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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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神を穿つ日


 

【シータ視点】


 インが竜に近づくと、突然現れた炎の壁。

 何らかの方法によって、インが発動した魔法だということはわかる。


 その轟轟と燃える見た目とは裏腹に、近づいても熱さは感じない。

 だがそれは、この魔法がたいしたことないという意味ではない。

 莫大な魔力が使用されている魔法にもかかわらず、完璧に制御されているということだ。


 ほんの少しでも炎に触れれば、一瞬で消し炭になるであろうことは容易に想像できる。

 周りにいた竜は、先ほどの爆発にまきこまれほとんどが死亡した。

 しかし、また空から降りてくるのも時間の問題だろう。


 一体、中はどうなっているのだろうか?

 インは……


 私たちは間違いなく、あの年端もいかない少女――インに助けられた。

 けれど、このままだとインの生存は絶望的。


 民を守るために、竜に立ち向かわなければならなかったのは私たち兵士だ。

 それだというのに、皆の心が折れた時――


 折れずに立ち向かい――いや、一度は折れたのかもしれない。

 しかしその心をもう一度奮い立たせ、みなを鼓舞したのはインだ。

 そして今、あの常識外れの竜から私たちを守っているのもインだ。


 死なせたくない、勇敢な少女を、小さな英雄を。

 一体どうすればいい?

 何をすれば……


 ひたすら考えるも、何一つとして思い浮かばない。

 

 そんな時、私の肩がポンっとたたかれる。

 

 肩をたたいたその人物は、インと同じかそれ以下の年齢の少女だった。

 だがおそらく、このデクルト山においてもっとも頼りになる人物。

 この国の強さの象徴であるヘルトの名を継ぐものであり、今回の作戦の特別総指揮官。


「ガナン゛様……」


「これは……兄上の『炎獄監』?……黒い竜はこの中?」


「はい゛!ごのながっ……」


 くっ……!

 喉の火傷のせいで上手く話せない。


『瞬間治癒』


 そんな私を見て、カナン様は私の首に触れ魔法を発動する。


「応急処置みたいなものだけど」


「あ、ありがとうございます!」


 カナン様のメインはたしか治癒魔法ではない。

 しかしその魔法は、軍で働いているレベルの治癒魔法使いと遜色なかった。


「それで、今の状況は?」


「竜があの炎の中にいます! あとそれと少女が一人中に……!」


「少女……? ……まさか」


 カナン様は詳しい説明などを聞こうとはせず、炎の中へ平然と入っていく。


 

 


 しばらくすると、激しく燃え続ける炎の中から、防御魔法を張りながらカナン様が歩いてくる。

 一人で黒竜に立ち向かったインを抱えて。


 私はすぐさま、カナン様のもとへ駆け寄る。


「カナン様! インは……」


「大丈夫、疲労がたまって気絶しただけ。命にかかわるような傷は負ってない」


 その言葉に私は胸をなでおろす。

 

 よかった。自分たちを命がけで守ってくれた子が、ちゃんと生きていてくれて……


「インをお願い」


 そういってカナン様は、気絶したインを私にたくす。


「あと5分だけ竜の大群から耐えて。そしたらこんなふざけた悲劇、すぐにでも終わらすから」


 最後にそう言い残すと、またカナン様は一人炎の中へと、すべての決着をつけるために歩いていく。




ーーーーーー 


 多くの命を、直接的にも間接的にも奪った竜の前に、まだ14歳の少女が一人立つ。

 

 しかし、少女の顔に一切の恐怖はない。


 一方で、黒竜は直感で理解する。

 少し前まで、とんでもない魔力を放ちながら自分を追いかけてきていたのは、目の前にいる人間だと。


『ガアアアア!!』


 本能的な恐怖を感じた黒竜は、叫び声と共に魔力を放ち威嚇する。


 それでも、少女に一切の動揺はない。

 

「これは……『強者の圧』か。使えて当然といえば当然だけど」


 それどころか、冷静に黒竜を分析する素振りすら見せる。


「へえ、私に影響がないことを不思議そうにしてる。かなり頭もいいみたい。でも残念、私がこれまでの人生で恐怖を感じたのは、私の兄二人(・・・)にだけ。それと比べてしまえば、みじんも怖くない。ほんとはもっと調べたいこともあるけど……



 人類(私たち)のために、今すぐ死んでもらう」


 少女カナンが、殺す覚悟を決めた目で黒竜をにらむ。


 黒竜もそれを察知し、なんらかの魔法をとっさに使おうとする――が、


『ガ、ア……ガ……!』


 黒竜は自分の体がまともに動かない――のではなく、動かせないことに気づく。

 体だけではない。声もうまく出せず、魔力の操作さえまともにできなくなる。


「やっと見つけた(・・・・)


 黒竜は何が起こっているのかわからない。

 目の前の景色がぼやけ始める。

 ただひとつわかるのは、目の前の少女が原因であるということ。


「ここまでの量を使ったのは久しぶりね。しかもまだ動こうとするなんて」


 標的を定めた竜は、力を振り絞り、カナンへ牙を向ける。


「さすがに大人しくはしてもらえないか……このまま檻の外に出て、あなたが死ぬまで待っててもいいんだけど……それじゃ時間がかかりすぎる。いいよ、本気で相手してあげる――」


『がアアアア!!』


 黒竜は雄たけびを上げ、カナンに近づきその足で踏みつぶそうとする。

 カナンはこれを難なくよけながら、魔力弾を放つ。


 一直線に黒竜へと向かって放たれた魔力弾だったが、それは黒竜に当たる直前、見えない壁のようなものにぶつかり霧散する。


 これにはカナンも、驚きの表情が浮かぶ。


(この感じ、間違いなく防御魔法……それも不可視の効果を付与してる)


 黒竜は容赦なくカナンを責め立てる。

 体躯を活かした直接攻撃。

 ブレス系統の魔法による中距離攻撃。


 その勢いは弱まるどころか、どんどん激しさを増していく。


(おかしい、私の魔法(・・・・)でそろそろ動けなくなってもおかしくないはず……もう免疫(・・)ができ始めてる?)


