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偽りの英雄  作者: 考える人
第ニ・五章 王都への旅路
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旅のトラブル②

  

 【ヴィエナ視点】 



 レトロ……!?


 トーヤの発した言葉に私は……いや、私だけではない。

 賊のリーダーでさえも、なぜわかったのか? というように驚愕している。


「……君には聞かなければならないことが、色々とあるようだ。安心したまえ、私の拷問はボスと違って優しい。一日に30分の睡眠は保証してあげよう」


「聞かない方が幸せなこともあるもんだぜ。特にお前らのような下っ端構成員にはな」


 まったく物おじせず、私と馬車で話すときのような軽い口調でしゃべるトーヤ。


 レトロ――

 それはこのシール王国において、裏社会を牛耳る組織。

 数年前に起こった事件で、ライバルだった組織の壊滅を機に、一気に力を伸ばしてきた。

 賞金稼ぎの間でも『捕まえた犯罪者がレトロに所属していると分かれば、即座に開放しろ。まだ生きていたいのならば』と言われるほど。

 薬以外のあらゆる犯罪行為に手を染めるレトロは、王国軍の治安部隊でさえも、まともに対処できないでいる。


 そんなアンタッチャブルな組織だと分かったうえで、トーヤは軽口をたたき続けている。


「私はこの男を連れて先に戻っている。お前たちはいつも通りに後処理をしろ。女のほうは殺してかまわん」


 トーヤが連れて行かれそうになり、さすがにこのまま黙っていられず、抵抗しようとした瞬間。

 トーヤからぼそりと耳打ちをされる。


『暴れるのは少し待て。俺が連れていかれてしばらくするか、殺されそうになったら暴れろ。暴れた後は――』


 すべてを告げると、頼んだぞとでもいうような笑顔で私を見た後、素直に盗賊たちと同行して行ってしまう。



 残った盗賊たちが荷運びの準備を終えると、私のもとへと一人の男がやってくる。

 その男は剣を抜き、私へと向ける。


「ま、恨むんなら自分の実力のなさ、運のなさを恨むんだな。『己が身に降りかかる不幸は、すべて己が責任である』――うちの組織でよく言われる言葉だ」


 実力のなさを恨む……か。

 もし私が、事がうまくいかないのを何か自分以外の責任にしてしまえるような、そんな器用な性格をしていたのならば、そもそもこんなところにいなかったはずだ。

 あいにく私は――


「幼いころから、自分を恨んだことしかないよ。私も、姉さんを超える力が欲しいってね」


『身体強化』


 不意を突き、身体強化で一気に男との間合いを詰める。


『風進打突・無剣』


 私の手のひら上に、小さな風が巻き起こる。

 本来ならば剣を媒介にして使う魔法だけど、今はこのまま使うしかない。

 男の腹にそのまま掌底をくらわせると、数メートル先の木までふき飛び、勢いよくたたきつけられる。


 やっぱり武器がないと、この程度の威力しかでないか。

 とはいえ、場を混乱させることはできた。


 私はまとめられている荷物のもとへと走る。

 何人かは素早く邪魔してきたが、実力のある相手ではなく、簡単に蹴散らすことができた。


 若頭と呼ばれていた男が去っていった以上、この場に一対一で私と張り合える人間はおそらくいない。


 荷物のもとまでたどり着くと、目当てのものを見つけ手に取る。


 それは通常より少し細目に作られた剣。

 鍛冶屋に頼み、私のメインに合わせて特注で作ってもらったもので、私の相棒といってもいい。


 すぐさま鞘から抜き、剣を地面へと突き刺す。


『砂塵旋風』


 渦巻き状に激しい風を巻き起こし、疑似的な砂嵐を作り出す魔法。

 この魔法によって舞い上がった砂が視界を阻み、場を一層混乱させる。


 そのすきに、なんとかその場を逃げ出すことに成功する。





 


 そして私はトーヤに言われた言葉通り、朝出た街に戻っていた。


『暴れた後は――


 今朝出発した街に戻ってこい。おそらく街ぐるみだ』


 街ぐるみ。

 その言葉にずっと疑問を感じていた。


 確かに小さな村であれば、村まるごと盗賊の関係者、なんて話も聞いたことがある。

 しかしこの街は、都市といっても過言じゃない。


 そんな街で、街ぐるみの犯行が行われているとは考えづらい――



 というよう思っていたが、その考えは街を歩いていると消えていく。



 細心の注意を払って、初めてわかる。

 


