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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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終幕と新たな影



(なんだ……何が起こったんだ?)


 ロスは自らの身に起きた事態を、全く理解できないでいた。


 身体強化魔法を全力で使って、デクルト山を下山中。

 気が付くと首から下は消え失せ、雲一つ存在しない空を見上げている。


 見るも無残な姿だが、魔人(不死)であるロスにとって、体のほうはそれほど問題ではない。

 なぜこうなってしまったのか――この事態の原因を把握できていないことのほうが問題だった。


 少しずつ体が再生し、痛みのやまない体を必死に動かす。

 辺りを見回すと、尋常ではない大きさのクレーターができており、視界を遮るように土煙が舞っていた。

 

 土煙が晴れていくと、クレーターの中心には、2メートルほどもある槍が地面に突き刺さっていた。


 それを見て、ロスはやっと自分が何者からか攻撃を受けたのだと理解する。

 そしてその攻撃を仕掛けてきた相手にも、ロスには心当たりがあった。


(くそっ……! 今すぐ撤退しなければ!!)


 痛みのおさまらない体に鞭をうち、なんとか立ち上がりこの場を去ろうとするが――


 地面に突き刺さった槍が、ひとりでに(・・・・・)動き出す。

 槍は固形状から液状に変化し、ロスの背後から覆いかぶさるように降りかかる。


 背後からであったことと、急いでいたこともあり、ロスはそれに気づくことなく、元は槍であった液状のなにか(・・・)をかぶってしまう。


「っ!?…………な、なんだこれは……」


 突然、自らに降りかかってきた謎の液体を不思議に感じていると――


「つぅ!!! グアアアア!!! アアアアああアァァアああ!!!」


 痛い、痛い、痛い


 抗えない激しい全身の痛みがロスを襲う。

 立ち上がることもできなくなり、その場にまた倒れる。

 

 ロスはただただ叫び続ける。

 喉から声を絞り出すように、悲痛な声をあげる。

 体の震えが止まらない。

 思考までもが、痛みに支配されていく。


 痛みから逃れたい。

 それ以外のことを、考えることができなかった。


 気力を振り絞り、ロスは自分の顔に向かって魔力弾を放つ。


 この行動に深い意味はなく、それはもっと突発的なもの。

 痛みから逃げるために、死にたいという感情が何よりも優先され、自殺を図るための行動だった。

 

 そこに一切のためらいもなく、自分が不死であることすら忘れての行動。

 それほどまでに、ロスの感じる痛みは常軌を逸していた。


 一瞬意識が飛ぶが、すぐに頭部が再生する。


 再生と同時に、また表現しがたいほどの痛みが襲った。


 痛みの原因が、体にまとわりついている液体であることは間違いない。

 思考が乱される頭でそう考え、自爆魔法である『空破(くうは)』を使い、体ごと液体を吹き飛ばそうとするが、痛みにより魔法を発動することができない。

 

 死んだところで、すぐにまた同じ痛みを味わう。


 死ねないことによる途切れない痛みが、ロスを襲い続ける。


「痛いでしょ? この世で最も痛みを感じると言われる魔獣の毒よ」


 苦しみ、のたうち回るロスの前に一人の少女――カナン・ヘルトが立つ。


 『死神』

 ロスがカナンという少女を見て、感じた第一印象はそれだった。

 

 冷たい目で自分を見下ろすこの年端のいかぬ少女こそが、ヘルト家の血を引くもの。

 カナン・ヘルトだとロスは確信する。


 カナンはロスの傍でかがむと、倒れているロスの手首にそっと触れる。


 すると嘘のように痛みが引いていく。

 というよりも、体の感覚がなくなっていた。

 立ち上がることもできない。


「貴様……何をした!?」

 

