不敬
このリリーという少女、最初に見た時から少しわがままそうなやつだなーとは思っていた、が――
俺の想像以上にわがままだった。
あちこち連れまわすわ。際限なく金を使わせるわ。くだらないものを買おうとするわ。
道を歩く時も相手がどくのが当然といわんばかりに歩き、しょっちゅう人とぶつかる。
しかもどうやら、わがままなお嬢さんのお口にあう食べ物は少ないらしく、ちょっと食べては『不味いからあげます』などとほざきながら、俺へと手渡してくる。
そのおかげでもう腹がふくれてきた。
極め付けは、長蛇の列ができていたクレープの屋台に並び、五分とたたないうちに『あきたんで代わりに並んでおいてください』と言って、どこかに走り出していく始末。
マヤに見つからないかビクビクしながら並び、やっとのことで買って持って行くと『あっちでもっとおいしそうなクレープがあったんで、そっちを買って食べました』と言われたのにはさすがにきれそうになった。律儀に並んでやった俺も俺だけど。
俺が貴族だと知ってこの横暴な振る舞い。
よっぽど世間を知らないのか、それとも本当に貴族の娘だったりするのか。
まあどちらにせよ盛大に甘やかされて育ったに違いない。
親の顔が見てみたいもんだ。
それに例え貴族だったとしても、ヘルト家の人間に対してでかい態度はとれない。
英雄家と呼ばれるヘルト家は、中央の重要な役職に就いたりすることはないが、過去から現在に至るまでの功績により、他の貴族とは一線を画す。
要するに偉さ的にはこの国でナンバー2みたいなものだ。
政治にほとんど関わらないため、その偉さに意味があるのかと言えばあまりない気もするが、500年かけて築いた確固たる地位は伊達じゃない。
だから普通、俺にあんな態度をとれるのは王族くらいしかいない。
王族があんなんだったら違う意味でどうかと思うけどな。
まったく、トーヤさんだったからよかったものの、他の貴族なら不敬罪だのなんだのと言われかねんぞ。
というより普通の貴族は一人で祭りになんかこないか。
「トーヤ! 次あっち行きましょうあっち!! おもしろそうな物がありますよ!」
当のお嬢さんは、まだまだ元気に俺のことを引きずり回そうとする。
またか、と思いながら歩いていくと、近くからとんでもない会話が聞こえてくる。
「なあなあ、あっちにいたメイド服着た人、すっげえかわいくなかったか?」
「いや、ありゃもうきれいとか、かわいいとかで表現できるレベルじゃねえよ。けど……なんか怒ってなかった?」
「そうだったか?」
「いや、なんつーか目がやばかったというか……」
俺は考えるより先に体が動いた。
「リリー! こっちだ!」
「え、ちょ、ちょっと」
(おそらく)マヤがいるであろう方向に向かおうとしたリリーの手を取り、反対方向に速足で引っ張っていく。
「どうしたんですかいきなり? あっちでおもしろそうな催し物してたのに」
「こっちにもっと面白いものがあるから、とにかくこっち来い!」
俺は焦っていたため少し命令口調になりながら、リリーを強引に引っ張っていく。
しばらく移動し、ある程度離れた場所で立ち止まる。
おそらくここまでこればしばらくは大丈夫だろう。
「悪かったな。急に引っ張ったりして」
「いえいえ、いいんですよ。それに……誰かに手を引かれるのって初めてだったんで、新鮮で楽しかったです」
そんなことを嬉しそうに話すリリー。
まあどう考えても周りを引っ掻き回すタイプだもんな。
この二時間ほどで嫌というほどわかったし。
……あっ! そろそろ三時になったんじゃないか!?
俺はマヤの追跡が終わる時間を思い出し、近くの時計台のほうを見上げる。
その時計台の長針はすでに12の数字を回っていた。
やった! 俺はついに使用人服を着た暴力装置から逃げ切った。ここからは自由だ。
誰の目も気にすることなく羽目をはずせる!!
おっと、少し笑みがこぼれてしまった。
ポーカーフェイスは得意中の得意なんだが油断してしまったな。
「なに見てるんですか? それより面白いものってどこですか!? はやく行ってみたいんですけど!」
相変わらず元気なお嬢さんだ……いいだろう。
さっきまではマヤに怯えて受け身的だったからな。
六歳の時からこの祭りに参加し、もはや10回目。
その他、何度も屋敷を抜け出し、訓練を抜け出し、学び舎を抜け出し、祭りに参加すること数知れず。
そんな俺が心ゆくまで、たっぷり祭りを堪能させてやろうじゃないか。
「そう慌てるな。こっからが祭りの本番だ。楽しすぎて頭が痛くなるぜ」
「頭が痛くなるんですか? フフ、おかしな話ですね。とても楽しみです」
本当にいい笑顔で笑うな……まあ――
その笑顔がどこまで続くかな?
