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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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共闘


 あいつらの目的はなんだ?


 魔人の疑いがある“ロス”と“ヒエラル”――この二人は何をしようとしている?


 黒竜がこんな草木も生えぬ山にいるのは、間違いなくあの二人の仕業だ。

 正確に言えば、ヒエラルとかいう男の転移魔法だろう。


 俺はカナンが言った魔力の壁とやらがある方向に向かって走りながら、やつらの目的を考える。


 二人の言っていた言葉を正確に思い出す。


『ここは上位のものによる崇高なる戦いの場だ。劣等種どもの立ち入りは認めん。ヒエラル、どこか適当に飛ばしておけ。そのうち勝手に死ぬ』


 確かにロスとかいうやせこけた男はそう言っていた。


“ヒエラル、どこか適当に飛ばしておけ。そのうち勝手に死ぬ”


 この発言が、黒竜によって殺される、ということなら黒竜の出現はあいつらの仕業だということの裏付けになる。


 問題は――


“ここは上位のものによる崇高なる戦いの場だ。劣等種どもの立ち入りは認めん”


 この発言だ。


 あいつの人間に対する嫌悪感、見下しはあの少しの間でよぉくわかった。

 能力や立場とかそんなもんじゃあない。

 

 ヒトという存在そのものを、魔人である自分よりも劣った種族だと考えている。

 自分だって魔人になる前は人間だったくせに、よくもあそこまで人を見下せるもんだ。


 そんなやつが『上位のものによる崇高なる戦いの場』といった。

 

 ロスはあの場で誰かと戦おうとしていた?

 だとすると発言から相手も魔人、もしくはロスがそれほどまでに認めている存在だということになる。

 

 仮に相手も魔人であると仮定すると、色々見えてくる。

 ならばその相手の魔人とは一体誰か?


 十中八九、俺がこのデクルト山に来た本来の理由である魔人カーライ・テグレウのことだ。


 そうでなければタイミングができすぎている。

 カーライたちが逃走中、デクルト山を通るタイミングでの出現。

 狙ったとしか思えない。


 そうなってくるとロスたちにとって問題なのが、カーライたちを追う王国軍だ。

 その上、カナン・ヘルトという超過剰戦力付き。


 ならばどうするか?

 他のことにかかりっきりにしてしまえばいい。


 そこで黒竜だ。

 さらに霧の魔法でアシストすればそう簡単には倒されないし、しばらくはそっちにかかりっきりになる。


 というように考えれば筋は通るし、納得がいく。

 俺たちはまんまと踊らされたわけだ。


 くそがっ!!


 今回は俺というイレギュラーが混ざっていたからこそ、魔人のあの二人の存在に気づけたが、そうでなければ今でも黒竜だけに考えを持っていかれていたかもしれない。

 

 もうこれ以上は絶対に好きにはさせねえ。

 



 決意を新たにし、走り続けるとおかしな場所にたどり着く。


 それは雲だった。


 もはや霧などではなく、広範囲で地面と接するように雲が広がっていた。

 高さも見上げるほどあり、山の一部が雲で覆われているようだった。

 

 明らかに自然のものではない。

 感知魔法を使えない俺でもなんとなく理解できる。

 この雲は濃密な魔力でつくられているということが。

 

 カナンの言っていた“魔力の壁”というのはこれのことで間違いないだろう。

 濃密な魔力がカナンの感知魔法を阻害していたわけだ。

 

 まさに壁だな。


 霧のせいで全体像はよくわからないが、カナンの言っていたことから考えると、この雲が球体のようになっているはずだ。

 この球体の雲の中で、ロスとカーライが戦闘を行っている可能性が高い。


 魔人どうしの戦いなんかに、俺が出向いてどうなるんだって話だが、それでも行くしかない。

 

 俺はこの雲の中に入ってからの動きを考える。

 どう動けばいいか、どういう状況が予想されるか。


 ……よし、ひと通り考えがまとまる。


 俺は意を決して雲の中に突っ込んで行く。


 一寸先も見えない雲の中を進む。

 10秒ほど走ると、雲と呼べるような地帯を過ぎる。


 しかし、そこも一寸先とは言わないまでも、デクルト山全域にかかっているような霧が発生していた。


 あれ?……てっきり雲の内部は霧が広がっていないと思ってたんだが。

 もしかして雲の内部を通り過ぎた?


 いやでも100メートルほどしか走ってないし……予想以上に雲の球体が小さかったとか?

 

 さすがにそれだと小さすぎるか。

 

 でも雲の内部にまで霧をかける理由はなんだ?

 雲の外部に霧をかけるのは、黒竜に対するアシストとして理解できるが……


 理解できない現状に悩んでいると、一つの足音が近づいてくるのがわかった。

 音を聞くに、相当あわてているのがわかる。

 それに何かをひきづっているような音も聞こえる。


 誰だ?

