さらなる悲劇へ
カナンと合流したその日の夜
カナンが魔法で火をつけ、その火が地面から少し浮いた位置でたき火のように燃え続ける。
俺は岩に腰を下ろし、カナンは大きめの岩に立ったまま腕を組み、背を預けている。
俺とカナンはこの日、辺りが暗くなるまで動き続けた。
感知魔法を張り続けているカナンが、人の魔力が消えていく場所に急いで向かう。
竜の魔力は感知できずとも、竜に殺され、魔力が消えていく人間は察知できる。
やられる兵士を犠牲にしているようで悪いが、俺たちには現状、竜を追いかける方法がこれしかない。
カナンは反応を察知するたびに、強化魔法を使って一目散に移動する。
そのため、俺はカナンの後をついていくのに必死だった。
というか追い付くたびに舌打ちされたため、むしろ意図的にまこうとしていた疑いさえある。
そのやり方で竜を追い続けた。
正直に言うと、すぐにでも見つかると思っていた。
しかし予想とは裏腹に、日が暮れても竜を見つけることができなかった。
被害が出た場所に向かうたびに、すでに竜はおらず、凄惨な死体が数多く転がっているだけ。
くっそ……見通しが甘かったか。
先にロスのところに向かって倒すべきだったか?
そうすりゃ霧も消えて、視覚的にも見つけやすくなってただろうし。
いや、相手は魔人かもしれねえんだ。
むしろ時間がかかっちまう可能性が高い。
「どうだカナン、反応はあるか?」
感知魔法をさらに集中させて、精度を上げているカナンに話しかける。
「だめ、人の魔力に変化がない。おそらく竜は動きを止めてる」
さすがに竜といえど、一日中動き続けているわけではないか。
人の被害がなくなることは喜ばしいことだ。
――が、俺たちも竜を追う方法がなくなる。
このままじゃ被害がでかくなっていく一方。
まったくといっていいほど、竜は逃げた痕跡を残さない。
下手な人間よりよっぽどかしこいぞ。
カナンの顔にも、少し焦りが見え始めている。
さっき会った時からなんとなくわかってはいたが、強いとはいえやっぱりまだ14歳の少女だ。
感情が隠しきれていない。
もっとも、ずっと一緒に育ってきた兄妹である俺だからわかるのかもしれねえけど。
それにしてはセーヤが何考えてんのか、まったくわかんねえんだよな。
そんなことを考えていると、近くで何者かが動く気配を感じる。
「カナン」
「大丈夫、兵士だと思う」
カナンは俺が呼び掛けた意図を、しっかりくみ取って返事してくれる。
気配がこちらに向かって近づいてくる。
火の光でその姿がはっきりと映し出される距離になる。
そうして見えた姿は、俺の見知った人間だった。
「トーヤ様!? こちらにおられたのですか。よくぞご無事で……」
「おう、おまえのほうもよく生きてたな」
リリーの命によって俺の護衛につき、昼過ぎごろに離れてしまったダヴィ。
そのダヴィが俺の姿を見るや否や、片膝をつきこうべを垂れる。
「申し訳ありません。お傍を離れてしまい……」
自分の不甲斐なさを恥じ、唇をかみしめるダヴィ。
「気にすんな、それより離れてからのことを教えろ。あのあとどうなった?」
『あのあと』、急にダヴィとインの姿が消えた、いや、消された後のこと。
ダヴィがどういうふうに行動して、ここにたどり着いたのか。
「実は――」
ダヴィの話をまとめると、
・洞窟内からいきなり違う場所に転移させられた。
・そこには俺の姿も、インの姿もなかった。
・感知魔法は苦手なため調べられる範囲が小さく、あてもなく動き続けた。
・途中であった兵士たちに、ある程度の軍の事情と状況を聞いた。
・夜になって、一際でかい魔力反応を見つけた。
・そして近づいてみると俺がいた。
まあだいたいこんな感じか。
一際でかい魔力っていうのはカナンのことだろうな。
ただ、ヘルト家の人間は普段魔力を隠している。
これは魔力総量を、相手にばらさないようにするため行っている。
一般に言う、魔力隠匿魔法を使っている状態。
これをセーヤやカナンは、幼いころからほぼ無意識で使っているらしい。
ちなみに俺の使っている魔法陣にも、その魔法術式を組み込んでもらっている。
俺? 隠す魔力なんてありませんけど?
