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偽りの英雄  作者: 考える人
第三章 竜神
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帰還


 むかしむかし、あるところに一匹の竜がいました。

 その竜は、周りのどの竜とも違っていました。

 それもそのはず、その竜は神だったのです。


 自分が神だと自覚した竜は、神の力をもってシール王国を滅ぼそうとしました。

 次々と多くの国民が死んでいく中、立ち上がったものが一人。


 それこそが、英雄家のサイガ・ヘルトです。

 彼は竜に対し、たった一人で立ち向かっていきました。


 その結果、自らの命と引き換えに、竜を討伐することに成功したのです。

 こうしてシール王国に平和がもたらされました。

 サイガ・ヘルトの功績は、消えることなく人々の間で語り続けられるのでした。



             英雄家物語 サイガ・ヘルト編




ーーーーーー



 鬼族の村を出発してから約三ヶ月。



 ああ、なつかしの我が家……

 本家のほうではなく、王都の別宅のほうだがやっと帰ってこれた。


 俺、トーヤ・ヘルトは家の扉の前に立ち、感慨にふける。


 鬼族の村を出て、ここまで帰ってくるのに約三ヶ月もかかった。

 

 ときには魔獣に追いかけられ。

 サバイバル生活をこなし。

 めちゃくちゃ好みのお姉さんに護衛をしてもらい。

 裏組織に拉致られたりもした。

 

 命の危険を感じた回数は実に24回。


 あれ、俺ほんとに貴族だっけ?


 ちなみにこの三ヶ月の間に誕生日を迎え、めでたく16歳となった。

 16歳になった日は、人と会うことなく、一日中魔獣にしつこく追い回されて終わった。

 これにはさすがの俺もメンタルブレイクしかけた。


 とはいえ、やっと帰ってきた。

 ほんとは一か月もすれば帰ってくるはずのところが、四ヶ月以上も帰ってこなかったんだ。

 家の奴らも相当心配しているだろう。

 俺の生存を確認し、感極まって泣き出すかもしれない。

 

 ここは元気そうな姿を見せてやるか。


 きっと盛大な帰還祝いのパーティーが催され――

 









 なかった。


 どいつもこいつも俺の顔を見て感動するどころか、さも当たり前かのごとく『あ、お帰りなさいませトーヤ様』の一言で済ましやがる。

 しかも屋敷の人間は皆なぜか忙しそうで、最低限の挨拶だけして仕事に戻っていった。


 不敬ではなかろうか?

 帰りを待つどころか俺のこと完全に忘れてやがったよこいつら。

 


「トーヤ様の行方不明は今に始まったことじゃありませんから」


 俺の部屋で掃除をしていたマヤは、抑揚のない声でそう告げる。

 久しぶりの再会にもかかわらず、学園から帰ってきたときのテンションとまるで変わらない。

 

「お忘れですか? トーヤ様がまだ8才の時、忽然と行方が分からなくなり、影の者たちが国中を探し回ったことを」


「……8才の何回目のやつだ?」


「3回目ですよ。隣国の競馬場で大勝しているのを潜入していた影が発見した時のことです」


「ああ、帰るための資金を稼いでた時のことか」


「とにかく、そんな頻繁に姿をくらませる人間を今さら心配すると思いますか?」


「うるせえ! 俺は正論を聞きたいんじゃねえ! ただ甘くて優しい言葉をかけて欲しいだけなんだよ!!」


「あ、そういえばトーヤ様にセーヤ様から伝言があります。帰ってきたら伝えろと」


 ガン無視だよ。

 

 いいよもう、ツエルにでも慰めてもらうから。


「伝言? そんなもん頼まなくても直接話せばいいだろ」


 そんな急を要することなのか?


「直接は無理です。セーヤ様は現在、アルギラ帝国に滞在していますから」


 ……アルギラ帝国?


「シール王国の大使として、セーヤ様が選ばれたんですよ。アルギラ帝国とは長年あまり良い関係を築けてませんからね。それどころか、いつ攻め入ってきてもおかしくない状態です。英雄家のかたをおくって牽制しようってことでしょう」


 なるほどな、言い方は悪いが脅しってわけだ。

 たしかにヘルト家の名は国内だけにとどまらず、周りの諸外国にまで届いている。

 ただシール王国内みたいに、英雄視されているわけではない。

 かつてアルギラ帝国がシール王国に攻め入ってきたとき、ヘルト家の人間に甚大な被害を受けたことがある。

 そのせいでアルギラ帝国内では、悪魔の一族なんて呼ばれているらしい。


「それで、伝言の内容は?」


「ほとんどがトーヤ様への説教ですが、どうします? 聞きますか?」


「聞かない」


「では私も話すのがめんどくさいので、重要なところだけ話しますね」


 マヤのこういうところは融通が利いてていいと思う、こういうところは。

 使用人としては失格だろうけど。


 というよりずっと家にいなかったのに、何を説教することがあるんだっつーの。


「『ツエルを借りるぞ』『新しい魔法陣を用意しておいた』言うべきことはこの二つですかね」


 ツエルを借りる?


