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偽りの英雄  作者: 考える人
第ニ・五章 王都への旅路
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旅のトラブル③



 ヴィエナと若頭と呼ばれる男の戦闘後は、そこら中に破壊痕が残されていた。

 壁は崩れ、床はめくれ上がり、天井は一つ上の階のものが見えている。


「若頭、大丈夫ですか?」


「ああ、命にかかわるような傷ではない」


 床に倒れている若頭に対し、構成員の一人が心配そうに話しかける。

 少量ではあるが、血が辺りに飛び散っていた。


「まさか若頭がやられるなんて……」


「侵入者は?」


「おそらくトゥーラ様の部屋にたどり着く頃かと。我々では相手になりませんので……」


 申し訳なさそうに構成員は話す。


「後はトゥーラ様にまかせるしか……」


「心配するな。ただ拷問がうまいというだけでのし上がれるほど、レトロ幹部の座は軽くない。私にてこずる程度ならば、トゥーラ様の強さには手も足も出まい」



ーーーーーー


「ここか……」


 ヴィエナは、トーヤとトゥーラがいるとされる部屋の前までたどり着く。


 ここにくるまで、ヴィエナはかなりの時間を食ってしまった。

 まだトーヤが無事でいるとは考えにくい。


 その上、例えトーヤを助けられたとして、ここは敵のアジトの最深部。

 無事逃げ出せる保証などどこにもない。


 それでもヴィエナに、このまま一人で逃げてしまおうという考えは一切(・・)なかった。


 勢いよく扉を開け、ヴィエナは剣を構える。



 飛び込んできた光景は――


 椅子に座りふんぞり返る少年の姿と、床にひたいをつける女の姿。


「……は?」


 想像とは全く逆のものだった。


「お願いします……ど、どうかこのことはボスには。ボスにだけはどうか……」


 女はこれでもかというほど頭を下げているため、その表情はよく見えない。

 それでも、その顔から血の気が引いていることは明らかだった。


「どうしよっかな~、こっちは楽しく旅してただけなのによ~」


「ば、馬車や荷物の類はもっと上質なものを用意します!」


 レトロ幹部であるはずの女が、これでもかというほどへりくだる姿に、ヴィエナは言葉を失う。


「お、よくたどり着けたな」


 ヴィエナのことに気づいたトーヤが、土下座しているトゥーラを無視して声をかける。


「トーヤ……これは一体――」


「ああ、レトロのボスとは浅からぬ関係ってだけだ。たいしたことじゃない」


「たいしたことじゃないって……」


「俺自身がすごいわけでもないからな。威張れるようなもんじゃねえよ。おい、誰が頭上げていいっつった」


 その言葉だけで、少し浮いていたトゥーラの頭が勢いよく床にぶつかる。


「十分威張ってるじゃないか……」


「犯罪組織が相手となれば別だ。こいつらに優しくしてやる理由はない。まあとにかく、快く馬車とか用意してくれるらしいし、さっさとこんな薄汚ねえとこ出ようぜ。おい、いつまで寝てんだ、とっとと準備しろ」


