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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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それぞれの地獄へ


 【ラシェル視点】 



『いい? 私がお仕えしていたクレア様は、あの非道な英雄家に殺されたの。絶対に英雄家は滅ぼさなければならないのよ』


『あなたは偉大なる王の血を引いている。あなたならきっとできるわ!』


 だいたいこの二つが私、ラシェル・ガイアスが生まれてからずっと、母に言われ続けてきた言葉。

 物心がつく前からこれだった。

 教育?――そんなわけがない。

 こんなものは洗脳だ。


 そのため、昔の私は漠然と英雄家を恨んでいる人間だった。

 何も知らず、何もわからず、ただあいつらが悪いのだと言い続けていた。

 その上、傲慢ときたもんだ。

 荒れていたと言っても過言ではない。


 絶対に友達とかにはなりたくないタイプ。


 そんな時に出会ったのが、魔人であるカーライだった。



ーーーーーー



 トーヤ達が竜の正体を黒竜であると看破したタイミングから、時間は一日ほど遡る。



「な、なんだここは……? 転移されたのか?」


 目の前に広がる霧と岩場。

 カーライとラシェルは、つい先ほどまでとは全く違う風景に戸惑いを隠せない。


「みんなは!?」


 カーライやラシェル達といた仲間たちもその場にはいない。


「どうやらあのヒエラルとかいう男に転移させられたらしいな。これだけ岩場が広がっているとなると、デクルト山で間違いないだろう。それも空気が薄い……もしかしたらかなり頂上付近かもしれん。

 

 ……あと気になるのはこの霧か。まず間違いなく、ロスという男の魔法だ」


 最後のロスという言葉に、ラシェルが反応する。


「そういえばさっきもロスとかいう名前が出てたけど……誰のこと?」


「ああ、本名はロス・ライト。昔ある組織に所属していた男で……」


「やあ我が同胞よ!! 会えてうれしいぞ」


 カーライとラシェルの会話を遮り、霧の中から現れた人物。

 それはまさに、カーライが名を口にした人物だった。


「……こいつのことだ。『人権剥奪のロス』と呼ばれた最悪の犯罪者……500年前のな」


 苦虫を噛み潰したような顔で、唐突に現れたロスを睨みつけ、カーライは警戒心を高める。

 ロス・ライトという男を初めてみたラシェルも、そいつがただならぬ強さを持つということがすぐにわかった。

 

 そしてその男が、狂気にあふれていることも。


「初めまして、カーライ・テグレウ。どうやら俺の名と顔を知ってくれているようで、嬉しい限りだ」


「当然だ。500年前お前の……いや、お前たちの手配書を見ない日はなかったからな」


「500年前って……まさかこいつも魔人なの!?」


 ラシェルが疑問を口にすると同時に、初めてロスの視線がラシェルのほうへと向く。

 ずっとカーライの隣にいたラシェルを、まるで今やっと認識したかのように。

 ラシェルとロスの視線が重なる。


「っ!!」


 ラシェルが見たロスの目は、自身が人生で初めて向けられるものだった。


 体が底冷えするようにまで感じる冷たい目。

 興味も何もない、目障りなだけの存在。


 きっとこの男は、私を殺すことに何のためらいも抱かない。

 そうラシェルは確信する。


「おい、ヒエラル。なぜゴミがこんなところに混ざりこんでいる。ここは崇高なもののための場だと、言っておいたはずだ」


 口調も丁寧なものから一気に口汚くなる。

 カーライからラシェルへの態度の変化が、ラシェルには同一人物のものとは思えない。


「申し訳ありません、先ほどの転移の際にひっついてきてしまいまして」


 ロスの隣に、先ほどまでいなかったはずの存在が現れる。

 ヒエラルと自ら名乗った男、カーライとラシェルをこの場に連れてきた張本人だった。


「たしかラシェルとかいう幻術を使う女です。一応王族の血も引いています」


「……そんなことも知ってるのね」


 ラシェルは自分が王族であるということまで、相手にばれているという事実に動揺する。

 それとは対照的なのが、ヒエラルから情報を受けたロスの態度だ。


「ふん、しょせん王と言えども虫けら共の王だ。下等生物であることに変わりはない」


 どこまでも不遜なそのロスの態度。

 だがあくまでカーライとラシェルの二人は、冷静に対応しようと心がける。


「いいか気をつけろラシェル。あいつも私と同じ魔人だ。メインは霧を使った魔法。それに……かなり狂っている。


 あいつは自分が認めないものに対して徹底的に痛めつける。物を見る権利がないと言って眼をくりぬき、立ち上がる必要などないと言って足を切断する。最悪の場合には生きている価値がないと言い、大義など何もなく、自分本位な考えで命までも奪う。かつて一つの村で、総勢100人以上の村人全員が手足を切断された状態にされ、見世物のように磔にされていたことがある。こいつの手によってな……」


「……いかれてる。……けどこいつが実力者なのはわかる。油断しないようにするわ」


 そんな二人の会話が終わるのを待っていたかのように、ロスがまた話し始める。


「さてカーライ、本題に入ろう。君をわざわざこんなところに招いたのは他でもない。ゆっくりと交渉がしたかったからだ。俺は今、昔とは違うある組織に所属していてね。そこに君も招待しようと思うんだ」


