予兆はなく
「「……は?」」
俺の言葉に、インとリリーがまぬけな声を上げる。
「行くってまさか……魔人のところにですか?」
当然だ、それ以外のどこに行くという。
「だめです!いくらなんでもさすがに止めますよ!!」
インは口調を荒げながらも、周りの客に気づかって小さめの声で話す。
「止められるのか?」
「うっ……」
インは言葉を詰まらせる。
俺はもう家には戻らず、このまま直接向かうつもりだ。
インが悠長に戻って報告すれば、その間に俺の姿を完全に見失うことになる。
おそらくだが、インに俺を殴ってでも止めるような度胸はない。
「心配すんな。お前はいつも通り尾行をまかれたっつっとけばいい。俺が魔人のもとへ向かったなんて知らなかったことにしとけ。それに死ぬ気は一切ねえから、責任問題になるようなことはないさ」
「いや、まかれる時点で責任問題発生するんですけど……」
インはなおも不安そうな顔で考える。
リリーはというと真剣な目でこちらを見ている。
「魔人の狙いはヘルト家、あなたなんですよ?」
「わかってるさ」
「本気なんですね?」
「ああ」
「……」
俺とリリーはしばらく目を合わし続ける。
お互い視線を逸らさない。
するとあきらめたようにリリーが先に目を閉じ、ため息をつく。
「これは止めても無駄ですね。とはいえ、万が一でも死なれるようなことがあってはいけませんから……ダヴィを貸しましょう」
「ブッ!!」
近くの席で一般客のふりをしていたリリーの護衛であるダヴィが、飲んでいたコーヒーを吹き出す。
「リリア……リリー!!いったい何を!?」
あ、こういう他人の目があるところではリリー呼びさせてるんだ。
ダヴィは席を立ち、リリーのもとまで近づいて話しかける。
「言葉の通りです。あなたにはトーヤの護衛を任せます」
「しかし……!」
納得できないダヴィは食い下がる。
「あなたがトーヤの護衛についている間、私は一切このように街に……いや、城の外に出ないことを誓いましょう。危険なことに、首を突っ込むようなこともしないと約束します。
――そしてダヴィット、これはお願いではなく命令です」
それはおちゃらけたような雰囲気ではなく、第三王女リリアーナ姫としての本気の言葉。
有無を言わさぬような圧力で、ダヴィに語り掛ける。
傍から見ていた俺は、ダヴィの本名ってダヴィットなのか、などとけっこうどうでもいいことを考えていた。
「……わかりました」
ダヴィは納得いったわけではないが、しぶしぶ折れたという感じだ。
このお姫様には何を言っても無駄だということが、長い付き合いでよくわかってるんだろ。
「なんか悪いな、俺のためにわざわざ」
さすがに罪悪感を感じたため謝っておく。
だからといってやめるつもりは一切ねえけど。
「いえ、気にしないでください。こうして任された以上、全力でトーヤ様のことをお守りします」
ダヴィは見た目からして、頼りになりそうながたいをしている。
リリー経由で俺の実力についても知っているため、そこらへんを取り繕う面倒もない。
「あーもう! 私もついていきますから」
そう言ったのは、ずっと不安そうな顔をしていたインだった。
正直この返答には予想外だった。
てっきりインは俺の提案を素直に受け入れると思っていた。
「このまま戻っても、あの化け物達相手に嘘つき続ける自信がないんですよ。トレンドさんなんて私の嘘くらい一瞬で見抜くでしょうし……私の胃がストレスでボロボロになるのは避けたいので」
苦渋の決断なんです、仕方ないんです、とでもいうような苦々しい表情でインは告げる。
なるほど……やっぱこいつは俺の思うような人間だったみたいだ。
まあ危険だなんだといっても、俺が魔人と本当に遭遇するような確率は低い。
俺の護衛のためについていったってことにしとけば、後からそこまで責められずに済むだろうし。
それでもまあ多少は叱られるとは思うが。
とりあえず二人も護衛がついてきてくれるなら安心だ。
「トーヤ、少し二人で話したいことがあります」
リリーが真剣な声のまま、俺に言葉をかける。
気の利くインとダヴィは、何も言わずに少し離れたところまで移動する。
