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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
52/158

お兄様

久しぶりの更新となってしまいました……


「カナン……」


 目の前に突然現れた妹に、すぐに駆け寄ろうとする。


 いや、ちょっと待てよ――


 落ち着け俺、前にもこういう手で騙されたじゃねえか。

 以前はツエルに化けたラシェルに、不用意に近づいて不意打ち(背中にチクリ)をくらった。


 目の前にいるのはどう見ても俺の妹カナンだが、ラシェルの幻術魔法は見た目で判断がつかない。

 魔人たち一行がこの山に潜入している可能性を考えるなら、あの魔法には警戒すべきだろう。

 

 とはいえ、相手がカナンに化けているのなら本物かどうか判別するのは簡単だ。


 カナンは俺のことを、『兄上』と呼ぶ。


 社交場限定だがな。


 今の状況のように二人きりの場合、良くて呼び捨て、大概名前すら呼んでもらえない。

 昔はかわいい笑顔で“兄さん!”なんて言いながら、ずっと俺の後をちょこちょこついてくるようなやつだったのに……


 ちなみにセーヤは『セーヤ兄様』と呼ばれている。ずるい。


 まあそういうわけで、ラシェルが俺たちの冷え切った兄妹仲を知るはずがない!……言ってて悲しくなってきた。

 つまりこのカナンが、俺のことをどう呼ぶかで本物か偽物か簡単に判断できるってわけだ。


 カナンの口が開きかける。

 さあ、どっちだ。




「お兄様!!」


 …………?


 誰だこいつ?

 お兄様? そんな呼び方社交場ですらされたことないわ。

 呼ばれたいけど。


 思った以上にあっさり偽物だとわかったな。

 しかし、ここですぐ指摘しても暴れられると面倒だ。

 それに魔人を含めた仲間たちが、この近くに隠れているかもしれない。

 感知魔法使えないと、こういうときほんと困る。


 一旦信じたふりをするのが得策か。

 周りに仲間がいないと分かり次第、隙を見て拘束する方向でいく。


「お兄様! どうしてこんなところに……」


 困惑するような顔で、カナンの姿をしたラシェルが近づいてくる。


 うぅん、偽物とわかっていても、妹の姿でお兄様呼びされるとなんかむず痒い。

 口調も心なしか丁寧だし。


「ヘルト家の人間として当然のことだ。国を救うことは俺たちの使命だろ。魔人討伐とあらば、俺が黙っているわけにもいかねえ」


 そんな適当なことを口にする。

 ここに来たのは完全に私欲のためだし、俺の実力を考えればヘルト家からは『すっこんでろ』とでも言われるはずだ。


「それよりカナンこそ――」


 俺がしゃべっている最中に、突如カナンの姿をしたラシェルが俺の腕をつかもうとする。

 

 は、ここで仕掛けてきたか。

 けど残念だったな、そのくらいしっかり想定して……ん、あ、あれ?


 伸ばしてきた手を逆につかもうとすると、きれいにそれをいなすようにはじかれる。

 さらに、信じられないような格闘技術を披露し、抵抗することができず地面にうつむけに倒される。

 腕は片方を押さえつけられ、片方は関節をきめられる。


 いてててててて!!!


 は!? なにこいつ、こんな強かったっけ?

 

 記憶の中のラシェルと、目の前のラシェルに齟齬を感じる。


 すると、俺を押さえつけている人物が口を開く。


「残念だったわね。私はトーヤのことをお兄様だなんて気持ち悪い呼び方、絶対にしない」


 ……はえ?


「あなた、幻術使いのラシェルでしょ。まさかトーヤに化けてくるなんて、念のため用心しておいてよかった」


 …………そういうことか。

 俺がラシェルの幻術魔法を警戒していたのと同じように、カナンの方も同じように警戒していたわけね。

 それでお兄様呼びに疑問を抱かないことから、俺を偽物だと判断したんだな。


「いや、違う! 俺は本物のトーヤだ。俺のほうも同じこと考えてて……イデデデ!!」


 俺が本物であることを弁明しようとすると、さらに腕をきつくおさえてくる。


「『ヘルト家の人間として当然のことだ』『魔人討伐とあらば、俺がだまっているわけにもいかねえ』って、なにその本人なら絶対に言いそうにないセリフ。ちょっとリサーチが足りないんじゃない?」


 おおおう、軽い気持ちで適当に話したことが全部裏目になってるぅ。


「トーヤの姿でそんなセリフ言われても、気持ち悪さしかないのよ」


 そこまで言わんでも。

 

 やっべえ、どうする?

 正直言って、カナンは完全に俺のことをラシェルだと思っている。

 これじゃあ生半可なこと言っても、事前に調べただけだと思われて信じてもらえない。



 ……アレ(・・)いくか?

