二度目の初対面
祭りの日から三日たった朝、俺は体に残る疲れを感じながら目を覚ます。
説教をくらったあの日から、しごかれにしごかれた。
兄が家にいないうちは家庭教師から礼儀作法、食事マナー、社交知識、これから学園で学ぶ四年分の知識を詰め込まれ、兄がいるうちは鍛錬という名の家庭内暴力を受ける日々。
そもそも肉体的鍛錬ならまだしも、礼儀作法などに関しては初めて習ったわけではない。
これでも一応貴族は貴族だ。
物心ついたころから、いや、物心つく前から徹底的に叩き込まれている。
社交界への顔出しはまだほんの一部にしかしていないが、貴族として完璧な立ち振る舞いをする自信はある。
まあなにが言いたいかというと――
たるい。
復習だとかなんとか言っていたがまじでたるい。
逃げようと思っても、マヤの監視に恐ろしいほどすきがない。
絶対まだ祭りの日のこと根に持ってる。
だが、今日こそはなんとしてでも逃げだ――
「おはようございます。トーヤ様」
上半身を起こし、横に振り向くと当然のようにマヤが立っていた。
あれ? ここ俺の部屋だよね?
「えーっと……マヤさん」
「なんですか? そんなあらたまって『さん』付けで呼ぶなんて。いつも通りマヤお姉ちゃんと呼んで下さい」
一度たりともそんな呼び方した覚えねえよ。
「いや、なんで当たり前みたいな顔して、人の寝室にいるんですかね?」
「なにをいまさら、私とトーヤ様の仲じゃないですか」
胸に手を当て、わざとらしく顔を赤らめるマヤの仕草が非常に腹立つ。
無駄な小芝居しやがって。
「まぎらわしい言い方すんじゃねえボケ。ただの主従関係だろが」
「ああそうですか、トーヤ様にとって私は都合のいい女でしかないんですね」
やべえよ、会話が成立しねえ。
日頃からめんどくさい部分はあるが、今日はいつにもましてめんどくさい。
もういいや、適当に話を逸らしてやろう。
「そういえば俺、学園に通うとき新しい護衛がつくらしいな」
「新しい護衛がつくなら私はお払い箱ですね。都合が悪くなったらポイッてことですか。どうせ遊びの女ですから……」
どうやってもめんどくさい方向に持って行こうとするんだけど、どうしろってんだよ。
「学園に通ってる間だけらしいから、帰宅後とか休日は普通に今まで通りだよ。自由時間が増えたと思って喜べばいいじゃねえか」
「……どうせ自由時間があっても、遊ぶ友達なんていませんので」
急に拗ねたように顔を背ける。
やっぱ祭りの日のこと根に持ってやがった。
「悪かったってあん時は、それに俺だって一緒にまわる友達とかいなかったし」
「銀髪のかわいい女の子とデートしてましたもんね。友情より恋ですか。ああそうですかそうですか」
……なんで知ってんのこいつ?
「噂になってましたよ。美少女とそこそこ美少年のカップルがデートしていた、と」
誰だ、そんなふざけたことをほざいたやつは。
そこそこってなんだそこそこって。
文句なしの美少年だろが。
「どうせ私みたいな年上より、同世代のかわいらしい子のほうがいいに決まってますもんね」
なんで今日こんな機嫌悪いんだ? なんかあったのか?
昔から機嫌悪いとめんどくささに拍車がかかるし、少しくらいフォローしとくか。
「いや、女性の好みでいえばどっちかというと、俺は年上のお姉さんタイプのほうが好みだな」
「…………そうですか」
マヤは少し照れたように顔を逸らす。
なに乙女ぶってんだこいつ。
「といっても、マヤを女としてみるなんて無理な話だけどな」
ハハハ、と笑いを誘うように話しかける。
俺の意識はそこで途絶えた。
ーーーーーー
「リリアーナ様が今日のお昼頃、屋敷にいらっしゃいます」
起きて開口一番に聞かされたのがこのセリフだった。
「……は? リリアーナって、というかなんで俺また寝てたんだ?」
「二度寝したんですよ」
「え? いやでも――」
「二度寝です」
……なんかこれ以上聞いたらダメみたいだな。
「じゃあそのことはまあいい。それよりなんだよ、リリアーナがくるって?」
「ですから、トーヤ様の兄君であるセーヤ様の婚約者、この国の第三王女リリアーナ姫がこの屋敷にご来訪されるんです」
いや、詳しく言えってわけじゃない!
「まったく聞いてないんだけどその話!!!」
一国の王女の来訪、それは例え英雄家であってもビックイベントだ。
なのに……!