「ちゃんと喋れるようね。さて、知ってることを話してもらう」


 手首に触れたまま、カナンはロスへと話し続ける。


「黙れ! 質問しているのは俺っっっっ!!」


 ロスは叫んでいる最中、カナンの触れている手から先ほどと同等の痛みを感じる。


「質問していいのはお前じゃない。そもそも質問ですらない。


 これは命令だ。聞かれたことだけ喋れ。同じ痛みを味わいたくないのなら」


「…………」


「黒竜をデクルト山に投入するなんてまね、数人程度の組織で実行できるはずがない。魔人であるあなたを、かくまっている大きな組織があるはず。その組織について、知っていることをすべて話せ」


「人間、ごときが……俺に、命令する、な……!」


 死にたくなるような痛みに耐えながら、ロスはそれでも傲慢な態度をとり続ける。

 このとき、ロスの怒りが痛みを上回った。


「なら死ぬことになるけど?」


「下等生物に……しゃべることなど何もない。下劣な相手に……屈服するくらいならば、喜んで死を選ぶ」


 自分をにらみつけるロスの眼を、カナンはよく見たことがあった。


 それは、本気で死をもいとわない覚悟の瞳。

 本能的な死への恐怖を、克服するほどの何か(・・)を得た者のみが持つ。

 時に美しくもあり、時に恐ろしくもあり、どこか狂気じみているその眼を、カナンはよく知っていた。


 幼いころ――トーヤの隣にいれば、否応(いやおう)なしに見ることになった眼。


「……どうやら本気のようね」


 カナンはほんの少し、考えるように目を閉じる。

 小さく息を吐くと、閉じていた目を開く。 


「魔人を収容できるような監獄はない。情報が引き出せないのなら、ここで死んでもらう。

 

 これは――私からの慈悲と知れ」


 カナンは魔力弾をロスへと撃つ。

 それは致命傷を与えながらも、当然魔人であるためすぐに再生する。


 再生する魔人の体に対して、容赦なくカナンは魔力弾を放つ。


 再生するたびに、カナンは魔力弾を浴びせる。

 何度も何度も何度も。


 再生するとはいえ、殺されるたびに血はあふれ、臓器が飛び散る。

 それでもカナンは、倒れているロスに対して、表情を一切変えることなく、ただただ魔力弾を撃ちおろす。


 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続ける。


 そこには一切のためらいもない。


 一般的な感覚の持ち主がこれを見れば、間違いなく『異常だ』と感じるような光景がそこにはあった。

 

 


 何十回、もしくは百回以上殺され続けたロスは、ついに傷が再生しなくなる。

 もはや虫の息といったような状態だった。

 仰向けになり倒れたロスは、ピクリとも動かない。


「どうやら魔力切れみたいだけど……なにか言い残したいことはある?」


 どうせ何も話さないだろう。

 カナンはそう考えていたが、その予想に反し、ロスはゆっくりと口を開く。


「……神を見た。トカゲなどとは違う、本物の神を。魔人すらも凌駕する別次元の存在を……」


 話ながらロスの体は、どんどん崩れていく。


「貴様らがどれだけ力をつけようと……所詮は下等生物だ。

 

 あの気高き存在を見たとき、貴様らは知ることになるだろう! みずからの矮小さを、みじめさを、弱さを!! 嘆き、後悔し、その尊さを身に感じながら死んでいくがいい!!


 俺は――すべての人間を呪う!」


 そう最後に叫んだ魔人ロス・ライトは、完全に消滅した。


「神……ね」


 人間を見下すような発言をしていたロスが、神とまで認める存在。

 それが一体何なのか?