「……はい」


「次、返事遅れたら報告するからな。あと準備は10分以内」


「はい!!」


 トゥーラは勢いのよい返事と共に、急いで部屋から出ていく。


 そんな姿を見たヴィエナは、犯罪組織の幹部にもかかわらず哀れに感じてしまう。




 10分後


 裏口から外へと案内されたトーヤとヴィエナの目の前には、それはそれは立派な馬車が用意されていた。


「10分でこれを用意したのか……」


「10分もらえるだけまだましよ。ボスなら3分くれるかどうかも疑わしいわ」


 思わず漏れたヴィエナの言葉に、トゥーラが反応する。


 この場にはトーヤとヴィエナ、そしてトゥーラの3人しかいない。


「なんだ、見送りはお前しかいないのかよ」


「そう不満そうにしないでくださいトーヤ様。いくら『時代が生んだ稀代の天才』とはいえ、少年相手にペコペコする姿なんて部下に見せられませんよ」


「よいしょが露骨、やり直せ」


「いくら『才能あふれた少年』とはいえ、幹部として部下にこんな姿見せられませんよ」


「まあ身分について褒めなかっただけ及第点にしてやる」


 そう言うとトーヤは、とっとと馬車へと乗り込む。


「……ちっ、偉そうなとこはそっくりだこと」


 ヴィエナの耳にばっちり届いた舌打ちだったが、告げ口する気にはならなかった。


「そういやあなた、ヴィエナだっけ? サルンガを倒したらしいわね、やるじゃない」


 『サルンガ』という名前に聞き覚えのなかったヴィエナは首をかしげる。


「若頭って呼ばれてた男よ」


「ああ、あの男……」


「もし職をなくしたらいつでもこの街にきなさい。いい条件で雇ってあげるわ」


「実力を評価してもらえたのはありがたいが、まだそちら側(・・・・)に行く気はなくてね」


「人間、落ちるときは一瞬よ。そしてもう戻れない……例外もいるけど」


 トゥーラは馬車の中でくつろぐトーヤを見る。


「……彼は何者なんだ?」


 その質問は、ヴィエナからトゥーラにされたものだった。


 一緒に旅しているにも関わらず、ヴィエナにはトーヤという人物の立場がわからなかった。

 最初はどこかの貴族だと思っていたが、一部庶民的な感覚も持っており、あげく裏組織とのつながりもある。

 そもそも貴族の人間だというのならば、この時期に学園に通っていないというのもおかしい。


 ヴィエナがトーヤの素性を探るには、情報が多すぎた。


「組織との関係性については、トーヤ様自身がレトロのメンバーではない、ってこと以外黙秘するわ。私も命が惜しいもの」


「……」


「こっちからも1つ質問させてもらうけど。あなた、逃げよう(・・・・)とは思わなかったの?」


 その言葉に、ヴィエナは自らの思考を振り返る。


 トーヤがさらわれたとき。

 相手が最悪の犯罪組織だとわかったとき。

 街すべてが敵だとわかったとき。


 そのすべてを振り返るが、ヴィエナの頭の中に逃げるという選択肢は――


「まったくなかったな。雇用関係もあるがなにより、この旅で私はトーヤのことが気に入ってしまった」


 トーヤの立場も何もわからないヴィエナだが、それだけははっきりとわかっていた。


「……そう、じゃあこれは教えといてあげる。トーヤ様の立場がどうであろうと、どこに属していようと関係ない。本当にヤバいのはトーヤ様自身(・・・・・・)よ。昔からボスにはしつこく言われているわ、『トーヤを敵に回すな』ってね。といっても、すでにあなたは手遅れ(・・・)でしょうけど」


 それだけ最後に言うと、トゥーラはその場から離れていく。


 『手遅れ』


 その言葉の意味を、ヴィエナは理解できなかった。


 

 ヴィエナが馬車の御者席にのると、トーヤが話しかける。


「何の話してたんだ?」


「ああ、ちょっと質問してたんだよ。なんであの女以外は、君のことをわからなかったんだ?って。『命が惜しいから答えられない』と言われたよ」


 トーヤのことを質問していたため、正直には話しづらく、真実を交えながら適当な嘘をつく。


「そりゃボスの正体を幹部しか知らねえからだ。だから俺とボスの関係性も幹部しか知らねえ」


「なるほど、そういうことか」


 ヴィエナはトーヤの顔を見る。

 見つめられているとわかったトーヤは笑顔で返す。


 憲兵さえうかつには手を出せない犯罪組織レトロ。

 そんなレトロのボスが『敵に回すな』という目の前の少年。


 人懐っこい笑顔で笑う少年のどこに、そのような恐ろしさがあるのか。


 やはり、ヴィエナには理解できなかった。



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