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偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
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不敬


 このリリーという少女、最初に見た時から少しわがままそうなやつだなーとは思っていた、が――


 俺の想像以上にわがままだった。


 あちこち連れまわすわ。際限なく金を使わせるわ。くだらないものを買おうとするわ。

 道を歩く時も相手がどくのが当然といわんばかりに歩き、しょっちゅう人とぶつかる。

 しかもどうやら、わがままなお嬢さんのお口にあう食べ物は少ないらしく、ちょっと食べては『不味いからあげます』などとほざきながら、俺へと手渡してくる。

 そのおかげでもう腹がふくれてきた。


 極め付けは、長蛇の列ができていたクレープの屋台に並び、五分とたたないうちに『あきたんで代わりに並んでおいてください』と言って、どこかに走り出していく始末。

 マヤに見つからないかビクビクしながら並び、やっとのことで買って持って行くと『あっちでもっとおいしそうなクレープがあったんで、そっちを買って食べました』と言われたのにはさすがにきれそうになった。律儀に並んでやった俺も俺だけど。


 俺が貴族だと知ってこの横暴な振る舞い。

 よっぽど世間を知らないのか、それとも本当に貴族の娘だったりするのか。

 まあどちらにせよ盛大に甘やかされて育ったに違いない。

 親の顔が見てみたいもんだ。


 それに例え貴族だったとしても、ヘルト家の人間に対してでかい態度はとれない。

 英雄家と呼ばれるヘルト家は、中央の重要な役職に就いたりすることはないが、過去から現在に至るまでの功績により、他の貴族とは一線を画す。

 要するに偉さ的にはこの国でナンバー2みたいなものだ。

 政治にほとんど関わらないため、その偉さに意味があるのかと言えばあまりない気もするが、500年かけて築いた確固たる地位は伊達じゃない。

 

 だから普通、俺にあんな態度をとれるのは王族くらいしかいない。

 王族があんなんだったら違う意味でどうかと思うけどな。


 まったく、トーヤさんだったからよかったものの、他の貴族なら不敬罪だのなんだのと言われかねんぞ。

 というより普通の貴族は一人で祭りになんかこないか。


「トーヤ! 次あっち行きましょうあっち!! おもしろそうな物がありますよ!」


 当のお嬢さんは、まだまだ元気に俺のことを引きずり回そうとする。

 またか、と思いながら歩いていくと、近くからとんでもない会話が聞こえてくる。


「なあなあ、あっちにいたメイド服着た人、すっげえかわいくなかったか?」


「いや、ありゃもうきれいとか、かわいいとかで表現できるレベルじゃねえよ。けど……なんか怒ってなかった?」


「そうだったか?」


「いや、なんつーか目がやばかったというか……」


 


 俺は考えるより先に体が動いた。


「リリー! こっちだ!」


「え、ちょ、ちょっと」


 (おそらく)マヤがいるであろう方向に向かおうとしたリリーの手を取り、反対方向に速足で引っ張っていく。


「どうしたんですかいきなり? あっちでおもしろそうな催し物してたのに」


「こっちにもっと面白いものがあるから、とにかくこっち来い!」


 俺は焦っていたため少し命令口調になりながら、リリーを強引に引っ張っていく。




 しばらく移動し、ある程度離れた場所で立ち止まる。

 おそらくここまでこればしばらくは大丈夫だろう。


「悪かったな。急に引っ張ったりして」

 

「いえいえ、いいんですよ。それに……誰かに手を引かれるのって初めてだったんで、新鮮で楽しかったです」


 そんなことを嬉しそうに話すリリー。

 まあどう考えても周りを引っ掻き回すタイプだもんな。

 この二時間ほどで嫌というほどわかったし。


 ……あっ! そろそろ三時になったんじゃないか!?


 俺はマヤの追跡が終わる時間を思い出し、近くの時計台のほうを見上げる。

 その時計台の長針はすでに12の数字を回っていた。


 やった! 俺はついに使用人服を着た暴力装置から逃げ切った。ここからは自由だ。

 誰の目も気にすることなく羽目をはずせる!!


 おっと、少し笑みがこぼれてしまった。

 ポーカーフェイスは得意中の得意なんだが油断してしまったな。


「なに見てるんですか? それより面白いものってどこですか!? はやく行ってみたいんですけど!」


 相変わらず元気なお嬢さんだ……いいだろう。

 さっきまではマヤに怯えて受け身的だったからな。

 六歳の時からこの祭りに参加し、もはや10回目。

 その他、何度も屋敷を抜け出し、訓練を抜け出し、学び舎を抜け出し、祭りに参加すること数知れず。

 そんな俺が心ゆくまで、たっぷり祭りを堪能させてやろうじゃないか。


「そう慌てるな。こっからが祭りの本番だ。楽しすぎて頭が痛くなるぜ」


「頭が痛くなるんですか? フフ、おかしな話ですね。とても楽しみです」


 本当にいい笑顔で笑うな……まあ――







 その笑顔がどこまで続くかな?