「どういうことだ?ツエルもアルギラ帝国に行ったのか?」


「ええ、ツエルはこの短期間でとんでもないほどの実力をつけましたから。これからの影を支えていくものとして、あらゆる経験を積ませるつもりみたいですよ。トレンドさんがそういってました」


 トレンド……あの爺まだ生きてたのか。


 いやまあそんなことはどうでもいいんだ、それより――


「マヤ、お前がそんなふうに言うなんて珍しいな」


「そんなふうとは?」


「ツエルを素直に褒めたことだよ」


 天邪鬼なマヤが人を褒めることなんてめったにない。

 誉めてると見せかけてナチュラルに嫌味を混ぜてくる女だ。

 俺だって長年一緒にいて、マヤに褒められたのなんて数回……いや、そもそもあったか?


「褒めたつもりはなかったんですが……まああの子はがんばってますから」


 やっぱりツエルに対して優しい。

 他人に対して頑張ってるとか、マヤが言うの初めて聞いたぞ。

 俺がいない間に仲良くでもなったのかね?


「ツエルがいないのはわかったが、代わりの付き人兼護衛は誰がするんだ?」


 長期休暇とかもうとっくに終わっている。

 今日は休日だが、また平日になったら学園に通わなきゃならない。 


「もう決まっていますよ」


 そりゃそうか。


「トーヤ様が帰ってきたらすぐに挨拶に向かうよう言ってあるので、もう少ししたら来るんじゃないですか? では私は仕事がありますので」


 そういってマヤは部屋を出て行った。





 それから五分ほどたったころ、扉を誰かがノックした。

 おそらく新しい護衛だろう。


「入っていいぞ」


 許可を与えると、どこかで見たことあるような顔の少女が入ってくる。

 年は俺やツエルとそう変わらないように感じる。


「影所属、インと申します」


 すました顔でインと名乗った少女に、俺はやはり心当たりがあった。


 ……あ、思い出した。


「学園で俺のことずっとストーキングしてるやつか」


 そういやツエルがいないときに、俺に張り付いている奴はいつもデイルか、このインという少女のどちらかだったことを思い出す。


 俺の言葉に、インの眉がピクリと動く。


「えっと……私はあくまで影としての責務を果たしていただけで、ストーキングなどといういわれは……」


「まあそれもそうか、いつも簡単にまかれるし」


 重ねた俺の言葉に、インのすまし顔が不自然になる。

 どうやら煽り耐性は低そうだ。


「と、とにかくですね、ツエルが帰ってくるまで私が代わりを務めさせていただきます」


「おう、明日からよろしく」


 実力がどの程度のもんなのかはわからんけど、影という時点でそれなりに頼りにはなるはずだ。


 あいさつはこんなもんでいいだろ。

 さてと、久しぶりの王都だし街へ繰り出すか。

 

 俺はインの隣を通り抜け、部屋を出て歩いていく。


「どこに行かれるんですか?」


 疑問を持ったインが尋ねてくる。


「ちょっと外をぶらぶらしてくる」


「いやちょっと待て、あ、待ってください」


 今ため口使わなかったか?


「なんだよ?」


「当然のように外に出るとかやめてください。しかも一人で行こうとしてません?」


 ……何かいけない理由があるのか?


「何ですかその顔、なんで私が変な目で見られなきゃならないんですか。私、至極まっとうなこと言ってますよね?」


「いいじゃねえか、小さいころからそうしてきたんだから」


「ダメですって!ばれてトレンドさんに怒られるのは私なんですから!!『護衛としての責任を何だと思っている!』って」


 あ、今のものまね結構似てた。


「大丈夫大丈夫、ばれやしねえって」


「ダメですってば!」


 ちっ、思った以上に真面目だな。

 ツエルの場合なら、護衛は学園に通う間だけってすっぱり割り切ってくれていたからやりやすかったんだが。


「じゃあお前が護衛してくれ、一人じゃないならいいんだろ?」


 それならいつでもまくことができる。


「まけばいい、とか考えてませんよね?」


「……ああ」


「ちょっと待ってください、なんですか今の間は。言っときますけど、いくら護衛がいるからって貴族が簡単に一人で出歩いたり――」


「おし、行くぞ」


「あ、ちょっとトーヤ様!!」


 俺は話を強引にぶった切り、歩き出す。

 最後まで聞いてたら日が暮れる。


 玄関にむかう途中、セーヤが新しく作ってくれていた魔法陣を回収した。





 玄関先まで来ると、一人の少女が目に入った。

 ショートカットの燃え盛るような赤髪が目を引く。

 キリっとした顔立ちが、彼女を実年齢よりも大人びて見せる。

 

 それはまごうことなく、俺の妹であるカナン・ヘルトだった。

 

 しかし、ここで一つ疑問があがる。

 なぜここにカナンがいるのか?

 ヘルト家の領地にある学び舎に通っているはずが、長期休暇中でもない今、王都にいるということは不自然だ。


 まあでもそれは後にしよう。

 カナンと会うのは実に半年以上ぶりだ。

 まずは久しぶりの再会を喜ぼう。


「ようカナン、元気にしてたか?」


 声をかけると、俺のことに気づいたらしく顔をこちらに向ける。

 ところが俺の姿を確認した瞬間、その顔は見るからに険しくなる。


 ……あれ、なんか思っていた反応と違う。

 もっとこう、再会を喜ぶもんだと思っていたんだが……


「おいおいどうしたよ? 久しぶりの再会なんだからもっと嬉しそうな顔したら――」


 次の瞬間、カナンの口から漏れた言葉は強烈なものだった。





「……うっさい」



 俺の心は壊れた。



三章です。


二人目の兄妹登場。

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