表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
69/158

変わる



 【イン視点】



 ……生きてた。


 目を覚ますと、そこは部屋の中だった。


 自分の中の記憶は、黒竜をセーヤ様の魔法で閉じ込めたところまでで途絶えている。

 最後にカナン様を見たような気がしたが、あの状態からこうして無事生きているということは、幻覚ではなく本物のカナン様だったのだろう。


 倒れたときの状況を思い出しながら、現在の状況も把握するため辺りを見回す。

 ここはおそらく病室……病室?


 気絶していた私が寝かされていたことから、病室であると考えられるのだが……

 なぜ疑問符が浮かぶのかというと、それは私の知っているような病室ではなかったからだ。


 部屋が豪華すぎる。


 これでもかというほど、華美な装飾品等々で部屋が飾られており、部屋には私しかいない。

 個室というわけではないが、もう一つベッドが隣にあるだけ。

 

 こんな部屋に泊まれるような高貴な身分になった覚えはない。

 そして隣のベッドは誰のものなのか?


 上手く状況が飲み込めないでいると、ノックなど何もなしに扉が開かれる。


「おう、やっと起きたか」


 扉を開いたのは、私がデクルト山にくる理由をつくった張本人。


「トーヤ様!」


 左手で扉を開いたトーヤ様。

 右腕には仰々しいギプスがつけられていた。


 私はすぐにベッドから下りようとするが、それを制される。


「いいからそのまま座ってろ」


「……はい。ところでその腕……」


「問題ねえよ。一時は砕かれたクッキー状態だったが、今はきれいに並んでる。くっついてはいねえけど」


 クッキーって……とはいえトーヤ様が生きてて本当によかった。

 死んでたりなんかしたら私が殺される、いやわりとまじで。


 トーヤ様は私のほうへと近づいてくると……



 隣のベッドへと腰を下ろした。

 私と話をするため……というわけではなく、そのベッドで完全にくつろぎ始める。


 …………ん?


「あの……トーヤ様?」


「どうした?」


「ここ、もしかしてトーヤ様のために用意された部屋では?」


「もしかしなくともそうだな」


「じゃあただの一従者でしかない私が、ここで寝かされていたのはなぜでしょうか?」


「暇だったから」


 暇だったから、じゃねえよ頭わいてんのか。


「最初は後処理手伝ってたんだがとめられてな。重症でもないから大丈夫っつったんだが、『あなたが重症でなければ、この世に重症患者はほとんど存在しません!!』って医者に言われてここに放り込まれたんだ。というわけで一人じゃ暇だし、インでも呼ぶかって思ってな」


「寝てる私なんていても、おもしろくないでしょう……」


「アホみたいによだれたらしながら寝てる姿は、なかなかおもしろかったぞ」


 その言葉に、私はあわてて口元をぬぐう。


「嘘だ」


 …………殴っていいかな?

 折れてる右腕じゃなければ許される気がする。


「イン、魔力感知」


 唐突に、トーヤ様の声が真面目なものへと変わる。

 戸惑いつつも私は、言う通り感知魔法で魔力反応を探る。


「反応は?」


「ありません」


 周りに人の反応はない。

 魔法が使われている形跡もない。


「そのまま継続して使い続けろ。もし誰か近づいてきた場合はすぐに知らせるんだ。いいな?」


「わかりました」


 私が了承すると、トーヤ様が今回の事件について詳細に述べ始める。


 今回の事件に黒幕がいたこと。

 それが魔人であったこと。

 敵が組織規模であること。

 幻術魔法の使い手であるラシェルが王族であったこと。

 そしてまだ生きており、トーヤ様がかくまっていること。


 

 ひと通り説明を聞き終わり、今回の事件の背景がある程度鮮明に理解できた。

 しかしただ一つ、わからないことがあった。

 それは、なぜトーヤ様がそんなことまで私に話してしまうのか。

 しかも、カナン様に話していない事実まで伝えるのだから、なおさらわからない。


「……どういうおつもりですか?」


 一体、なんの意図があって私にそのことを伝えるのか。


「イン……」


 私はつばを飲み込み、次の言葉を待つ。


「俺のものになれ」




 …………ふぇ?


「ヘルトではなく、俺に仕えろ」


 あ、ああ! そっちか!

 恋愛的なアレじゃなくて、トーヤ様個人に仕えろって意味ね!!

 いやそれでもいろいろと問題あるけど!!


「ちょ、ちょっと待ってください。どうしたんですかいきなり!?」


「今は一人でも協力者が必要なんだ。それもヘルトの息がかかってない協力者が」


 息がかかってない……そういうことか。

 

 なぜ私にすべて伝えたのか。

 なぜ私に、俺のものになれなどと言ったのか。

 なぜツエルやデイルではなく私なのか。


「私が……ヘルトに対して忠誠心を持っていないからですか」


 私は孤児から『影』になったためか、ツエルやデイルと比べると、ヘルトに対する忠義が薄い。

 これは、小さいころからずっと感じている。


「まあそれも理由の一つだ」


「他に何かあるんですか?」


「剣聖の弟子とかいうやつから聞いたぜ。黒竜相手に真っ向から立ち向かったんだってな」


 あー……何か今思い出すと恥ずかしい。

 あきらかに変なテンションになってたなー……。

 普段なら言わないような事とか言っちゃったし。


 そういえばシータさん生きてたんだ、よかった。


「正直悪いと思ってるよ。俺につきあわせてしまったせいで、こんなことに巻き込んで」


 ほんとに……あのときなんであんな決断してしまったんだろ。

 普段なら絶対に見てみぬふりしてた。

 

「けどお前は、相手が黒竜だとわかっても逃げなかった」


 いつもなら絶対に逃げてる。

 

「ヘルトを守るためじゃない。初めて会った見ず知らずの人間を守ろうとした。この国を守ろうとした」


「アハハ……」


 つい笑いがこぼれてしまう。

 そんな愛国心ある人間になったつもりもなかったのに。



 ああ、やっぱりおかしい。

 トーヤ様の付き人になってからの自分は、それまでの自分とはまるで別人のよう。

 

 考えるまでもなくトーヤ様のせい……いや、トーヤ様のおかげだ。


「それが一番の理由だ」


 トーヤ様と共にいれば、私は間違いなく変わる。

 たった数日で、嫌というほどわかってしまった。

 

『私は所詮こんなもんなんだ』


 そんなあきらめたような自分から、きっと変われる。


 それがわかってる、だから――


「改めて言うぞ、イン。俺のものになれ」


 こんな魅力的な提案を断れるはずがない。


 私はベッドから降り、片膝を立て床に座る。


「我が真名(・・)はイレーナ・シェーン。この時よりこの身はあなた様のもの。誠心誠意お仕えいたします」


 本当の名を発したことなど、いつ以来だっただろうか?


 トーヤ様は私の言葉に満足そうに笑う。


「それで、ヘルト家に内緒で何をする気ですか? 私は何をすれば?」


「インは今まで通り影として仕えていてくれ。やってもらうことができた場合、指示を出す」


 今すぐ何かする、というわけではないのね。


「とりあえず情報収集からだな。まあ場合によっては、世界を変えることだって辞さないつもりだ」


 思ってたよりも大分物騒なこと企んでるよこの人。


「言っておきますけど、トーヤ様の言った通りヘルトに対する忠誠心とか薄いんで。トーヤ様が悪の道に走ろうもんなら、容赦なく背中を撃ちますよ」


「安心しろ、そんな未来はありえない」


 自信満々にその言葉は放たれる。

 自分で言っときながら、私にもそんな未来は想像できなかった。










「ところで給与ってどうなります?」


「要相談だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