旅の終わり
【トーヤ視点】
ヴィエナと二人の旅が始まってから一ヶ月と半月。
借金とヴィエナへの給与がとんでもないことになっているが、そんなもの些細なこと。
残念なのは、もうすぐこの旅が終わってしまうということだ。
この旅の間、多くの話をした。
家のことは伏せておいたが、魔法が使えないことや、それでも学園に通っていることも話した。
ヴィエナの話も数多く聞いた。
実は学園の先輩だったこと、卒業と同時に家を飛び出したこと、姉に劣等感を持ったのが原因だということ。
馬車で、宿屋で、酒場で。
笑いあった、不満を言いあった、秘密を共有した。
もうお互いの酒の好みも完全に把握している。
この一ヶ月半の旅だけは、終わるのが惜しい。
この一ヶ月半だけな、それ以外はくそ。
あと数分で王都へと着く。
「なつかしいな、私も王都は数年ぶりだ」
「数年とは言わないが、俺も4ヶ月ぶりか」
長かったよ。
家公認の誘拐から始まり4ヶ月。
やっとここまで戻ってこれた。
まあ最後のほうは楽しかったから、わざとゆっくり旅してたんだけど。
「学園のほうは大丈夫か? 4ヶ月も休学していたら間違いなく留年だろ。あー、でも長期休暇のこと考えると2ヶ月ほどか」
「大丈夫だ、それに関しては親父が権力使ってどうとでもしてくれるさ」
「たまに貴族らしさをだしてくるんだな、君は」
たまに?
「お、見えてきたぞ」
前を見ると、王都を囲むバカ高い壁が見えていた。
その壁がどんどんと近づいていき、ついに門の前までたどり着く。
「ここまででいい」
そう言って俺は馬車から飛び降りる。
「……いいの? 今日1日分の給与はすでにもらってるけど」
「ああ、これ以上は別れが惜しくなる。ヴィエナ、これで俺との契約関係は終了だ」
「……そうか、寂しくなる――」
「と思ってだな、新しく契約関係を結ばないか? 今度は一時的なものじゃなく、正式に俺に仕えるんだ」
俺の間髪入れず発せられた言葉に、面をくらったような表情のヴィエナだったが、なぜかすぐ悲しげな表情に変わる。
「その誘い、すごく嬉しいよ。心のどこかでその言葉を待っていた気がする。それほどまでにこの旅で、君のことを気に入ってしまった」
「なら――」
「でもダメなんだ。おそらく気づいていると思うけど私は――」
「風の一族、ヴァント家だろ?」
「家名までわかっていたのか……その通り、貴族の中でもそれなりに名のある一族だ。君も貴族の人間なんだろ? だったらわかるはずだ。貴族家の娘である私が、同じような貴族家に奉公する。それがどんな問題を引き起こすか」
間違いなく権力的な問題が絡んでくるだろうな。
でもそれは、一般的な貴族家の場合だ。
俺は手に持っていた袋から、封の閉じた手紙を取り出し、それをヴィエナに渡した。
「……これは?」
「ヴィエナの親御さんに対する手紙だ。娘さんをくださいってな」
「その言い方は誤解を生むからやめてくれ。それよりこの日付の刻印、私たちが旅を始めた日のものじゃ……」
「その通りだ、ヴィエナの名前を聞いた日にその手紙を書いた。さっきお前言ったよな、『この旅で、君のことを気に入ってしまった』って。俺は初めて会ったあの時から、お前のことを気に入っていた――
改めて言う、俺のものになれ、ヴィエナ・ヴァント」
ヴィエナは返事を考えているのか、少し間ができる。
さて、結果はいかに?
「……フフッ、アハハハハハハ!」
突然ヴィエナは、吹っ切れたように大声で笑いだす。
「はあ……ここまで熱烈なプロポーズを受けて、断るわけにはいかないな。だがしばらく時間をくれないか? なんとしてでも家の人間を納得させて見せる」
覚悟を決めた顔でそう告げるヴィエナ。
どうやら俺のこっぱずかしい告白を受け入れてくれたようだ。
「ならそれまで楽しみに待っておくとするか。その馬車と中に残っている物は、全部好きに扱ってくれていい」
「それは助かる。これで実家までの足ができた」
「すぐ会えることを期待してる」
「ああ、私もだ。またその時まで」
この会話を最後に、俺とヴィエナは違う道を歩き出す。
俺は門へ向かって、ヴィエナは来た道を引き返すように。
悲しみの感情は湧いてこない。
当然だ、これは一時的な別れでしかないのだから。
門を越え、王都を歩いていく。
顔なじみである何人かから声をかけられ、帰ってきたのだという安心感を得る。
しかし、これからいつもの日常へ戻ることを考えると、どこか寂しさのようなものも感じてしまう。
この複雑な感情が、俺は案外好きだったりする。
しばらく歩き、見知った家の門の前へとたどり着く。
「ただいま」
こうして、俺の王都への旅は終わった。
結局この後、日常なんて1日と持たなかったんですけどね。
くそが。
やっと2.5章を終わらせることができました。
まさか3章と同時に終わることになるとは思わなかった……