ーーーーーー
「うう、頭が痛いです」
夜も更け、祭りも終わりにさしかかってきたころ。
俺とリリーはカフェテラスの席に座り、少し休憩していた。
理由はリリーが酔ってしまったからだ。それも体調に悪影響が出る方向で。
最初の笑顔もすっかり雲がかり、机でうつ伏せになっている。
「おいおい情けないな。まだ全然飲んでねえだろ」
「いやいや、結構な量のお酒飲みましたよ。それも強めのお酒を」
「あのくらいの度数ならいくら飲んでも酔わねえよ」
「感覚ぶっ飛んでる……あなたの家族も、みんなこれくらい飲むんですか?」
「まあこの程度じゃみんなピンピンしてるな」
「ついていける気がしない……」
別にうちの家族と張り合う必要はないだろ。
ちなみに、この国における法律で飲酒は……いや、野暮なことはよそう。
なにも言わなければみんな幸せになれるのだから。
「というか、バケツ飲みってなんですか。普通しませんよ、あんなバカみたいな飲み方」
え?しないの?
「不思議そうな顔しないでもらえませんか。私がおかしいみたいじゃないですか」
まじか、しないのか。
「確かに家ではしたことなかったけど、酒場とかじゃ場が盛り上がったら絶対にしてたからな……」
「なんで貴族の息子が、当然のように酒場に入り浸っているんですか。あれで飲んでるときは、見てたこっちが気持ち悪くなりましたよ」
それは悪いことしたな。
普段酒場連中と飲むときと同じノリなのはまずかったか。
「さてと、祭りも終わるころなんで、私はそろそろ帰りますね。これ以上飲んだらまともな判断ができなくなりそうですし……あなたはどうするんですか?」
「俺はまだ残るよ。露店出してた人達がこれから打ち上げをするんだ。その中にまじって酒飲んだり飯食ったりするつもりだ。大量の酒が出てくるから、俺としてはこっからが本番だな」
「まだ飲むんですか……」
リリーがあきれたような目でこちらを見てくる。
まあ貴族としておかしいのは多少自覚してるよ。
「ああそうだ、忘れてた。これやるよ」
そういって俺は下に置いておいた紙袋をとり、リリーに手渡す。
「なんですかこれ?」
「デザートみたいなもんだ。俺のオススメの店で買ったから、帰ったら食えよ」
「ありがとうございます。わざわざ」
「いーよ感謝なんて」
なんせ、それの中身は甘いものなどではなく、むしろその対極のものなのだから。
その中身はこの祭り名物、激辛まんじゅうだ。
まんじゅうの定義などガン無視するかのごとく詰められた激物。
あまりの辛さに失神者もでて、強制的に店じまいさせられ、店主は前科一般がつきかけた過去もある一品だ。
その事件以来、さすがに少し控えめにしたらしいが。
フハハハハ、さんざん振り回され、金を使われたお礼だとでも思ってくれ。
「では私はこれで」
そういってリリーは席を立つ。
俺はそんなリリーに対して片膝をつき、敬礼の意を表す。
「お疲れ様です。王女様」
もちろん、わがまま娘であるリリーへの皮肉だ。
するとリリーは一瞬焦ったような表情をするが、すぐに持ち直し――
「……いつから気づいていましたか?」
と、俺の演技に乗ってくる。
なかなかノリがいいな。
「初めて目にした時から気づいておりましたよ。庶民のふりをなさるなら、少し庶民の立ち振る舞いを勉強不足かと」
まあ庶民らしくなかったよーということだ。
「さすがは英雄家……といったところでしょうか。ご指摘、感謝します。では私はこれで、また会いましょう、トーヤ・ヘルト」
そう言って、リリーは手を振りながら去っていく。
また会いましょう、か。
そうそう会う機会なんて無いと思うけどな。
だが今はそんなことどうだっていい!
接待的なことも終わり、ここからは本当になんの気兼ねもなく遊べる!
「ここからの時間はいわば天国。目一杯遊び尽くす――」
「残念、あなたがこれから向かうのは地獄です」
……まるで、本当に地獄から聞こえてきたような底冷えする声――
誰の声か、なんて説明は不要だろう。
俺は恐る恐る後ろを振り返る。
そこには予想した通りの人物が、溢れんばかりの殺意を隠そうともせずに立っていた。
「よ、ようマヤ。使用人会議は終わったのか?」
「今何時だと思っているんですか? とっくに終わりましたよ」
「だよなーハハハ……」
考えろ! 考えろ! 今こそこの天才的な頭脳をフル回転させて、この状況を打破する最高の一手を!!
