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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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封印



 【イン視点】



「別にさあ、『お兄様大好き(ハート)』とまで言われたいんじゃないんだよ。けどさあ……せめてさあ……半年ぶりの再開で『うっさい』はないだろ、うっさいは……」


「わかります、その気持ちよーくわかります。誰も禁断の恋をしようと言っているわけじゃないんです。ただ差し伸べた手を、握り返してくれるだけでいいんです。それなのに……会うたびに殺人鬼を見るような目をしてくるんですよ……」


 上司の愚痴ほどうんざりするものはない。

 私はそれを身をもって味わっていた。


 庶民にはとても手が出せないほどの高級レストランで、トーヤ様と銀髪の女が席に座り、ネガティブオーラ全開で辛いだのなんだのと言い合っている。

 私はトーヤ様の後ろ、一歩下がったところで立ちながら異様なその光景を冷めた目で見ていた。


 先ほど妹のカナン様からうるさいという強烈な一言をもらったトーヤ様は、半ば放心状態になりながら街をぶらつき、どうやら知り合いらしいこの銀髪の女と出会い、ちょうど昼時というのもあってそのままレストランに入ったというのが事の顛末だ。

 普段なら護衛をまくように行動するトーヤ様だが、今日はそんな心の余裕が無かったらしい。


 二人の話の内容と言えば、妹が冷たいだの、妹がきついだの、くだらないことばかり。


 そんなトーヤ様の護衛をしている私は、一体なんなんだと思ってしまう。

 こんなことなら、トーヤ様の付き人はデイルに任せてしまえばよかった。


 ついつい給料1.5倍というのに惹かれてしまった自分を恨みたい。

 どうせ付き人をやるなら、付き人というだけで格がつくセーヤ様か、部下を優しく大切に扱って下さると有名なカナン様がよかった。


 いや、そもそも金がよくなければ魔人と戦わされるこんなブラック企業とっくにやめてる。


「そういえばツエルはまだアルギラ帝国でしたね。その子がツエルの代わりですか?」


「そうだ」


 銀髪の女は私のほうへと目を向ける。

 話を聞いていてわかったが、この女はどうやらリリーと言うらしい。


 しかしなぜか?

 初めて会った時からこの女に既視感をおぼえた。

 けど銀髪の知り合いなんていない、それでもどこかで見たことあるような気がする……


 ツエルを知っているということは学園の関係者?

 だとしたら、どこかでちらっとだけ見た可能性がある。


「インと申します」


 とりあえず疑問を置いておき、簡単に名前だけ言っておく。


「なるほど、インですか。この子もそこそこ素材はいいですが、ツエルと比べるとやっぱり落ちますね~。あの子みたいに、磨かなくても光る素材を持っている子はそうそういませんから。あなたは見た感じザ・ガサツって感じですが、もっと自分を磨かなきゃだめですよ」


 ――あ???


 え、なに?

 なんで初対面で私、こんな失礼なこと言われなきゃいけないわけ?


「トーヤ様、なんですかこの人? しめていいですか?」


「やめとけ、お前がしめられるぞ。国から」


 国から……?


「それにこいつはデリカシーが蒸発しちまってるうえ性欲が肥大化した悲しきモンスターなんだ。あんまり噛みついてやるな」


「フフフ、蒸発ってなんですか? 頭が沸いちゃってるのはあなたじゃないですか? あ、魔力がないのってもしかして蒸発しちゃったからですか?」


「あ?」


「は?」


 噛みつくなといったトーヤ様本人が、リリーの言葉に一瞬で噛みつく。

 トーヤ様ってこんな煽りに弱かったっけ?


 ……あれ、この人トーヤ様の実力を知っている!?

 ちょっと待って、トーヤ様の実力を知る人なんて数えるくらいしかいないはず……


「あの、トーヤ様……この方は一体……」


 私は小声でトーヤ様の耳元に話しかける。


「ん?ああ、そういえばまだ言ってなかったか。でもお前ら、たしか面識あったはずだぞ?」


 トーヤ様は座ったまま、首だけこちらに少しひねって答える。


 面識がある……?

