言葉の重み
【トーヤ視点】
リリーにラシェルの生存報告をした後、ラシェルに会いに行くことにした。
デクルト山で別れて以来、ラシェルとは一度も顔を合わせていない。
ラシェルは世間的にはすでに死んだ身。
堂々と会うこともできず、連絡を取り合うのは部下を通してになっていた。
まあ俺がしばらく忙しかったというのもある。
そのため状況が落ち着いた今、顔を見せて色々と話をしておこうとしたのだが――
「第一声はなんと声をかけるべきでしょうか? ああ!会いたかったです!! 親愛なる我が妹よ――これだと平凡すぎますし……
私があなたの愛しい愛しいお姉ちゃんですよ――こんな感じでお姉さん感を押していくとか……
フッ……あなたが私の妹? 王族とは思えない貧相な気品だこと――威圧的な姉を演じるのもありですね……」
ついてくるらしい、このバカ姫。
道のど真ん中で、何のためらいもなく頭の悪いセリフをのたまうリリー。
傍にいる俺までも同類に見られてしまう。
注目されること自体は嫌いじゃないが、悪目立ちするのが好きという奇特な人間ではない。
「トーヤはどう思いますか?」
「謝るべきだろ、こんなのと血が繋がっててごめんなさいって」
「……自虐ですか?」
やっべえよぉ、会話できねえよぉ。
王族教育の敗北だろこれ。
「それで、愛しき妹の居場所はどこなんですか?」
「この近く、ほんと歩いて数分ってところだ」
しつこく、まだかまだかと聞いてくるバカ姫に対応しながら進む。
しばらく歩いた後、王都の一等地に建てられている屋敷の前に着く。
貴族の屋敷が並ぶ高級区画のなかでも、最上級クラスの建物と言っていい。
人の目を忍ぶなら、どう考えても不適切なこの屋敷が今回の目的地だ。
「思ったより目立つ場所でかくまってたんですね。ヘルト家の所有する屋敷ですか?」
「いや、俺個人の所有物件だ」
「なんでこんなもの買ったんですか。必要ないでしょうに」
「貰い物なんだよ」
受け取るのを拒否しようとしたら、いい大人がガチ泣きしそうになるもんだから受け取らざるを得なかったんだ。
「んなこたどうでもいいからいくぞ」
と、その前にずっと俺たちを尾行している不審者にも声をかけとくか。
「ダヴィ、お前もこい」
「……気づいてたんですか」
俺の呼びかけに反応し、少し離れた曲がり角の先からダヴィが姿を見せる。
『さすがです』とでも言いたげな顔で俺を見てくるが、がたいのいいダヴィのような人間がいちいち視界の端に入れば嫌でも気になる。
ぶっちゃけ尾行には向いてない。
「変に尾行させたりせずにさあ、隣において置いてやれよ」
「嫌です。お忍びだというのに目立っちゃうじゃないですか」
衆人環視の中、大声で叫んでたのはどこのどいつだ。
「それに護衛をつけないあなたに言われたくありません」
「俺は護衛をつけてないんじゃない。つけてもらった護衛を振り払ってるんだ」
一緒にしないでいただきたい。
なおたちが悪い?
一体何をおっしゃってるのやら。
俺はリリーとダヴィの二人を引き連れて、玄関前まで歩みを進める。
そして扉についているノッカーを……鳴らさずに入っていく。
俺の家なんだから、わざわざ鳴らす必要なんてないだろ。
中に入ると、一人の男が俺たちを出迎える。
「ヘルト家の屋敷に無断侵入するたぁ、ふてぇ野郎がいたもんだと思ったら……なんでえ、トーヤ様じゃないですかい。変装してるんでパッと見じゃわかりませんでしたよ」
見た目や言動からどこか軽い雰囲気を感じるこの男。
年齢は19、俺の三つ上。
名をフーバーと言い、普段この家の管理を任せている。
こんなでかい屋敷を一人で管理しきれているため、仕事に関しては優秀な男なんだが――
「他に人はいないんですか?」
「あ、はい、その……俺は、が、一人で管理、してます、はい」
とまあこのように、異性と話すだけで面白いくらいきょどる超絶ヘタレ野郎だ。
「ゴホン……で、急にどうしたんで? まあ十中八九あの少女絡みでしょうが」
俺はそれに肯定し、ラシェルのいる部屋まで案内させる。
部屋の前まで来たとき、リリーにまずは俺一人で入ると伝えておく。
不満そうではあったが、ラシェルを無駄に困惑させないためだと説明すると、渋々といった様子で納得した。
部屋の扉をノックすると、『どうぞ』という返事が返ってくる。
扉を開けて中に入ると、扉から顔が見える位置の椅子にラシェルが座っていた。
「よ、一ヶ月ぶりだな。元気にしてたか?」
「……ええ、ずいぶん久しぶりに感じるわ、トー……トーヤよね?」
あ、そういや変装してるんだった。
しかし思った以上に効果あるんだな。
髪色変えて、メガネかけただけだっつうのに。
「俺はトーヤ・ヘルトだ」
自己紹介のような言い方になってしまったが、嘘を見抜く力を持つラシェルにはこれが一番確実な方法だ。
「ほんとにトーヤなんだ……なんで髪色変えたの? 前の方が似合ってたと思うけど」
へえ、姉妹でも好みは違うんだな。
「一時的な変装だよ。今まで以上に有名になっちまったもんでね。それよりどうだ? フーバーにはよくしてもらえたか?」
「よくしてもらえたどころか、快適すぎていたたまれない気持ちになったわ」
たしかに、久しぶりに見たラシェルの姿は今までで一番健康的に見えた。
