旅のトラブル①
三日後、俺は依頼を出した役所に訪れると、さっそく条件にあった人物が現れたらしい。
とりあえず面会することになり、面会室に通される。
するとそこには、見覚えのある顔があった。
「やあ、数日ぶりだね少年」
「会えると思ったよ」
そこにいたのは、依頼を出した日の夜に朝まで一緒に飲み明かしたヴィエナ・ヴァントだった。
まあ正直予想はついてた。
おそらく、依頼主がどんなやつか確認しておくつもりだったんだろう。
酔ったせいで、ちょくちょく発言が漏れていた。
「募集内容をみて、受けるかどうか悩んでたんだ。割はかなりいいけど、よこしまな考えがありそうな依頼内容だったし」
まあなかったとは言わない。
「一緒に飲んでみて、依頼を受けるかどうかきめることにしたんだ」
「なるほど、で……おめがねにかなったのか?」
「ああ……とても気に入ったよ、きみのこと。依頼をぜひとも受けさせてほしい、トーヤ」
そう言ってヴィエナは手を差し出す。
「こちらこそよろしく、ヴィエナ」
がっちりと手を握り、契約がここに成立した。
その後、募集には三人までと出していたが、すぐに依頼を取り下げ、俺とヴィエナの二人で王都へと向かうことになった。
ちなみに、三日間で借りた二百万を使いきってしまった。
そのため、この街を出る際に五百万ほど借りておいた。
ここから王都までの足として二頭立ての馬車を購入したため、金が足りなくなるのは明白だが、また別の街で借りればいいだけだ。
というようなことをヴィエナに話すと、
「やっぱり貴族なんだねえ」
というように納得された。
実は一か月以上サバイバルしていた、といっても信じてもらえなさそうだ。
ーーーーーー
ヴォルガリーを出て馬車での旅が始まる。
代り映えのない景色を移動する中、大体の時間は馬車を操縦しているヴィエナとの会話を楽しんでいた。
「え、きみまだ16だったの!?」
「そうだ」
「ああー……そんな年下に私は手を出そうとしていたのか」
「出してくれないのか?」
「うーん……10近くも年下の子に手を出すのはなあ……てっきり離れてても、5歳くらいしか変わらないと思ってたんだけど……」
別にこちらとしては全く問題ない。
「手を出すといえば、あのとき酒場でそういう命令してたらどうしてたんだ?」
「依頼を受けるのはやめてたかもしれないけど、君が思った以上に好みの顔だからそれでもいいかなとは思ったね」
そんな冗談を話しながら、旅はなんの問題もなく続いていった。
トラブルが起こったのは、旅を初めて一週間ほどたったころ。
その日も朝に街を出て、優雅に話をしながら旅を続けていたのだが。
時刻はおそらく日中正午あたり。
王都へと続く森の中の街道にて、問題は発生した。
「……囲まれてるね」
「……囲まれてるな」
俺は感知魔法の類は使えない。
だがそんなものを使うまでもなく、森の中に大勢の気配を感じる。
それも四方八方。
「完全な待ち伏せ……賊だと考えるのが妥当か」
「だとすれば、さっきのような近場の大きな街で、賊の情報が手に入らないはずがないんだけどね。色々と聞き込みもしたけど、このあたりに盗賊が出るなんて話は聞かなかった」
「だよなあ。昨日酒場でいろんな話を聞いたけど、そんな話は一切出てこなかったわけだし」
「……また飲んでたのか」
あきれるようにつぶやくヴィエナ。
最近、お金を使うという行為が楽しくてやめられないんだよ。
完全にサバイバル生活の反動だわこれ。
そうやって話していると、森の中に隠れていた者たちが姿を現す。
100近くの人数が馬車を囲む。
内訳としてはほとんどが男だが、ちらほらと女も混ざっている。
進行方向をふさがれたため、しかたなく馬車をその場に止める。
「馬車から降りろ」
リーダーらしき男が、挨拶も何もなく唐突に告げる。
もう賊であることは確定だろう。
「断るといったら?」
ヴィエナが少し挑発するようにたずねる。
「そのときはこの森の養分が増えるだけだ」
そう言ってリーダーらしき男は、右手をすっとあげる。
その合図とともに一斉に賊たちは武器を構え、魔法を放つために手をかざす。
洗練された彼らの動きは、賊というより軍隊に近いとさえ感じる。
「どうする?」
ヴィエナから判断を問われる。
おそらくヴィエナも、こいつらが有象無象の盗賊どもとは違うことに気づいたのだろう。
そこら辺にいるような盗賊ならば、どれだけ人数がいようと力技で何とかしてしまえばいい。
だがこいつらは間違いなく、どこかのでかい裏組織の一員だ。
かなりの手練れっぽいやつもちらほらといる。
下手に手を出すべきじゃないな……
「とりあえず要求に応じるか」
「すまない……」
ヴィエナは護衛という立場にありながら、その役目を全うできないことに申し訳なさを感じているらしい。
俺もさすがにここまでの事態は想定していなかった。
大人数護衛を雇わなかった俺の責任でもあるんだから、そこまで気負わなくてもいいのに。
俺たちが馬車を下りると、傍を離れるよう指示される。
その間に、盗賊たちは素早く馬車の中をあさり始める。
「手際がいいな」
「次喋れば、頭と胴体のお別れをしてもらう」
こっわ……ほめたのに。
しばらく馬車の中をあさると、盗賊のうちの一人がリーダーらしき男に向かって報告する。
「若頭、荷物の中身は単純な金目のものだけです。特に話を聞くべきような品はありませんでした」
「わかった。お前たちはこの場を離れる準備を始めろ。さて、君には我々とともに来てもらおうか」
リーダーの男は俺のほうを向きながら、そう告げた。
「えー……なんで?」
「君が貴族であるということに気づかないほど、私の眼が飾り物に見えるか?」
いや、知らねえけど。
男の瞳なんか、そんなまじまじと見ねえわ。
しかしまあ、手口、手際の良さ、軍隊のように統率された部下。
こいつらの所属組織のめどはついた。
普通の人間ならば、トラウマになってもおかしくないような経験をさせられたんだ。
こっちからも少し驚かしてやるとしよう。
「身代金でもっと搾り取ろうっと腹か。さすが、裏社会を牛耳るレトロはやることが汚い汚い」
その瞬間、空気が凍った。




