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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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死の覚悟


 トーヤside


 

「そういやさっきの魔力弾はなんだ?」


 人を殺せる威力で飛んできた魔力弾についてラシェルにたずねる。


「敵の放った攻撃に決まってるじゃない」


 いやそうなんだけどさ、あの攻撃は俺に向かって飛んできていた。

 つまり俺のことを認識していたということだ。

 

 魔力が(人よりも少)なく、魔力感知で感知することができない俺を狙ったとすれば、何か別の方法で俺を認識したことになる。

 

 ……触覚だろうな。

 さっきラシェルが唱えた魔法名からしても間違いないはずだ。


「触覚的に俺たちのことを認識しているってことか」


「……よくわかったわね」


 どうやら正解らしい。


 その感覚器官の役目を果たしているのは、この霧に違いない。

 この霧が俺たちに触れることで場所を特定……いや、精度によっては個人の特定までできるはずだ。


 ドーム状の雲の内部にまで、霧を展開させていたわけがやっとわかった。


「で、今お前の幻術魔法でごまかしているってわけか。視覚、聴覚、魔力に次いで触覚まで操れるのかよ。もしかして五感全部可能なのか?」


「一応ね、といっても同時に行えるのは視覚と聴覚だけ。あとは同時に使うのは無理で単体での使用しかできない。魔力だけは、どの五感とも同時使用できるけど」


 つまり、今ごまかせているのは触覚だけで視覚的には丸見えってことか。

 というかすげえベラベラ自分のメインについて話してくれるんだな。


 もしかしたらこの先また敵対するかもしれないっていうのに。

 根がまじめなのか、お人よしなのか。

 まあ共闘する身としては大いに助かるんだけど。

 

 とりあえず他にも聞いときたいことがいくつかある。

 とはいっても全部話している時間があるのかどうかあやしいところなんだが。


「おかしな反応があると思えば……生きていたのか、この虫けらが」


 まったくないらしいな……


 俺たちの目の前にロスが姿を現す。


「いようロス、さすがにあの死に方はないな、と思って地獄から引き返してきたんだ。死ぬときは息子娘夫婦と孫に囲まれて死ぬっていう俺のプランが台無しになるとこだったよ」


 俺の軽いジョークに、ロスはひどく顔を歪ます。


 え、そんなに今の冗談ひどかった?


「ああほんと、そのふざけた顔を見るたびに、その声を聴くたびに忌々しい記憶がよみがえる! 決めた、お前は顔の皮をはぎ、顔の器官という器官を潰して殺す。その穢れた顔をこの世に残すことを許さん」


 好き勝手言ってくれるじゃねえかこの気狂い野郎。


「おいおい、俺のかっこよすぎる顔に嫉妬か? 自分が骸骨みたいな顔してるからって、コンプレックス感じる必要ないんだぜ?」


「ほざけ」


 ロスは短くそう言うと、躊躇なく俺に向かって魔力弾を放つ。

 俺はロスが魔力弾を放つ一瞬の予備動作の時点で、とっさに俺のかたに触れていたラシェルを突き飛ばす。

 その反動で俺は反対方向に飛ぶ。


 放たれた魔力弾は、俺とラシェルの間をかなりの勢いで通り過ぎていく。


 あっぶな!

 あんなもんあたりでもすれば、確実に当たった部位は消し飛ぶぞ。


「ちょこまかと、うっとうしい虫が」


 今度は空中に魔力の塊がいくつも浮かぶ。

 当然ロスの攻撃、魔力弾の応用だ。


 空中に浮いた魔力の塊は、俺をめがけて一斉に向かってくる。

 どうやらロスの攻撃対象は完全に俺へと移行したらしい。


 なんとかそれらをすべて避けたが、避けたその先にロスは別の魔力弾を用意していた。

 

 ああくそ、戦い慣れてやがるなちくしょう。


『魔力の通り道』 


 俺は二枚の魔法陣を取り出し、一枚を魔力弾が飛んでくるほうに、もう一枚をロスのほうに向ける。

 俺を狙った魔力弾は、魔法陣の中に吸い込まれるように消えていく。

 さらにもう一方の魔法陣のほうから、吸い込まれた魔力弾が現れ、ロスにめがけて飛んでいく。


 簡易式転移魔法の魔法陣だ、それも二枚一組の珍しいタイプ。


 ロスは自らに飛んでくる魔力弾に対し、同程度の威力の魔力弾を放ち相殺する。


 くらわねえか、わかっちゃいたがな。

 例えくらったとしても、すぐ再生するしほとんど意味ねえけど。


『成長促進×植物操作』


 ロスが魔力弾を相殺した直後、ロスの側方からかなり太い木が、鞭のようにしなってロスを襲う。

 だがロスはまったく動じることなく防御魔法を張り、それを防ぐ。


 植物を自在に操る魔法、だとすればこの場にその使い手は一人しかいない。


「目を覚ましてすぐに『トーヤ・ヘルトに協力しろ』と言われたのには驚いたが、君は味方ということでいいのか?」


「味方というよりはまだ一時共闘の関係だ。さすがにこの時点で味方面する奴は信用できないだろ?


