波紋
魔人の情報を秘匿してきたシール王国だが、実際に魔人による被害が出た今、魔人復活の情報を打ち明けることに決める。
黒竜、魔人の出現。
及びヘルト家による討伐。
その情報は、デクルト山での事件と共に広がっていく。
山を越え、国を超え、果ては辺境の地まで。
ーーーーーー
アルギラ帝国
温かな日差しが照り付けるオープンカフェ。
そこで一人の少女が、記事を読みながら優雅にティータイムを楽しんでいる。
だが、その光景を見たものは違和感を抱くであろう。
少女の年齢はその見た目からして、二桁に届いていない。
そんな少女がたった一人で、自分の体を隠してしまうような新聞記事を読んでいる姿は、不自然に感じるはずだ。
実際、他の客や通行人はその少女を見て怪訝な表情を浮かべる。
「すごいよねー、魔人を二人も倒しちゃうなんて。『ほんとほんと、さすがオーヤさんの血筋だね』」
当の少女は周りの目など、どこ吹く風。
気にすることなく、ひとり言を発しながら記事を読み進める。
平和な街の昼下がり。
そんな平穏は唐突に終わりを告げる。
「お、おいなんだよあれ!?」
「軍の人間じゃねえか!」
カフェの周りを、武装した集団が取り囲む。
「そこのガキ! 記事を床に置き、両手を上げろ!!」
集団のうちの一人が、声を荒げる。
「うるさいなーもう。『そうだよ。ティータイムくらい楽しませてよ』」
少女は渋々といったように立ち上がる。
武器を向けられているにもかかわらず、その少女に怯えはない。
「私は帝国軍より、大佐の階級を承ったモーディル・グレーン」
大佐、その言葉に辺りはさらに騒然となる。
「そんな階級の方が一体何で……?」
「あのお嬢ちゃん何者なんだ?」
だが、やはり当の本人は慌てるような素振りをかけらも見せない。
「それで? その大佐様がこんなか弱い少女に何の用ですかー」
「黙れ! 貴様が30年間、ずっとその姿のままであるということはとっくに調べがついている! 大人しく我々と共に来い化け物!」
「化け物ってひどくないー?『そうそう、こんなかわいい少女に向かって』……はぁあ、めんどくさいけど、しょうがないよねー」
「大人しくしていれば危害は……」
荒々しく叫んでいたモーディルの言葉が、唐突に止まる。
「……我々は――
――誰を捕らえにきたんだ?」
「何を言ってるんですか大佐。我々は報告があったあの……あれ?」
「あの軍人さんたち、わざわざこんなとこまでなにしに来たんだ?」
その場にいた全員の頭に疑問符が浮かぶ。
軍人は、一体誰を捕らえに来たのか?
周りの一般人は、なぜこんなところまで軍人が出てきたのか?
まるで、記憶が抜け落ちたかのような感覚に襲われていた。
ゆっくりと、誰にも気づかれることなく、その場を離れる少女以外は。
「シール王国かー、なつかしいね。『うん、大体200年ぶりだねー』」
ーーーーーー
シール王国ヘルト家領地から西へ進むと、大規模な森林地帯がある。
そこには、危険度の高い魔獣も多く存在し、基本的に人の住めるような環境ではない。
しかし、その森には1つの村が存在する。
小規模ではあるが、彼らは森を住処とし、自然と共に生活している。
その村の男の一人が、片手に紙を握りしめ森の中を必死に走る。
「はやく……、はやくハイリアさんに伝えないと」
息を切らしながらも、男は目的の場所にたどり着く。
すると眼前には、無数の死体が広がっていた。
魔獣たちの死体の群れ。
シール王国では危険度Aに設定されている魔獣。
さらに奥では、何体もの死体が積み上げられている。
男がその死体の山を見上げたとき、目的の人物がそこにいた。
槍を魔獣の死体へと突き刺し、脚を組んで座る女は、走ってきた男に気づくと立ち上がる。
その女の体は、女性として全盛期と言えるものであり、ほどよく筋肉がつき引き締まっている。
「ハイリアさん! 見てくださいコレ!」
男はそう言って、持っていた紙きれをふる。
ハイリアと呼ばれた女は、男へと近づいていく。
魔獣の死体を踏みつけながら歩いているわけではない。
なにもない空中を、まるで階段を降りるように優雅に歩いていく。
