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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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ここが最悪



 【イン視点】


「青竜には5人がかり、赤竜には10人がかりで対処! 他の竜にも常に注意しろ!」


「赤竜の火炎放射は絶対によけるんだ! 防御魔法じゃ対処できん!」


「残りは全員黒竜の相手だ! カナン様が到着されるまで絶対に耐えろ!!」


 指揮官を中心に、兵士たちがパニックになることなく竜の大群と交戦している。

 さっきの惨状と比べれば、随分と状況改善されたといえる。


 それでも、黒竜相手にはまったく戦力が足りてない。

 

「みなさん、一旦引いてください。私が『剣聖』直伝の技をお見舞いします!」


 シータはそういうと、姿勢を低く保ちながら剣先を黒竜へと向け、そのまま詠唱を始める。


「『我、武器との境なし。故に一切の恩情はなく。敵を穿つ一振りの剣となる』」


 詠唱を聞く限り、自己暗示式の魔法っぽい。

 ただあの魔力量じゃ、固い鱗に覆われた黒竜の身体にダメージを与えるのは厳しい。

 だったら……


「シータさん、翼です!!」


『身剣一体・破突』


 シータの剣を中心に、目に見えるほどの魔力がシータの体をまとう。

 さらにそのまま勢いよく、黒竜の翼めがけて駆け出したかと思うと、一気に加速し、黒竜の翼を貫いた。


 でかでかと広げた翼に、ぽっかりと穴が開く。

 初めてだ、初めて黒竜に対してダメージを与えることができた。


 それを見て他の兵士たちも悟る。


「翼だ、翼を狙え! 身体への攻撃は諦めろ。翼にでかい攻撃を叩き込むんだ!!」


 まともにダメージを与えたことで、兵士たちの士気がさらに上がる。


 よし、このままいけば耐えられる――

 そう考えた時だった。


 黒竜の眼を見て、悪寒が走る。


 経験則でわかってしまう。

 あれは魔獣が本気で(・・・)ぶちぎれたときの眼だ。


 まずい、なにか(・・・)がくる!


 その不安が見事に的中する。


 黒竜の口腔部に、絶望を感じるには十分すぎる莫大な魔力がたまっていく。


「うそ……なにこの魔力。まさか、ブレス系統の魔法をまったく使わなかったのって……この魔法のため――」


 私のつぶやきが終わる前に、黒竜は顔を真上に向け魔力の塊を放つ。

 魔力の塊が空高く上がっていく。


 戦闘の最中に、敵から目を逸らす。

 本来なら絶対にやってはいけない行為。


 しかし、その場にいたすべての人間がその魔法の行く先に釘付けになる。

 これから多くの死を引き連れていくであろう魔法に、みな目が離せない。


 空へと放たれたその魔法は、相当な高さで放物線を描くように、360度全方向に広がっていく。

 その広がり方は異常としか言い表せない。

 デクルト山のその外側でさえ、魔法の有効範囲になりうる広がり方だった。


 もちろん、私たちに向かって降ってきている魔法もある。

 でもそれなら、すぐそばにいる黒竜だって巻き込まれる。


 翼に穴が開いている今、空を飛ぶ手段だってないはず。


 そんな予想はまたしても外れることになる。

 この竜は、何度私を驚かせたら気が済むのだろうか。

 できる芸が多すぎる、サーカス団に仕込まれた魔獣だってこうも多芸じゃないっていうのに。


 こんな状況で、半ばあきれるような感情が芽生える。


 


 黒竜が近くにいた赤竜の首を食いちぎったのだ。

 この場にいる全員、脳の処理が確実に追い付いていない。

 

 首を食いちぎられ絶命した赤竜の肉を、さらにもう一度食いちぎり飲み込む。

 すると翼の傷が一瞬で再生し、まるで何事もなかったかのような状態にまで完治する。


「嘘……」


 そのつぶやきは誰のものかわからない。

 ただその言葉を、みな考えていたはずだ。


 翼が修復された黒竜は、降ってくる魔法の間をするりと抜けながら、空高く上昇していく。


「ぼ、防御魔法を――」


 無理に決まってる、私たち程度の防御魔法じゃ絶対に防げない。


「絶対に直撃は避けて! できるだけ魔法から距離をとって!!」


 目視での着弾予想地点から、身体強化魔法を使い全力で距離をとる。

 

 そしてついに空高く上がった魔法は地面へと着弾する。


 


 一瞬の静寂の後、鼓膜の破れそうな激しい音と、目の焼けるようなまぶしい光と共に、大規模の爆発が巻き起こった。



 着弾と同時に張った防御魔法が、爆発の余波だけで破られる。


「ぐっ……!」


 岩だらけの地面に、ぶつかるように転がっていく。

 身体強化していなければ、間違いなく死んでいた。


 一瞬であったにもかかわらず、とんでもなく長く感じた爆発が終わる。

 全方位に分散させたとは、到底思えないような威力だった。

 

 他の兵士たちはどうなったのか?

