条件
【トーヤ視点】
さーてどうするか……
時間を稼ぐ方法なら、ある程度思いつく。
けど根本的な解決にはならない。
なんなら俺だけ逃げてしまうということも、この状況からできる算段はある。
しかしそれをすれば、このデクルト山でおきた事件が迷宮入りする可能性が高い。
そのうえ、ラシェルやカーライの持つ情報も得ることができないのは明白。
となると、逃げるという選択肢は最後の最後まで置いておくべきだ。
結局は時間を稼いで稼いで、転機が訪れるのを待つしかない。
具体的に言えば、カナンが黒竜をちゃっちゃと倒して、ここに来てくれること。
それが一番現実的な方法のはずだ。
とにかく、カナンが来る前に死なないようにすること。
ラシェル達がロスによって殺されないようにすること。
この2つが、俺の勝利条件みたいなもんだ。
魔人を倒すだとか、情報を引き出すとかはカナンにまかせればいい。
我が妹なら確実にやってくれるはずだ。
瞬時に考えをまとめ、動こうとしたその時だった。
思わぬ形で、転機が訪れることになる。
「……まずい!」
「……?」
「……なんだ?」
俺以外の3人。
ロス、ラシェル、カーライが突然、各々違う反応をとる。
ロスは、何か問題に気づいたように。
ラシェルは、違和感を感じるといったように。
カーライは、何かを探るように。
え、なになに、急にどしたの?
怖いんだけど。
「ちっ!」
ロスは舌打ちをすると、即座にこの場を離れていく。
え、なんで?
「なにこれ……何か近づいてきてる……」
近づいてきてる?
もしかしてカナンのことか?
「一つじゃない……いくつもある。空から降ってきてる……」
カナンのことじゃなさそうだな……
というか言い方的に、そもそも人ですらないのか?
「感知魔法使ってるわけじゃないのに、こんなにも魔力を感じるなんて……ねえ、あなたも感じない?」
いえ、まったく。
ラシェルは俺に話をふるが、正直なんも感じない。
まあ当然なんだけど。
なんにせよロスが慌てて逃げるくらいだからな。
相当やばいもんには違いない。
黒竜のしわざというのも考えられる。
「カーライ、魔力回復に努めているところ悪いが防御系統の魔法を使えるか? 戦闘基本魔法の防御魔法以上のものだ」
「ああ、とっておきのものがある」
カーライは俺の言葉に素直に従う。
どうやらカーライ自身も、近づいてくるものが危険なものだということを察しているらしい。
カーライが懐から、直径10センチほどの種のようなものを三つ取り出す。
それを、俺たち三人の周りを三角形で囲むように放り投げる。
『恩恵の代償に 我が魔力を授けよう 世界を覆う大樹トラストよ』
詠唱と共に、三つの種に変化が起きる。
まるで早送りでもされているかのように、芽がでて、根を張り、成長していく。
なるほど、この不毛の土地でどうやって植物魔法を使うのかと思っていたが……
自ら種をまいていたわけか。
とはいえ、必然的に魔力消費は激しくなるだろうが。
植物はどんどん成長していき、俺たちを覆うように15メートルほどの高さまで伸びていく。
「なんの阻害もなく育てば、国一つ覆いきるとまで言われている大樹トラスト。そこまでの成長は無理とはいえ、それが三本分だ。地上に落ちてきた星から、国を守った伝説すらある。これでどんな魔法も防げる――っ!?」
言葉の最中で、カーライの顔が苦痛に歪む。
それと同時に、地面が大きく揺れる。
「な、なにっ!? なにが起こってるの!?」
ラシェルは状況をよく理解できていない。
カーライは植物に直接触れ、どうやら必死に魔力を送っているらしい。
おそらくこの地震は直接的な攻撃じゃない。
魔法の余波かなにかだ。
つまり、それほど威力の大きい魔法を大樹トラストが受けたということになる。
魔力を送り続けなければ、大樹を貫通してしまうほどの魔法を。
これが黒竜の魔法だとすれば、想像以上の威力と規模だな。
そりゃロスも逃げるわけだ――
――待てよ。ロスは本当に逃げたのか?
ここまで黒竜の攻撃が届くとなれば、少し距離をとったぐらいじゃ無意味なはずだ。
そもそもどうせ攻撃を受けたところで、すぐ回復するだろうに……
逃げたわけではない――とすれば一体何がロスに『まずい』とまで言わせたのか?
