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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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20秒



 精霊

 それは王族のみに付き従う特殊な存在。

 王族以外の人間に付き従うことはなく、また、王族の人間に付き従わないこともない(・・・・・)と言われている


 そもそも精霊とは何なのか?

 それすらも、あいまいなままである。


 300年ほど前に、王族の全面協力のもと、精霊に関する大がかりな調査が行われた。

 その当時のあらゆる分野の第一人者が、精霊の秘密を暴こうと意欲を燃やした……が。


 結果としてわかったことは、精霊にはなにができるのか、なにができないのか。

 その二つのうちのいくつかが、あきらかになっただけだった。


 なぜ、複雑で強力な魔法を簡単に行使することができるのか?

 なぜ、王族のみに付き従うのか?


 精霊とはどのような存在なのか?


『あれはこの世界のものではない!』


 そんな発言をした学者すらいたらしいが、当然それを論理的に証明できたものはおらず。

 また、否定できたものすらいない。


 王国誕生から千年、いまだ精霊の存在は謎につつまれている。



ーーーーーー



 トーヤ視点



 俺の拳が、まともにロスの顔面に入る。

 ロスは数メートルほど飛ばされ、門から距離ができる。


「ロスさん!!」


 門の奥からヒエラルが叫ぶ。


「悪いが門は閉めてもらう」


 さっき拾っておいた手ごろな石を、門の向こうにいるヒエラルに向かって投げつける。

 硬めの石を選んでいたため、その石はヒエラルの頭部に直撃しても壊れることなく、衝撃がいっさい逃げずにぶつかった。


 よっしゃ、命中!


 俺としては、魔法の制御ができないくらいにダメージを受けてくれればよかったんだが、運良くヒエラルは脳震盪を起こし、門の奥で倒れる姿が目に入る。


 『門』は制御する術者を失ったため、急速に閉じられていく。

 門の大きさ、閉じられていく速度、それらを考えれば門が完全に閉じるまで約20秒。


 この20秒という間に、ロスを門に通さなければ、ロスは逃げるための手段を失う。


 

ーーーーーー


 数分前


「精霊を俺に貸せるか?」


 昔読んだ精霊実験に関する記述。

 そこには、


『精霊は一時的にかぎり、王族以外の人間に譲渡することが可能』


 そのようなことが書かれてあった。


「できると思うけど……それでどうするの?」


 俺の質問に、ラシェルが不思議そうにたずねる。


「不意を突く。とはいってもロスはそう簡単に油断しない。幻術魔法に関してはかなり警戒しているだろうし。だから論理的に油断させる」


「論理的?」


「ああ、ラシェルの所在がわからなくなれば奇襲を警戒する。けど俺の所在が分からなくなったところで、霧魔法でいくらでも把握できる。だから俺が消えたところでロスは無視するはずだ」


「……けど、どうやって所在をわからなくするの? 常にロスが霧魔法による触覚機能を使っているなら、突然消えれば不自然なんじゃ……それにさっきも言ったけど、この場所は『迷い道』の魔法で出られなくなってる」


 そうだ、それが一番の問題だ。


「ああ、だから正直そこは賭だ。『迷い道』の魔法がかかった雲のところまで行って、その手前(・・・・)で精霊魔法を発動させる」


「……つまりロスに、『迷い道』を抜けたと勘違いさせるってこと?」


「そういうことだ」


「…………」


 まあ確かに、ここはどうしても相手の判断次第になってしまう。


「でも待って、たしかロスにあなたがヘルト家であるということは言ってしまったのよね? だとしたらあなたの所在が分からなくなっても、ヘルト家だからなんらかの魔法を使っていると思われて、警戒されることだって考えられるんじゃ……」


「それは大丈夫なはずだ。今までかなり危ない状況もあった。姿をくらませる魔法が使えるなら、とっくに使ってると思われるような状況もな」


「……正直、上手くいくとは思わない」


 ここまで黙って、話の内容を聞いていたカーライが口を開く。


「仮に油断させることができたとして、その後のタイミングなども考慮しなければならない。相手が『門』をつくっているとの確証があるわけではない。そもそも私が……ロスを相手に時間を稼ぐ自信がない」


 カーライ自身も、ロスとの実力差ははっきりと自覚しているらしい。


「この作戦が綱渡りみたいなもんだとは理解している。けど、そもそもこの最悪といってもいい状況を打破するには、どこかで無茶しなけりゃどうにもならねえんだ。都合よく覚醒でもしてくれない限りな」


 それに相手から逃げるのではなく、相手を逃がさないことを考えているんだからなおさらだ。


「少し前まで敵だったやつが、何言ってんだと思うだろうけど……俺と一緒に、この国を救ってほしい」


 少しの間、場には沈黙が流れる。




「わかった、やるわ」


 そう言って口を開いたのはラシェルだった。


「ねえカーライ、昔私に言ってくれたよね。他の誰かに言われたことじゃない、自分が正しいと思うことをしろって。ロスをこの場から逃がさず、倒してしまうことが、私は正しいことだと思う」


 迷いのないラシェルの瞳が、カーライに向けられる。


「……君がそういうのなら私は反対しない。力の限りを尽くそう」


 とりあえず、この作戦で行くことには納得してくれたらしい。

 