ーーーーーー




「うう、頭が痛いです」


 夜も更け、祭りも終わりにさしかかってきたころ。

 俺とリリーはカフェテラスの席に座り、少し休憩していた。

 理由はリリーが酔ってしまったからだ。それも体調に悪影響が出る方向で。

 最初の笑顔もすっかり雲がかり、机でうつ伏せになっている。


「おいおい情けないな。まだ全然飲んでねえだろ」


「いやいや、結構な量のお酒飲みましたよ。それも強めのお酒を」


「あのくらいの度数ならいくら飲んでも酔わねえよ」


「感覚ぶっ飛んでる……あなたの家族も、みんなこれくらい飲むんですか?」


「まあこの程度じゃみんなピンピンしてるな」

 

「ついていける気がしない……」


 別にうちの家族と張り合う必要はないだろ。


 ちなみに、この国における法律で飲酒は……いや、野暮なことはよそう。

 なにも言わなければみんな幸せになれるのだから。


「というか、バケツ飲みってなんですか。普通しませんよ、あんなバカみたいな飲み方」


 え?しないの?


「不思議そうな顔しないでもらえませんか。私がおかしいみたいじゃないですか」


 まじか、しないのか。


「確かに家ではしたことなかったけど、酒場とかじゃ場が盛り上がったら絶対にしてたからな……」


「なんで貴族の息子が、当然のように酒場に入り浸っているんですか。あれで飲んでるときは、見てたこっちが気持ち悪くなりましたよ」


 それは悪いことしたな。

 普段酒場連中と飲むときと同じノリなのはまずかったか。


「さてと、祭りも終わるころなんで、私はそろそろ帰りますね。これ以上飲んだらまともな判断ができなくなりそうですし……あなたはどうするんですか?」


「俺はまだ残るよ。露店出してた人達がこれから打ち上げをするんだ。その中にまじって酒飲んだり飯食ったりするつもりだ。大量の酒が出てくるから、俺としてはこっからが本番だな」


「まだ飲むんですか……」


 リリーがあきれたような目でこちらを見てくる。

 まあ貴族としておかしいのは多少自覚してるよ。


「ああそうだ、忘れてた。これやるよ」


 そういって俺は下に置いておいた紙袋をとり、リリーに手渡す。


「なんですかこれ?」


「デザートみたいなもんだ。俺のオススメの店で買ったから、帰ったら食えよ」


「ありがとうございます。わざわざ」


「いーよ感謝なんて」


 なんせ、それの中身は甘いものなどではなく、むしろその対極のものなのだから。


 その中身はこの祭り名物、激辛まんじゅうだ。

 まんじゅうの定義などガン無視するかのごとく詰められた激物。

 あまりの辛さに失神者もでて、強制的に店じまいさせられ、店主は前科一般がつきかけた過去もある一品だ。

 その事件以来、さすがに少し控えめにしたらしいが。


 フハハハハ、さんざん振り回され、金を使われたお礼だとでも思ってくれ。


「では私はこれで」


 そういってリリーは席を立つ。

 俺はそんなリリーに対して片膝をつき、敬礼の意を表す。


「お疲れ様です。王女様」


 もちろん、わがまま娘であるリリーへの皮肉だ。 

 するとリリーは一瞬焦ったような表情をするが、すぐに持ち直し――


「……いつから気づいていましたか?」


 と、俺の演技に乗ってくる。

 なかなかノリがいいな。


「初めて目にした時から気づいておりましたよ。庶民のふりをなさるなら、少し庶民の立ち振る舞いを勉強不足かと」


 まあ庶民らしくなかったよーということだ。


「さすがは英雄家……といったところでしょうか。ご指摘、感謝します。では私はこれで、また会いましょう、トーヤ・ヘルト」


 そう言って、リリーは手を振りながら去っていく。


 また会いましょう、か。

 そうそう会う機会なんて無いと思うけどな。


 だが今はそんなことどうだっていい!

 接待的なことも終わり、ここからは本当になんの気兼ねもなく遊べる!

 

「ここからの時間はいわば天国。目一杯遊び尽くす――」








「残念、あなたがこれから向かうのは地獄です」


 ……まるで、本当に地獄から聞こえてきたような底冷えする声――

 誰の声か、なんて説明は不要だろう。


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには予想した通りの人物が、(あふ)れんばかりの殺意を隠そうともせずに立っていた。


「よ、ようマヤ。使用人会議は終わったのか?」


「今何時だと思っているんですか? とっくに終わりましたよ」


「だよなーハハハ……」


 考えろ! 考えろ! 今こそこの天才的な頭脳をフル回転させて、この状況を打破する最高の一手を!!

