異変の始まり
トーヤが王都を出発してから一週間後
王都から南に50㎞ほど離れた場所、そこにはデクルト山という観光名所があり、傍に大きな町もある。
その町はずれ、デクルト山から少し離れた場所。
そこで、魔人討伐のために派遣された大隊規模の兵士達のほとんどが野営を行っていた。
「おい、この近くの村でテロリスト共の目撃情報あったらしいぜ」
「となると予定通り、この先のデクルト山で魔人どもを追い詰めるのか。カナン様の考えた作戦通りに進んでるな」
「ほんとすげえかただよ。女だっていうのに、セーヤ様やトーヤ様の実力にも引けを取らないって話だ。しかも軍属でない人間がいきなり軍を率いてまともに機能させてるうえ、それでまだ14歳だってんだから」
「うちの娘なんて髪と服のことしか頭にねえってのに」
「酒のことしか頭にねえお前に似たんじゃねえのか?」
「ちげえねえ」
二人の兵士がこれから出陣するという状況の中、緊張感などかけらもなく談笑していた。
二人だけではない。
多くの兵士が気を緩め、笑顔を浮かべているものも多い。
危機感の欠如ともとれるが、兵士たちの置かれた状況からそうなってしまうのはしかたなかった。
「しっかし、わざわざ大隊規模まで動かす必要あったのかね。ほぼ残党狩りみたいなもんだろ。そのうえ英雄家のかたまで引っ張ってくるなんざ、どう考えても過剰戦力だ」
「念のためってことだろ。魔人相手だし。それよりカナン様は今デクルト山に先に視察に行ってるんだっけか」
「らしいな。護衛もつけずに一人で行ったらしいぜ」
「おいおい大丈夫なのかそれ?」
「バカいえ、あの人がやられるような相手がいるんじゃ何人護衛がいようとおんなじことだろ」
「そりゃそうか」
冗談や軽口をたたいているわけではなく、それが当然のことという様子で話す二人。
「あ、やべえ。ちょっとしょんべん行きたくなっちまった」
「もうそろそろ出発だぞ。そこらへんでしてこいよ。ここら辺は最後尾だし、ちょっと離れれば人目もなくなるだろ。森の中とか」
「そうだな」
そういって一人の兵士が傍を離れる。
残った方の兵士が、出発の準備のため立ち上がろうとしたその時。
一人の男が突然現れた。
前触れも何もなく、文字通り突然その場に現れたのだ。
「なんだ? 転移魔法か?」
周りにいた兵士の一人が疑問を口に出す。
現れた男は、服装から見ても間違いなく兵士ではない。
見た目20代前半ほどで、特徴的な顔ではないが、どこか楽しそうな雰囲気を醸し出している。
普通ならば、一般人が迷い込んできてしまったということで終わる。
ただこの男のように転移魔法まで使い、わざわざ軍のど真ん中に現れるような人間が、何の目的もなく迷い込んできたとは考えにくい。
兵士たちの間に少し緊張感が生まれる。
「誰だお前、どっからきた?」
上官の一人が男に近づき声をかける。
「……」
「おいおい、だんまりかよ……」
男は上官の言葉に反応せず、顔をうつむける。
反応のない男にしびれを切らした上官が、無理やりにでも話を聞こうかと考えたその時だった。
「ああ!! 勤勉なるシール王国の兵士たちよ!!!」
いきなり男が顔を上げ、大声で森全体に響くように話し出す。
辺りの兵士は一人残らず男の奇行に呆然となる。
それにかまわず、男は大声で話し続ける。
「私の名はヒエラル・ハイディーン!! 偉大なるお方に選ばれた七人衆が一人! 勤勉で優秀なる皆様方を素晴らしき冒険の旅へと誘う者です。皆様が今まで体験したことのないような心躍る旅を約束しましょう!!」
「……あのなあ、旅だか冒険だか知らないがいい加減に――」
上官の言葉の途中で、ヒエラルと名乗った男は恭しく礼をする。
「では、よき旅を」
「やべえやべえ、思ったより時間かかっちまっ……ん?」
用を足していた兵士が野営地近くまで戻ってきた時、ある違和感を感じた。
「なんだ? やけに静かだな……」
野営地に近づくも、人の声などがまったく聞こえないことを兵士は不思議に思う。
「……は?」
野営地へと戻ってきた兵士の目に飛び込んできたのは、衝撃的な光景だった。
人が誰一人としていないのだ。
上官も、仲間も、先ほどまで話していた親友も。
おいて行かれた――というわけではない。
食料も武器も馬も、すべてが出発前そのままの状態。
人だけがその場から消えたのだ。
まるで神隠しにでもあったかのように。
ーーーーーー
デクルト山、山頂近くの洞窟にて
「トーヤ様、肉が焼けました」
「よし、じゃあ飯にするか」
洞窟内で俺トーヤ・ヘルトと、イン、ダヴィの三人がたき火を囲む。
ダヴィはでかい図体ながらも、器用に食器に飯をよそっていく。
ここに来る前、町で買った野営用の食器を使い飯を食う。
やっぱ食器買っといてよかった。
食器があるのとないのじゃ飯のうまさが大分違う。
ちょっと前までずっと森の中で直食いしてたもんな……
「あの、トーヤ様」
原初的な文明の利器のすばらしさをひしひしと感じていると、インがこちらにジト目を向けながら話しかけてくる。
「この洞窟を拠点として活動してからもう三日ですよ。しばらく体も洗ってないし……ほんとに魔人はここに現れるんですか?」
わけもわからず野宿生活をさせられていることに、インはかなり不満がたまっているらしい。
俺たち三人は三日ほど前からこのデクルト山に滞在している。
理由は当然、魔人に会うためだ。
俺はこの山に魔人たちが現れる……いや、追い込まれると考えた。
「イン、このデクルト山の特徴を言ってみろ」
「は? なんですかいきなり……」
「いいから」
インから主従関係で出てはいけない声のトーンが聞こえたが、俺は続けさせる。
「……土質の問題で草木が生えない、いわゆるはげ山です。あとくっそ広い……ことです」
ちょいちょい敬語を忘れそうになるのはたまたまだよな?