 どこで? まったく思い出せない。


「ほら、魔人と戦ってた時だよ」


 魔人と?あの時あの場にこんな銀髪の女……


「あ、思い出しました! あの時アーカイドに魔法をうつ指示を出していた子ですね」


 どうやらあちらのほうは思い出したらしい。

 というかアーカイドって、いくらなんでもこんなとこで王子を呼び捨てなんて不敬すぎ……


 あれ、なんか嫌な予感がする。


 そもそもヘルト家のトーヤ様とわかって、こんなふうに対等に話ができる時点でおかしい。

 相当な無神経か、それが当然の立場なのか。

 トーヤ様の実力も知れる人物で、魔人との戦いの場にいた人物。


 ……!!!


 私はあわててもう一度リリーの顔を見る。


 リリーの束ねてある髪をほどき、その髪を金色にすればリリアーナ様そっくり……



 


 いやリリアーナ様じゃん!?


 待って待って待って、なんで王女様がここにいるのよ!?

 

「どうやらわかったみたいですよ。いいんですか?ツエルにも言ってないのにばらしちゃって」


「こんだけ顔をがっつり見られたらどうせばれるだろ。それにこいつならばれても大丈夫だ」


「何を根拠に……」


 なんでトーヤ様(この人)当然のようにため口なの!?

 こんな街中に王女がいるなんて思わないし、こんな頻繁に会ったりしてるのこの人たち!?


 ばれたりしたら色々と大問題じゃない。

 私にはばれても大丈夫ってどういうことよ!?


 え、どうしよう。

 これは間違いなく報告すべき案件に決まってる。

 とはいえリリアーナ様はセーヤ様の婚約者。

 その婚約者が弟と密会してたなんてわかったら、どれだけめんどくさいことになるのか想像もつかない。

 なんでこんな場面に遭遇してしまったのよもう!!

 

 正直見なかったことにしてしまいたい。

 そして帰りたい。


 そういえばさっきから、いくつか隣の席でがたいのいい男がこっちのほうをチラチラ見てるけど……

 あれリリアーナ様の護衛だ。

 さすがに護衛をつけないトーヤ様ほどあほじゃないみたいね。

 最初はトーヤ様に危害を加えるつもりじゃないかと警戒してたけど、その必要はなさそうで安心した。

 

 ああでも、やっぱりこの件は報告しないと。

 二人の関係とかに何かあってからじゃ遅いし……


 そんなふうに考えていた時、トーヤ様とリリアーナ様がいきなりほぼ同時に、体ごとひねらせ窓ガラス越しに外を見る。

 いきなりのことに、私は緊急事態かと思いあわてて外を見る。


 ……しかし外は今までと何も変わらず、道行く人であふれているだけの状態だった。


「見ましたか……今の」


「ああ、あれはやばいな」


 今までとは打って変わった二人の真剣な態度に、よほどのことだと私は判断する。


「さっきの子……」


「さっきの女……」


 どうやらとんでもない人物がいたらしい。

 指名手配犯か、それとも――


「「めちゃくちゃかわいかった!!」」


 ……は?


「あのレベルはやべえ。数メートル歩くごとに声かけられるやばさだ」


「通行人がみんな同じ方向見てますよ。顔のパーツのバランスが絶妙でしたね」


 