とまあこういうわけで、感知魔法を使っても普通ならカナンの魔力は察知できない。
「カナン、お前魔力たれ流しにしてんのか?」
「たれ流しとか言わないで」
怒りを含むような声で言うが、否定しないということはそうらしい。
「カナン……もしかしてカナン・ヘルト様ですか?」
ほぼ確信をもったカナンへの問いかけ。
どうやら、ダヴィがカナンの正体に気づいたらしい。
「そうだ」
ダヴィの疑問に俺が答える。
すると、岩に持たれていたカナンがダヴィのほうへと近づく。
「初めまして、カナン・ヘルトです。ダヴィさんでよかったですか? 兄からは個人的に雇われたと聞いています」
カナンは丁寧な口調でダヴィに言う。
あきらかに、俺に話しかけるときより声のトーンがやさしい。
「紹介が遅れて申し訳ありません。ダヴィと申します。トーヤ様にはつい最近町で実力を認められ、お仕えするようになりました」
ダヴィは動揺することなく、あらかじめ考えておいた他人に紹介するときの設定を話す。
本当の素性を言った場合、ダヴィからリリーにつながり、俺とリリーが頻繁に会っているとばれてしまうことになる。
ダヴィのカナンに対する挨拶が終わると、俺のほうで起こったこともダヴィにすべて話す。
「……では、トーヤ様は転移したわけではないのですか?」
「そういうことだ」
なぜかはわからんが、ヒエラルは俺だけを転移させなかった。
いや、あのときの様子から考えると、できなかったと言う方が正しいか。
魔法が発動しないことに動揺してたし。
もしかしたら、そこらへんにあのバカげた魔法の秘密があるのかもしれない。
「どうだカナン、相変わらず反応なしか?」
話がひと段落着き、改めてカナンに感知魔法の状況を尋ねる。
「まったくない。ここまで一定時間被害がないとなると、やっぱり竜も活動を止めてる」
となると竜の捜索はひとまず打ちきりか。
やみくもに探しても、このクッソ広いデクルト山じゃ、いたずらに体力を消費するだけだ。
「朝になるまで休息をとるか。ダヴィ、お前も一日中歩き回って疲れただろ。今のうちにしっかり休んどけ。また反応があったら走り回ることになるぞ」
「いえしかし、トーヤ様やカナン様は……」
ダヴィは従者の立場で休むのに気が引けるのか、提案には遠慮しがちに俺たちの心配をする。
「いいからとっとと休め。俺たちの心配しようなんざ百年はええんだよ。それにほれ、カナンを見てみろ」
そういってカナンのほうを親指で指さす。
俺が『休息をとるか』といった直後から、カナンは休息状態に入っている。
膝を曲げ、脚を抱え込むように座っているカナン。
はた目には完全に寝ているように見える。
「……あれは寝ているんですか?」
それに対してダヴィは、疑うように尋ねる。
まあ無理もない。
まだ俺たち三人の真ん中で、火がつき続けており、光源が確保できている。
この火はカナンが魔法を使ってつけている火だ。
つまりそれは、カナンが今だに魔法を発動し続けていることを表している。
「あれでもちゃんと寝てるんだよ――半分な」
「半分?」
「どういえばいいかな、なんかこう……意識を半分だけ寝かす感じ? 半分起きて半分寝るみたいな。その起きてる半分の意識で、カナンは魔法を使い続けてんだ」
そんな俺の説明を聞いたダヴィは、信じられないというよりも、何を言っているのか理解できないという顔をする。
まあその反応になるのはわかってた。
今までヘルト家の人間以外でこの話をして、理解されたことがなかったから。
ちなみに魔法を使うのは無理だが、半分だけ寝るのは俺にでもできる。
「とにかくそういうわけだ。心配なんてする必要ねえ。ほら、さっさと寝とけ」
「……はい」
こうしてダヴィはしぶしぶ休息に入っていった。
さて、俺も少し休んどくか。
ーーーーーー
次の日、今日も今日とて朝から走り回る。
基本的に岩がごつごつしていて足場が悪い。
そのためただまっすぐ走るというよりは、走りながらぴょんぴょん跳ねている感覚に近いかもしれない。
外が明るくなると同時に竜はまた活動を再開し、死体の山を築いていく。
今日はすでに4時間以上走り続けている。
昨日と合わせて、確認しただけでもすでに百近くの死者が出てしまった。
なにが憎くてここまで人を殺す?
