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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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怪物の到来


 ラシェルが泣き止み、少し落ち着いたところで俺は声をかける。


「ラシェル、傷心のところ悪いがまだ気を抜くなよ」


 話を聞いた限りだとラシェルはほぼ丸一日、まともに寝もせずロスから逃げ回っていたらしい。

 今気を抜けば、気絶するように寝てしまう可能性すらある。


「なんで? もう敵も逃げたのに」


「魔人なんかより、もっと恐ろしいバケモンがここにくるからだ。魔法を使って隠れておけ」


 よくわかっていないようだったが、ラシェルは素直に幻術魔法を使う。

 すると、ラシェルの姿が全く見えなくなる。


 気配すらも全く感じなくなり、さっきまで隣にいたのが嘘のように感じられる。


 相変わらずとんでもない魔法だな。




 しばらく待機していると、そのバケモンが現れる。

 相当な勢いでやってきたらしく、そのバケモンが勢いを止めるために踏ん張った地面に、大きないくつもの割れ目が入る。


「無事黒竜は倒してくれたみたいだな、カナン」


「トーヤのほうは? 魔人は倒したの? 右腕、とんでもない色になってるけど」


 こいつ……俺が倒せるわけないと分かってて聞いてやがるな。


 ちなみに右腕に関しては、ロスに折られてから何の処置もせず動き回ったせいか、なんか怖い色になってる。

 大丈夫だよね? 治るよねこれ?


 カナンはひと通り辺りを見回すと、俺にたずねてくる。


「魔人は?」


「ロスと名乗っていた魔人は走って逃走中。魔人の疑いのあるヒエラルは『門』を使って逃げられた。カーライは死んだ」


「幻術使いのラシェルって女は?」


「そいつも死んだよ」


「……そう」


 カナンにラシェルが生きていることを伝えた場合、間違いなく親父に話がいく。

 というか、当然そうすべきだし。


 しかし、国やヘルト家にラシェルの処遇を任せればどうなるかわからない。

 殺人やらかしちゃってるグループの一員なわけだし。


 というわけで、念のためカナンにはラシェルの存在を黙っておく。

 

「……で、まさか無策で逃がしたわけないよね?」


 少し威圧的な態度で、カナンは尋ねてくる。

 まさかね、まさかとは思うけどね、そんなわけないよね? とでも言いたげな表情だ。


「ちゃんとマーキングはしておいたよ」


 そう言って俺は、カナンに一枚の魔法陣を差し出す。


 魔法陣に刻まれた魔法は、ある特定の魔力を触れたものにつける『魔力固定』。

 たったそれだけの魔法。


 だが意外とこれ、使い勝手がいい。

 

 狩りをする際、獲物相手にまず『魔力固定』によって魔力をつけておくとする。

 そうすれば、逃がした後でも感知魔法によって一瞬で探し出せる。


 ただ問題としては、魔力の種類を分別できるレベルの、高感度な感知魔法を使える必要があること。

 つまり俺のように、感知魔法すら使えない場合……無意味。


 そして今回の獲物は、もちろんロスだ。

 固定した魔力は、触ったものから触ったものへの移動もする。


 俺が魔法陣を拳で触れ、ロスの顔面を二回も殴ったため、ロスの顔にはべったりと魔力がくっついているはずだ。


 ちなみに、取ろうと思えば結構簡単に取れる。

 水で流したりとか。


 そのためロスが感知魔法などを使い、顔におかしな魔力がついていると気づき、魔力をはがされたら詰み。

 逃亡を許すことになる。


「53番の魔力反応だ。逃げたのもついさっきだから、まだデクルト山から出てないと思うが……」


 53番、それはロスになすりつけた魔力の反応。

 こういうときのために、ヘルト家の人間は1000ほどの魔力反応を覚えさせられる。

 繰り返しになるが、感知魔法を使えない俺は例外。


「…………」


 カナンは目をつぶり、集中力を高めていく。

 感知魔法の精度を上げ、必死にロスの捜索を行っている。


「どうだ?」


「うるさい黙れ」


 泣きそう。


 そのまま口を閉ざし、十数秒ほどたって、やっとカナンは口を開く。


「……見つけた。まだデクルト山から出てない」


 ということは……まだ十分射程内だな。


「魔法の準備するから、とっとと離れてくれない?」


 ……もう少し兄に対して優しくなってくれてもいいと思うの。


 内心不満だらけになりながら、俺は言われた通り傍を離れる。


 カナンの姿が小さく見えるくらいまで離れると、俺はラシェルに声をかける。


「いるか?」


「いるわよ」


 姿は見えないが、ラシェルの声だけは聞こえる。


「そのまま姿だけ隠しておけ。ここまで離れれば、声までは聞こえないはずだ」


 まあ聴覚強化を使えば、カナンなら余裕で聞こえる距離だが、感知魔法や攻撃魔法の準備で、そんなことに気をさかないだろう。


「ねえ……もしかして兄妹仲悪いの?」


「そんなことはない」


「悪いんだ……」


 嘘を見破る(その)能力ずるくない?