「この魔獣の死体……ハイリアさん一人でやったんですか?」
「村に一直線に向かっていたのでな、やむなしだ。それよりずいぶん慌てていたようだが」
「あ、そうなんですよ!」
男は持っていた紙を、ハイリアに渡す。
「外への調査隊が持って帰ってきた新聞の切り抜きです。黒竜が倒されたらしいですよ!」
ハイリアが記事を読み終わるのも待たず、興奮気味に男は話を続ける。
「すごいですよね。黒竜に加えて魔人まで――」
「フフ」
「ッ!?」
記事を読みながら、ハイリアは思わず笑みをこぼす。
その反応に、男は驚愕する。
普段のハイリアは表情を崩すことがまったくない。
嬉しいときでも、悲しいときでも、死の淵に立った時でもそれは変わらなかった。
男はそれを知っているため、何か反応を示すかもしれないと記事を見せたが、本当に反応するとは思いもよらなかった。
それも驚きを示す顔ではなく、心の底から嬉しそうな笑顔。
失礼なたとえだが、男は幻の魔獣でも見た気分になる。
「……そんなに嬉しいんですか?」
無意識におそるおそる尋ねてしまった男に、ハイリアは即答する。
「当然だ、孫の活躍を聞くことほど嬉しいことはない」
ーーーーーー
国際魔法究明機関、通称コクマ。
その名の通り、魔法の真理を追究し、新たな魔法技術を生み出す組織。
世界中の国家に支部を持ち、新たに作られた魔法技術や道具の提供、優秀な人材の派遣などを、国家に対して行っている。
そんなコクマの信念は、『より豊かで幸福な世界を』。
民間相手に取引をすることはなく、複数の国家からの支援によって成り立つ特殊な組織である。
シール王国第六支部、無数にあるコクマの支部のひとつ。
この施設でも、デクルト山の事件について触れられていた。
「黒竜かー、私も戦ってみたかったなー。こうズバーーン!って真っ二つに」
「フハハ、隊長なら本当にやっちまいそうだな」
「隊長ならできますよ! 間違いありません!!」
「ねえシュー、何読んでるの?」
「ヴェラには絶対理解できない本だ」
「ひっどい!」
「…………」
記事を読みながら剣を振るふりをする女に、その傍で気だるそうにつぶやく男と、興奮気味に話す女。
我関せずという様子で本を読む少年に、興味を持って本を覗き込む少女。
部屋の隅で膝を抱えて座り、ひどいくまが目元にできたおっさん。
それらの計六人が、一つの部屋に集まっている。
「魔人とも戦ってみたいなー。やっぱ強いのかな?」
「俺は嫌だな。死んでも死んでも生き返るなんざだるすぎる」
「隊長なら魔人相手でも余裕ですよ、絶対!」
「それ面白い?」
「ぜんぜん」
「…………」
各々好きに会話を楽しんでいるなか、部屋の扉が開かれる。
「失礼します! シェルナ・ヴァント様!」
勢いよく入ってきた男は、シェルナと呼ぶ女に向かって敬礼する。
「も~、そんなかしこまらなくていいよ。それで、どうかしたの?」
「近くの町で竜の群れが暴れているとのことです。『バード』の方々に出撃のほうをお願いしたく……」
「うんわかった。すぐ行くよ」
「ありがとうございます! では外でお待ちしております」
男はまたすぐにその場を去っていく。
「それにしても珍しいね。このあたりで竜なんて」
「黒竜のせいじゃないですか? 黒竜には竜を集める力があったらしいですから」
今まで本を読んでいた少年が、口をはさみながらゆっくりと本を閉じる。
「よくそんなの知ってるね」
「昔、知り合いから聞いたことがあったんで」
「へえ~」
「隊長、早く行きましょう! こうしている間にも、被害が出ています」
「うん、そうだね。じゃあみんな行こう」
隊長――シェルナ・ヴァントの声と共に皆一斉に立ち上がる。
「相手は無慈悲に人を襲う竜。手加減も慈悲も一切必要なし。今こそコクマ戦闘部隊『バード』の出番。
蹂躙するよ」
「「「「「はっ!!」」」」」
ーーーーーー
古の魔人の復活。
それと共に、トーヤ・ヘルトの名もまた、世界中に知れわたっていく。
魔人を倒すほどの実力者――そんな偽りを含めて。
いろいろ新しい名前が出ましたが、まだ特に覚える必要もないです。