「言ってませんから」
「言ってませんから、じゃねーよ! 普通何日も前から知らされるもんだろそんな大事ことは! 当日の朝に知らせるって頭わいてんのか!?」
「トーヤ様以外の屋敷の者は全員知ってましたよ」
あれーー? 俺だけ仲間はずれですか。しまいには泣くぞ。
「セーヤ様からの言伝があります」
「言伝?」
なんでまたそんなもん……
「『事前に知らせれば、お前はめんどうごとを嫌って確実に逃げ出すだろう。だからぎりぎりまでふせておいた。これから逃げようなどと思わないことだ。マヤにはしっかりと監視するように頼んである』とのことです」
あのクソ兄貴!
……よくわかってんじゃねーか俺のこと。
実際これまでも、何度か兄の婚約者に会う機会はあった。
だが俺はめんどうごとを嫌い、いつも前日から家を抜け出したり、あらかじめ予定を入れておいたり、何かしら爆発させて来訪自体をパアにしたり。やはり爆発は全てを解決する。
といったように、あの手この手で会合を避けてきた。
――が、今回はどうやら避けるのは不可能みたいだ。
こんなことなら、死ぬほど退屈な講義を受けてたほうがましだったな。
ーーーーーー
王女が来訪予定の時間なり、俺は堅っ苦しい正装に着替えて所定の部屋で兄と待機している。
他のやつらはあらかじめ来訪を知っていたため、準備がスムーズだったのに対し、俺はぎりぎりまでかかってしまった。
「もっと余裕を持って行動しろ。普段からの心構えがなっていない」
そう俺に苦言を垂らすのは、実の兄であるセーヤ・ヘルトだ。
ヘルト家の長男であり、すでに親父から次期当主として指名を受けている。
これから会う王国第三王女と許嫁関係であり、俺がこれから通う学園に主席入学して主席で卒業。
今は王国の軍で特別顧問みたいなことをやっているらしい。
あと金髪碧眼のイケメン。
人として非の打ち所がなさ過ぎて、むしろ人間味がないハイスペックおばけだ。
しかし準備が遅れたのは、ぎりぎりまで隠していたおめぇの責任だろ――と内心では不満たらたらだが、決して口にはしない。
ちょっとでも反論しようものなら、怒涛の如くあの手この手で言い返される。
ぎゃふんと言わされるのはいつも俺のほうだ。
「リリアーナ様がお着きになられました」
その時、一人の使用人が姫さんの到着を告げる。
「ではお前は後から入ってこい」
そう言ってセーヤは姫さんの待つ部屋に向かう。
最初にセーヤが姫さんと会い、しばらく二人で話してから俺の紹介というのが最初の流れだ。
わざわざ俺が会う必要なんてあるのかねえ。
シール王国第三王女リリアーナ姫
使用人の話によると、黄金のように美しく光る金色の髪が特徴的だという。
凛とした普段の立ち振る舞いと一転して、笑うととてもかわいらしい少女。
この春から王都の学園の4年であり、生徒会長という生徒のリーダー的なものを務めている。
年は18、俺の3つ上。
俺が知っているのはこれくらいだ。
まあこれだけでも十分ハイスペック感がただよってきてる。
そんな人物と許嫁関係とはうらやましいかぎりだよ。
俺にも美人な許嫁頼むぜ親父。
ゴリラみたいなのが相手なら、本気で国外逃亡考えるからな。
「トーヤ様、セーヤ様がお呼びです」
いろいろ考えているうちに話は終わったらしい。
こうなったらパッと会ってパッと終わらせるか。
覚悟を決めてドアをたたく。
「入れ」
兄の返事を聞き部屋の中に入る。
部屋に入ると、兄、(おそらく)姫さん、姫さんの従者らしき女、の合計三人が部屋の中にいた。
「弟のトーヤです」
兄から紹介を受け、姫様のほうに向き頭を下げる。
「お初にお目にかかります。トーヤ・ヘルトと申します」
頭を下げる前に少し姫さんの顔を見た。
噂通りきれいな人だった――けど、なんというか、その、つい最近どっかで見たことあるような……
いやいやいや、まさか……な。
ほら! 一瞬しかみてねーし、他人の空似なんてよくあることだし!
挨拶を終え頭を上げ、もう一度姫様の顔を見る。
一目みただけで目を引かれるきれいな金色の髪だった。
その髪を銀色にして後ろでくくれば、この前会ったリリーそっくり……
リリーですね、はい。
一人目の兄妹登場。