俺たちが追っているのは本当に竜なのか?
なにか得体のしれない、悪意の塊のようなもの追っている気がしてならない。
「くっそ! また遅かったか!!」
反応を察知し急いでかけつけたにもかかわらず、またそこに竜の姿はなかった。
あるのは十人ほどの動かなくなった兵士たち。
「けど……だんだんと距離は詰めてる。この死体の状況からみて、まだそこまで殺されてから時間がたっていない。このままいけば今日中には竜を見つけられるはず」
カナンは倒れている死体を調べながら、抑えきれない怒りが言葉にもれる。
ダヴィはここまでついてくるのに必死で、肩で息をし始めている。
ずっと身体強化魔法を使って追いかけていることもあって、魔力も体力も切れてくるころだ。
疲労のダブルパンチをくらってるようなもんだろう。
正直ダヴィはよく追いかけて来てると思う。
ちょっと強化魔法が得意なくらいじゃ、とっくに置いて行かれている。
「あの、トーヤ様」
「ん、なんだ?」
そう思っていると、そのダヴィから声をかけられる。
「昨日からずっと……身体強化魔法を使わずに、カナン様に追い付いているのですか?」
そりゃそうだ、使えねえんだから。
そんな感じの返事を適当にしておく。
「また反応があった!!」
感知魔法により反応を察知したらしく、それだけ俺とダヴィに聞こえるように言うと、一目散に駆け出していく。
俺とダヴィもまた、カナンの姿を視界不良の中、なんとか見失わないように追いかける。
そうして走り続けること約20分。
またもや凄惨な現場と対面する。
今までの現場とほとんど何も変わらない、辺り一面の血と兵士たちの亡骸。
しかし、これまでとは大きく異なる事が一つあった。
「だ、だれかいるのか?」
恐れるように俺たちに近づいてくる兵士の姿が、霧の中からゆっくりと鮮明になっていく。
生存者がいる!
これは今回初めてのパターンだ。
「カ、カナン様……!! 助かっ、た……」
兵士はカナンの姿を確認すると気が抜けたのか、足の力が無くなるようにその場に座り込む。
「ぜ、全員殺されて……ほんとに、あっという間、だったんです!」
兵士は震える声で必死に、おそらく竜についてのことを話そうとする。
「とにかく、まずは深くゆっくりと呼吸をして下さい。
私はヘルトの名を背負う者です。私がここにいる――それだけであなたの安全はもう確保されていますから」
あわてる兵士に、カナンが落ち着かせるように話しかける。
やはりヘルト家の名は絶大で、その名前を聞いた兵士は一気に落ち着きを取り戻す。
ここは顔の知られてない俺やダヴィが出るよりも、兵士達に認知されているカナンが出た方が話が早い。
そう思い、ダヴィに兵士への対応を任せる。
兵士が完全に落ち着きを取り戻したところで、改めて話を始めてもらう。
「転移させられた後たまたま何人かが集まって、集団で下山している最中でした。いきなり仲間が殺され始めたんです。相手は上手く霧に紛れて姿を見せず、次々と目の前で殺されていきました。相手の正体が竜だとわかったのも殺されそうになる直前で、それまでは魔獣を相手にしているということもわかりませんでした」
「そこからあなたはどうやって助かったんですか?」
「殺そうと近づいてきた竜が、急にある方向を見て……そしたら、その反対方向に飛んで行ったんです。私もよくわからないんですが、それで助かりました」
いきなり殺しをキャンセルしたってことか?
今まで執拗に人を殺してきた事を考えると不可解な行動だな。
「ある方向というのは?」
「先ほど、カナン様達がやってきた方向です」
……は?
