ある出会い①
人間だ!人間がいるぞ!!
久しぶりの人間だ!!
こほん……少し興奮しすぎたな。
五王の森を抜け、さらに移動することニ週間。
やっと人里までたどり着くことができた。
ああ、人と会うのは一体いつぶりだろうか?
五王ほどの危険生物はいなかったとはいえ、魔獣に追い回される日々は夜もまともに寝られなかった。
だがそんな日々もこれで終わる。
俺がたどり着いたのは、魔獣の住みかである森に隣接する街。
それにも関わらず、その街は活気にあふれている。
多くの店が立ち並び、宿も充実している。
人と魔獣の境界線、強者が集まる開拓の街『ヴォルガリー』。
れっきとしたシール王国の一部。
この街から西側に一歩でも出ると、そこは未開の土地であり魔獣の領域。
そのため、魔獣退治や開拓を目的とした多くの戦闘系魔法使いがこの街に集まっている。
そんな魔法使いたちに向けて、国からの支援金が出る。
そして魔法使いが、稼いだお金をこの街で落としていくことで成り立っている街だ。
通りを歩く人間には、武装をしているものも少なくない。
俺は小さいころ、無断で三回ほどこの街に遊びに来たことがある。
そのとき受けた印象は、俺にとってかなりいいものだった。
気性の荒いものも多いが、それ以上に豪快でさっぱりした人間が多い。
そんな部分がかなり気に入った。
毎回、影に見つかって強制送還されるまで楽しんだもんだ。
さて、とりあえず風呂行くか。
俺の体、相当臭いんだろうな。
通り過ぎる人間がみな、鼻を抑えてしかめっ面になる。
やめて、俺をそんな汚物を見るような目で見ないで。
ーーーーーー
「あ゛あ゛あ゛~癒されるわ~~~~~」
公衆浴場の湯船につかり、たまりにたまった疲れをとる。
この公衆浴場だが、戦闘で疲労のたまった魔法使いたちのために、国からの支援金によって無料で開かれている。
俺は別にこの街の魔法使いというわけではないが、未開の土地方面から来たんだし問題ないだろ、うん。
「よう兄ちゃん、どうだった今日は?」
まったりと一人でくつろいでいると、近くで湯船につかっていたおっさんに急に話しかけられる。
どうやら、一仕事終えて帰ってきた魔法使いと勘違いされたらしい。
「上々だよ。運がよかったとはいえ、とんでもない強敵もしとめられた。久しぶりの風呂が気持ちいいのなんの」
「へえ、数日がかりの仕事だったのかい。若いのにたいしたもんだ」
「いやいや、俺の倒した敵なんて兄貴や妹の手にかかれば指一本で倒しちまうんだよ」
冗談抜きでな。
「あんたも兄妹が優秀でコンプレックス抱えてるタイプか。たしかあの風使いもそうだったな。まあこの街はそんなふうになんか抱えてる人間は多い」
「おっさんもか?」
「ああ、俺はこの家業にはまりすぎてよ。かみさんに逃げられちまったうえ、娘には親子の縁切られちまった」
「「ハハハハハ!!」」
笑い事じゃない気もするが、つい先ほどあったおっさんと大声で笑いあう。
ああ、やっぱこうやって人と話せるのはいい。
森の中にいたときは、話し相手が俺の残飯を食い漁るネズミぐらいだったからな……
ーーーーーー
さてと、風呂入ってさっぱりしたし次は金の調達だな。
やっと人類の生活圏内に入ってきたのに、無一文というのはつらいものがある。
え、働いて金を稼ぐのかって?