 カーライ・テグレウ」


「同感だな」


 ラシェルの味方をする魔人、カーライ・テグレウが、俺とロスから少し距離を開けて立っていた。

 さっきまで再生する魔力もないほど消耗していたにもかかわらず、もう傷が再生している。

 その魔力の回復速度はさすが魔人ってところか。


「今ラシェルは魔力の回復に努めている。援護は期待するな」


「この状況で何かに期待して戦うほど楽観的な人間じゃねえよ」


 つか敵に聞かれるように話すな。




 


 しばらく同じような攻防が続いた。

 俺たちのことをなめているのか、魔力弾や防御魔法といった戦闘基本魔法だけでロスは俺たちの相手をしてくる。

 それも身体強化を使わずに。


 俺とカーライはそんなロス相手に互角……というのは明らかに言い過ぎだな。

 なんとかロスの攻撃をかわしていくので精一杯だ。

 なさけないったらありゃしねえよ、まったく。


 カーライはすでに人間ならば五回は死んでいるであろう攻撃をくらっている一方、ロスはまだ一度も致命傷を受けていない。

 それどころか、かすり傷一つ負わせることができない。


 同じ魔人同士とはいえ戦力差がでかすぎる。

 別にそれを責める気はないが、もう少し善戦できることを期待してたよ正直。


「魔力が回復した!」


 今まで魔力回復のために隠れていたラシェルの声が響き渡る。


「一旦引くぞ!」


 カーライが俺に俺に向かって叫ぶ。


「了解っと」


『煙幕』


 逃げる際、魔法陣を使いながら逃げる。

 最初にロスと会った時に使ったのと同じ種類の魔法陣だ。


「また煙幕か……芸のないやつめ」


 ロスの愚痴が去り際に聞こえる。

 悪かったな、引き出しが少なくて。

 






「これでまたしばらくは時間が稼げると思う」


 そう言ってラシェルが、俺とカーライに触れながら幻術魔法を発動させる。

 少し離れた場所まで逃げたため、ラシェルの言う通り見つかるまでまだ時間がかかるはずだ。


 あの戦力差でよくここまで持ちこたえていたなとは思ったが、こういうふうに時間を稼ぎながら逃げに徹していたってわけか。

 

 けど、今時間が惜しいのはむしろ俺たちのほうだ。

 一刻も早く竜退治を完了しなきゃならないってのに。


「ねえ、聞きたかったんだけど、どうやってあの分厚い雲を通ってきたの?」


 なんだ、一番最初に聞きたかったのがそれか?

 てっきり『なんで魔法使わないの』とか聞かれると思ってたんだが。


「どうやってもなにも普通にだ。特別なことはしてねえよ」


 俺のその答えを聞いて、カーライとラシェルは見るからに落胆する。


 何を期待してたんだこいつら?


「あの雲のことだろ? それがどうかしたのか?」


「あの雲に『迷い道』の魔法がかけられていたのよ。私たちがあの雲を通って外に出ようとしても、方向感覚が狂わされ、また同じところに戻ってくるようになってた。どうやら入るときは普通に入れるみたいだけど。実際、あなたが普通に入ってきてるし」


 入るときと出るときで違う術式設定にしてるのか……

 感知魔法の阻害も加えた自動式の範囲展開……どういう術式なんだ?

 気になるな。


 ラシェルとカーライが逃げようとしなかった理由はこれか。

 普通なら逃げる一択だもんな。

 簡単に俺と協力してくれるわけだ。


 ……まてよ。

 いくらなんでもおかしくないか?


 デクルト山全域にかけている膨大な魔力を使う霧魔法

 分厚い雲の認識阻害を生じさせる操作系の魔法

 さらにその内部の触覚機能を備えた霧魔法


 ロスはその三つを同時使用した状態で、さらに戦闘まで行っている……

 いくら魔人とはいえ、人と違うのは魔力量、不死性、魔力回復速度だけだ。

 魔法を並行使用する技術は、並の人間と変わらないはず。


 うちの家族は、もはや人間じゃないからノーカウントとして。

 三つの魔法を同時使用するだけで、もう天才の域に達している。

 だとすれば……

 

 俺は一つの仮説が頭に浮かぶ。

 その仮説の確証を高めるために、二人にある質問をする。

 

「なあ、俺がここに来る前のロスの戦い方を教えろ」


「戦い方?」


「ああそうだ」


「……基本的に魔力弾だけだな。ただかなり攻撃方法に応用を利かしていたが……」


「ずっとか?」


「ああ、ずっとだ。こちらから攻撃をした時だけは防御魔法をはっていた。その二種類の魔法しかロスは使っていない。とはいっても、そのロス相手にまったく歯が立たない状況なんだが……」


 カーライは悔しそうに言う。


 なーるほどな、最初はただなめてるだけかと思ってたが……


 うし、突破口は見つけた。

 ここからは俺の得意分野だ。


「なにか思いついたの?」


 自信ありげな俺の表情を見て、少し期待するようにラシェルが尋ねてくる。

 

「ああ、思いついた」


 この国(・・・)を救うきっかけがな。

 残念ながら俺たちは死ぬかもしれないが……

  



ーーーーーー



(ちっ、また幻術魔法か……)


 もう何度目かもわからない同じパターンに、ロスは辟易する。


 カーライが戦い、魔力が切れてきたらラシェルの魔法で潜伏し、またカーライの魔力が回復したら戦闘に復帰する。

 この戦闘が10時間近くも続いている。


(とはいえまだ『門』ができるまでに時間がある。ゆっくりしとめればいい。……しかし、あのオーヤと同じ顔をした劣等種はどうやってこの中に入ってきた?)


