即落ち
【イン視点】
「はぁ~しんど」
両手に掲げていた大量のつまみが入った袋を机の上に置く。
ここはトーヤ様の所有する家。
王族の隠し子であるラシェルをかくまっており、私がメッセンジャーとして、最近何度も通っていた家でもある。
時刻はまだ昼過ぎ、そんな時間から酒盛りを始めようとしている雇い主、その酒盛りに参加する自分。
それらの事実に、半ば呆れながら私はソファに腰を下ろした。
「ご苦労さん」
そんな雇い主が珍しく、ねぎらいの言葉を投げかける。
「いえいえ」
「余った金でナイフを買ったのはいただけないがな」
「アハハ、何言ってるんですかもう」
落ち着け、落ち着け私。
これは鎌をかけているだけ、ばれるはずがない。
周りに知り合いがいないことは、感知魔法すら使って確認した。
「買ってきたつまみの市場価格を考えると、ちょうど残った金額で欲しかった品が買えるんじゃないか? お前の部屋にあったナイフカタログ、そのカタログに二十丸がつけられていた品を」
「まっさか~」
しまった! トーヤ様があの時、私の部屋でカタログを呼んでいたのをすっかり忘れていた!
というか、貴族のくせになんでつまみの市場価格なんて把握してんのよ!
……まだよ、まだ証拠はない。
買ったナイフもすでに部屋に隠してある。
このままシラを切りとおせば――
「大量生産の品じゃない分、購入した店も容易に特定できる。ツエルに部屋のがさ入れを頼めば、証拠品も簡単に出てくるだろうな」
……………ぐう!
「三か月間、髪染めの魔法をタダで行う。これで手を打ちません?」
「一年間」
「……せめて半年で」
「まあいいだろう」
小遣い稼ぎはできなくなったけど、背に腹は代えられない。
髪染めの作業って、丁寧にやると結構めんどくさいのよね。
時間もかかるし……
「酒はダヴィに頼んである、料理はフーバーが作ってる。飲みが始まるまでお前も少しゆっくりしてろ」
「わかりました」
そう言われてリラックスしていたが、先ほどから視界の隅に入ってくる光景が気になって仕方ない。
その光景とは、二人の少女の姿。
一人は第三王女のリリアーナ様、もう一人はその腹違いの妹であるラシェル。
王女は言わずもがな、本来ならラシェルだって最上位の階級に存在する。
上品な振る舞いが期待され、国民の手本となるべき二人。
そんな二人が、周りの目を気にすることなくキャットファイトを繰り広げている。
「だから! 私はあなたを姉だなんて認めてない!」
「あなたが何と言おうと、半分は私と同じ血が流れているんです! そう! 血のつながった姉妹! 姉妹であればあれやこれやムフフなことも――イタイイタイ! 髪を引っ張らないでください!」
……醜い。
「トーヤ様、何ですかアレ?」
「姉妹喧嘩だ」
「お互い姉妹を見る目じゃありませんよ。一人は殺人鬼を見る目ですし、もう一人は姉妹の一線を越えようとしている目です」
「まあ、その、なんだ。あれが今回飲み会をやる理由だ」
アレが? 私が飲み会に呼ばれたのアレのせいなの?
「ラシェルのリリーに対する誤解はとけたんだが、あの通りまだピリピリしてんだよ。これからお互い協力していかなきゃならねえってときに、あの状態はよろしくない。だから酒飲んで全部ぶちまけちまえば、わだかまりもとけるんじゃないかと思ってな」
「もうすでに地獄絵図になる未来が見えるんですけど」
トーヤ様と同じようなペースで飲み始めたら、腹の中のものまでぶちまけかねない。
リリアーナ様は間違いなく悪乗りする側。
ダヴィもリリアーナ様には基本強く出られない。
女とまともに話すこともできないフーバーは論外。
ラシェルは未知数。
となれば、私が全員のストッパーになるしかない……
いい雰囲気の飲み会にするために、私が気合を入れなければ!
ーーーーー
「あはははは! フーバー! お酒足りな~い!!」
「へいへい」
「インさん、あまり飲み過ぎない方が……」
「あ、ダヴィ! あんたもあるでしょ? めんどくさい雇い主に対して言いたいことの一つや二つ!」
「いえ、そんな……」
「いい子ぶってんじゃないわよ! ほらほら、言っちゃいなさい。バカ姫だとか、色欲女だとか」
完全に酔っ払い、肩をからませながらダヴィにつっかかるイン。
ストッパーになる、などという決意はとっくに忘れ去られていた。
「あれは酒で身を亡ぼすタイプですね」
「だな」
そんなインを、トーヤとリリーの二人は冷ややかな目で見る。
「いや飲ませたのあんたらだろ」
自分は関係ないとでも言うような態度の二人を、フーバーは冷ややかな目で見る。
飲み会が始まり3時間。
インの予想した通り、見る者によっては地獄絵図だった。
インは完全に酔っぱらっており、周りに絡みまくっている。
トーヤもリリーも、とんでもない本数の酒を飲みほしている。
フーバーは二度ほどトイレに閉じこもった。
もともと、リリーとラシェルの関係を修復するための飲み会だったにもかかわらず、ラシェルは開始1時間ほどで寝てしまったため、もはやこの飲み会は目的を失っていた。
「しかしまあ、姉妹でここまで性格が変わるもんなんだなあ」
「それ完全にブーメラン飛んでますからね」
「お前ほどじゃない」
「いやいや、あなたには負けますよ」
「性欲に支配されたやつがなにを……」
「セーヤさんの劣化版がなにを……」
「お前それを言ったら戦争だろ! クソレズ!」
「女が好きで何が悪いんですか! 魔力無し!」
一国の王女と貴族が取っ組み合うその光景に、フーバーはあきれ顔になる。
「いいですか!? 性別の壁なんてもの、好きになればトーヤの防御魔法同然なんですよ!」
「さっすが! 精霊でさえ浮気しまくったせいで、契約してくれる精霊がいなくなったお方は言うことが違いますね~!」
「恋多き女はいい女! あと私はレズじゃなくてバイです! つまり人より二倍恋多き女! 初恋は男の子だったんですから」
「え、なに? 王女様の初恋? 気になる気になる!」
初恋という言葉を聞きつけ、インが二人の傍による。
「ふっふっふ、聞きたいですか?」
「聞きたい!」
「いや俺は別にいい――」
「いいでしょう! この私、シール王国第三王女リリアーナの甘く切ない初恋エピソード! じっくりと話してあげますとも!」
王女の初恋にすっかり興味津々のイン。
それとは対照的に興味なさげなトーヤの言葉を無視し、リリアーナは話を始める。
「実は私……昔は無口でおとなしい子だったんです」
「「ダウト」」
バリィィン!
トーヤとインの持っていた酒瓶が、リリアーナの放った魔力弾によって木っ端みじんになる。
「人の話は黙って聞きましょう、ね」
「「イエス マム!」」
「よろしい」
二人が口を閉ざしたのを確認し、再び話し始める。
「あれは10年近く前のことです――」
というわけで次回はリリーの過去編です。