 なにかないか、なにか――


 ガッ!


 打開策を考えていると、マヤにおもいっきり肩を掴まれる。

 いや、これもう掴んでいるというより握りつぶそうとしてるな。

 なっちゃいけない音がしてる。


「帰りますよ」


「………………はい」


 俺は無力だ。





 結局屋敷に戻ったあと、親父は領地にいるため、兄貴から三時間ほど説教を受けた。

 貴族としての自覚がどうやら、誇りがどうやらという話を延々と聞かされた。

 10分の9ほど聞いてなかったが、説教はしばらく受けたくない。

 というか二度と受けたくないな、うん。







ーーーーーー





 先ほどまでトーヤと行動を共にしていたリリー、と名乗っていた少女が人気のない道を歩いている。

 そこに、一人のやたらとがたいのいい男が近づいていく。 


「あら、ダヴィじゃないですか。どうしたんです? こんなところで」


「どうしたじゃありませんよ。ずっと姫の護衛をしていたんじゃないですか」


「本当に一日中私の後をつけてたんですか? 少しはあなたも遊べばよかったのに」


「そういうわけにはいきません。もし姫の身になにかあれば……」


「わかってますよもう、ほんと頭が固いんですから」

 

 やれやれといった様子で、リリーがダヴィと呼んだ男と会話を交える。


「ところで、その紙袋の中身はなんですか?」


「これですか? さっき中を確認しましたけど、おいしそうなまんじゅうでしたよ。せっかくなんで、今日一日影武者をやってくれたシーナに渡してあげようと思って」


「あの男からもらったものですよね。大丈夫なんですか? 毒とか入っていたり……」


 心配するダヴィーを見て、リリーはフフっと笑顔を浮かべる。


「なにをそこまで心配するのかわかりませんが……あの人、英雄家のトーヤ・ヘルトですよ」


「英雄家!? いや、でもそれならば……」


 驚きながらも、納得がいったというような表情を浮かべるダヴィ。


「どうかしたんですか?」


「実はあの男……あ、いえ、トーヤ・ヘルト様ですが、どうも私の存在に気づいていらっしゃったようで……」


「どうしてわかるんですか?」


「姫が一度あの男に手を引かれて、急に走りだされたときがあったじゃないですか」


「ああ、ありましたね。誰かに手を引かれた経験は初めてでしたよ、フフ」


「…………」


 機嫌よく話すリリーに、ダヴィは戸惑いながらも話を続ける。


「あのとき、突然のことというのもあって、未熟ながら一度姫様のことを見失ってしまいました。そこで時計台から見渡そうとしたのですが、そのときトーヤ様がこちらを見て笑っていたもので……」


「見事誘い出された、ということですか」


「おそらく、急に走り出したのも私をおびき出すためだったのでしょう……」


 悔しそうな顔をしながら、ダヴィは自分の未熟さをかみしめる。


「すべてお見通しだったというわけですか。私が王女だということもばれてたみたいですし」


「姫とトーヤ様は確か面識がないはずでは?」


「ええ、ないですよ一度も。けれど立ち振る舞いでばれてしまったみたいです。顔の特徴ぐらいは聞いてたんでしょう。私みたいに。せっかくの偽装魔法も見破られてしまったようですし……」


 リリーは後ろで結んでいた髪をほどき、『偽りを正す』と、両手で髪をさわりながら唱える。


 すると、銀色だった髪の色はどんどん変わっていき、月明かりに照らされ、闇夜にも輝く黄金の色になる。

 百人いれば百人が、まず間違いなく素晴らしいと称賛するであろう色だ。


「せっかく三日後の来訪でびっくりさせようと思っていたのに……残念です。むしろこっちが驚かされてしまいました」


「英雄家の名は伊達じゃない、ということですね。どんなかただったんですか? そのヘルト家の次男は」


「私以上に自由奔放って感じの人でした。あとかなりの酒豪」


「そんなまさか」


 幼いころからリリーの王族らしからぬ振る舞いを見てきたダヴィにとって、リリー以上に自由奔放という言葉はどうしても信じられなかった。


「あーその顔、信じてないですね。あなたも会えばきっと納得しますよ。三日後……会うのが楽しみです」


 リリーと名乗る少女が、シール王国の第三王女リリアーナ姫であること。

 そのリリアーナ姫が三日後、ヘルト家を訪れること。

 



 噂されている当の本人は、まだなにも知らない。




ーーーーーー



 「頼むマヤ! あと二時間、いやあと一時間でいいから!!!」


 「ダメにきまってるじゃないですか、ほら早くいきますよ」


 「痛い痛い痛い! 肩に指がくいこんでる!」


 当の本人はなにも知らない……



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