窮地
いや、どうなってんだこれ?
さっきまでガンガンに晴れてただろうが。
「……人為的なものですかね?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
でなければ説明がつかない。
おそらく霧を発生させる魔法。
となれば、ある程度霧を操作することも可能なはずだ。
温度を急激に下げる魔法とかも考えたが、そこまでさっきと気温差は感じない。
日の光が遮られてそれなりには涼しく感じるけど。
ただ問題は、魔法を使っているということしかわからないことだ。
誰が、どうやって、なんのために、これがまったく把握できない。
軍の人間ということはおそらくない。
こんな視界不良になるような霧を発生させるメリットはないはずだ。
だとすれば魔人側の誰かということになる。
確かにこの魔法なら追跡から逃れやすい。
ただ……
「魔人どもの使った魔法でしょうか? だとしたら術者がこの近くにいるかもしれませんね。もしかしたら魔人も……」
ダヴィが警戒するように告げる。
「イン」
俺は名前を呼ぶと、それだけでインは言いたいことを把握してくれたようで、目をそっと閉じる。
「……だめですね。感知魔法を使いましたが、この近くで人の反応はありません。おそらく気配遮断を使っています。かなり集中して探したので、相手もかなりの使い手かと」
どうやら感知魔法にはひっかからなかったらしい。
……ほんとにこれは襲撃者達の仕業か?
俺は妙にひっかかる違和感を無視できないでいた。
しばらく考えるが、これといってなにも思い浮かばない。
しかたない……
「とりあえず動くか。敵と遭遇する可能性もあるから最大限に注意して――」
「おや、まだ一般人がいたのですか」
俺の言葉にかぶせるように発せられた声。
それは俺、イン、ダヴィの三人以外のものだった。
全員が声のした洞窟の入り口のほうにバッと振り向く。
そこには二人の男が立っていた。
一人は、言っちゃ悪いがこれといって特徴のない顔をしている。
街で見かけても絶対記憶に残らないような顔だ。
もう一人は長身で、顔はやせこけて骨格が浮き出ている。
ちょっと怖い。
「ここは上位のものによる崇高なる戦いの場だ。劣等種どもの立ち入りは認めん。ヒエラル、どこか適当に飛ばしておけ。そのうち勝手に死ぬ」
「了解です。ロスさん」
どうやら特徴のないほうがヒエラル、やせているほうがロスというらしい。
態度から見て、霧の発生にはこいつらが関わっているのは間違いないはずだ。
襲撃者達の仲間か?
まあ会話から考えて友好的でないのは確かだ。
二人の会話からインとダヴィも警戒度を上げる。
「下がっていてください。ここは私たちで――」
インがその言葉を最後まで紡ぐことはなかった。
なぜならインとダヴィの姿が忽然と消えたからだ。
「なっ!?」
比喩表現などではなく、ほんとにその場から跡形もなく消えた。
あまりのことに俺は驚きを隠しきれない。
ヒエラルとロスはその場から一歩も動いていない。
しかし、驚いたような表情をしていないことから、この二人によるものだというのがわかる。
なんだ!?何をされた?転移系統の魔法か?
でもこいつらはインとダヴィの二人に指一本触れていなかった。
そんな状態で転移させることができるもんなのか?
学園で転移系統の魔法を使えるカリナは、何かを移動させるにはそれに直接触れなければ無理だと言っていた。
まあ同じ系統の魔法でも、原理が全く違ってる場合はあるが……
いや、今考えてもしかたねえか。
どうせ答えなんてわからねえんだし。
「どうした? 速くこいつも飛ばせ」
「それが……さっきからやっているんですが、なぜか上手く発動しなくて」
ロスがヒエラルに急かすように言う。
どうやらインとダヴィを消したのはヒエラルの魔法らしい。
「まあいい、こんなやつ相手にするのも面倒だが……殺しておくか」
やばいやばいやばい!