 そうこう話していると、カナンの右手から液体のようなものが流れ出てくる。


「彼女……何をしてるの?」


「もちろん、魔人を倒すための準備。おそらく槍だろうな。

 

 見とけよ、俺みたいな偽物なんかとは違う。あれが本物の英雄(ヘルト)だ」


 カナンの右手から出ていた液体のようなものは、見る見るうちに形を変えていき、2メートル近くの槍の形へと変化する。


「もしかしてあれ……毒?」


「そうだ、毒の凝固であの槍は作られてる」


 カナンのメインは毒。

 これは世間的に広まっているため、ラシェルも毒という結論にたどり着いたのだろう。


  毒魔法。 

 毒をそのまま扱うことはもちろん。

 魔力により凝固させ、武器として扱うことも可能。

 毒など塗る必要もなく、簡単に毒性武器を作り上げることができる。

 ほかにもできることは色々とあるはずだが、カナンの魔法で見たことがあるのはそれくらい。


 ちなみに、毒魔法は『特殊指定魔法』という扱いを国から受けている。


 『特殊指定魔法』として制定されるのには、様々な理由がある。

 いい理由の場合もあれば、悪い理由もある。

 要は、そういうのを全部ひっくるめた総称みたいなもの。


 では毒魔法が制定された理由は何か?


 


 すべての魔法の中でも、群を抜いて危険な魔法だからだ。

 

 え、魔法なんてなに使っても危険なもんだろって?

 

 否定はしない。


 けど毒魔法の危険な所は、魔法の制御がかなり難しく、ちょっとのミスが術者本人の死につながるとことだ。

 制御を誤れば、自分自身で作り出した毒によって死ぬ。

 火魔法とかのように、徐々に威力を大きくして練習というのも、かなり難しい……というかできたやつなど知らない。

 つまり、周りに対する被害ではなく、術者自身にとって大きな危険が伴う。


「毒魔法なんてよくメインにできるわね。ほぼ確実に、修得途中で死ぬと言われている魔法なのに」


「昔、一緒に森に遊びに行ったときのことだ。ちょっと目を離したすきに、カナンがどっかいっちまったんだ。まだカナンが小さいころだったからな。めちゃくちゃ焦ったよ」


「たしかに、小さい子を森で一人なんて……相当焦るわよね」


 生態系とか破壊すんじゃねえかとひやひやした。


「やっと見つけたと思ったら――


『見てみて! 毒を使う魔獣のマネ!!』


 そうやって嬉しそうに、完璧に制御した毒魔法を俺に見せてきたんだ」


「…………」


 顔は見えねえけど、間違いなくドン引きしているのがわかる。


「まあこの話だけでも、どれだけあいつ(カナン)が規格外なのかわかっただろ。本気を出したカナンには、近づくことすらできない。『絶対不可侵の魔女』――カナンが世間でそう呼ばれている所以だ」


 カナンが槍を持って、投擲の構えをとる。

 感知魔法、身体強化、毒の制御、槍の強化。

 そのすべてを同時に行いながら、魔力を高めている。


 もし感知魔法を使えば、恐ろしいほどの魔力がカナンから感じられるはずだ。


 ついにその槍が、投げられる瞬間が訪れる。


「身構えろよ。この距離でもすげえ衝撃がくるからな」


 カナンの手から、槍が放たれる。


『天翔ける死毒の槍』


 耳を突き破るような激しい音と共に、一瞬で視界からその槍は姿を消す。


「や、槍を投げた瞬間から……もう見えなかった」


 震えるようなラシェルの声が、耳元に届く。


「な、やべえだろ? ヘルト家(うち)にはまだあれより上がいるんだぜ」


 カナンは槍を投げた後、何も言わずにこの場を去っていく。

 追撃にでも行ったのだろう。


 カナンが離れると同時に、ラシェルの姿が見えるようになる。

 膝をつき、自らを抱しめるようにして、必死に体の震えをおさえようとしていた。


「魔法を解かなかっただけでも、誇っていいと思うぜ」


「精霊がいなかったら……とっくに使えなくなってた」


 それでも十分だと思うけどな。


「あなたは怖くないの? あんな魔法を目の前で放たれて」


 感知魔法を使えないってこともあるけど……


「もう慣れたよ。あんなもん、うちじゃ日常茶飯事だ。さ、今のうちに下山するぞ」


 そう言って俺は、ラシェルの前で背を向けて腰を下ろす。


「……なに?」


「もう体力も限界だろ。足の震えも、カナンの魔法が原因ってだけじゃないはずだ」


「……」


 戸惑うそぶりを見せながらも、ちゃんと俺の肩に掴まる。


「右腕折れてるから、支えは左だけになるぞ。しっかり捕まっとけよ」


「わかってるわよ……」


 その声は少し不機嫌そうに聞こえた。


「ヘルトの人間に背負われるのは屈辱か?」


「命を救ってもらったようなものなんだから……ヘルトでも、あなたならそんなこと思わないわ」


 どうやら恩はきっちりと感じてくれているらしい。

 背中を刺されることはなさそうだな。

 

「……ねえ、嫉妬とかしなかったの?」


「カナンにか?」


「ええ」


 カナンに対して嫉妬か……


「まあそういう気持ちもあるけど、やっぱそれ以上に自慢の妹だからなあ。『どうだ? 俺の妹はこんなに強くてかわいいんだぞ!』ってな」


「貴族なら特に……兄弟姉妹の優秀さや、自分との違いって、素直に喜べないものだと思うけど……」


「ラシェルもそうなのか?」


「……そんなことを思ってた時期もあったわ。見たことのない兄や姉を、羨んだ日もあった」


「……俺の場合、嫉妬する気すら起きない実力差、ってこともあるのかもな」


 空気が重くなりそうだったので、軽くふざけた感じで話すと、ラシェルは突然笑いだす。


「く、ふふふ……ごめんなさい。でも、あなたやっぱり変わってるわ」


 そうかねえ。


 

 いつの間にかラシェルは、ぐっすりと眠っていた。

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