表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
51/158

相対するものたち


「……え?」


 今インの目の前に広がる景色は、先ほどとはあきらかに違うものだった。

 洞窟の中などではなく、開けた場所に立っている。

 そこが岩場であることと、霧に覆われていることに関しては、なんら変化はない。


 しかし、インにとってもっとも優先しなければならないトーヤの姿がない。

 共にトーヤ護衛の任を受け持っていたダヴィの姿も見当たらない。


「……まさか転移させられた? 警戒はしてたはずなのに……どうやって……」


 時間がたつにつれて、インは落ち着きを取り戻し状況を把握していく。


(とりあえずトーヤ様と合流するのが最優先か。霧はさっきと変わらず発生してるし、そこまで離れたところに転移させられたわけじゃなさそうね。魔法を発動させた人間の力量によるとはいえ、霧に覆われているのは広くても半径数キロほどの規模のはず。これだけの濃霧だと本当は動かない方がいいんだけど……)


 トーヤを見つけるために、その場から動こうとするイン。

 

 その時、背中にぞくりとするような悪寒を感じる。

 インはあわてて気配遮断の魔法を使い、体を隠せそうな岩の影に隠れる。


(なに、この感じ……!?)


 感知魔法を使ったわけではない。

 ただ尋常ではないなにか(・・・)を感じた。

 インが長年『影』として培ってきた経験による感覚が、死をも感じさせるほどの恐怖を本能に訴えかける。


 セーヤやカナンといった英雄家の人間が本気を出す姿。

 それを初めて見たときに感じた恐怖を、インに思い出させる。

 

(まさかカナン様?)


 カナンならば、これほどの圧を感じるような感覚を覚えても不思議ではない。

 しかしそのすがるような考えは、すぐに霧散することになる。


 少しずつ、その得体のしれない存在がインに近づく。

 かなり距離が近くなったが、隠れているインにはその姿が見えない――いや、見ることができない。

 近づいてこそわかる圧倒的な存在感に、インは身動き一つとれない。

 姿を見てすらいないにも関わらず、インの心が恐怖で塗りつぶされる。

 ただ見つからないことを、祈ることしかできなかった。 


(カナン様じゃない……いや、そもそもあの禍々しさは人間じゃない! あれは間違いなく魔獣、それも化け物の類……なんでこんなところにあんなのが存在してるのよ!!)


 そもそもこのデクルト山には、魔獣どころか生物すらまともに存在していない。

 ここに魔獣が存在しているということは、あきらかに自然なことではない。


 しばらくして魔獣と思われる生物の圧がなくなる。

 インは思い出したかのように、荒く呼吸をする。

 汗の量が尋常ではなかった。

 そんなインの姿を誰かが見れば、憔悴しきっていると判断するだろう。


「……とにかく、トーヤ様を見つけないと……」


 インはなんとか持ち直し、腰を上げトーヤを探そうと歩き出す。

 すぐに持ち直したインはさすがというべきなのだが、魔獣が向かった方向近くに歩き出せるほどの勇気はない。

 その足は、自然と反対方向へ向いていた。



 異常な霧の発生に、化け物の出現。

 このときデクルト山には、トーヤ達の想像を絶する異常事態が起こっていた。



ーーーーーー


【トーヤ視点】



 急斜面をかなりの勢いで転がり落ちる。

 途中、何度も硬い岩に激突した。

 なんとか受け身をとりながら転げ落ちているものの、このままじゃ最悪死ぬ。

 

 しばらく落ちていき、やっと斜面が緩くなっていく。

 そのおかげでだんだん勢いも弱まっていく中、なにか硬い物質にあたる。


 岩ではなく、加工した金属のような感触を覚えた。

 気にはなったが確認する余裕もなく、またしばらくしてやっと完全に勢いが死に、止まることができた。


「あーくそ、いってええぇ。全身打撲してるぞこれ、骨もところどころやっちまってるな。あ~あ、血もこんなに――」


 なんとか上半身を起き上がらせ、辺りを見てみる。

 そこには水たまりができるほどの大量の血が――


「いや多くね?」


 あきらかに俺の血だけではない。

 これが全部俺の血なら間違いなく失血死だ。

 どうなってんだこれ?