「……んで、何の話だ?」
「まず最初に謝っておきます。ラシェルの件、解決することができませんでした。身内で解決すると言っておきながら、申し訳ありません」
リリーは周りの目もあるため、頭こそ下げないものの、真っすぐと俺の目を見つめ謝罪の言葉を口にする。
「結局あの女はなんなんだ? 王族なのか?」
「ええ、前にあなたが察したとおり……あの子は王族です。本来ならば第四王女の名を冠するはずだったラシェル・ガイアス――
私やアーカイドの腹違いの妹です」
妹だったか。
その存在を公表しなかったのは、愛人相手の隠し子だったから……
だとすれば王族の性質を考えると、生まれたとき公表しなかったことに納得がいく。
「おそらくトーヤの考えていることであっています。私たち王族は、代々一人の異性に愛を貫くことで有名ですから」
この国は宗教的なこともあり、法律で一夫一妻制がとられている……が、愛人は黙認されており、場合によっては数十人もの愛人を侍らせていた貴族もいた。
昔からヘルト家に仕えている使用人曰く、親父も正式に結婚する前は女をつくっていたらしい。
ただ王族は初代から現国王の代まで、愛人をつくることなく妻に対してのみ愛情を注いできた。
このことを異性への誠実さという面で、国民へのアピールポイントとしてきた歴史がある。
だが王国の歴史は千年もある。
そんな中、一人として例外が生まれないわけがない。
今俺の目の前にいる色魔がいい例だ。
こいつの愛は同性にすら向くらしいが。
今までも何人か愛人をつくった王族はいたが、部下たちの涙ぐましい(無駄に懸命な)努力により隠ぺいしてきた。
もういっそばらしちまえよと、子供のころは何度も思ったもんだ。
「おまえの親父、現国王もその例外のほうだったってわけだ」
まあ娘がこれだもんな。
「いいえ、私の父は王族らしく一人の女性を愛し続けましたよ」
「いや、隠し子までつくっといて何を……」
「愛し続けたんですよ。妻をもらおうと、子供を4人もつくろうと。何年経とうと忘れずに、その女性を愛し続けたんです」
……そうか、愛していたのは正妻ではなく愛人のほうだったってわけか。
正妻なんて王族ともなれば政略結婚の意味合いが強くなる。
よくあることと言えばよくあることだ。
「実際、跡取りであるアーカイドが生まれてからは、すぐにその愛人のもとに通い始めましたからね。一年とたたず子供が生まれるくらいには」
その子供が、いつのまにやらテロリストになっちゃったってわけね。
監視ぐらいはつけとけよ、色々とガバガバすぎるだろ王族。
しかしまあ生まれてすぐとは……薄情すぎるだろ。
「跡継ぎつくって最低限の義務は果たしたからってことか? 俺も貴族側の人間だから、王の行動をどうこう言うつもりはねえけど……それ、お前の母親は知ってんのか?」
リリーの母親、つまり現国王の正妻である王妃だ。
「これを私が知ったのは、自分の部下を使って秘密裏に調べたからなので母は知らないと思います。けど女の勘は私以上に鋭いので、なんとなくわかってるんじゃないですかね」
「それでも黙認してるってわけか……」
国民の間ではおしどり夫婦なんて言われちゃいるが、実際はけっこう冷めた関係なのかもな。
「少し話がそれましたね。ラシェルの話に戻りますが、実はトーヤがいない間に何度かラシェル達と接触しました。直接対決のような形になった場面もありましたが……今一歩及ばず捕らえることができませんでした」
そう悔しそうに話すリリー。
当然のように王女がテロリストと接触していることには、もう今さらなので触れないでおく。
間違いなく城を抜け出しての無断行動だろうな。
「王は……父はもうラシェルの生死をかまうつもりがありません。最初こそなんとか秘密裏に保護しようと模索していましたが、もう無理だと悟ったのでしょう」
さすがに王も切り捨てる判断をしたか。
遅すぎるとは思うが、妻を裏切ってでも育んだ最愛の女との結晶だ。
情が邪魔してもおかしくはない。
王としても辛い判断だったのだろう――なんて同情的な考えは微塵もおきないけどな。
