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偽りの英雄  作者: 考える人
第四章 革命始動
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4章です。3章よりかはシリアス少なめだと思います。


「『謎につつまれたヘルト家次男』『メインがただ一人公開されない理由とは?』『魔人と共に現れた救世主!?』


 しかしまあ……デクルト山での一件から1ヶ月以上経つというのに、相変わらずの人気ですねえ。最近マシになったとはいえ、また弟が嫉妬しそうですよ」


 そこは基本的な物価が高い王都でも、()高級の部類に入るレストラン。

 そのレストランで他の客に遭遇することはまずなく、客のプライベートは完全に守られる。


 要は、内緒話をする貴族御用達の場。

 一般人はその店の存在すら知らない。


 そんな店で、銀髪の少女と、金髪(・・)のメガネをかけた少年が席に座っている。

 少女のほうは、複数の新聞記事を広げ楽しそうに笑う。

 それと対照的に少年のほうは、あふれ出る不機嫌さを隠そうともせず、自ら(・・)のことが書かれた記事をにらむ。


「どこの記事にもべた褒めされているというのに……あまり嬉しそうじゃありませんね、トーヤ」


「いーや、楽しいねぇ。本当の俺をこいつらが知ったらどんな反応になると思う? 想像するだけで楽しくなってくるぜ。お前もそう思うだろ? リリー」


 誰が見ても、心の中では笑っていないと断言できるような冷たい笑顔を浮かべ、トーヤは半ば自棄になりながら答える。


 記事の内容が事実であるならば、トーヤの気分もここまで害されることはなかったであろう。

 しかし書かれていることはすべてでたらめ。


 なぜメインが公開されないのか? メインがないからだよボケェ、とはトーヤの談である。


「別に過小評価されてるわけじゃないんですから……そこまで怒る必要もないでしょうに。それと、あなたの実力がばれるなんて事態は起こりませんよ。ヘルト家と王家(うち)が全力で隠蔽工作を行うでしょうから」


「さすが、何年も不倫を揉み消してきた一族は違うぜ」


「返す言葉もありません」


 一見、ただ世間話をしているようにも見えるが、彼らの話している内容は国家の最重要機密にあたる。


「とはいえ、あなたの判断が実際多くの人間を救ったのは確かです。ダヴィも言ってましたよ。『少ない情報から敵を黒竜だと割り出す知識。自らの犠牲をいとわない勇気と冷静な判断。身体強化に頼らずとも魔人と渡り合う力――いずれも称賛に値します』と」


「相変わらず異常なまでに俺のこと持ち上げてくれるなあ。ちゃんと主人やその周りの人間に敬意を持つ……いい部下じゃねえか。うらやましい」


「フフフ、当然ですよ。ダヴィは小さいころ私が拾って、それ以来王族の護衛としてふさわしい教育をしてきましたから」


「この前の事件でも、デクルト山付近の街で多くの民間人を救ったらしい。俺なんかよりよっぽど英雄扱いされるべき人材だ。なあ、物は相談なんだが――


 ダヴィ、俺にくれよ」


「イヤでーす」


 上半身を机に乗り出し言うトーヤに、間髪入れず机に乗り出し答えるリリー。

 お互いの笑顔が、ほんの数センチという距離で固まる。


「ちっ、やっぱダメか」


 ダメもとだったためか、すぐにトーヤが笑顔を崩し、不満そうな顔で席に着く。


「……」


「……」


「……」


「なんだよ」


 トーヤが席に着いたにもかかわらず、リリーのほうは机に乗り出しジーっとトーヤの顔を見つめる。


「ずっと聞きたかったんですが……その髪は何です?」


 近距離でトーヤの顔を見つめた後、リリーは思い出したかのように、朝からずっと抱いていた疑問をぶつける。

 

 髪の色を金色に変え、メガネまでかけたトーヤの姿はまるで別人のそれであった。

 リリーが朝の待ち合わせの際、トーヤから声をかけられるまで気づくことができなかったほどに。


「お前にあやかって変装してみたんだよ。あの事件から俺の似顔絵が広まっちまったからな」


「瞳の色まで変わってますよね? どういう仕組みですか?」


「このメガネのおかげだよ。こういう魔具(まぐ)を作るの得意な奴が親戚に一人いてな」


 そんな変装を施したトーヤの姿を、リリーはさらにまじまじと見つめる。


「へえ……いいじゃないですか。ずっとその姿のままいたらどうです?」


「却下だ。髪染めの魔法は使用人にやらせてるんだよ。いちいち口止め料も含めた金を払ってな。マヤは俺の黒髪を気に入ってるせいでやってくれねえし……というかなにお前、金髪好きだったのか?」