 突然の予期しなかった誘いにカーライは面食らうも、彼の中でそれにイエスと答える気は当然ない。


「何を言うかと思えばくだらない。勧誘の仕方としては最悪だな、お前の言う下等生物にノウハウを学んだらどうだ?」


「……それは断るという意味でとっていいのか?あまり気は進まないが、なんならそこの下等生物も連れて行っていいんだぞ。愛玩動物くらいには目をかけているらしいからな」


 カーライの隣にいるラシェルを、指さしながらロスが提案する。


「泥水のように汚れ切ったお前の目に、どう映っているかは知らない。だがな、私の隣に愛玩動物などはいない。志を共にする仲間だけだ。当然、その話はことわっ!?、ガッ……」


 カーライが言葉を言い切る前に、カーライの左腕が肩の部分から吹き飛ぶ。


「カーライ!?」


 いきなりのことにラシェルは、カーライの名を呼ぶことしかできない。

 ロスのほうを見ると、まるで魔力弾をうった後のように手を構えていた。


(嘘!まさか魔力弾を撃ったの!? 撃つ瞬間も、当たる瞬間も、魔力弾そのものも全く見えなかった……)


 これだけでラシェルは理解する。

 このロスという男は強いなんてものではない。

 自分たちでは、到底かなわない相手だということを。


「言っただろ?ゆっくり(・・・・)交渉すると。安心しろ、俺は同族には寛容だ。いくら言い間違えようと許してやる。さあ、もう一度答えを聞かせてもらおうか?」


 吹き飛ばされたカーライの腕は、魔人特有の回復力でみるみると治っていく。


 しかし、同じ魔人でありながら、わずかな時間で示されたその圧倒的な実力差。

 腕が完全に治るも、カーライは不用意にその場から動けない。


 そこで突然、ラシェルがカーライの体に触れる。

 

『虚偽世界』


 次の瞬間、ロスとヒエラルの視界から、カーライとラシェルの姿が消える。

 転移のようなものでなく、世界にその存在が溶け込むように。


「なるほど、あれが幻術魔法というやつか……交渉の邪魔をするとは、羽虫には過ぎた魔法だ。まあいい、時間はたっぷりとある。じわじわと追い詰めていくとするか」


 狂気に染まった表情で、魔人は笑う。



ーーーーーー


 時は現在へと戻り――

 



 【イン視点】


 ああもう、一体どこ行ったのよあのうんこ野郎。

 探しても探しても見つからない。


 というか、自分が一体どこまで転移させられたのかもわからない。

 それなのにこの広いデクルト山で、(魔力が少なすぎるから)感知魔法にも引っかからないトーヤ様を探せなんて絶対無理!

 

 そもそもトーヤ様が生きている保証もないし……

 


『ガアァァァァァアア!!!』


「っ!!」


 トーヤ様の安否を心配していると、思わず耳を塞いでしまうような咆哮が響き渡る。


 私はこの声の主を本能的に理解できた。

 転移されてすぐ、魔獣と遭遇したあの時の恐怖を体が思い出す。


 しかも、かなり近くにそいつ(・・・)はいる。

 まずい!今すぐ逃げなきゃ……


 そんな考えが当然のように真っ先に浮かび、そのまま実行に移そうとしている時だった。


 ほぼ無意識のうちに使っていた感知魔法で、魔獣のいる方向に感じた多くの魔力。


 おそらく兵士たちだ。

 何人かが集団で固まっている。

 このままだと間違いなく殺される。


 だからといって、私が行ったところでどうすることもできない。

 


 ……そうよ、このまま逃げればいいじゃない。

 

 あの魔獣はどう考えても私の手にはおえない。

 今はトーヤ様を探すことが最優先。

 だから誰も責めたりなんてしないはず……いや、トレンドさんとかならめちゃくちゃ怒りそう。 


 私にはツエルのような実力はない。

 デイルのように、ヘルト家を崇拝しているわけでもない。

 トレンドさんのように、ヘルト家のためならいつ命を落としてもいい、などという覚悟は微塵もない。


 影の仕事を続けているのも、給与がいいからという理由だけ。


 そもそも、こんなところにまでついてきたことさえ私らしくない。

 素直にトーヤ様の提案に乗って帰っていればよかった。

 なんでついてきちゃったかな……特別手当とかあるわけじゃないのに。

 いや、さすがに申請したらもらえるわよね?

 命の危機にさらされるような事案なんだし。


 トーヤ様だってこんなときならきっと――



 ……きっと逃げないんだろうな、あの人は。


 普段、貴族らしからぬ振る舞いをしていようと、あの人の本質はやはりヘルト家のもの。

 魔人カーライがフタツ森で現れたときもそうだった。

 今回のこともそう。


 意識してか無意識か、まるで自分が解決すべきことだとでも言うように、トラブルに首を突っ込んで行く。

 おとなしく引っ込んでればいいのに、私なんかよりよっぽど弱いくせに……


 結局、あの人の奥底には強い正義が隠れている。

 どんな相手だろうとひるむことない正義の心が。


 ツエルがあんなにもトーヤ様を慕っている理由が、今になってやっとわかった気がする。

 


 

 ……私も少しぐらい、かっこつけてみよっかな。


次はトーヤ方面に戻ります。

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