 一方的に黒竜がカナンを責め立てる状態だが、カナンはその攻撃すべてを、防御魔法で難なく防ぐ。

 想定外の事態ではあっても、それはカナン・ヘルトにとって何の問題もないレベルだった。


 それがわかっているためか、黒竜も攻撃の手をとめる。


 そのすきをついて、今度は自分から攻撃を加えようとしたカナンだったが、動きをとめた黒竜の態勢が不自然なことに気づく。


 長く鋭い爪先をカナンへと向け、でかい図体を可能な限り低くしている。


(なにあれ……警戒しているような態勢じゃない。まるで技の『構え』みたいな……)


 ボトリ、ボトリ、という音が炎の檻内に響き渡る。

 それは竜の体表を覆う鱗が落ちる音だった。


 なぜ? 何をしている? 鱗?


 カナンの頭で様々な疑問が同時に浮かぶとともに、全力で防御魔法をはっていた。

 考えたわけではない、本能的なものだった。

 危機察知能力がフルで働いた結果だった。


 その勘は的中する。


『竜神・破突』


 黒竜の体が低姿勢を保ったまま、先ほどまでとは比べ物にならないスピードで、カナンに向かって一直線に飛ぶ。


 カナンに知る由はないが、この魔法はシータ・メルイが『剣聖』の称号を持つ人物から教わった魔術剣技である。

 その技を黒竜は一度見ただけで、構成、魔法術式まで完璧に模倣してみせた。

 さらにその人間の剣技を、竜の体に応用する形で。


 カナンのはった防御魔法は、全力であったにもかかわらず、一点集中の攻撃により粉々に砕け散る。


 


 ――が、黒竜が爪先を見ると、貫いたはずのカナンの姿がない。

 血のようなものも付着していなかった。


「全力の防御魔法を割られたのなんていつぶりだろ。鱗を捨てたのは、防御を捨てて速度を上げるためか」


 その声は黒竜の背後から聞こえてくる。

 

 完全にしとめたはずだった。

 間違いなく貫いたはずだった。

 それでもこの人間は、いつの間にか自分の背後にいた。

 この人間の移動した瞬間を、まったく目でとらえることができなかった。


 その思考とともに、黒竜は本能的な人間への嫌悪などをかなぐり捨てる。

 殺すチャンスがあるとすれば、先ほどのタイミングだけだった。

 冷静な判断で、黒竜はカナンから逃げることを考え出す。


「まさかここまで手こずるとは思わなかった。確かに、かつて数代前の当主、サイガ・ヘルトは黒竜に致命傷を受けて死んだ。けどそれは、何万頭もの竜にたった一人で立ち向かい、幾万もの屍を築き、疲弊した状態で黒竜と相対したから。

 

 だから個体の強さはそれほど怖くない……と思ってた。その認識、改めなきゃね」


 感心するカナンから目を離すことなく、黒竜はじりじりと距離をとる。

 炎の檻が無くなれば、今すぐにでも逃げられるように。


「もしかして逃げようとしてる? もう遅い。



 仕込み(・・・)は終わった」


()いよるもの』


 黒竜の周りの地面から、突如として黒い液状の物体が這い出てくる。

 その液状の物体は、黒竜に逃げる暇を与えることなくまとわりつく。

 まるで意思があるかのように、黒竜の体を侵食していく。


『がアアアアアアアア!!』


 黒竜は叫ぶも、液状の物体によって抵抗むなしく、固定されたように動けなくなる。

 やがて口内にもその物体は流れ込んでいき、ブレス系統の魔法すら使えなくなる。


「恨みなさい、人ではなくこの私を。怒りなさい、人ではなくこの私に。今からあなたの命を奪うのは、私だ」


 まるで覚悟のように告げるカナンの右手には、2メートルほどの長さの槍が握られていた。

 それほどの槍をどこに隠し持っていたのか?

 黒竜にはわからない。


 ただその槍は、無慈悲に黒竜へと向けられる。



『貫く死毒の槍』














 

 そこには無傷で立つ少女と、体に穴があき、倒れている竜の姿があった。


 兵士たちが束になってかかり、傷一つつけることができなかった黒竜の体に、ぽっかりと穴があいている。


 それほどの傷を負っているにも関わらず、黒竜の命は尽きていない。

 それどころか、傷が再生しそうな兆しすらあった。


 だが、それをカナン・ヘルトが見逃すはずもなかった。


 カナンは先ほどよりも少し短めの槍を持って、黒竜の頭部へと近づき立ち止まる。


『グルウゥゥ……』


 弱った声で、黒竜は鳴く。


「眠れ、竜の神よ」


 その言葉と共に、槍を黒竜の頭部に突き刺す。


 ゆっくりと、まぶたが閉じていく。

 完全にそのまぶたが閉じられたとき、神の名を持つ竜が絶命した。

 

トーヤが出ないとシリアス続くなあ

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