 …………あー、これ報告しなくていいや。

 この二人に間違いなんて起きるわけがない。


 報告したら私にもめんどうが降りかかるだけだし、何も見なかったことにしとこう。


 というか、この人たちが将来国を背負う人間だと思うと悲しすぎる。




「そういや俺がいない間、魔人の件はどうなった?」


「いろいろと進展しましたよ。驚愕の事実つきで」


 トーヤ様の質問に、リリアーナ様が複雑そうな笑顔で答える。


「魔人のいた組織についてはほぼ壊滅状態です。ほとんどの実力者が死亡、もしくは捕まり、残っている厄介なのは魔人であるカーライと幻術使いのラシェルだけです。


 それと、魔人カーライ・テグレウについてですが……彼は500年前に実在していた人物だということがわかりました」


 ……そう、魔人カーライ・テグレウは500年前の人間だということが調査によりあきらかになった。

 初めてこれを聞いたときは自分の耳を疑った。


 しかし、トーヤ様の表情にこれといって変化はない。


 500年前に初めて魔人がこの世に現れた。

 それも一体ではなく複数。

 それを初代ヘルト家当主オーヤ・ヘルトやその仲間が、すべて倒したという話は有名だ。


 しかし、その話には少し間違いがある。

 実際には魔人の力は強大で、殺しきった魔人も何体かはいたが、ほとんどの魔人は殺しきることができなかった。

 絶大な魔力もそうだが、細切れにしても再生するあの回復力に、オーヤたちもなすすべがなかったらしい。

 

 じゃあ残った敵はどうしたのか?


 不死身の倒し方は二つ。

 殺し続けるか、封印(・・)するか。


 自分たちの力をもってしても倒しきれないと考えた敵を、オーヤたちは強力な封印により封じた。


 その封印はとても強力で、誰がどのように手を加えようと解けることはないと言われてきた。

 ところが今回の調査の結果、500年前にカーライ・テグレウという魔人を封印したという記述があった。

 

 それが意味することは……


「なるほど、想像以上にやばい事態になってるわけだ」


 どうやらトーヤ様はすべて理解したらしい。


 解けないはずの封印が解けた――だとすれば同じように別の封印も解ける可能性がある。

 ほぼ同時期にかけられた封印なら、解けるのもほぼ同時期だと考えるのが普通だ。

 つまり、伝説の英雄でさえ倒せなかった敵が、一気に封印から解き放たれるかもしれないということ。


 これを聞いたとき、鳥肌が立ったのをおぼえている。

 王国を滅ぼしかけた伝説の化け物達が、500年の時を経て現代に蘇る。 

 恐怖しないわけがない。 


 25年前のように、新しい魔人が出てきたという方がまだましだったとさえ思える。

 この時期にセーヤ様が隣国におもむいたのも、外の問題を早期に解決させ、内側の問題に力を注ぐためだ。


「混乱を避けるため、このことはまだ一部の者しか知りません。王族直属の調査部やヘルト家が協力して慎重にことを進めています。幸い、まだ他の魔人がよみがえったという報告はありませんから」


「あいつがオーヤっつったのはそれでか……」


「なんのことですか?」


「いーや、なんでもねえよ」


 トーヤ様がぼそりとつぶやいたことは、私にも理解できなかった。


「で、その肝心の魔人さんは今どこにいるんだ?」


「ここ王都から南に50㎞ほど進んだあたりで潜伏している、との情報が入っています。それと……これはあなたの妹さんも関わってくる話です」


「カナンが?」


「ええ、国の方針として、魔人を完全に殺しきるつもりです。それもここ数日の間に。とはいえ、そう簡単にいく相手ではない。そこでヘルト家に援護を求めたんです」


 しかし、セーヤ様はアルギラ帝国に。

 トーヤ様も行方不明。

 まあトーヤ様がいても援護には差し向けなかったでしょうけど。

 当主であるホクト様は、セーヤ様が実力を上回った時点で、戦闘に関して引退宣言をしている。

 となれば必然的にカナン様が選ばれる。


 14歳の少女に魔人と戦わせるなど、普通なら正気かと疑う。

 けど、そこに『英雄家の』という文字を頭につけるだけで、誰もが納得をしてしまう。

 ならば安心だ、と。


 誰一人として、幼い少女を魔人と戦わせることに罪悪感など抱かない。

 そしてそれは、それほどまでにヘルト家は普通じゃないということの証明でもある。


「領地からじゃ魔人のいるところは逆方向、それでカナンが王都にいたのか」


「その上、1000人の大隊規模の軍隊まで派遣する気合の入れようです。いくらなんでも多すぎると思いますが……」


「それだけの人数となると……移動速度、準備期間……まだ時間はあるな」


 トーヤ様が何かを考えだす。

 なぜだろうか? ものすごく嫌な予感がする。


「南へ50㎞……あの岩山あたりだな……よし、今から行くか」


「「……は?」」


 私とリリアーナ様の声が完全にかぶった瞬間だった。


 

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