「いいじゃないですか金色。私ともおそろいですし。どっかのゴキブリみたいな色より断然上ですよ」


「セーヤに黒染めするよう勧めるか」


「やめてください。セーヤさんが黒髪になろうもんなら、あなたを人質に取って立てこもりますからね」


「そこまで?」


「私は好みには妥協しません。年上好きのくせして、告白された後輩と付き合うようなあなたと違って」


 途端、トーヤの顔があからさまに引きつる。

 自分の髪色をさらっとゴキブリ扱いされたことにさえ、何の反応も見せなかったトーヤだったが、その言葉には隠しきれない明確な反応を示す。


「おい……それだれから聞いた?」


「情報提供者の命は軽くありません。と、そんな話はどうでもいいんです」


「いやよくねえわ!」


本題(・・)に入りましょう。まさかこんな世間話をするために、わざわざ呼び出したわけじゃないですよね」


「……まあ犯人の目星はついてる」


 あからさまな話題逸らしだったが、あきらめてトーヤは『本題』について話すことに決める。

 トーヤにとっては黒歴史ともいえるような過去、それを簡単にばらした部下に制裁を加えることも心に決めながら。


「さて、その本題だが……お前の妹の件だ。

 



 悪かったな」


 表情こそ変わらないものの、リリーの発する雰囲気と呼べるものが沈んでいく。


「……その話ですか。謝罪なら必要ありませんよ。あれは私の、ひどく勝手なお願いでしたから。あなたやダヴィが無事だっただけでも――」


「違う。これはラシェルを救えなかったことに対する謝罪じゃない。真っ先に知りたかったはずのお前に、今まで黙っていたことに対する謝罪だ」


 トーヤの言葉の意味を、ほぼ確信をもって理解したリリーの目が見開かれる。


「……生きて、、、いるんですか?」


 震えるような、普段からは想像もできないような声。

 それほどまでにリリーの動揺がうかがえる。


 そして、トーヤはそんな彼女の望む言葉を投げかける。


「生きてるよ。しっかりと五体満足でな」


「っ!! ……しかし、あなたを襲ったグループは全滅したはずでは……?」


「俺がそう話したからだ。色々と事情があってな、ヘルト家にもこのことは言ってない。トーヤ・ヘルト個人として、ラシェル・ガイアスを安全な場所にかくまっている」


 妹が生きている。

 それを知った瞬間、両手で口元を覆い、天井を見上げるように顔を上げる。


 一度はあきらめてしまっていた。

 ラシェルが死んだという記事を読んだとき、吐き出しようのない悲しみがあふれた。

 

 ほとんどまともに会ったことはない。

 数少ないラシェルとの対面も、認識されていないかもしれない。

 お互いの境遇から、恨まれてさえいるかもしれない。


 間違いなく歪な関係ではあるが、リリーにとってラシェルはかけがえのない家族だった。


「……ありがとう、ございます」


 謝辞を述べるリリーのその目には、うっすらと涙がたまっている。

 

「へえ、そんな顔もするんだな」


「からかわないでくださいよもう」


 目元を拭きながら、またすぐいつもの調子に戻る。


「ところで、あなたの目的は果たせたんですか?」


「何の話だ?」


「『魔人と話がしたい』って言ってたじゃないですか。それで、聞きたいことは聞けたんですか?」


 ああ、そういやそんなことも言ったな――と、トーヤは記憶の片隅に追いやっていたことを思い出す。


「別の奴から知りたいことは大体知れた」


「別の奴?」


「それについてはいずれ話すさ。お前にも協力してもらいたいからな」


「なんの話かは分かりませんが……ラシェルを助けてもらった恩は返しても返しきれません。なんだって協力は惜しみませんよ」


「それが……世界の仕組みを変えることだとしても?」


 急に世界などと言われれば、スケールの大きさに戸惑うものがほとんどであろう。

 冗談、意味不明、何かの例え、そんな言葉がまず出てくる。


 しかしリリーは――


「いいじゃないですか。変えてやりましょうよ、世界。最っっ高にわくわくするじゃないですか!」


 間髪入れることなく挑発的に笑うリリー。

 それを見てトーヤも挑発的に笑い返す。


 


 トーヤとリリー、二人の間でしか共有できない何かがそこにはあった。


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