 ロスはこの場に誰も立ち入ることがないよう、また立ち去ることがないようにするための魔法を、今も分厚い雲に発動していた。

 それを、あのオーヤ似の男は破って侵入してきたことになる。


(覚えたばかりの魔法だからか? 術式の設定が甘かったか、それとも……逃げ回っているだけの、オーヤの顔をした劣等種が実力を隠していたのか?)


 ロスは原因を考えていると、触覚付与した霧魔法に反応が出る。

 ただ、その反応は三人全員ではなく、一人分の反応だけだった。


 反応にあったその一人は、堂々とロスの前に姿を現す。


「そういや名前まだ言ってなかったな。トーヤって言うんだ、オーヤじゃねえからな、間違えんじゃねえぞ」


 先ほどまでの、疑問の原因であったトーヤが臆することなく名乗り上げる。


 そんな態度にロスはさらに苛立ちを募らせる。


「貴様のようなゴミの名前を覚えるつもりはない」


 そう言って魔力の塊がいくつも宙に浮かぶ。

 それがトーヤのもとへと向かうその前に、トーヤの口が開く。


「いくら応用聞かせようがそんなもん(魔力弾)じゃ俺は殺せねえよ。いい加減本気(・・)を出したらどうだ?」


 本気、という言葉にロスが明らかに反応する。 


「おかしいとは思っていたんだ。戦闘に魔力弾と防御魔法という戦闘基本魔法の中でも、比較的簡単な魔法しか使わねえのを。俺と最初にあった時は、当然のように身体強化の魔法を使ってたにもかかわらず、だ」


 以外にも、ロスはトーヤの言葉を素直に聞く。


「ロス、お前複数の魔法を同時に展開しすぎて、戦闘に操作系の魔法を使う余裕がねえんだろ」


「……仮にそうだとして、お前のような雑魚を相手するのに何の支障もない」


 ロスはあくまで否定はせず、会話を続ける。


「いやいやいや、俺のほうもまだまだ本気じゃなくてね。そもそも本気を出すつもりもなかったんだが……



 相手が魔人となれば話は別なんだわ」


『針地獄』


 ロスの立っていた場所を中心に、地面から岩が鋭く針のような形で一斉に飛び出す。

 とっさにロスは防御魔法をはるが、岩はいとも簡単にその防御魔法にひびを入れ突き破る。


「何!?」


 ロスは必死に避けるも、右腕が肩から吹き飛ぶ。 


 岩の変化が終わると、先ほどまでロスの立っていた場所は剣山のような形になり、地形が完全に変化していた。

 この魔法が、一介の魔法使いに使えるような魔法でないことは、魔法をかじったものであれば誰でもわかるほどの規模と威力の魔法だった。


 再生の始まった右腕をおさえながら、ロスはトーヤのことをにらみつける。


「いやあ、ご先祖様を超えたってことを証明するには、しっかりと殺さなきゃいけないわけよ。かつてうちのご先祖が、殺せずに封印することしかできなかった魔人であるお前を――ああ、そういやファミリーネームのほうをまだ言ってなかったな。


 『ヘルト』

 

 俺の名はトーヤ・ヘルト。お前を500年間封印したオーヤ・ヘルトの末裔だ。どうだ、本気を出す気になったか?」


 トーヤは、挑発するような笑顔をロスへと向ける。


「……なるほど、いいだろう。挑発に乗ってやる。俺の全力をもって貴様を始末してやろう。ヘルトの下賤な血を途絶えさせてやる」


 その言葉と同時に、ロスのもとに莫大な魔力が集まっていく。

 感知魔法を使えば、それだけで腰を抜かすものが出るかもしれないほどの魔力。


 これこそが、魔人ロス・ライトの真の姿と言っていいだろう。



ーーーーーー



【トーヤ視点】



 さあ、できることはやった。

 靴の裏に仕込んでおいた魔法陣もうまく起動させることができた。

 これでロスは、まだ俺が実力を隠していると信じたはずだ。


 ほんとはもう魔法陣でさえ、まともに残ってねえんだけどな。


 わりいな、我が妹カナンよ、お兄ちゃんまじで死ぬかも。

 あ、そういや長いこと遺書の更新してねえな。


 とはいえ最低限の仕事はできた。

 これで少なくとも、アホみたいに魔力を使っている、デクルト山全域にかけている霧は解除されるはずだ。


 シール王国の兵士たちよ、シール王国国民よ、ここからが正念場だぞ。


 


 折れるなよ。



カーライがメインを使えている理由はもう少し後でわかります。

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