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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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インの受難


 【イン視点】



「う、ん――」


 まだ朝日が登りきっておらず、外は地平線から漏れる光でほんのりと明るい。

 それが普段の私が起きる時間だ。


 昨夜、唐突に休暇がもらえた。しかも丸二日!

 理由は全く分からなかったし説明もされなかったけど、断る理由がなかったため快く頂戴した。

 そのため今日はまだ起きる必要がなかったにも関わらず、自然と目が覚めてしまう。

 習慣とは恐ろしい。


 隣では普段通り起きたルームメイトが、朝の訓練に行く準備のため着替えている。


「頑張ってね~、ツエル」


「なにもがんばるようなことはない」


 それだけ言うと、さっさと部屋から出ていってしまう。

 もう10年近く同室にも関わらず、一向に態度が軟化しない同僚。

 

 まあツエルのきつい態度は私のみならず、誰に対してもそうなのであきらめている。


 しかし、そのツエルの態度をいとも簡単に軟化させた人物がいる。

 言わずもがなトーヤ様だ。

 トーヤ様の前でデレデレなツエルは、私から見れば不気味でしかない。

 一体どんな魔法を使ったのやら……


「……もう一度寝よ」


 同僚に関して少し考えていたインだが、襲ってくる眠気に逆らえず、二度寝することに決める。




 どれほど経っただろうか、空は完全に明るくなっている。


「ん~~!」


 上半身を起こし、伸びをしながら固まった体をほぐす。

 

 さて、今日は何をしよう?

 読書をしたり、ナイフを磨いたり、新しいナイフを買ったり。

 やりたいことはいくらでもある。

 

 とにかく理由はわからないけど、せっかくもらえた休日。

 有意義に過ご――


「おう、起きたか」


 突然かけられた声。

 振り向くと、椅子に座って本を読むトーヤ様の姿があった。


「あ、おはようございますトーヤ様」


 ……………!?!!?トーヤ様!!!?

 

 え、なんで当然のような顔して部屋にいるのこの人!?

 あまりにも平然と座っているせいで、こっちも普通に挨拶しちゃったんだけど!


「あの、トーヤ様……なぜここに?」


「お前のこと探してたら、ツエルにまだ寝てるって聞いてな」


 ……私に用があるのはわかった。

 しかしわからない、なぜ当然のような顔をして女子部屋にいるのか。

 しかも現在進行形で私が寝ていたにも関わらず。

 用があるなら呼びつければいいのに。


「トーヤ様、ここ一応女部屋ですよ?」


「見りゃわかるぞ?」


 うん……うん?

 え、おかしいの私じゃないよね?


 ダメだこいつ、何がおかしいのかさえ理解していない。

 おそらくトーヤ様にとって、部下の部屋に男も女もないんだ。


 これだから貴族は!


「しっかしお前、年頃の女がナイフ集めを趣味にするのはどうよ」


「ああー! ちょっと! 引き出し勝手に開けないでくださいよ!!」


 うっそでしょ!?

 棚の物色まで始めたんだけど!

 魔力と一緒にデリカシーまで消滅してんじゃないの!?


「今失礼なこと考えなかったか?」


「いえ、微塵も」


 くっそ、こういう所の勘は鋭い。


「お、これ結構いいナイフじゃん」


 そう言ってトーヤ様が手に取ったナイフは、私のナイフコレクションの中でも上等な物だった。


「……わかります?」


「ああ、ハンドル部分に木材を使うことで全体に落ち着きを与えてる」


 そう! 金属と木材、二つの異なる素材を見事に調和させることによって生まれる独特の味がそのナイフにはある。

 ただ一緒にするだけでは、上品な雰囲気は生まれない。

 最適なバランス、形を整えることで初めて感じられる良さ。

 トーヤ様はそれをわかっている!


「しかも長期間使った形式がある。ちゃんと手入れもしっかりしてるんだな」


「そうなんですよ! 水分に弱いんで手入れしないとすぐダメになってしまって」


「ショニール製のナイフはよく買うのか?」


「はい! 基本的にあそこのナイフは実用的なのがメインなんで、観賞用も含めて大抵二つ買っちゃうんですよね~」


 ああ、こうして誰かと趣味の話をできるのがすごく楽しい。

 他人に『趣味はナイフ集めです!』なんて絶対言えないし、言えばその瞬間、変人のレッテルをはられること間違いなし。

 同僚にも理解してもらえたことはない。

 ナイフを武器としてしか認識してないやつだっている。


 まさかトーヤ様にナイフの知識があるとは思わなかった。 

 気分が良くなって、ショニール製ナイフの実用的な面を詳しく話していく。


「初期のころはサバイバル全般に使える汎用型で――」


「なあイン」


「どうかしました? あ、初期っていうのは主に5、6年ほど前の――」


「ちょろいってよく言われるだろ」



 …………ぐうの音も出ない!