あきらかにやべえ実力もってるし、なにより立ち位置が最高に悪い。
俺は洞窟の中で、相手はその入り口をふさぐようにして立っている。
まさに袋のネズミだ。
しかも見逃してくれそうな雰囲気がまったくない。
しかたない、こうなったら……
「下等生物をいたぶる趣味はない。楽に殺してや――」
「ああああああああ! 誰か助けてえええええ!! マヤでもいいからあああああああああああああ!! 嫌だああああ死にたくねえよおおおおおおおおお!!」
俺は恥も外聞もなく、洞窟内でうずくまり叫ぶ。
突然の俺の奇行に、ロスとヒエラルが一瞬戸惑うような素振りをみせる。
俺はその一瞬を見逃さず、うずくまりながらこっそり出していた魔法陣を発動させる。
『煙幕』
魔法陣が発動すると、一瞬で洞窟内が煙で覆われる。
今は外の霧以上に洞窟内の視界が悪い。
おそらく困惑しているであろうロスとヒエラルの間を全力で駆け抜ける。
「逃げられましたよ!」
「俺が追う」
声からするとロスのほうが俺を追ってくるらしい。
予想通りだ。
視界不良じゃ転移系統の魔法はあつかいづらいもんな。
次の瞬間、俺が走っている方向の真後ろ、ロスとヒエラルの方向から爆発音が鳴り響く。
フハハハハハ!
見事にひっかかってくれたみたいだ。
走ってロスとヒエラルの間を走り抜ける瞬間、ロスの足元に魔法陣をこっそり仕込んでおいた。
魔力を入れて発動させ、踏むなどの衝撃を与えれば爆発する地雷式の魔法陣だ。
この視界の悪さじゃ気づかずにひっかかってくれると思ったぜ。
俺まで巻き込まれないように威力は抑えめのものを選んだが、まともに歩けなくなるぐらいの威力はある。
これで逃げ切れる。
そう考えた時だった。
「猿は考えることもやはり猿だな。くだらないことを」
追いかけてこれないと考えていたロスが、俺のすぐ横にまでせまっていた。
「……嘘だろ」
そのままロスから蹴りをもらい、かなりの距離を吹き飛ばされる。
くっそ、痛ええ。
当然身体強化もしてるか。
ロスがゆっくりと俺のほうに近づいてくる。
はじめは魔法陣が当たらなかったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
ロスの足のあたりの服が焼け焦げており、足がむき出しになっている。
魔法陣による爆発はくらったが、瞬時に治したということか。
てっきりこいつが霧を発生させたやつだと思っていたが、メインは治療魔法なのか?
だったら霧を発生させた人間は別にいることになる。
リリーの話じゃ、もう襲撃者達に手強いのは残ってないって話じゃなかったっけ?
いるじゃんかよ、まだまだやべえやつ。
威力をおさえたせいだとは思うが、爆発の傷を一瞬で治せる手練れが。
……あれ? そもそもあいつらの狙いって俺だったよな?
誘拐企てるようなやつらが、ターゲットのことを見て気づかないなんてことあるのか?
「ちょっと聞きたいことがあんだけど」
俺は近づいてくるロスに話しかけてみる。
「誰が俺に口を利くことを許可した?ゴミにそんな権利があると思っているのか?貴様らゴミは俺の下した判断に黙って従え。殺すと言われたらおとなしく殺されろ」
わーお、お話しできない。
貴族でもここまで態度のでかいやつはそうそういないぞ。
「これはこれは失礼。同じ人間だと思っていたが、どうやら違ったらしい。両生類様かなにかだったかな? あ、わかった。足が再生してるしイモリの親戚だろ。見た目の違い故に仲間から迫害されて性格歪んだってのなら、その性格のヤバさも納得できる。かわいそうになぁ」
「虫けらが……俺を愚弄するか。いいだろう、先ほどは楽に死なせてやるといったがやめだ。この世の苦しみという苦しみを与えて殺してやる」
なんつー極端な。
いや、煽った俺も悪かったけど。
悪口言われたらほとんど条件反射で出ちまうんだよ。
「なあ……俺の顔に見覚えないか?」
「……ああ、見たことあるとも」
やっぱあるか、もしかしたら襲撃者達とは違うかと思ったんだがな。
俺を誘拐するのはやめたのか?
