変わる
【イン視点】
……生きてた。
目を覚ますと、そこは部屋の中だった。
自分の中の記憶は、黒竜をセーヤ様の魔法で閉じ込めたところまでで途絶えている。
最後にカナン様を見たような気がしたが、あの状態からこうして無事生きているということは、幻覚ではなく本物のカナン様だったのだろう。
倒れたときの状況を思い出しながら、現在の状況も把握するため辺りを見回す。
ここはおそらく病室……病室?
気絶していた私が寝かされていたことから、病室であると考えられるのだが……
なぜ疑問符が浮かぶのかというと、それは私の知っているような病室ではなかったからだ。
部屋が豪華すぎる。
これでもかというほど、華美な装飾品等々で部屋が飾られており、部屋には私しかいない。
個室というわけではないが、もう一つベッドが隣にあるだけ。
こんな部屋に泊まれるような高貴な身分になった覚えはない。
そして隣のベッドは誰のものなのか?
上手く状況が飲み込めないでいると、ノックなど何もなしに扉が開かれる。
「おう、やっと起きたか」
扉を開いたのは、私がデクルト山にくる理由をつくった張本人。
「トーヤ様!」
左手で扉を開いたトーヤ様。
右腕には仰々しいギプスがつけられていた。
私はすぐにベッドから下りようとするが、それを制される。
「いいからそのまま座ってろ」
「……はい。ところでその腕……」
「問題ねえよ。一時は砕かれたクッキー状態だったが、今はきれいに並んでる。くっついてはいねえけど」
クッキーって……とはいえトーヤ様が生きてて本当によかった。
死んでたりなんかしたら私が殺される、いやわりとまじで。
トーヤ様は私のほうへと近づいてくると……
隣のベッドへと腰を下ろした。
私と話をするため……というわけではなく、そのベッドで完全にくつろぎ始める。
…………ん?
「あの……トーヤ様?」
「どうした?」
「ここ、もしかしてトーヤ様のために用意された部屋では?」
「もしかしなくともそうだな」
「じゃあただの一従者でしかない私が、ここで寝かされていたのはなぜでしょうか?」
「暇だったから」
暇だったから、じゃねえよ頭わいてんのか。
「最初は後処理手伝ってたんだがとめられてな。重症でもないから大丈夫っつったんだが、『あなたが重症でなければ、この世に重症患者はほとんど存在しません!!』って医者に言われてここに放り込まれたんだ。というわけで一人じゃ暇だし、インでも呼ぶかって思ってな」
「寝てる私なんていても、おもしろくないでしょう……」
「アホみたいによだれたらしながら寝てる姿は、なかなかおもしろかったぞ」
その言葉に、私はあわてて口元をぬぐう。
「嘘だ」
…………殴っていいかな?
折れてる右腕じゃなければ許される気がする。
「イン、魔力感知」
唐突に、トーヤ様の声が真面目なものへと変わる。
戸惑いつつも私は、言う通り感知魔法で魔力反応を探る。
「反応は?」
「ありません」
周りに人の反応はない。
魔法が使われている形跡もない。
「そのまま継続して使い続けろ。もし誰か近づいてきた場合はすぐに知らせるんだ。いいな?」
「わかりました」
私が了承すると、トーヤ様が今回の事件について詳細に述べ始める。
今回の事件に黒幕がいたこと。
それが魔人であったこと。
敵が組織規模であること。
幻術魔法の使い手であるラシェルが王族であったこと。
そしてまだ生きており、トーヤ様がかくまっていること。
ひと通り説明を聞き終わり、今回の事件の背景がある程度鮮明に理解できた。
しかしただ一つ、わからないことがあった。
それは、なぜトーヤ様がそんなことまで私に話してしまうのか。
しかも、カナン様に話していない事実まで伝えるのだから、なおさらわからない。
「……どういうおつもりですか?」
一体、なんの意図があって私にそのことを伝えるのか。
「イン……」
私はつばを飲み込み、次の言葉を待つ。
「俺のものになれ」
…………ふぇ?
「ヘルトではなく、俺に仕えろ」
あ、ああ! そっちか!
恋愛的なアレじゃなくて、トーヤ様個人に仕えろって意味ね!!
いやそれでもいろいろと問題あるけど!!
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしたんですかいきなり!?」
「今は一人でも協力者が必要なんだ。それもヘルトの息がかかってない協力者が」
息がかかってない……そういうことか。
なぜ私にすべて伝えたのか。
なぜ私に、俺のものになれなどと言ったのか。
なぜツエルやデイルではなく私なのか。
「私が……ヘルトに対して忠誠心を持っていないからですか」
私は孤児から『影』になったためか、ツエルやデイルと比べると、ヘルトに対する忠義が薄い。
これは、小さいころからずっと感じている。
「まあそれも理由の一つだ」
「他に何かあるんですか?」
「剣聖の弟子とかいうやつから聞いたぜ。黒竜相手に真っ向から立ち向かったんだってな」
あー……何か今思い出すと恥ずかしい。
あきらかに変なテンションになってたなー……。
普段なら言わないような事とか言っちゃったし。
そういえばシータさん生きてたんだ、よかった。
「正直悪いと思ってるよ。俺につきあわせてしまったせいで、こんなことに巻き込んで」
ほんとに……あのときなんであんな決断してしまったんだろ。
普段なら絶対に見てみぬふりしてた。
「けどお前は、相手が黒竜だとわかっても逃げなかった」
いつもなら絶対に逃げてる。
「ヘルトを守るためじゃない。初めて会った見ず知らずの人間を守ろうとした。この国を守ろうとした」
「アハハ……」
つい笑いがこぼれてしまう。
そんな愛国心ある人間になったつもりもなかったのに。
ああ、やっぱりおかしい。
トーヤ様の付き人になってからの自分は、それまでの自分とはまるで別人のよう。
考えるまでもなくトーヤ様のせい……いや、トーヤ様のおかげだ。
「それが一番の理由だ」
トーヤ様と共にいれば、私は間違いなく変わる。
たった数日で、嫌というほどわかってしまった。
『私は所詮こんなもんなんだ』
そんなあきらめたような自分から、きっと変われる。
それがわかってる、だから――
「改めて言うぞ、イン。俺のものになれ」
こんな魅力的な提案を断れるはずがない。
私はベッドから降り、片膝を立て床に座る。
「我が真名はイレーナ・シェーン。この時よりこの身はあなた様のもの。誠心誠意お仕えいたします」
本当の名を発したことなど、いつ以来だっただろうか?
トーヤ様は私の言葉に満足そうに笑う。
「それで、ヘルト家に内緒で何をする気ですか? 私は何をすれば?」
「インは今まで通り影として仕えていてくれ。やってもらうことができた場合、指示を出す」
今すぐ何かする、というわけではないのね。
「とりあえず情報収集からだな。まあ場合によっては、世界を変えることだって辞さないつもりだ」
思ってたよりも大分物騒なこと企んでるよこの人。
「言っておきますけど、トーヤ様の言った通りヘルトに対する忠誠心とか薄いんで。トーヤ様が悪の道に走ろうもんなら、容赦なく背中を撃ちますよ」
「安心しろ、そんな未来はありえない」
自信満々にその言葉は放たれる。
自分で言っときながら、私にもそんな未来は想像できなかった。
「ところで給与ってどうなります?」
「要相談だな」