 さっきまで感じていたはずの怒りが、完全に霧散してしまっていた。

 自分がこれほど単純だったことにショックを受ける。






「それで、結局何のようですか?」


 なんとか心を持ち直し、トーヤ様が訪ねてきた理由を問う。


「飲み会するぞ」


「嫌です」


「お前には食料の買い出し頼むわ」


「嫌です」


「酒に合うもん大量に買ってきてくれ」


「嫌です」


「場所はあの(・・)家な」


 聞きやしねえ。


 上司との飲み会ってあれでしょ?

 無礼講とか言いながら、結局上司に気を使ってただの接待になるやつ。


「私じゃなくて別の人を誘えばいいじゃないですか。ツエルもアルギラ帝国から帰ってきたんですから」


 トーヤ様大好きツエルなら、喜んで参加するに違いない。


「今日はメンバーがメンバーだから、事情を知ってるやつじゃないとダメなんだよ」


「……もしかしてリリアーナ様ですか?」


「そういうことだ」


 余計にめんどくさい。

 上司(トーヤ様)に加え、さらに上司(トーヤ様)上司(王女様)までいるとか。

 

「とにかく、私は行きませんから」


 嫌な時はきっぱり嫌と断る。

 私はそれができる女!


「そうか……そりゃ残念だ」


 よしよし、これで心置きなく休暇を満喫できる。

 しかし案外すぐにあきらめてもらえ――

 

「ところでイン。リリーに、俺が昔付き合ってた女のことばらしただろ」


「…………なんのことでしょうか」


 ああああああああああ! あのあまぁ!!

 絶対に! 絶対に話さないっていうから喋ったのに!


 まずい、ヘルトの秘密をばらしたなんてことがトレンドさんに伝わったら……


 もらった休暇は間違いなく取り消し。

 それどころか、今より厳しい任務や訓練を課される可能性が大。

 なんとかしてごまかさなければ、せっかくの休日を――

 

 ――あれ? タイミングが良すぎない?


 たまたまもらえた休暇で、たまたまトーヤ様から飲みに誘われるなんて。


「どうやら気づいたようだな」


 トーヤ様のその言葉に、私は嫌な汗が流れる。

 

「ま、まさか――」


「そのまさかだ。お前に休暇を与えるよう指示したのは――この俺だよ」


 足元が崩れ落ちていく感覚がする。

 なんて卑怯な、外道と言ってもいい。

 これが貴族のやり方だとでもいうのか。


 休暇を喉から手が出るほど欲しい人間に対して、休暇をえさにする。

 しかもイヤらしいのが、与えられた休暇が二日(・・)ということ。

 これなら一日潰されても、まだ丸一日が休暇として残る。

 もし飲みを断れば、私が情報漏洩をしたというチクりによって休暇は消滅。

 それどころか、ヘルト信者ばかりの『影』という組織内において、周りから冷たい目で見られるのは確実。


 鞭をにおわせることで、毒入りのアメを与える。

 何の疑いもなく休暇を受け入れた時点で、私はとっくに追い詰められていた。


「くっ……! わかりました、私も参加しますよ」


「参加します? どうやら自分の立場をまだわかっていないみたいだな」


 この男に人の心はないのか!?

 これで英雄を名乗るとか、おこがましいにもほどがある。

 

「私も、参加、させて……くだ、さい」


 私は身を切るような思いで、言いたくもない言葉を口にする。


「いいだろう」


 なぜ……こんなことになってしまったのか?

 私はただ、休みが欲しかっただけなのに……


 そんなことを考えながら、顔を布団にうずめる。

 トーヤ様は買い出し用のお金を机の上に放り、部屋を出ていく。


 悔しさで布団に顔をうずめる私。

 振り返ることなく部屋を出ていくトーヤ様。

 机の上には、乱雑に置かれた複数枚の札束。


 そんな状況を見て、私は思う。 





 ナニコレ?


インの趣味:ナイフコレクション

現在は裏オークションでごくまれに出展されるという、とあるナイフを追い求めている。




さらっと書きましたが、ツエルやセーヤはアルギラ帝国から帰国しています。

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