 俺とカナンしか知らないあのことを。

 

 どこに出しても恥ずかしくない完璧な我が妹だが、本人には黒歴史だと考えている過去が一つある。

 かつて、それを俺が知ってしまった時のカナンの反応がやばかった。

 

 目から光を失い、ただただ一定のペースで『消さなきゃ』とつぶやきながら俺を追いかけてくる。

 カナンは歩いて追ってきているはずなのに、俺がどこへ逃げようと、どんなに急いで逃げようと、まったく距離を離せなかったあの恐怖。

 しばらくトラウマになったほどだ。


 いや、もうアレでいくしかない。

 というかそうしないと、今すぐにでも俺の関節があらぬ方向に曲げられそうでやばい。


 妹の黒歴史をほじくるようで、少し気が引けるが致し方ない。

 俺の腕を守るためだ。


「あー、ごほん!……


『あの人は私の思いを、何度も何度も受け入れてくれた。そのたびに惹かれていったのは事実……でも、いつからこの恋を自覚したのかって聞かれたら……やっぱり初めて会ったあの時から。フフ、なんだかんだ言ってね、結局はただの一目ぼれよ。私を外の世界へ連れ出してくれたからでもない。命を救ってくれたからでもない。ありきたりで、わかりやすくて、単純な理由よ』」


 俺のとった行動は、王都で数年前に売られ、一時期大流行したとある小説の一節を読み上げること。

 たったそれだけのこと。


 しかし、あからさまにカナンの動揺がみられる。

 普段のキリっとした顔が完全に崩れ、顔はこれでもかというほど真っ赤になる。


「な、なんでそれを……」


 なんとか必死に絞り出したであろうその声は、わかりやすく震えていた。


 よし、もう一押しか。


「本のタイトルは『そして私は恋をする』――貴族の家の女の子が、庶民の男の子と恋をする恋愛物語だ。少女が男に惚れていく描写が丁寧で、ちょっとの間、王都で話題になった」


「ああああああ! わかった! 認める! あんたがトーヤだって認めるから!!」


 エリートの仮面が完全に剥がれ、カナンの顔が羞恥に染まる。


 あ、なにこれ楽しい。


「著者名はヘルナ・カント。けどその後、その作者は一切本を出さなかった。そりゃそうだ、書いた本人はその小説を一時の気の迷いだったと思ってるんだから」


「だからやめてって!! もうわかったから!!」


「その作者の本当の名前は……!!」


「やめろっつってんだろ!!」


 バキィ


「ぎゃああああああああ!!!」


 


ーーーーーー 

 


「なるほど、トーヤがここにいる理由は大体わかった。ふざけた理由だけど、らしいっちゃらしいし」


 なんとか本物だということを信じてもらえた俺は(代償が脱臼だったのはともかく)、今までの経緯をすべてカナンに話した。


「というか、崖から落ちたぐらいでケガしすぎじゃない?」


「さっきも言っただろ。ロスとかいう男にやられた傷もあんだよ」


「なっさけな」


 やれやれといったように見下す態度をとるカナン。

 おまえらバケモンの感覚でもの語るんじゃねえよ。


 崖から落ちたぐらい(・・・)っつったけどな、一般人からしたら崖から落ちるってのは命あきらめるのと同義なんだぞ。


「そのロスって男だけど、そいつが霧を発生させてる犯人で間違いないと思う」


「ロスが? けどあいつは治癒魔法がメインじゃ――」


 爆発でボロボロになったはずの足が、完璧に治癒されていたのを俺はこの目で見た。

 あそこまでの技術があってメインじゃないというのは考えづらいし……


「この霧、一体どのぐらいの範囲で発生してると思う?」


「なんだ急に?」


「いいから」


「……まあ常識的に考えれば、広くても半径数キロほどじゃないのか?」


「この山全土」


 ……は?


「デクルト山全域に、この霧が張り巡らされてる。感知魔法で確かめたからそれは確か」


 いや、全域って……どんだけ魔力がありゃそんなことできんだよ。

 そこらへんの小さな山じゃねえんだぞ。

 

 だとすると、自分の今いる位置もあやふやになってくる。

 てっきり霧が出てるから、まだロスの近くにいると思っていたが……これじゃあどんぐらい離れちまったのかわからねえ。


「カナン、お前はできるか?」


「もし私のメインが霧に関係していたとしたら、間違いなくできた。けどさすがに、メインじゃない魔法でそこまでは無理」


 やっぱそうだよな……常識的に考えて変だ。

 メインなら間違いなくできたと言い切るカナンもあれだけど。

 そもそも、まず技術云々の前に魔力が足りるはずがない。


 ヘルト家の親族関係は例外として、そんなバカげた魔法を使えるやつがいるとすれば――


 考えながら俺は、数日前にリリーと交わした話の内容を思い出す。

 そしてそこから、考えうる限りもっとも最悪な仮説を立ててしまう。


「……魔人かよ、くそったれ」


「その可能性が高い」


 どうやらカナンと同じことを考えついたらしい。


 たった少しの数で、国を滅ぼしかけた魔人。

 膨大な魔力と、不死性を身に宿した化け物。

 