 魔人の死に際に残した言葉が、カナンの心にしこりを残した。




「戻れ」


 カナンが小さく命令するようにつぶやくと、辺りに飛び散っていた毒が、カナンのもとへ磁力に引かれるように戻っていく。

 すべての毒を回収し、その場を離れようとしたその時だった。


「っ!!」


 急激にみずからの方向へと向かってくる物体が、感知魔法によりひっかかる。


 それは相当な勢いで向かってきていたため、万が一を考えたカナンは、防御魔法で受けることをやめる。

 身体強化を施し、予想着弾点から距離をとる。


 数秒もたたず、先ほどまでカナンの立っていた場所に、何かが着弾する。


 着弾と共に、地面に破壊痕を残し、土煙が舞う。

 まるで、カナンによる攻撃とまったく同じ(・・・・・・)ように。


 着弾による余波を防御魔法によって防いでいたカナンが、着弾物に近づいていく。


 その着弾物は槍だった。

 2メートルほどの長さの槍。

 カナンが作り出した槍と、同じような造形の槍。

 

 触れてみて気づく。

 その槍が自分の作ったものと同じように、毒でできている(・・・・・・・)ことに。

 もちろん全く同じ毒ではないが、普通の人間であれば触れるだけで、1時間と持たず死をむかえる猛毒で作られていた。


 さすがにこれにはカナンも驚きを隠せず、槍の飛んできた方向を見る。

 

『視力強化』


 強化した視力で、槍を投擲したものを探す。

 

「見つけた」


 デクルト山の頂上……よりもさらにその上。

 槍を投げたと思われる人物は空中に浮いていた。


 顔までは識別できないが、人影は2つ。

 そのどちらかが、魔法の使用者であるとカナンは確信する。


 人影との距離は、カナンがロスに槍を命中させた距離よりも遠い。




 カナンと同じように、毒で作った槍。

 カナンよりも、遠距離からの投擲。 


 模倣したかのような、その攻撃はまるで――


「自分もそのくらいできる……とでも言いたげな攻撃ね。挑発されてるみたい」


 頂上に浮かぶ2つの影を、カナンはじっと睨みつけた。







ーーーーーー



「倒した直後なら少しは油断するかと思ったが……警戒心の塊だな」


「あの~、めちゃくちゃこっち見て睨んでますよ、ポルーツェさん」


「睨んでいるだけなら問題ない。あの少女も追いかけたところで、この距離ならどうせ逃げられると分かっているのだろう。そうでなければ今すぐにでも迫ってくるはずさ」


 デクルト山の頂上で、浮遊魔法を使い浮かぶ2人の人物。


 一人は金髪を腰まで伸ばした男で、自身に満ち溢れたような表情をしている。

 一方それとは対照的に、ビクビクとして見るからに気弱そうな女。


 ポルーツェと呼ばれた男のほうは片眼鏡(モノクル)をつけており、女のほうは眼鏡をつけている。


「しかし魔具(まぐ)といったか。便利な世の中になったものだ。少し魔力を込めただけで、この距離でも鮮明にヘルトの姿を見ることができる」


 ポルーツェは片眼鏡をはずし、興味深そうにのぞき込む。


「そろそろ逃げません? 黒竜のデータも取れたことですし……」


 女は懇願するように尋ねる。


「ああそうだな。兵士が集まってくるまえに撤退するとしようか。ちなみにどうだった?」


「黒竜一体でこれなら……王国だけではなく、大陸全土を滅ぼすことも可能かと」


「予想以上の結果というわけか。まあしかし、ヘルトの実力も予想以上だったわけだが」


「ええ……まさかあんな簡単にロスさんがやられるとは」


「それと、オーヤ・ヘルトと瓜二つのあの人間。あれも気になるな」


「戦闘データが取れればよかったんですが……霧の中だったため何もわからずじまいでしたね」


「なに、もしあれがヘルトの関係者ならばいくらでも相まみえるさ。

 


 ヘルトが正義を掲げる限り、我らとはぶつかるのが定めだ。さあ、帰るとしよう」


 二つの人影が、デクルト山頂上から消えていく。




 この二人の撤退により

 黒竜、魔人、ヘルト、王族。

 様々な思惑がぶつかった、デクルト山における事件は終結する。


 


 

 


 魔人 ロス・ヘルト vs カナン・ヘルト ヘルト家


 勝者 カナン・ヘルト


 ロス・ライト 完全消滅




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