不倫して子供産ませて育児放棄の末、ぐれたとわかれば殺す。
ラシェルに同情する面はあっても、王に同情する理由は何一つない。
「生死を問わないとはいえ、それはあくまで最悪の場合です。国としては魔人の情報をなんとしてでも欲しい。となると、魔人の情報を持っている可能性の高いラシェルを、生きて捕らえる方が望ましいに違いありません」
どこかそうであって欲しいというニュアンスも含まれているが、リリーの言葉に間違いはない。
これから何体もの魔人が復活するかもしれないとなれば、たしかに情報は手に入れときたい。
「そういえば、まだあなたの目的を聞いてませんでしたね。わざわざ危険を冒してまで魔人に接触に行く理由はなんですか?」
「そりゃもちろんヘルト家としての責任を果たすために……なーんて言えりゃかっこよかったんだろうけど。まあきわめて個人的な問題だよ。国もヘルト家も関係ない、俺自身の問題だ。そのためちょっと魔人と話がしときたいんだ。リスクを背負ってでもな」
俺は詳しい内容までは話さない。
自分自身でも、その聞きたいことに何の意味があるかわからないからだ。
『リスクを背負ってでも』などと言ったが、本当にそれだけの価値があるのかもわからない。
ただ、なんとなくでしかないがあのことについては、詳しく調べておかなければならない気がする。
「それが目的ならば問題ないでしょう……ついでにと言ってはなんですが、一つお願いがあります。
――ラシェルの命を救ってほしいんです」
ほんとになんですがだよ。
ついでというにはあまりにも難易度高いこと頼んできやがったぞ。
「もちろん、自分自身の命を優先してください。先ほども言いましたが、できれば国としてもラシェルは殺さずに、情報を引き出したいと考えています。ですから、機会があればラシェルの命を助けるように動いてもらえませんか? ラシェルと直接戦ったあなたとしては、複雑な気持ちもあると思いますが……それでも、私にとってはかわいい妹なんです」
要するに、ラシェルが殺されるような事態を防ぎ、国に保護されるように仕向けてほしいということか。
「期待はするなよ。そうそう上手く立ち回れる自信はない」
運よく助けることができたとしても、貴族を襲ったテロリストだ。
よくて一生幽閉、場合によってはすぐに死ねた方が幸せまである。
命さえあればと考えるなら別だが。
「こんな身勝手なお願いを聞いてもらえるだけでもありがたいです。感謝します。
あ、くれぐれも自分の命を優先させてくださいね。
あなたが死ねば、かわいいかわいい聖女様も悲しみますから」
リリーは感謝の言葉を述べた後、またいたずら娘の顔に戻る。
……ん?聖女様がなんで悲しむんだ?
聖女ってあれだろ、アルシアス教のだろ?
学園で見かけたりすることぐらいはあったが、面識はなかったはずだぞ。
「なんでそこで聖女がでてくるんだよ」
「……え、わからないんですか?」
俺の返しに、リリーは本気で不思議そうな顔をする。
なんだ?なにかあるのか?
「ははあ、なるほどなるほど」
リリーはしばらく考えた後、一人で納得したようににやける。
……うぜえ。
「いやいや、なんでもありません。私の勘違いでした」
絶対なんかあるけど自分から聞くのはなんか癪だから聞かないでおく。
俺は席を立ち、レストランから出る準備をする。
「もう行くんですか?」
「ああ」
「くれぐれも気を付けてくださいね。あなたが死んだらツエルは私がもらいますんで。あ、遺言状書いておいてくれません?」
「お前実は俺に死んでほしいだろ」
くだらないことを言いながら俺とリリーは店を出た。
安全なところまでリリーを送ってから、俺とインとダヴィの三人は目的地へと出発した。
現状、襲撃者達はその数を多く減らしており、魔人以外の戦力はほぼなかった。
そのため大隊規模を派遣したとはいっても、それは残党狩りの意識のほうがみな高かった。
だからこそ誰も予想しなかった、予想できなかった。
これから起こる事件が、現国王の治世においてもっとも犠牲者を出した悲惨な事件として、後世に語り継がれることを。