「あとは奇襲のタイミングだが----」


「それなら私に任せて。精霊の場所なら、離れていても把握できるから」


「なるほど、そりゃ助かる。じゃあ任せたぞ」


ーーーーーー



 賭けの要素が強い作戦だったが、おおむね上手くいった。

 カナンの『強者の圧』がとんできたときはびびったが、どうやらうまく作用してくれたらしい。


 根本的な問題として、ロスが精霊を貸せることを知っていた場合、完全に詰みだった。

 しかし、精霊の大規模実験があったのは300年ほど前。

 500年前に封印された魔人ならば知っている可能性は薄かったし、実際知らなかった。


 ちなみに一番の懸念点(けねんてん)だった『迷い道』については、なぜか抜けることができた。

 理由は不明、もしかしたらすでにロスが魔法を解いていたのかもしれない。

 なんにせよ運がよかった。


 さあ、勝負の20秒。

 なんとしてでも止める。

 カナンが黒竜を倒したことで世界は救われた。

 だからこれは、守るための戦いではなく、勝つための戦いだ。


 俺に殴り飛ばされ、態勢を立て直せていないロスのもとへ走る。

 それと同時に、カーライに見えるようにある場所を(・・・・・)指さす。


1秒


 倒れたままのロスに向かって、蹴りを入れる。


2秒


 しかし、ロスは倒れながらも防御魔法でそれを防ぐ。


3秒


 立ち上がったロスは、俺のことなど無視し、身体強化魔法で一気に俺の脇を抜ける。


4秒


 走るロスが、先ほど俺の指さした場所を通る。


5秒


 『植物操作×成長促進・(ばく)

 

 カーライは残りわずかな魔力を振り絞り、魔法を発動させる。

 植物のつたが次々とロスに巻き付いていく。

 

 ロスがその場所を通るように誘導する――という俺の指さした意図が伝わったらしい。


6秒


 ロスが植物を必死に振り払おうとするが、振り払われると同時に、また次々と魔力を注ぎ込み足止めする。


7秒


「いい加減にしろ、カーライ!! 魔力切れで死ぬぞ!」


 ロスがカーライに向かって叫ぶ。


8秒


「すでに死んでいるはずの身だ。今さら何を恐れることがある」


9秒

10秒

11秒


 ここでついに限界が来たらしい。

 植物が一気に色を失い枯れていく。


12秒


 けど、俺がロスの前まで回り込む時間は十分にあった。

 とはいえ、本気の身体強化を使った魔人相手に、力でかなうはずもない。

 一瞬で払いのけられてしまう。


13秒


 倒れながらも俺は、左手でロスの足をがっつりとつかむ。

 反射的にロスが俺のほうを向く。


14秒

 

「離せゴミが!」


 俺のつかんでいた足を、ロスは強引に引っ張り上げる。

 俺の手が離れてしまう。


15秒


 ついにロスは門の前へとたどり着き、門を通ろうとした瞬間だった。


16秒


 ロスの触れたはずの門が、その場から消え去る。

 門だけではない。

 その場にいるはずのラシェルの姿も、そこにはなかった。


17秒


『虚偽世界・視覚虚偽』

 

 ロスが門だと思っていたものは、ラシェルの魔法によって見せられた幻覚だった。


「人間でなくとも、私の魔法は有効よ」


18秒


「あなたがトーヤに掴まれて、一瞬目を離したすきに仕掛けさせてもらったわ」


 聴覚に対する虚偽も使われているのだろう。

 まるで全方向から、ラシェルの声が聞こえてくるように感じる。


19秒


 だがそれでも、冷静になれば先ほど門があった場所など簡単に思い出せる。

 門があったはずの場所に向かって、ロスは走ろうとする。


 しかしもはや時間がなく、門のことしか頭にないため、周りが見えていない。


「隙だらけだ」


20秒――


 もう一度、俺は左の拳をロスの顔面にたたきつけた。


 ロスはまた数メートル転がる。


21秒


 ラシェルの魔法が解かれ、門とラシェルが姿を現す。

 門が完全に閉じる最後の瞬間だった。


「門は閉じられた。あなたの逃走経路は無くなったわ、ロス・ライト」


 静かな声でラシェルは告げる。


「やってくれたな……」


 ゆっくりと立ち上がりながら放つロスの言葉には、隠すことのできないほどの怒りを感じる。


 カーライは魔力切れにより倒れている。


 俺、ラシェル、ロスの視線が混ざり合う。

 いつ暴れだすかわからないロスを相手に、緊張感が漂う。


「…………」


 沈黙の中、ロスが口を開いた。


「トーヤ・ヘルト、ラシェル・ガイアス。貴様ら劣等種族の名を覚えておいてやる。光栄に思え、次会ったときが貴様らの最後だ」


 そう言ってロスは、すぐさまこの場を離れる。


 あれだけ怒りに震えながらも、まだ逃げるという理性があったらしい。

 ほんと、口ではボロカス言っときながらやけに冷静な奴だったな。


「追わなくていいの?」


 逃げたロスを尻目に、ラシェルが尋ねてくる。


「いいんだよ、追いかけてもどうせ追いつけねえ。それに――



 

 ――俺とあいつらに次は(・・)ない」


 ロスが去ったことにより、深い霧が晴れていく。

 久しぶりに浴びる光としては眩しすぎる夕日の光が、俺たちのもとに差し込んでいた。



やっとロス戦終わった。


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