 500年の封印から解き放たれた怪物。


「もしそのロスという男が魔人なら莫大な魔力も持ってるし、足の傷についても説明できる。首がとれても死なないんだから、足の傷なんて一瞬で修復されるはず。もちろん確定じゃない、けど……可能性は高いと思ってる」


 魔人が出たかもしれないという考えに至っても、カナンは冷静に状況を分析する。


「そういえば、俺もそっちの状況を聞いときたいんだけど」


 さきほどの兵士の件といい、自分の予想とは違うように軍が動いている。

 総指揮をまかされたカナンなら、いろいろと把握してるだろうと考え、軍の方針と現状を尋ねる。


「……今、軍は組織として機能してない」


「どういうことだ?」


「本来なら、軍の人間がこの場にいるはずがない。私は下見のために先に入ってたけど……軍全体でデクルト山へ入るのは、まだ先のはずだった」


 ということは、俺の考え自体は間違ってなかったということになる。

 しかしこの場合、間違ってなかった方が問題だ。


「じゃあなんでここに兵士たちがいるんだよ……って話になるわな」


「いきなり霧は出てくるし、ふもとにいるはずの兵士はいるし、トーヤとも会うしほんとにもう最悪……」


 え、俺と会ったことも最悪扱い?


「とりあえず状況が状況だから、会った兵士にはすぐに下山するよう伝えてる。まあもっとも、会った兵士のほとんどが死体だったんだけど」


 カナンのその言葉からは、少し怒りの感情が顔をのぞかせている。

 大分わかりにくいとはいえ。


「その生きていた兵士はなんて言ってたんだ?」


「いきなりわけのわからない男が現れて、いきなりわけのわからないこと言いだして、いつのまにかここにいた。みんな口をそろえてそう言ってた」


 転移魔法かよ。だとしたらロスと一緒にいたヒエラルって男の可能性が高い。

 あいつも多分、転移魔法の使い手だし。


 いきなりバラバラに転移させられた上、視界を悪くするこの霧だ。

 組織的にもう一度動くのはまあ無理だわな。


「そしてここでさらに悪いニュースなんだけど……聞く?」


 少し茶目っ気を利かすように語りかけてくるカナン。

 しかし、顔はまったく笑っていない。


「正直言って聞きたくねえな」


「デクルト山に転移させられたのは軍の人間すべて」


 質問しときながら、かまわずに話し始めやがった。まあ聞くけど。


「一個大隊規模の1000人、ほぼ全員が転移させられてる。感知魔法をデクルト山全域に張り巡らせてるから間違いない。デクルト山全域に、おそらくランダムで兵士たちがばらされてる」


 さらっと感知魔法をデクルト山全域とか、やばいこと言いやがったぞ。


 いや、今はそれより……

 冗談じゃねえぞ、そんなふざけた規模の魔法使えるとなりゃ……


「また魔人か……」


「さすがにまだなんの証拠もないけど、頭には入れておいた方がいい」


 あの二人が魔人だとしたら、よく生きてたな俺。

 魔人相手に挑発してたのか。


「今のところ確定できる要素はないし、魔人かどうかは一旦置いとくか。一番気になるのはその魔人かもしれない二人が、どういう立場で、何の目的でここにいるかということだ」


 王国側ではないことはもう間違いない。

 かといってカーライたち襲撃者の仲間かといえば、その線も薄い。


 襲撃者たちの仲間なら、霧を発生させるだけで十分だ。

 わざわざ軍の人間をデクルト山に転移させて、自分たちを逃げにくくする必要がない。 


「目的は今のところ不明だけど、立場的には王国側でも襲撃者側でもない。第三の立場だと考えるべきだと思う」


「だな」


 カナンの意見に俺も同意する。


 ロスとヒエラルの二人を第三勢力と考えるなら、こんなところにいるはずのない竜が存在するのもそいつらが原因だと考えるべきだ。

 そして目下一番急を要するのは竜の被害。


 魔人の疑いがある二人に大きな動きがない以上、兵士を殺し続けている竜の退治が最優先になる。


「感知魔法で竜を追えるか?」


「今のところそれらしい魔力は存在しない。おそらく魔力遮断を使える竜だと思う」


 カナンが首を振りながら答える。

 気配遮断が使えるとなると、第一候補として緑竜の可能性が高い。

 この霧の中なら、隠密行動の得意な緑竜がうってつけだからな。


「まあ問題ねえだろ、どういうわけか竜さんは積極的に人間を殺しに来てる。しばらく歩いてたら、あちらさんから尻尾ふって近づいてくるさ」


 人類最強クラスである俺の妹、カナン・ヘルトの前に。







「あ、そうだ。カナン、一つお願いしていいか?」


「なに?」


「ちょっともう一回『お兄様』って呼んでみてくれない?」






 この後、カナンにゲスを見るような目で見られ、数時間ほど口を聞いてもらえなかった。



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