なにかないか、なにか――
ガッ!
打開策を考えていると、マヤにおもいっきり肩を掴まれる。
いや、これもう掴んでいるというより握りつぶそうとしてるな。
なっちゃいけない音がしてる。
「帰りますよ」
「………………はい」
俺は無力だ。
結局屋敷に戻ったあと、親父は領地にいるため、兄貴から三時間ほど説教を受けた。
貴族としての自覚がどうやら、誇りがどうやらという話を延々と聞かされた。
10分の9ほど聞いてなかったが、説教はしばらく受けたくない。
というか二度と受けたくないな、うん。
ーーーーーー
先ほどまでトーヤと行動を共にしていたリリー、と名乗っていた少女が人気のない道を歩いている。
そこに、一人のやたらとがたいのいい男が近づいていく。
「あら、ダヴィじゃないですか。どうしたんです? こんなところで」
「どうしたじゃありませんよ。ずっと姫の護衛をしていたんじゃないですか」
「本当に一日中私の後をつけてたんですか? 少しはあなたも遊べばよかったのに」
「そういうわけにはいきません。もし姫の身になにかあれば……」
「わかってますよもう、ほんと頭が固いんですから」
やれやれといった様子で、リリーがダヴィと呼んだ男と会話を交える。
「ところで、その紙袋の中身はなんですか?」
「これですか? さっき中を確認しましたけど、おいしそうなまんじゅうでしたよ。せっかくなんで、今日一日影武者をやってくれたシーナに渡してあげようと思って」
「あの男からもらったものですよね。大丈夫なんですか? 毒とか入っていたり……」
心配するダヴィーを見て、リリーはフフっと笑顔を浮かべる。
「なにをそこまで心配するのかわかりませんが……あの人、英雄家のトーヤ・ヘルトですよ」
「英雄家!? いや、でもそれならば……」
驚きながらも、納得がいったというような表情を浮かべるダヴィ。
「どうかしたんですか?」
「実はあの男……あ、いえ、トーヤ・ヘルト様ですが、どうも私の存在に気づいていらっしゃったようで……」
「どうしてわかるんですか?」
「姫が一度あの男に手を引かれて、急に走りだされたときがあったじゃないですか」
「ああ、ありましたね。誰かに手を引かれた経験は初めてでしたよ、フフ」
「…………」
機嫌よく話すリリーに、ダヴィは戸惑いながらも話を続ける。
「あのとき、突然のことというのもあって、未熟ながら一度姫様のことを見失ってしまいました。そこで時計台から見渡そうとしたのですが、そのときトーヤ様がこちらを見て笑っていたもので……」
「見事誘い出された、ということですか」
「おそらく、急に走り出したのも私をおびき出すためだったのでしょう……」
悔しそうな顔をしながら、ダヴィは自分の未熟さをかみしめる。
「すべてお見通しだったというわけですか。私が王女だということもばれてたみたいですし」
「姫とトーヤ様は確か面識がないはずでは?」
「ええ、ないですよ一度も。けれど立ち振る舞いでばれてしまったみたいです。顔の特徴ぐらいは聞いてたんでしょう。私みたいに。せっかくの偽装魔法も見破られてしまったようですし……」
リリーは後ろで結んでいた髪をほどき、『偽りを正す』と、両手で髪をさわりながら唱える。
すると、銀色だった髪の色はどんどん変わっていき、月明かりに照らされ、闇夜にも輝く黄金の色になる。
百人いれば百人が、まず間違いなく素晴らしいと称賛するであろう色だ。
「せっかく三日後の来訪でびっくりさせようと思っていたのに……残念です。むしろこっちが驚かされてしまいました」
「英雄家の名は伊達じゃない、ということですね。どんなかただったんですか? そのヘルト家の次男は」
「私以上に自由奔放って感じの人でした。あとかなりの酒豪」
「そんなまさか」
幼いころからリリーの王族らしからぬ振る舞いを見てきたダヴィにとって、リリー以上に自由奔放という言葉はどうしても信じられなかった。
「あーその顔、信じてないですね。あなたも会えばきっと納得しますよ。三日後……会うのが楽しみです」
リリーと名乗る少女が、シール王国の第三王女リリアーナ姫であること。
そのリリアーナ姫が三日後、ヘルト家を訪れること。
噂されている当の本人は、まだなにも知らない。
ーーーーーー
「頼むマヤ! あと二時間、いやあと一時間でいいから!!!」
「ダメにきまってるじゃないですか、ほら早くいきますよ」
「痛い痛い痛い! 肩に指がくいこんでる!」
当の本人はなにも知らない……