心の中でため口だからとかじゃないよな?
「その通り、後はわかるな?」
インに人差し指を向けながら、少しきめ顔で言う。
「いやわかんねー……りませんよ」
いやもうこいつ黒だろ。
心の中で絶対俺のこと『う○こ野郎』とか呼んでるよ。
「敵の魔人は植物使いだ。植物を自由自在に操れる」
「ならむしろデクルト山には近づかないんじゃないですか?」
疑問を投げかけてきたのは、インではなくダヴィのほうだった。
確かに普通に考えればその通りだ。
相手の魔人はあくまで植物使い――植物を生み出す魔法ではない。
そして植物が生息できないこのデクルト山。
つまりこのデクルト山は魔人カーライにとって、お得意の魔法が使用できないという最悪のフィールドということになる。
メインがまったく使えないような場所を、逃げ場に選ぶやつなんざバカしかいない。
「けど国側にとっちゃ最高の戦場だ。なんせ魔人をほぼ無効化できるんだからな。もっとも、カナンなら以前のように相手のホーム――木々の生い茂る森の中で戦ったとしても勝つだろうけど」
俺の言葉にダヴィは少し考えこんでから口を開く。
「……それはつまり、軍が魔人どもをデクルト山に誘導するということですか?」
「そういうことだ」
そうして、追い込まれたところを軍に捕まる前に俺たちが接触する。
そのためにデクルト山で潜伏しているというわけだ。
「しかし相手も当然警戒する中、そう思い通りにいきますかね?」
「いくわよ、そのために大隊規模の数を動員したんでしょ。それにカナン様もいる。ならどれだけ相手が警戒していようと高確率で成功するわ。トーヤ様の仮説があっていた場合ね。ま、それで私たちが魔人と接触できるかどうかは別問題なわけだけど」
ダヴィの問いにインが答える。
情報ではどうしても軍のやつらに後れをとってしまう。
ならある程度先読みして動かないと、軍を出し抜いて魔人と接触するなんて不可能だ。
もともと上手くいく可能性も低いし。
「となるとこちらも、すぐに動けるようにしなければなりませんね。トーヤ様の妹君であるカナン様なら、魔人を倒すのも時間の問題でしょう」
俺の妹だからって理由、普通ならマイナスポイントだと思うんだけどな。
なんか知らんがダヴィの俺に対する評価が高い。
何がここまで俺の評価を高めているのかわからん。
「そう今から気を張らなくても、魔人の誘導はもう二、三日かかるはずだ。肩の力抜いとけ」
「え、じゃあなんで三日も前からこんな場所で野宿してるんですか?」
「念のためだ念のため。どうせ野宿するんだったら何日でも一緒だろ」
不満げに見つめてくるインを適当にあしらう。
「……なんか帰ってきてからますます貴族っぽくなくなりましたね」
自覚はしてる。
それぞれ三人とも飯を食べ終わり、ダヴィが洞窟の入り口のほうを見る。
「霧が出てきましたね」
……霧?
「んなわけねえだろ、今は日中だぞ。それにさっきまで雲一つない青空だったじゃねえか」
俺は入り口を背にして座っていたため、外を見たわけではないがありえないと断言する。
「しかし出てますよ。それも数歩先でさえ見えづらくなるほどの濃い霧が」
「……は?」
その言葉に俺はバッと振り返る。
視界にはダヴィの言葉通り、相当濃い霧が一面に広がっていた。
これが異常の始まりだった。
デクルト山は観光名所のため、トーヤ達がデクルト山に入った二日後に軍によって立ち入りが禁止になっています。