 ちゃんと私の言葉を聞いて逃げたかどうか、確認する余裕すらなかった。



 衣服に覆われていない部分、顔や手足がヒリヒリする。

 どうやら熱風で火傷したらしい。


 着弾地点を見ると、地面に大きな穴が開いていた。

 爆心地から50メートル以内にいた人間は、灰すら残っていないはずだ。


 かろうじて生きている人間はいる。

 けどそのほとんどが、もはや虫の息。

 立っているものは誰もいない。


 そんな私たちを見下すように、黒竜が空から降りてくる。


 もうこれ以上兵士たちに、立ち向かうことを強要するのは酷すぎる。

 だから……ここからは私一人でやるしかない。


 私は立ち上がり、ゆっくりと黒竜の立つ方へと歩き出す。


「お゛い、どごへいぐ!?」


 今にも消えてしまいそうなかすれ声が、私の耳に届く。

 声の主はシータだった。

 おそらくのどが焼けたのだろう。


「もう゛いい、むいだ。おまへっ……だげでもにげお」


 ああ、そういえば逃げるなんて考えもしなかったな。

 予想以上にトーヤ様にあてられてしまったのか、それとも思った以上に私は意地っ張りだったのか。

 

「ありがとうございました。一緒に戦ってくださって」


 感謝の言葉だけ述べると、私はまた歩き出す。



 黒竜との差が数メートルまで近づく。

 その間、黒竜は何もしてこなかった。

 

「なんで攻撃してこないの? もしかして魔力切れでも起こした? それとも、私なんかが近づいたところで何もできないと高をくくってる?」


 通じるはずもない言葉を、黒竜に対して私は話す。

 少しやけになっているのかもしれない。


 黒竜の口腔部から、さっきとまったく同じような魔力反応を感知する。


 どうやら魔力切れではないらしい。

 しかもさっきと同程度の魔法を、もう一度放つ気らしい。


「ほんと笑えてくるくらい化け物じみてるわね。こんな感情、初めてセーヤ様の訓練を見たとき以来かも。でも、セーヤ様のときはもっと衝撃的だった。どんなに努力しても、どれだけ魔法の真理を突き詰めても……こうはなれないって思ったの。だから――





 こんな形とはいえ、セーヤ様の魔法を使うことになるとは思わなかった」


 そういいながら私は一枚の魔法陣に、ありったけの魔力を込める。


『炎獄監』


 魔法陣から炎が飛び出し、私と黒竜を取り囲む。

 その範囲は相当広く、危険を察知した黒竜が逃げようとするも、その前に完全に包囲する。

 防御魔法のように取り囲んだその炎は、一切の隙間すらない。


 すぐに黒竜は炎の壁に向かって魔法を放つ。

 

 が、爆発もなにも起こらず、その魔法は消える。


「無駄よ、その炎はセーヤ様の炎と同義。森羅万象すべてを燃やし尽くす。魔力でさえね。ちなみに私を殺しても意味ないから。この炎は何があろうと30分間燃え続ける。その分厚い鱗でも絶対に耐えられない。なんなら試してみたら?」


 この『炎獄監』は自分を中心に炎が囲む魔法。

 本来なら攻撃から身を防ぐための魔法なんだけど。


 他人を巻き込みかねないこの危険な魔法は、周りに誰もいない今だからこそ発動できた。



ーーーーーー


 数日前


『ほい、これお前に渡しとくな』


 そういってデクルト山に向かう際中、トーヤ様から一枚の紙を渡される。


『いやトーヤ様、これセーヤ様からいただいた魔法陣じゃないですか?』


『ああ、そうだ』


『いいんですか? わざわざセーヤ様がトーヤ様のために用意したものなんですよ?』


『いいんだよ。そもそも俺の魔力じゃ、魔法を発動させる魔力をためるのに一か月以上かかっちまう。デクルト山ではどうあがいても使えねえ。だからお前が持っとけ、好きな時に使えばいい。けど定期的に魔力は込めとけよ。ほんと莫大な魔力消費するからな』


ーーーーーー



 まさか本当に使うことになるとは思わなかった。

 しかもこんな形で。


 ……だめ、もうまともに魔力弾すら打てそうもない。

 精神的疲労、肉体的疲労、魔力枯渇による疲労、そのすべてが一気に襲い掛かってくる。


 黒竜は怨嗟の眼で私をにらんでくる。

 私がしたことだが、当然逃げ場はない。


 それでも、黒竜は少なくとも20分以上この炎の檻からは出られない。

 その間にカナン様が来てくれることを信じる。


 それで私の役目は終わり。

 目の前のトカゲが近づいてきているが、まったく気にならない。


 さっきの黒竜の魔法で、どれだけの人間が死んでしまったのだろうか?

 カナン様はまず間違いなく生きている。

 トーヤ様は大丈夫だろうか?

 なんとなくでしかないけど、生きているような気はする。

 


 だめ、もう限界。


 ああ、やっと眠れる……

 力が抜け、倒れるその瞬間、誰かに体を受け止められる。


 固い地面に打ち付けられるものだとばかり思っていたが、これは間違いなく誰かに支えられている感覚。

 

 誰に?

 そんなものは少し考えればわかる。

 ヘルト家の人間によって作られた防御系魔法を突破できる人間など、ヘルト家の人間しかいない。


「ここまで耐えてくれてありがとう、イン。あなたのおかげで|ここが最悪〈・・・・・〉であることが確定した。あなたに最大限の敬意と感謝を。後は私が片付ける。次にあなたが目を覚ますときには――



 全部終わっているから」


 そんな温かい言葉を聞きながら、私の意識は途絶えた。



ーーーーーー


 一人の少女が、炎に囲まれながら黒竜と対峙した。


 その瞬間から、デクルト山に関わるすべての事件が、一気に終息へと加速する。

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