神を穿つ日
【シータ視点】
インが竜に近づくと、突然現れた炎の壁。
何らかの方法によって、インが発動した魔法だということはわかる。
その轟轟と燃える見た目とは裏腹に、近づいても熱さは感じない。
だがそれは、この魔法がたいしたことないという意味ではない。
莫大な魔力が使用されている魔法にもかかわらず、完璧に制御されているということだ。
ほんの少しでも炎に触れれば、一瞬で消し炭になるであろうことは容易に想像できる。
周りにいた竜は、先ほどの爆発にまきこまれほとんどが死亡した。
しかし、また空から降りてくるのも時間の問題だろう。
一体、中はどうなっているのだろうか?
インは……
私たちは間違いなく、あの年端もいかない少女――インに助けられた。
けれど、このままだとインの生存は絶望的。
民を守るために、竜に立ち向かわなければならなかったのは私たち兵士だ。
それだというのに、皆の心が折れた時――
折れずに立ち向かい――いや、一度は折れたのかもしれない。
しかしその心をもう一度奮い立たせ、みなを鼓舞したのはインだ。
そして今、あの常識外れの竜から私たちを守っているのもインだ。
死なせたくない、勇敢な少女を、小さな英雄を。
一体どうすればいい?
何をすれば……
ひたすら考えるも、何一つとして思い浮かばない。
そんな時、私の肩がポンっとたたかれる。
肩をたたいたその人物は、インと同じかそれ以下の年齢の少女だった。
だがおそらく、このデクルト山においてもっとも頼りになる人物。
この国の強さの象徴であるヘルトの名を継ぐものであり、今回の作戦の特別総指揮官。
「ガナン゛様……」
「これは……兄上の『炎獄監』?……黒い竜はこの中?」
「はい゛!ごのながっ……」
くっ……!
喉の火傷のせいで上手く話せない。
『瞬間治癒』
そんな私を見て、カナン様は私の首に触れ魔法を発動する。
「応急処置みたいなものだけど」
「あ、ありがとうございます!」
カナン様のメインはたしか治癒魔法ではない。
しかしその魔法は、軍で働いているレベルの治癒魔法使いと遜色なかった。
「それで、今の状況は?」
「竜があの炎の中にいます! あとそれと少女が一人中に……!」
「少女……? ……まさか」
カナン様は詳しい説明などを聞こうとはせず、炎の中へ平然と入っていく。
しばらくすると、激しく燃え続ける炎の中から、防御魔法を張りながらカナン様が歩いてくる。
一人で黒竜に立ち向かったインを抱えて。
私はすぐさま、カナン様のもとへ駆け寄る。
「カナン様! インは……」
「大丈夫、疲労がたまって気絶しただけ。命にかかわるような傷は負ってない」
その言葉に私は胸をなでおろす。
よかった。自分たちを命がけで守ってくれた子が、ちゃんと生きていてくれて……
「インをお願い」
そういってカナン様は、気絶したインを私にたくす。
「あと5分だけ竜の大群から耐えて。そしたらこんなふざけた悲劇、すぐにでも終わらすから」
最後にそう言い残すと、またカナン様は一人炎の中へと、すべての決着をつけるために歩いていく。
ーーーーーー
多くの命を、直接的にも間接的にも奪った竜の前に、まだ14歳の少女が一人立つ。
しかし、少女の顔に一切の恐怖はない。
一方で、黒竜は直感で理解する。
少し前まで、とんでもない魔力を放ちながら自分を追いかけてきていたのは、目の前にいる人間だと。
『ガアアアア!!』
本能的な恐怖を感じた黒竜は、叫び声と共に魔力を放ち威嚇する。
それでも、少女に一切の動揺はない。
「これは……『強者の圧』か。使えて当然といえば当然だけど」
それどころか、冷静に黒竜を分析する素振りすら見せる。
「へえ、私に影響がないことを不思議そうにしてる。かなり頭もいいみたい。でも残念、私がこれまでの人生で恐怖を感じたのは、私の兄二人にだけ。それと比べてしまえば、みじんも怖くない。ほんとはもっと調べたいこともあるけど……
人類のために、今すぐ死んでもらう」
少女カナンが、殺す覚悟を決めた目で黒竜をにらむ。
黒竜もそれを察知し、なんらかの魔法をとっさに使おうとする――が、
『ガ、ア……ガ……!』
黒竜は自分の体がまともに動かない――のではなく、動かせないことに気づく。
体だけではない。声もうまく出せず、魔力の操作さえまともにできなくなる。
「やっと見つけた」
黒竜は何が起こっているのかわからない。
目の前の景色がぼやけ始める。
ただひとつわかるのは、目の前の少女が原因であるということ。
「ここまでの量を使ったのは久しぶりね。しかもまだ動こうとするなんて」
標的を定めた竜は、力を振り絞り、カナンへ牙を向ける。
「さすがに大人しくはしてもらえないか……このまま檻の外に出て、あなたが死ぬまで待っててもいいんだけど……それじゃ時間がかかりすぎる。いいよ、本気で相手してあげる――」
『がアアアア!!』
黒竜は雄たけびを上げ、カナンに近づきその足で踏みつぶそうとする。
カナンはこれを難なくよけながら、魔力弾を放つ。
一直線に黒竜へと向かって放たれた魔力弾だったが、それは黒竜に当たる直前、見えない壁のようなものにぶつかり霧散する。
これにはカナンも、驚きの表情が浮かぶ。
(この感じ、間違いなく防御魔法……それも不可視の効果を付与してる)
黒竜は容赦なくカナンを責め立てる。
体躯を活かした直接攻撃。
ブレス系統の魔法による中距離攻撃。
その勢いは弱まるどころか、どんどん激しさを増していく。
(おかしい、私の魔法でそろそろ動けなくなってもおかしくないはず……もう免疫ができ始めてる?)