バカ言っちゃいけませんよ。
俺はお貴族様だぞ、天下のヘルト家だぞ。
最近自給自足生活が長すぎて、自分が貴族だということを忘れかけてた時もあったが。
そんな俺が向かったのは、生活に困る魔法使いたちにお金を貸し付ける貸金業の店だ。
中に入ると順番待ちの人間が何人かいたため、俺も席に座り順番を待つ。
その間、店の制度とか方式が書いてある紙を見ていたが特に変わったルールはない。
ごく一般的な店だ。
しいて言うなら、この街で魔法使い登録している魔法使いは金利が少し低くなるということか。
まあ俺には関係ないが、ありとあらゆるところでこの街は魔法使いを優遇している。
街の発展に貢献してるし、当たり前と言えば当たり前なのだが。
一時間ほど待つと、ついに俺の順番がやってくる。
受付にいたのは若い女の人だった。
その女の人は懇切丁寧に説明をしてくれる。
「――ということで説明は以上となります。なにか不明な点はありませんか?」
「いや、大丈夫だ」
「かしこまりました。では今回の融資額ですが――」
「百万で」
「……」
俺の言葉に、受付だけではなく周りにいたものも思わず口を閉ざす。
「あの、申し訳ありません……先ほども説明しましたが一回での融資の限度額は20万までとなっております。さらにあなた様は初めての融資ということで、10万までしか融資することができないんです」
受付は困ったように話し、周りの人間もあきれるような目で俺を見る。
「第34条、特定の身分の者(国から特別な地位を認められた者)は、その身分をはっきりと証明できるのであれば、前述の限度額は適用されない――ってルールじゃなかったっけ?」
俺はさきほど読んで覚えたルールを暗唱する。
これを聞いた受付の人はさらにいぶかしげな顔になる。
きたねえ服着た若い男が、自分は貴族だと言い張ってりゃそんな顔になるのもしょうがないか。
「……なにか証明できるものはお持ちですか?」
そういわれて俺は、懐からペンダントを取り出す。
手のひらサイズよりも少し大きめのペンダントで、ヘルト家の家紋にも使われている龍の絵が描かれている。
これは俺がヘルト家の人間だということを証明するためのもので、これだけはどこに行こうと常に持ち歩いている。
ペンダントを受付の女の人に渡すと、一瞬のうちに表情が変化する。
「龍の紋章って……英雄家の!?」
英雄家という言葉に、周りにいた人間もざわつきだす。
「おい、今英雄家って言わなかったか?」
「まさか、こんな辺境の土地にくるわけないだろ……」
「あんな汚いやつのわけあるか」
きたんだよなこれが。
それもさらに辺境の土地から。
最後の汚いっつったやつは顔覚えたからな。
「……あの、申し訳ありませんが私の一存では……店の責任者をお呼びしますので、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
先ほどまでの慣れた接客が急にたどたどしくなる。
「いいよいいよ。なんならこのペンダント、持って行ってその責任者に直接見てもらえばいいから」
「は、はい!」
ビビりすぎだろ……
受付の女の人は、割れ物をあつかうかのように慎重にペンダントを両手で運ぶ。
そのままさらに奥の扉へと入っていった。
どうやら扉は完全な防音ではないらしく、地獄耳の俺にはわずかながら中からの会話が聞こえる。
「あの店長、これなんですが……」
「ハハハ、ありえないよそんなこと。よりにもよって英雄家だなんて」
「でもこのペンダントは……」
「いいかい?貴族の証明道具には何らかの特別な魔法技術が施されているんだ。それも、英雄家ほどになれば普通の人間にはとても模倣できない技術が施されている。だからこれが偽物かどうかなんて簡単に………………ん!?」
「店長?」
「ん?んんん!?……ん、んん!!」
「あの、店長?」
「君!今すぐそのかたをVIP室に案内するんだ!!」
……というわけで、
VIP室に案内されました。
さすがVIP室というだけあって、小綺麗な装飾がなされている。
「まさか英雄家のトーヤ・ヘルト様だとはつゆ知らず、無礼な態度をとってしまい申し訳ありません」
さっき店長と呼ばれていた男が、深々と俺に向かって頭を下げる。
別にそんな無礼をされたわけでもないけど。
「融資の件ですが、トーヤ様の納得のいく金額でかまいません。今すぐおいくらでも融資させていただきます」
「じゃあ百万で」
「かしこまりました。それではこちらにサインをお願いします」
そういって渡された書類にサインを書き込む。
ん、なんだこの項目?
俺は気になった項目を読む。
……ああなるほど、要するに取り立て先はどこにするかって話か。
ヘルト家の本家にしときゃいいや。
連帯保証人……ホクト・ヘルトっと。
※トーヤはこの件について後にめちゃくちゃ叱られます。