デクルト山では、戦いでの疲労関係なしに相当やつれていた記憶がある。
国から追われ、長い逃亡生活をしていたことも、やせ細っていた原因の一つだったに違いない。
「ただ……話しかけたときでさえ目を合わせてもらえなくて。もしかしたら嫌われてるのかも」
気にすんな、ただひたすら照れてるだけだから。
顔真っ赤にして目を逸らすフーバーの姿が容易に想像できる。
「あと、話は変わんるんだけど……」
「なんだ?」
「その、今まで言えてなくてごめん。
……助けてくれてありがとう」
少しためらうような素振りの後、ラシェルは決意を決めた眼で俺を見据え感謝の意を述べる。
「いいって、俺はあくまで『ラシェルのことを助けてくれ』って頼まれただけだ。礼ならその頼んだやつに言ってやってくれ。嬉しさでむせび泣くと思うぜ」
「うん、もちろんその人にも感謝してる。でも、一番感謝してるのはやっぱりあなたよ。自分の命も危ういなかで、あなたは私やカーライのことを見捨てなかった」
「俺の思惑もあったからだ。純粋な気持ちで助けたわけじゃねえさ」
「そうだとしても、あなたは助けようと行動した。私には『嘘』がわかる。その言葉が本気かどうか、言葉に秘められた悪意でさえも見抜ける。だからこそ、私にとって言葉ほど軽いものはない」
「普通なら逆じゃないのか? 嘘がわかるからこそ、言葉が重くなるもんだろ」
「本気の言葉が正しい言葉とは限らないもの。嘘をつかない私の母は、誰よりも正しい人間だと信じていた。けど違った……母は誰よりも狂っていた。言葉がすべてだった当時の私は、そのことに気づくことができなかった。カーライと出会うまでね」
そう話すラシェルの顔は複雑な表情だった。
思い出として消化できるほど、軽い記憶ではないのだろう。
ラシェルの抱える思いは特有のものだ。
同じような能力を持っている物でなければ、ラシェルを真に理解することはできない。
だとしても――
「できるといいな。カーライのように信頼できるやつが」
支える者がいればいい。
理解できずとも、悩みの共有ができずとも、信頼できる相手は作れるもんだ。
「それは大丈夫、もう……一人できたから」
ラシェルは目を閉じながら、ほんのわずかな笑みを浮かべる。
『もう』の後はかなり小さい声だったが、俺の耳にはしっかりと聞き取れた。
それ誰のことだ? なんて野暮なことは聞くまい。
あ、そういやバカ姫のこと忘れてた。
「実はお前のことを助けるよう依頼したやつも、今日ここに来てんだ」
「気になってたんだけど……その依頼した人って誰? 正直言って、私を助けてくれるような人物に心当たりがないの」
だろうな、おそらく会ったこともないはずだ。
けど――
「お前とは遠いようで近い。複雑な関係だろうし、戸惑ったとしても無理はない。けど、純粋にお前と会うのを楽しみにしていたのは確かだ。会ってやってくれ」
「……わかった」
ラシェルは少し緊張した表情のまま立ち上がり、入り口のほうをじっと見つめる。
どうやら心の準備はできたらしい。
「入ってこい、リリー」
俺の呼び声で、けたたましい音と共に扉が勢いよく開かれる。
待ってました! と言わんばかりの表情でリリーが部屋に入ってくる。
「フッ……あなたが私の妹? 王族とは思えない貧相な気品だこと」
いや、よりにもよってなぜそれにした?
勢いよく扉開けて入ってくるような奴が気品を語るな。
ガタン、という音が聞こえたかと思うと、ラシェルが腰を抜かしたように、その場で尻もちをついていた。
ほら見ろ、変に威圧するから怯えてる――
――違うな、どう考えてもそれだけじゃない。
肩を震わし、その目は恐怖で見開かれている。
「な、なんであなたがここにいるのよ!?」
その言葉は、間違いなくリリーに向けて発せられていた。
「なんだよお前ら、面識あったのか?」
「この女……私たちが逃げてる間、いつも私たちを妨害してきたのよ! カーライも何度かこの女に殺されたし、私自身も肩にひどい傷を負わされた」
うわ、妹大好きとか言っといてそんなことしてたのかよ。
「ひくわー」
「ち、違いますよ! あれは事故で――」
あわてて弁明しながら近づいてくるリリーに、ラシェルはびくりと体を震わすと、俺の背後に隠れるよう移動する。
そんなラシェルの様子を見て、リリーの目が細められる。
「……ほぉ」
あ、こいつ確実にキレてやがる――俺に。
「私の妹をたぶらかすとは……身の程知らずが」
ええー……これ俺が悪いか?
敬語も忘れてキレるリリーを見て、ラシェルは自分への怒りだと勘違いし、さらに俺の傍に近づく。
そんなラシェルを見て、リリーはさらに俺への怒りを強くし、さらにまたラシェルが俺の傍へと近づく。
なにこの悪循環。
そんな状況に耐えられなくなり、一番最初に大声を出したのはラシェルだった。
「いい加減にして! 私に近づかないで!!」
「グホッ」
言葉のナイフがリリーの心臓に刺さった、ような気がした。
会いたかった妹からの接触拒否宣言。
リリーのメンタルは崩壊し、前のめりになって倒れていく。
「こんなのと血が繋がってて……ごめんなさい」
その言葉を最後に、一方通行の愛をささげ続けた女は動かなくなった。
哀れ。
リリーノックアウト