一方的に黒竜がカナンを責め立てる状態だが、カナンはその攻撃すべてを、防御魔法で難なく防ぐ。
想定外の事態ではあっても、それはカナン・ヘルトにとって何の問題もないレベルだった。
それがわかっているためか、黒竜も攻撃の手をとめる。
そのすきをついて、今度は自分から攻撃を加えようとしたカナンだったが、動きをとめた黒竜の態勢が不自然なことに気づく。
長く鋭い爪先をカナンへと向け、でかい図体を可能な限り低くしている。
(なにあれ……警戒しているような態勢じゃない。まるで技の『構え』みたいな……)
ボトリ、ボトリ、という音が炎の檻内に響き渡る。
それは竜の体表を覆う鱗が落ちる音だった。
なぜ? 何をしている? 鱗?
カナンの頭で様々な疑問が同時に浮かぶとともに、全力で防御魔法をはっていた。
考えたわけではない、本能的なものだった。
危機察知能力がフルで働いた結果だった。
その勘は的中する。
『竜神・破突』
黒竜の体が低姿勢を保ったまま、先ほどまでとは比べ物にならないスピードで、カナンに向かって一直線に飛ぶ。
カナンに知る由はないが、この魔法はシータ・メルイが『剣聖』の称号を持つ人物から教わった魔術剣技である。
その技を黒竜は一度見ただけで、構成、魔法術式まで完璧に模倣してみせた。
さらにその人間の剣技を、竜の体に応用する形で。
カナンのはった防御魔法は、全力であったにもかかわらず、一点集中の攻撃により粉々に砕け散る。
――が、黒竜が爪先を見ると、貫いたはずのカナンの姿がない。
血のようなものも付着していなかった。
「全力の防御魔法を割られたのなんていつぶりだろ。鱗を捨てたのは、防御を捨てて速度を上げるためか」
その声は黒竜の背後から聞こえてくる。
完全にしとめたはずだった。
間違いなく貫いたはずだった。
それでもこの人間は、いつの間にか自分の背後にいた。
この人間の移動した瞬間を、まったく目でとらえることができなかった。
その思考とともに、黒竜は本能的な人間への嫌悪などをかなぐり捨てる。
殺すチャンスがあるとすれば、先ほどのタイミングだけだった。
冷静な判断で、黒竜はカナンから逃げることを考え出す。
「まさかここまで手こずるとは思わなかった。確かに、かつて数代前の当主、サイガ・ヘルトは黒竜に致命傷を受けて死んだ。けどそれは、何万頭もの竜にたった一人で立ち向かい、幾万もの屍を築き、疲弊した状態で黒竜と相対したから。
だから個体の強さはそれほど怖くない……と思ってた。その認識、改めなきゃね」
感心するカナンから目を離すことなく、黒竜はじりじりと距離をとる。
炎の檻が無くなれば、今すぐにでも逃げられるように。
「もしかして逃げようとしてる? もう遅い。
仕込みは終わった」
『這いよるもの』
黒竜の周りの地面から、突如として黒い液状の物体が這い出てくる。
その液状の物体は、黒竜に逃げる暇を与えることなくまとわりつく。
まるで意思があるかのように、黒竜の体を侵食していく。
『がアアアアアアアア!!』
黒竜は叫ぶも、液状の物体によって抵抗むなしく、固定されたように動けなくなる。
やがて口内にもその物体は流れ込んでいき、ブレス系統の魔法すら使えなくなる。
「恨みなさい、人ではなくこの私を。怒りなさい、人ではなくこの私に。今からあなたの命を奪うのは、私だ」
まるで覚悟のように告げるカナンの右手には、2メートルほどの長さの槍が握られていた。
それほどの槍をどこに隠し持っていたのか?
黒竜にはわからない。
ただその槍は、無慈悲に黒竜へと向けられる。
『貫く死毒の槍』
そこには無傷で立つ少女と、体に穴があき、倒れている竜の姿があった。
兵士たちが束になってかかり、傷一つつけることができなかった黒竜の体に、ぽっかりと穴があいている。
それほどの傷を負っているにも関わらず、黒竜の命は尽きていない。
それどころか、傷が再生しそうな兆しすらあった。
だが、それをカナン・ヘルトが見逃すはずもなかった。
カナンは先ほどよりも少し短めの槍を持って、黒竜の頭部へと近づき立ち止まる。
『グルウゥゥ……』
弱った声で、黒竜は鳴く。
「眠れ、竜の神よ」
その言葉と共に、槍を黒竜の頭部に突き刺す。
ゆっくりと、まぶたが閉じていく。
完全にそのまぶたが閉じられたとき、神の名を持つ竜が絶命した。
トーヤが出ないとシリアス続くなあ




