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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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ついてこい



 デクルト山での事件から約2週間がすぎた。


 黒竜による被害は兵士だけでなく、近隣の街にも多大な被害を及ぼした。

 デクルト山にほぼ隣接した生活圏では、村や街そのものが壊滅した場所もある。


 死者・行方不明者共に多数。

 今なお増えていくその数は5桁に届く。


 誰の眼から見ても最悪な出来事だ。

 しかし、300年前の事件、黒竜がかつて現れたときと比較した場合――


 たったそれだけ(・・・・・・・)の被害でしかない。


 なんせ、国の半分近くが竜によって滅ぼされたんだ。

 単純に被害者の数だけで見れば、当時の事件は桁が違う。


 だからこそ、被害地域から遠く離れた者たちは、被害を食い止めた者を英雄として祭り上げる。

 その場にいた俺、トーヤ・ヘルトや妹のカナンを。


 さらには魔人も倒したということで、神聖視されているといっても過言ではない。

 王都の屋敷に返ってきたとき、門の前に集まった野次馬の騒ぎようが半端じゃなかった。


 どうやら、魔人カーライを倒したのは俺ということになっているらしい。

 ラシェルの存在を隠すため多少の嘘はついたが、どう曲解すればそうなるんだか。


 ちなみに、事件のこともあって親父が王都にきていた。

 俺がデクルト山にいた理由とか、てっきり色々と聞かれると思っていたが、なにも聞かれなかった。

 呼び出しすらされていない。

 謎すぎてむしろ怖い。


 

 しかしまあ、とうとう俺も英雄あつかいか……

 

『多くの死を引き連れて英雄は生まれる。君達が英雄と呼ばれるようになった時、もう一度ここに来なさい。ヘルト家が存在する意味を教えてあげよう』


 昔の記憶、俺がまだ金色の髪だったころ。

 ある人物から言われた言葉を思い出す。


 まだ自分から胸を張って英雄とは言えないが、約束の条件は満たしたはずだ。


 俺は目的の場所に行くため、部屋の外に出ようと扉を開ける。


「どこに行くんですか?」


 するとそこには、長い髪を後ろでまとめ、使用人服を着た女性。

 俺の専属使用人であるマヤが立っていた。

 

 部屋に入ろうとしていたような様子はない。


 おかしい。

 扉を開くとき、誰にも見つからないよう足音も確認したはずだ。


 え、なにこいつ、ずっと扉の前で立ってたの?


「ちょっとした野暮用だ、野暮用」


「外へ?」


「ああ」


「街ですか?」


「いや、ちょっと遠出」


「そうですか……」


 ……止めないのか?

 いつもなら流れるように、罵倒の言葉一つや二つ投げかけてくる――





 ――は?



 強烈な腹部の痛みを感じたと思えば、一瞬の浮遊感ののち、背中にも衝撃が走る。


 背中に感じた衝撃は、部屋の壁に激突した痛みだった。

 先ほどまで目の前にいたはずのマヤからは、数メートルほど離れている。

 

 ここでやっと俺は、自分がマヤに蹴り飛ばされたのだと理解した。


「お、おいマヤ! 何すんだいきなり!?」


「いきなり?


 ずっと言い続けてきたじゃないですか。一人で危険な真似をするな、と」


 ゆっくりとマヤが近づいてくる。

 いつも通り……いや、いつも以上に冷たい目を向けながら。


「私は、あなたの傍にさえいれば、どんな外敵からもあなたの身を守ると約束できます。それが竜であろうと、魔人であろうと問題なく」


 言い切ったよコイツ。


「しかしながらトーヤ様。あなたから私の傍を離れていくというのなら、その限りではないんですよ」


 少しずつ、少しずつマヤとの距離がなくなっていく。


 逃げる?どこに?すぐ追いつかれる。

 魔法陣は?だめだ、通じそうなものがない、部屋の中で使えば大惨事だ。

 説得を試みる?聞いてくれるのか?問答無用で蹴ってきた女が。


「フタツ山での件は仕方ありません、敵側からの襲撃です。鬼族の村へ行ったのも、あれはトーヤ様の意思ではない。


 ですが、今回の件は別です。トーヤ様自身で火中へと飛び込んで行ったのですから」


「っ!?」


 嫌な予感がしたため、必死に体を動かす。

 

 ガアン!という音とともに、先ほどまで背を預けていた壁が穴をあけられ崩れていく。

 マヤの蹴りによって。


「お前……さすがにこれは痛いじゃすまねえぞ」


「当然ですよ、骨を折るくらいはするつもりですから。右腕が完治したと思ったらすぐこれです。もう2、3本折っておきましょうか?」


「お茶いりますか? みたいな感じで尋ねることじゃねえよ」


 ベッドの近くまで転がった俺は、マヤから見えないようにベッドの下に手を伸ばす。

 

 ベッドの下に隠してある煙幕の魔法陣を起動させる。

 気休めにしかならないが、一瞬の判断を遅らせるぐらいなら――


「悪いことを企むのはこの手ですか?」


「うっそだろ……」


 目の前にいたマヤが俺の腕をつかんでいた。

 そのまま、首元をつかまれ持ち上げられる。


 くっそこいつ、魔人(ロス)より速い。


 マヤは首元をつかんだまま、ベッドに仰向けにして俺をおさえつける。


「おいおい、情熱的すぎだろ。いつもクールなのがお前のキャラじゃなかったっけ?」


「仕方ないじゃありませんか。目を離したら、すぐ傍からいなくなってしまうんですから。安心してください。きれいに繋がるよう折ってあげます」


 マヤのもう片方の手が、俺の体をなでるようにして足にのびていく。


 やばい、こいつ本気だ。

 このままだと本当に俺の足を折る。


 けど、それは俺がこのまま何も言わなければ――だ。

 そして、マヤが言ってほしい言葉を、俺はきっとわかっている。


「マヤ」


「なんですか? 命乞いなら聞きませんよ?」


 足折るだけですよね?


「俺がこれから行くのは危険な所じゃない。確かに遠出にはなるが、命の危険はないはずだ」


「だから? 黙って出ていくのを見過ごせとでも――」




「ついてこい、マヤ。お前の出番はないかもしれないけどな」


 その言葉を聞いた瞬間、マヤの口角がほんの少し上がったかと思えば、俺から手を放し、立ち上がって言う。


「ええ、どこまでもついて行きますよ」


 まるで『初めからそういえばよかったんですよ』とでも言うように笑うマヤ。


「じゃあ行くか。ああそうだ、親父には――」


「言いませんよ。せっかくのトーヤ様とデートなんですから」


「デートじゃねえよ……でもまあ助かる」


 なんだかんだ言ってマヤはいつも、ヘルトではなく、俺の味方をしてくれる。

 実力的にも、マヤ以上に頼りになる護衛を俺は知らない。


「魔法陣は置いていってください。私がいれば、まず使うことはありませんから」


「ほんと……頼りになるな」


 性格はともかく――『当然ですよ』とでも言わんばかりの控えめな笑顔は、やはり魅力的だと思う。



 性格はともかく。


三章はこれにて終了です。



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