 ロスか、ヒエラルか、カーライか……


 俺は攻撃用の魔法陣を取り出し、いつでも発動できるよう準備する。

 そうして俺の目に飛び込んできたのは、ロスでも、ヒエラルでも、カーライでもない。


 予想はできていたが、おそらくいないだろうと切り捨てた女。

 俺の体に二か所も穴をあけた女。

 

 そしてあのバカ姫に保護してほしいと頼まれた少女。


 ラシェル・ガイアスだった。


「っ!? トーヤ・ヘルト!! なんでここに!?」


 俺の顔を確認したラシェルは、驚きながらもっともな疑問を口にする。

 けど俺だって、お前ほど適切じゃないにしても同じことを言いたい。


 なんでここにいるんだと。


 ロスは『上位のものによる崇高なる戦いの場』なんてことをのたまっていた。

 そのため魔人以外を雲の内部に入れることはない、とばかり思っていたため少々面喰ってしまった。


 まあそれだけだ。今は置いておく。


 あらためてラシェルの姿を見ると、ボロボロになり疲労が濃くうかがえる。

 激しい戦闘がおこった、または、おこっているというのがよくわかる。

 

 そして何より気になるのは、ラシェルが背中に背負うようにしているが、身長差の関係で引きずってしまっている人物。

 その人物のほうが見るからにボロボロでダメージを負っている。


 さらにその人物というのが、傷なんて一瞬で回復してしまうはずの魔人、カーライ・テグレウだったために俺の驚きは半端じゃなかった。

 

 ラシェルは俺を見て、『こんな時に……』とでも言うかのような苦い顔をする。

 そんなラシェルの心情とは逆に、俺は『むしろついてる』と感じていた。


 この雲の球体内部に入る前、俺が考えた方針としてはどのような形であれ、カーライ・テグレウと協力するつもりだった。

 敵の敵は味方などと言うつもりはないが、利用はできる。

 火急の問題を先に片付けるためだ。

 ロスやヒエラルより先に出会えたのは助かった。


「今お前たちが戦っている敵はロスやヒエラルとかいう魔人だろ。違うか?」


「なっ!? なんで知って……」


 いきなりの俺の発言に、さらにうろたえるラシェル。

 さて、ここからは発言に十分注意しなければならない。

 

 なぜなら、ラシェルには嘘を見破る力があるからだ。

 

 捕まえたラシェルたちの仲間から得た情報だが、ラシェルにはどんな嘘も通用しないという。

 深刻な嘘でも、軽い嘘でも関係なく。

 嘘をつく時の癖がわかるとか、嘘をつく時に表情の変化を読み取れるとかそんな技術的なことではない。

 嘘、偽り、そんな類のものが直感的に理解できるのだという。

 常識外れのふざけた魔法だが、精霊の力だと言われれば納得してしまう。


 いつもの癖で意味のない適当な発言をしたりしてしまえば、その瞬間ラシェルの俺に対する不信感が盛大に増す。

 そんなことになれば、協力など絶対に了承してもらえない。


「いいか、よく聞けラシェル。俺はお前たちを捕まえるためにここに来たわけじゃない。俺の目的はロスとかいう魔人をどうにかすることだ」


「……それ本気?」


「ああ」


 嘘かどうかはわかっているくせに、わざわざ質問してくるとは。


「お前たちがどういう状況に置かれているのか、大体だが予想はついてる。そこでだ、お前たちにあいつら二人を倒すのを協力してほしい」


「……」


 返事はない。

 ならこのまま続けさせてもらう。


「詳しく話している時間はないが、今あいつらのせいでとんでもない事態になっている。だから一秒でも速くあいつらをなんとかしたい。そのために力を貸してほしい。戦力が欲しいという以外に他意はない。もちろん、お前たち二人をだましたりするつもりもない」


「……」


 さっきと同じように無言。

 けど表情からは、かなり気持ちが揺れ動いているのがわかる。

 カーライ・テグレウのボロボロの状態を見るに、この二人も相当辛い状況にあるはずだ。


 普通ならそんな極限状態で、俺の言葉をそう簡単に信用できないだろうが、ラシェルの場合、自分の信頼すべき魔法が俺の言っていることの正しさを証明する。

 

 だからこそラシェルの心も揺れ動いている。

 これはあともう一押しでいける、そう考えた時だった。


 霧の中から猛スピードで何かが、俺の顔をめがけて真っすぐ飛来してくる。


「うおおお!?」


 俺はなんとかそれを反射的に、体を後ろにそらすようにして避ける。


 おいおいおい! なんだ今の!?

 まさか魔力弾か!? 髪の毛かすったぞ!!


「しまった! もう……」


 ラシェルは魔力弾が飛んできた方を見ると、すぐに向き直り俺との距離をつめる。

 すると俺の腕をつかんで魔法の詠唱をし始める。


「我、確かにそこに存在する。しかし誰にも触れられず。その実体は幻がごとく。『虚偽世界・触覚虚偽』」


 ラシェルは詠唱が終わり魔法を発動すると、つかんだ俺の腕を引っ張る。


「後で説明するから今はとにかく走って!」


 そう言われた通り、俺は引っ張られるがままについていく。

 

 しばらく走ったところで止まると、ラシェルはひどい息切れを起こしていた。

 ぼろぼろになって気絶しているカーライを、小さい体で抱えながら走っていたわけだから無理もない。

 途中重そうだったから持とうとしたら、『私から離さないで!』と怒られた。


 俺の腕を今だにつかんでいることから、おそらくラシェルが先ほど発動した魔法に関係しているんだろう。


「それで、このつかんでる手が、共闘の返事ってことでいいんだな?」


 俺がラシェルに言うと、嫌そうな顔をしながらも肯定する。


「ええ、それでいいわよ。英雄家みたいなクソッたれと組むのは正直気乗りしないけど……」


 これから協力しようとする相手に向かってクソッたれってか。

 ほんとヘルト家のこと嫌いなんだな。

 

 けどその強気の態度はいいね、悪くないし嫌いじゃない。

 腹ん中に抱え込まれる方が不安も残る。


「まあそういうなよ。俺なんかよりもよっぽどのクソッたれが相手だ」


「それに関しては同感」


「よし、ならあの自称優秀な種族様に目にもの見せてやろうか」


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