どっちにしろこいつは見逃してくれそうにないけど。
「よく知った顔だ。何度その顔をぐちゃぐちゃにして、生き地獄を味合わせてやりたいと思ったことか!!!」
え……そこまで?
俺を誘拐しようとしたのって、親父が原因じゃなかったっけ?
俺なにかした?
ロスの顔は、今までの中でもっとも怒りで歪み、恐ろしいものになっていた。
とんでもない速度でせまってきたロスに、なすすべもなく顔を鷲掴みにされ、後頭部を岩にたたきつけられる。
岩は粉々になり、俺の真っ赤な血が付着する。
さらに鷲掴みにされたまま持ち上げられ、みぞおち付近に膝を入れられ、さらに手を離されてからまた蹴り飛ばされる。
数メートルほど転がるように吹き飛ばされて止まる。
「うぷ……、あぶねえ。さっき食った飯全部戻すかと思った」
吹き飛ばされた場所は、ちょうど後ろが崖になっており、運よくギリギリで崖の端に止まれたような形だった。
その崖は直角とまではいかないが、それでもかなりの急斜面で大小の岩がごつごつとむき出しになっている。
霧のせいで底が見えず、ここから落ちたらまず無事ではいられない。
結局、まだ追い込まれた状況のままということだ。
しっかし強すぎるだろあいつ。
速いうえに一撃が重い。
身体強化を相当な練度で使いこなしてやがる。
このまま抵抗したところで、どうせなすすべもなく殺されるのがおちだ。
なら……一か八かに賭けてみるのも手か。
「まだ生きているか。生命力はゴキブリゆずりのようだな」
ロスがゆっくりと歩きながら近づいてくる。
というかさらっと俺の親ゴキブリあつかいしたな今。
まあ親がバカにされたくらいじゃ俺はキレたりしない。
妹をバカにしたやつはサメのいる水槽に全裸でぶち込むけど。
「さて、まずは目だ。貴様から物を見る権利を奪う。次に歯と舌を――――なに?」
ロスがよくわからないご高説をたれ流し始めた瞬間、俺は崖から飛び降りた。
「おめえの話なんて興味ねーんだよバーーカ! そこらへんの岩にでも語ってろ! あとその顔覚えたからな! いつかその細顔がさらに細くなるくらい殴りこんでやるから覚悟しとけ!!」
とりあえず落ちていくと同時に、あらん限りの負け惜しみを投げかけておく。
硬い岩場を転げ落ちながら、時折視界に入るロスの姿がどんどん小さくなっていった。
ーーーーーー
トーヤが体を打ち付けながら落ちていく一方、ロスは転がり落ちていくトーヤの姿を見下ろしていた。
「ふん、自害することを選んだか。下等な分際で上等な死に方を選べたこと、その幸せに感謝しながら死んでいくがいい」
そんなロスのもとに、トーヤを追うとき置きざりにされたヒエラルが近づいていく。
「ロスさん、あの少年どうなりました?」
ロスはその問いに返事をしなかったが、崖下を見つめるロスを見てヒエラルは状況を推察する。
「ああ、そこから突き落としたんですか。しかしあの少年、どうして私の魔法が効かなかったんですかね? まあ死んだ今となってはどうでもいいことかもしれませんが」
「……ヒエラル」
「どうしました?」
「オーヤはもう……死んでいるよな?」
ロスの質問にヒエラルは不思議そうな顔で答える。
「オーヤってあの英雄家のオーヤ・ヘルトですか? 当然死んでいますよ。化け物みたいな強さを持っていたとはいえ、あなたと違ってただの人間です。あなたが封印されてから500年もたっているんですから」
「……その通りだ。おかしなことを聞いた」
「いえ、かまいませんよ。それより舞台が整いました。アレの配置も済みましたし、ギャラリーも招きました。あとはVIPのかたをお招きするだけです」
「ああ、くれぐれも丁寧に迎えることだ。なにせあいつは――
俺と同じ、魔人という人間を超えた尊き存在なのだからな」
トーヤぼっこぼこ