思い出せ、今までのことを、ロスという魔人の性格を、ついさっきまでの状況を。
考えろ、考えろ、考えろ。
……守りに行ったのか?
ある一つの仮説が頭に思い浮かぶ。
この仮説が正しいとすれば、今まで疑問に浮かんだことはすべて解決する。
ロスは慎重な男だ。
それは戦っていて十分よく分かった。
だからこそ、もしカナンと直接戦うことになり、万が一を考えた場合の逃走経路をどうするつもりだったのか?
初めてロスと会った時、その隣にはあの男がいた。
転移魔法を使うヒエラル――あの男はなぜ全く姿を現さないのか?
そしてこれは、戦っているときのことを思い出して気づいたことだが、ロスは俺たちを一定の位置に近づけないように戦っていた。
またその素振りを見せないようにもしていた。
近づけない素振りを見せることなく、自然に位置の誘導を。
なぜそんなことをする必要があるのか?
それらの疑問が、すべてつながっていく。
だとすれば、これはおおきなチャンスになる。
「やっと……終わったか」
どうやら考えている間に、黒竜の魔法がやんだらしい。
このチャンスを生かすのならば、カーライとラシェルの協力は不可欠だ、が……
「二人とも聞いてくれ。俺にロスを一杯食わせる策がある」
「ほんと!?」
希望にすがるような声を出すラシェル。
悪いが、その希望は裏切ることになる。
「けど一つ問題がある」
「能力的なこと?」
「違う、もっと根本的なもんだ。俺が思い浮かんだ策は、ロスをこの場から逃がさないようにするための策だ。つまり……この場からなんとしてでも逃げたいお前らにとって、それは最悪の選択肢になる」
「……」
「悪いが迷っている暇も惜しい。今すぐ決めてくれ、のるかそるか」
嘘が見抜けるラシェルがいる以上、だまそうとしたとしても、作戦を伝えるうえで確実にばれる。
ならば素直に言った方が不信感を募ることがなくていい。
とはいえ、普通ならばこんな条件にのるはずがない。
しかし、例えロスから逃げたところで王国軍から逃げ切れるかと言えば、もはや不可能に近いということも、なんとなくは理解できているはず。
だとすれば確実にメリットを求めてくる。
「わかった、その策にのろう。ただし一つ条件がある」
さあここまでは予想通りだ。
後はその条件次第。
「この戦いののち、ラシェルの安全と自由を約束してほしい」
……ん、それだけ?
なんかこう、もっといろいろと要求されることを覚悟してたんだが……
俺を誘拐させろとか、捕まった仲間を釈放しろとか。
まあこっちとしては助かるけど。
「わかった。約束しよう」
正直テロリスト全員を自由にしてくれとか言われたら、さすがに無理!ってなるとこだが……
一人ぐらいなら、俺の持っている力でどうとでもできる。
「……どうだ、ラシェル?」
「うん、嘘はついていない。欺こうとする意思もない」
ほんと便利だよな、その魔法。
ただの口約束が確実なものに変わるんだから。
「信用してくれたなら、作戦を伝えるぞ。いいか――」
二人に俺の思い描いている策を、事細かに、かつ迅速にすべて話す。
「――というわけだ。この策はラシェルの精霊魔法が頼みになる。どうだ、いけるか?」
「大丈夫、それは問題ない。けどそれ以前に……」
ラシェルは不安そうな顔をして、俺にたずねてくる。
「この作戦って、敵のいる場所がわからなきゃ成り立たないんじゃないの?」
「心配するな。ちゃんと把握してる」
そう言って俺は、既に使用した魔法陣の裏面を使い、おおよその自分たちの場所や敵の位置などを、指を噛んで出した血で書いていく。
「こんな霧の中でここまで正確に……」
ラシェルの驚きは、俺が嘘をついていないことをわかるが故のものだろう。
空間認識能力は、小さいころかなり訓練させられたからな。
例えここが真っ暗闇だろうが、位置関係は把握できる。
戦いながらの移動範囲、霧魔法の規模、最後に向かった方角、それらを考慮すれば敵の位置も予測するのは簡単だ。
「じゃあ早速始めるぞ」
頭が高い魔人様を地面にたたきつけてやろうじゃねえか。