 慌てて立ち上がり、先ほどよりも広範囲に辺りを見回す。

 

 くっそ、霧のせいでよく見えねえ。


「だ……か……」


 っ!? 今声が!!

 か細く今にも消え去りそうだが、かすかに声が聞こえる。

 その声のもとに大急ぎで駆け寄る。


 すると鎧をまとった男が、息も絶え絶えな状態で見つかった。

 王国軍規定の鎧に服装……まず間違いなく王国軍の兵士だ。


 けどなんでこんなところに……

 軍が山に入るのはまだ先だと思っていたが。


 それより気になるのは兵士の傷だ。

 まだなんとか息はあるものの、致命傷を受けており、もう長くないのがわかる。


「た……け……」


 それでも必死にその兵士は何かを伝えようとする。

 その声に俺も全力で耳を傾ける。


「り……で……ゲホッ……み…………た」


 それだけ言うと、兵士は力尽きたように眠った。

 

 正直ほとんど聞き取ることはできなかった。



 けど、唇の動きから何を言いたかったのかは理解できた。


『りゅうがでた、みんなやられた』


 この兵士は死ぬ間際までしっかりと情報を残してくれた。


「ありがとな、お前の言葉は確かに聞き届けたぞ」


 もう聞こえていないであろう兵士に言葉をかけ、その場を離れる。


 少しその辺りを歩くと、他にも多くの兵士がみな死体姿で見つかった。

 どの死体も、爪や牙などでやられたような跡がついている。

 中には見るも無残な死体まで転がっていた。


 間違いなく人外によるもの、あの兵士の言う通り竜で間違いなさそうだ。


 だがその場合、いくつかの疑問が浮かぶ。


 まずは、なぜここに竜がいるのかということ。

 これは当然の疑問だ。


 次に、捕食された形跡がほとんどないこと。

 人を食うという目的以外で、魔獣が人を襲うことはあまりない。

 しかし死体を見れば、その殺し方は食うための殺しではなく、殺すための殺しであることは間違いない。


 死体が広範囲に広がっている――つまり竜は広範囲に広がった兵士たちすべてを殺している。

 頭のいい竜種が、こうも無差別に人を殺すか?


 霧といい、頭のいかれたやつといい、今度は行動原理の読めない竜かよ。

 ……一体どうなってんだ。

 なんにせよ、竜なら危険度Aは覚悟しなきゃなんねえ。


 しばらく歩いてみても、やはり死体が多く転がっている。

 一人として息をしている人間はいない。

 ほんと徹底的だな……むしろそれだけ兵士達を恐れてるんじゃないかとも思えてくる。

 

 数十分ほど歩いた時だった。


 自分のほうへ近づいてくるような足音が耳に入る。

 一瞬竜かとも思ったが、足音の質感から人間のものであることがわかる。


 とはいえ、さっきの奴らや襲撃者達の可能性もあるため警戒は解かない。

 ……逃げるのもありか?


「誰かそこにいるんですか?」


 逃げることも考えていたなか、相手のほうから声をかけてくる。

 霧のせいでまだ姿は見えない。


 が、その声は俺がよく聞いたことのある声だった。

 幼いころからずっと聞いてきた、少し低めの少女の声。


 だんだんと近づいていき、ぼんやりとシルエットが見えてくる。

 背丈からしても間違いない、数日前にヘルト家の屋敷で目に焼き付けた姿だ。


 ついにお互いの姿がはっきり見える距離まで近づく。


 会えると思っていなかった人物と相対し、俺は内心かなり驚いている。

 けど相対している人物は俺以上に驚いているはずだ。


 相手からしたら、俺はこの場にいるはずのない存在だからだ。



 現れたのは赤い髪をなびかせた少女。

 俺の妹であるカナン・ヘルトが、俺と見合うように立っていた。



ーーーーーー



「やっぱりデクルト山は避けた方がいいんじゃない?」


「それは無理だ。出回っている情報によれば、ここ以外は完全に軍の奴らに包囲されている。それに私にとって不利な場所だからこそ、まさかデクルト山を通るとは思っていないはずだ」


