恋もまだとは。お姉ちゃん、リリアの将来が不安になってきたわ」


 そんなこと言われても、わからないものはわからない。

 リリアの愛称で自分のことを呼ぶ姉に、心配してくれてるとはいえ、ほんのわずか不満を募らせる。 


 しばらく姉妹二人で会話を続けていると、一人の少年が傍に近づく。

 リリアーナより同い年か少し上で、かなり整った容姿の少年だった。

 ディアンナはその少年のことを知っているようで、笑みをこぼしながら話しかける。


「セーヤくん! 久しぶりね。またかっこよくなったんじゃない?」


 リリアーナは、セーヤと呼んだ少年に話しかけるディアンナの声が変質したことに気づく。

 それはディアンナが、気にいった男に話しかけるときの声だった。

 この声を聴くと、リリアーナは少し肌がゾワリとなる。


「お久しぶりです。ディアンナ様」


「相変わらずのスルーっぷりね……フフフ、それでこそ落としがいがあるってものよ。あ、この子は妹のリリアーナよ」


「初めまして、セーヤ・ヘルトと申します」


「は、初めまして、リリアーナ、です」


 初対面の挨拶をどもってしまったリリアーナは、恥ずかしさで顔が熱くなる。

 そんなリリアーナを見て、微笑ましそうに笑うディアンナとセーヤ。

 

「ふふ、リリアったら顔を真っ赤にしちゃって」


「なにも恥ずかしがることはありません。立ち振る舞いがしっかりしていらっしゃる。トーヤにも見習って欲しいものです」


「トーヤくんも今日は来てるんだっけ?」


「ええ、珍しく自分から行くと言い出したんですが、城に着いた途端どこかへ行ってしまって」


「トーヤくんのほうも相変わらずなのね」


「父上もカンカンになってお怒りでしたよ。ほんとに困ったものです」


 会話に入り損ねたリリアーナは、二人においてけぼりをくらう。

 かといって立ち去ることもできず、しばらくそのまま、二人の会話を聞きながらただ突っ立っていた。


 そんな妹の状況を見兼ねたのか、ディアンナが声をかける。


「リリア、なんなら部屋に戻ってていいわよ。お父様には私から伝えておくから」


 十中八九、セーヤと二人きりになりたいからだ。

 そうリリアーナは確信したが、自分にとっても渡りに船だったため、ディアンナの提案に甘えることに決める。



ーーーーー



 

 その日は満月ため、月の光が窓から漏れていた。

 とはいえ太陽も落ちきった夜、暗く寂しい廊下をリリアーナは一人歩く。

 何人か見張りの兵士も立っているが、リリアーナに自分から話しかける者はいない。


 理由はわかっている。


 自分が王族だからだ。

 いや、それだけではない。

 姉二人はよく、使用人や護衛の人間と談笑しているのを見かける。

 大体の確率でイケメンなのは置いておくとして。

 結局自分の人間性の問題なんだ。

 無口で愛想良くすることすらできない王族に、気軽に話せる者なんているはずがない。


 そんな考えに至った彼女は自嘲気味に笑う。


 現時点の彼女にとって、王族に生まれたことを幸せなこととは言えなかった。

 優雅な生活と引き換えに、決められる生活、決められる行動範囲、決められる婚約者。

 ただひたすら、父や自分以外の誰かが決めた生き方をするだけの人生。

 その日その日を、機械的に過ごしていく。

 楽しいと思えることなどありはしない。

 

 聞く者が聞けば、なんて贅沢な悩みだと言うかもしれない。

 そんなことは彼女もわかったいた。

 しかしだからといって納得できるほど、彼女は大人ではなかった。


『いい? リリア、人生を楽しむコツは――』


 いつのときだったか、母から聞かされた言葉。

 記憶があいまいで、続く言葉が思い出せない。

 足を止め、必死に記憶を探るが、やはり思い出すことができなかった。


 まあかまわない、次会った時にでも聞けばいい。

 そう考え、また自分の部屋に向かって歩き出す。


 


 いくつ目かの曲がり角を曲がろうとした時だった。

 角の先に、一人の少年の姿があった。


 金色の髪の少年で、年は弟のアーカイドと同じくらい。

 この日に城にいるということは、貴族か、それに準ずる地位の人間だと予想できる。

 しかしリリアーナには、その少年の容姿に見覚えがなかった。


 そのため、とっさに角に隠れてしまう。

 そこから少年を見てみると、少年は廊下の窓を開き、窓の外を覗き込んでいた。


 最初こそ景色を見ているのかと思ったが、よく見れば城壁を見ていることがわかった。


 一体少年は何がしたいのか?