 監視されている。

 どこに行っても、どこを歩いても見られているような感覚がある。


 一見何の変哲もない、栄えており活気のある町。

 だからこそ、正体のつかめない視線が不気味に感じられる。


 それに街ぐるみが確かなら、盗賊の情報が出なかったのも納得できる。



 しかしどこから探すか……

 これだけ広い街だと、ある程度場所を絞るのも難しい。


 しらみつぶしになるがしかたない。


『聴覚強化』『風流操作』


 風を操り、強化した聴覚でいろんな声を聞き取る。

 特に、隠れて監視している人間の声を重点的に。


『今日はどこに行く?』

『俺……マーヤのことが好きなんだ』

『このコーヒーおいしい!』

『やっべえ、全財産失った』

『僕、どうしてもマーヤのことが忘れられなくて』

『首尾はどうだった?』

『マーヤ……私のマーヤ……』


 風に乗り、多くの会話が私の耳に流れ込んでくる。


 それっぽい会話に狙いを定め、会話を盗み聞きしていく。


『問題ない』

『人質が1人――』

『――様が直々』


 場合によっては時間がかかるかもしれないが、現状私にはこれしか手がない。


 すまないが、もう少し待ってくれトーヤ。

 護衛として、必ず助け出すから――



ーーーーーー


 そこは、決して偶然でたどり着くことのできない場所。

 裏社会においても、かなり深い闇。


 組織レトロのアジトの一つ。

 そこにレトロ所属以外の人間が招き入れられるということは、死を意味する。

 

 それもただの死ではない。

 組織にとって必要な情報を、洗いざらい吐かされたうえでの死。

 

 そんなアジトへと連行されたトーヤの周りには、ありとあらゆる拷問器具がそろえられている。


「トゥーラ様、わざわざあなたが手を下さずとも……」


 トーヤを連れてきた男が、自らの上司である女へと話しかける。

 トゥーラと呼ばれた女は、見た目30代ほど。

 その身にはあきらか、かたぎではない雰囲気をかもし出している。


「この子、あなたの予想ではどこかしらの貴族様なんでしょ? だったら、それなりのVIP待遇にしてあげなきゃ、ね」


「そりゃ嬉しいね。どんなおもてなしをされるのか楽しみだ。場合によっては、親に報告してやってもいいぜ。『ここの人たちは素晴らしい人たちだ』ってな」


 トーヤは椅子に縛り付けられ、一切身動きがとれない状態にもかかわらず、生意気な態度を改める素振りすら見せない。


「貴様、いい加減に――」


「いいから、あなたは下がってなさい。ここからは私の仕事よ」


 そんなトーヤの態度に怒りを示した男をとめたのは、トゥーラと呼ばれた女だった。


「……わかりました。では私はこれで」


 男が部屋を出ていき、残ったのはトーヤとトゥーラのみ。


 トゥーラは、うっすらと凍えるような笑みを浮かべる。

 トーヤもそれに返すように、歯を見せずに笑う。


 その眼だけは、どちらも笑ってはいなかった。



ーーーーーー



 レトロのアジトにて。

 薄暗い廊下で、二人の男が話をしながら歩いている。


「捕まった男の拷問、トゥーラ様が直々にするんだってな」


「らしいな、トゥーラ様は拷問の達人。敵から重要な情報を吐かせることで、幹部にまで上り詰めたお人だ」


「かわいそうに、死体が原型をとどめるかどうか怪しいぜ」


「目ん玉がいくつ残ってるか賭けるか?」


「いいねっごは!?」


「っ!?」


 男のうちの一人が、進行方向へと勢いをつけてふき飛んでいく。

 明らかに人為的なものであり、敵対行動であった。


「誰だっぐ!?」


 もう一人の男は仲間がふき飛ばされたのを見て、あわてて後方を振り向く。

 その瞬間、首を押さえられ、壁にたたきつけられる。


 壁にたたきつけられた男の眼の前には、剣が突きつけられていた。


「その賭け、私にも参加させてくれないか? 賭けの対象は貴様の眼球だがな」


「がっあ……」


「悪いが私はお前たちの言う上司と違って、拷問なんてしたことも見たこともない。もし黙秘なんてされたら、間違ってすぐに殺してしまうかもな」


「わかった!答える!なんでも答えるから!!」


「トゥーラとかいう女の居場所を教えろ――」








「どけぇぇ!!」


『風進打突』


 ヴィエナはトーヤの居場所をなんとか聞き出し、その場所へと向かう。


 風魔法をメインとするヴィエナにとって、狭い廊下は効果的だった。

 風の逃げ場がなくなるため、立ちふさがる敵も、強引に突き飛ばすことができる。


 そうして、聞き出した部屋の近くにまでたどり着く。

 

 そんなヴィエナの前に、トーヤを連行していった男が立ちふさがる。


「まさかここまでたどり着くとはな。あの場から逃げ切れる実力があったならば、とっとと逃げてすべてを忘れて、幸せな生活に戻ればいいものを」


 若頭と呼ばれていたその男は、威圧的な態度でヴィエナを睨みつける。

 敵を前にしながらも冷静な佇まいから、相当な実力者であることは、ヴィエナにとって簡単に察することができた。

 今までのように、簡単に蹴散せるような相手ではないことも明白だった。


 しかし、現在進行形でトーヤが拷問を受けている可能性がある以上、躊躇するという選択肢はない。


「殺してでも、そこを通らせてもらう」


「やってみろ」


 二人の魔法が衝突する。


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