 数人の男女が、デクルト山のふもと付近でもめるように話し合っている。


「安心しろラシェル、メインを使うための方法ならいくつか用意している。王族らしくどんと構えていればいい」


 ラシェルと呼ばれた金髪の少女に、桁外れの魔力を持つ中年ほどの男。

 彼らこそが魔人カーライを含む襲撃者達、トーヤの誘拐を実行しようとした組織である。


 不安そうに話すラシェルに、意見を押し通そうとする魔人カーライ。


「けど、もし軍と鉢合わせたらこの戦力じゃ……グッ!」


 ラシェルは左肩の痛みを感じ、話を続けられずに肩をおさえる。


「大丈夫ですかラシェル様!?」


「まだあの女にやられた傷が……」


 ラシェルの後ろについていた二人が、心配そうにラシェルに近づく。


「心配しないで、大丈夫よ。それよりもここを通るのはやっぱり――」


「これはこれはカーライ・テグレウ様!! よくぞご無事で」


 ラシェルの声をかき消したのは、トーヤ達をバラバラにした男、ヒエラル・ハイディーンだった。


「誰だ?」


 いきなり現れた自分たちの見知らぬ男に、カーライたちは最大限に警戒心を働かせながら尋ねる。


「ヒエラル・ハイディーンと申します……と、こうして名乗らせてはいただきましたが、今回カーライ様に用があるのは私ではありませんので、覚えていただかなくともかまいません」


「王国軍の人間か?」


「いえいえ、違いますよ。むしろ王国とは相対するものです。そしてカーライ様に用がある方も然り」


 容量をえない男のしゃべり方に、カーライたちはいぶかしげな顔を浮かべる。


「カーライ様に用があるのはロスさんというお方です」


 ロスという名前にピンときていない様子のカーライを見て、ヒエラルは続ける。


「ロス・ライトさんですよ。あなたと同じ時代を生き、オーヤ・ヘルトによってその素晴らしき力を封じられたあなたの同士。……覚えがありませんか?」


 そこまで言われてカーライは、何かに気づいたような反応をとる。

 

「ロス・ライト……まさかあの組織の……!? “人権剥奪”のロスか!?」


 その言葉を受け、嬉しそうな表情でヒエラルは続ける。


「その通りです! よくぞ思い出してくださいました!! 説明をする手間が省けます。それでは、早速彼のもとへお連れしましょう」


 そうヒエラルが口にした瞬間、攻撃を警戒したカーライはラシェルのかたに触れ、自分の後ろに下がるように促す。

 



 カーライとラシェルの姿が消えたのは、それとほぼ同時だった。


「な!?」


 目の前で仲間が消えたことに、ラシェル達の仲間は驚きのあまり声をあげる者も出る。


「おや、余計なものも一人くっついてしまいましたか。まあ一人ぐらい問題ないでしょう」


「おい! ラシェル様達をどこにやった!?」


 一人の男が血相を変えて問い詰めようとする。

 ヒエラルはその男を一瞥するも、興味がわかないといった態度を浮かべていた。


「……どうせこのあと死ぬ運命にある弱者たちですからね。ほおっておいてあげましょう。ああ、なんと慈悲深い私……」


 それだけ言い残すと、ヒエラル自身もその場からパッと姿を消す。


 その場には、実力者を一気に失い途方に暮れる集団だけが残った。


インにSAN値チェックはいりまーす。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