 意図をつかみかねていたリリアーナだったが、少年が次に起こしたアクションにより、色々な考えがすべて吹き飛ぶことになる。


 次の瞬間、少年は窓枠に足をかけ、まさに窓から飛び出そうとする。

 ここは5階、もし落ちようものなら――


 ――死。


 その単語が頭をよぎった刹那、リリアーナは考えるよりも先に走り出していた。


「だ、だめー!!」


「え?」


 リリアーナは少年の腰を抱くようにつかむと、内側に戻すように引っ張る。


「ちょ、ちょ!?」


 唐突に引っ張られた少年はそれでバランスを崩し、窓枠にかけていた足がはずれ、そのまま顔面を窓枠に力強くぶつける。


「痛ってええええええ!」


 少年の叫び声が、夜の王城に木霊した。





「何すんだよ!?」


 やりたいことを邪魔された上に相当なダメージまで負わされた少年は、リリアーナに食って掛かる。


「だ、だって、あなたが窓から落ちそうでしたし……」


「……止めた理由は?」


「落ちたら死ぬんですよ?」


「知ってるよ」


「……身体強化とか使えるんですか? 確かに、それなら落ちても――」


「使えないけど?」


「……?」


「……?」


 お互いの会話が噛み合わない。

 リリアーナはなぜ目の前の少年がここまで落ち着いているのかわからないし、少年は目の前の少女がなぜこんなに慌てているのかわからない。


「……もしかして、俺が窓から飛び降りようとしているとでも思ったのか?」


「違うんですか?」


「違うよ。ただ見たいものがあったんだ」


「見たいもの?」


「おう、この日じゃないと見れないもんだ。そのために、わざわざ親父に頼んでついてきたんだからな」


 今日じゃないと見れないもの、この城で。

 

 弟の生誕パーティーはあるが、行われているのは部屋の中。

 雲一つない満月の日だが、なんならここからでも見えるし、この城である必要もない。

 色々と考えてみるが、窓から外に出る必要があるものは思い浮かばない。


「そうだ。今ここにいるってことはお前……パーティーさぼっただろ?」


「いや私は……そうですね。さぼりに、なりますね」


 最初は否定しようとしたが、否定できるような状況でないことを思い出し、素直に肯定しておく。

 

「俺もなんだよ。後で絶対親父にどやされる。ま、もともとその覚悟だったからいいんだけど!」


「そうなんですか……ところで見たいものって――」


「お前、名前は何ていうんだ?」


「名前ですか?リリ、ッ」


 今日は挨拶ができない日なのだろうか?

 挨拶のたびに言葉に詰まる自分に、リリアーナは嫌気がさす。


「そうか、リリーか。よろしくな、リリー」


 しかも、言い間違いを名前だと勘違いされてしまう。


「リリーじゃなくて、私は――」


「どうだリリー、お前もさぼりなら一緒に来るか?」


 リリアーナがなにか言葉を発しようとする前に、少年によって言葉がかき消される。


「でも――」


「よし、決定な!」


「いや――」


「いいから来いよ!」


 どうしよう……この子、まったく人の話を聞いてくれない。


 ガンガン来る年下の少年に、リリアーナはまったくペースをつかめない。

 彼女の今までの人生において、このようなタイプの少年には会ったことがなかった。


 そんな年下の少年は月明かりを背にして、リリアーナに手を伸ばす。


「いいもん見せてやるからさ」


 そう言って笑う少年の笑顔に、なぜか逆らえる気がしなかった。


 

 

 人生の転機があるとするならば、間違いなくここだったと。

 将来、自信を持ってリリアーナが告げることになる場面。


 伸ばされた手を、まだ名も知らない少年の手を、彼女はグッと握った。


あと一話続きます。


一体この少年はなにヤなんだ……

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