「おい! 竜が逃げたのは何分くらい前だ!?」
「え、あ、ええと……」
兵士は、俺がいきなり声を荒げて聞いたことにより少し動揺する。
「細かい時間はわからないんですが……だいたい15から30分ほど前です」
なんだよそれ……!?
それじゃあまるで、竜が俺たちの動きを察知して逃げてるみたいじゃねえか!!
んなバカな、もし仮に何らかの理由で俺たちの場所がわかるとして、俺たちから逃げる理由はなんだ?
人間が近づいてきてるなら、竜にとっても好都合じゃねえか。
どこに逃げる理由がある?
カナンのほうを見ると、カナンも何かを悩んでるように考えている。
やっぱそうだよな、どう考えてもおか――ちょっと待てよ。
カナンを視界に入れたまま考えていると、一つの考えが頭に浮かぶ。
「なあカナン……今も魔力垂れ流してるのか?」
「だからその言い方やめてって……まあそうしてる」
「なんでだ?」
「……? ……私の居場所を兵士たちに教えるため。魔力を半分ぐらいだけでも放出しておけば、感知魔法を少しでも使える人は魔力の大きさで私だと気づくから」
質問の意味がわからないといった具合だが、それでもカナンはしっかりと答えてくれる。
ああそうだ、その通りだ。
実際そのおかげで、ダヴィは俺たちと合流できた。
けど、カナンの魔力を感知していたのが兵士たちだけではないとしたら――
「まさか、竜が私の魔力を感知してるって言いたいの?」
カナンは俺の考えていることを察する。
「しかし感知魔法を使う竜など、聞いたことがありません」
ダヴィもカナンと同じように、俺の考えに否定的に意見する。
ダヴィの言う通り、通常の竜種で感知魔法を使う竜などいない。
そもそもほとんどの魔獣が、感知魔法など使わない。
動物並みの五感に加え魔力でそれが強化され、感知魔法なんて使う必要がないからだ。
そもそも最初からすべておかしかったんだ。
俺は竜の種類を緑竜かもしれないと考えてきた。
けど――
「その竜のでかさはどのくらいだった? あと色も覚えてるか?」
俺は再び兵士に二つ、竜について問う。
この二つの質問の答えによって、俺の中の疑念がほぼ確信に変わる。
「……少なくとも全長20メートル以上はありました。色なんですが……見たことのない色の竜でした。かなり黒っぽくて……」
ああくそ、勘違いであってほしかった。
思い違いであってほしかった。
表情から察するにカナンも、今俺たちがどれだけひどい状況に置かれているのか理解したらしい。
「20メートル以上……緑竜はたしか大きくても15メートルほど。それに今までの情報を統合しても、当てはまる竜種はいないはずなんですが……」
冷静に分析するダヴィ。
そうだ、ダヴィの言う通りだ。
一般的に知られている竜種ならば。
しかし、イレギュラーならば――
「実はいるんだよ。すべての特徴に当てはまる竜種が一体だけ」
隠密行動を得意とし、
感知魔法が使え、
カナンの危険性を察知できる危機回避能力、
竜種トップクラスのでかさで、
黒っぽい色、
そして、人間を殺すことだけを行動理念に動く竜が。
かつて300年前に突然変異かなにかで現れ、王国に甚大な被害をもたらした竜が。
ヘルト家の当時の当主が、討伐するのに命を落とした竜が。
神の名を冠する竜が。
『竜神』キルサイガ
『黒竜』とも呼ばれている。
千年という長い歴史を持つシール王国で、危険度がSクラスとされた魔獣はたったの三体。
『不死龍』『生死を司る悪魔』そして残りの一体がこの『竜神』だ。
「こ、黒竜……」
ダヴィや兵士は、竜神だという説明を信じられないというような顔で聞く。
それが当然の反応だ。
竜神が現れたのは300年も前で、それが最初で最後の出現だった。
普通の人間からすれば、竜神なんてのはおとぎ話でしかない。
『ガアァァァァァァァァアア!!!』
ちょうど俺の説明が終わるタイミングを待っていたかのように、竜の咆哮が山全体に。
さらに山を越えて響いていく。
大げさでもなんでもない。
それは、俺たちをさらなる地獄へとまねく合図だった。




