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偽りの英雄  作者: 考える人
序章 始まりの日
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開幕



 だーくそ、いてえなちくしょう。

 俺はマヤから放り投げられた紐を使い、なんとか歯と片腕で傷口をしばる。

 というかこれ大丈夫か? ちゃんとくっついてくれるんだろうな。


 しかし、まじで放置されるとは思わなかった。

 一度マヤとの関係性を考え直した方がいいのかもしれない。


 俺は痛みと共に熱を帯びる腕を抑えながら、マヤたちのいる方へと向かう。




 マヤとケルト、二人の元までたどり着くと、まだ戦闘にはなっておらず、お互い少し距離を開けて向かい合っていた。


「もう一度聞きます。おとなしく降伏する気はないんですね?」


 どうやら交渉中らしい。

 個人的な希望としては腕の恨みもあるし、はよボッコボコにしてほしい所だが、俺は大人なのでちゃんと我慢する。大人なので。


「ない! 例えこの命が果てようと、英雄家(貴様ら)への復讐心が消えることはありえない!」


 とんでもない執念だな。リアルで『この命が果てようと』とか言ってるやつ初めて見たよ。

 よくもまあここまで恨まれるもんだ。

 なにしたんだ親父のやつ。結婚を約束してた彼女でも寝とったのか?


「それでは多少手荒になるかもしれませんが、身柄を拘束させていただきます」


「拘束するだと? たかが一介の使用人ごときになにが――」


 なにができる――的なことを言いたかったのだろう。

 しかしそれを言いきるよりも速く、マヤがケルトの目の前に移動していた。

 それこそ、手を伸ばせば触れることのできる距離まで。


「っ!? ばかなっ!?」


「今のが見えてなかったとしたら、あなたが私に勝てる道理はありませんよ」


 そう告げると同時に、マヤはその場でくるりと回り、使用人服が(ひるがえ)る。

 その回転した勢いを利用して、鋭い蹴りが繰り出された。要は回し蹴り。

 ただその速さと勢いは、一介の使用人が出せるレベルのものではない。

 

「グウッ!」


 ケルトも必死に反応し、なんとか剣を盾にして防ごうとするが、マヤの蹴りが剣身を折り、そのまま身体に突き刺さる。


「ガッ……!!」


 たった一発の蹴り――それだけでケルトは膝をつき、少なくない量の血を吐く。

 攻防とも言えない一瞬の動きだけで戦闘が終わる。

 

「身体強化、だと……!? ゲホッ、ありえない! たかが使用人ごときに使えるような魔法では――」


 マヤが使ったのは身体強化魔法。

 言葉通り、身体機能を上昇させる魔法。

 ケルトのほうも使用していたようだが、この結果が示すように、同じ魔法でも圧倒的にマヤの方が練度は上だ。

 ちなみにこの身体強化魔法、詳しいことは省くが、かなり高度な魔法であり、そう簡単に使えるものではない。

 よくある失敗例で言うと、全身至る所の骨が折れる。

 

 当然俺は使えない。


 だからこそケルトは驚愕している。

 一介の使用人がそのような高度な魔法を使ったことに、それも自分をはるかに凌駕するレベルで。


「久しぶりに使ったため加減がききませんね。もう少し抑えますか」


 そこへマヤのさらなる追い打ち。

 これでもまだ手加減してるんですよ――的なセリフを口にする。

 やめてやれよ……ケルトのやつ、すっげえショック受けたって顔してるぞ。


「ばかな……私のこれまでの日々は何だったんだ」


 ほらみろ。なんかブツブツ言い始めた。

 気持ちはわからんでもないけど。


「あなたは英雄家の存在をみくびりすぎている。事実として、私が来る前に、あなたはトーヤ様を殺す時間は十分にあった。にもかかわらず悠長に敵の話に耳を傾け、たかが一介の使用人だと私のことをみくびった。それゆえに、今こうして追い詰められている。例え使用人だろうと、魔力のまったくない人間であろうと、英雄家の関係者になめてかかれるものなど存在しない」


 その言葉が言い切られると同時に、俺はマヤの元へ歩いていく。


「トーヤ様、骨折した手は大丈夫ですか?」


 俺が近づいてきたことに気付いたらしく、マヤがこちらに振り返る。


「手なら向こうのほうに転がってるよ。後で回収しといてくれ。しかしまさか、問答無用で殺されかけるとは思わなかった。腕一本ですんだのはラッキーだったな。まあ今回の件で、骨折も治してもらえるだろうし、結果的に考えるとプラスか」

 

「今回の件をプラス換算できるとか、倫理観と常識がバグってません?」


「切り落とされた手の骨折を第一に心配するやつが倫理語るんじゃねーよ。ああ、あとそれと、魔力がまったくないってわけじゃねーから。少しはちゃんとあるからな」


 そこは勘違いしないでもらいたい。魔力が少ないとはいえ、これでも魔法使い(自称)だ。


「いやいや、トーヤ様の魔力なんて私からすればほぼ無に等しいですから。ハエと同等みたいなものです」


「さっき英雄家の人間なめてかかるなっつったのどこの誰だ?」


「とりあえずあの男の身柄を拘束しますね。詳しい事情も聞きたいですし」


 こいつ、露骨に話そらしやがって。


「さきほどの蹴りだけで、実力差も十分に理解したはずです。おとなしく投降して下さい。素直に事情を話すのであれば、旦那様も悪いようにはしないでしょう」


 マヤは今だ立ち上がらないケルトのほうに向きなおり、投降するように勧める。

 まあ悪いようにしないとはいえ殺人未遂だからな。それも貴族の子供に対しての。

 さて、これで相手がどうでるか……


「……………………ふざけるな」


 ぼそりと、小さな声でつぶやかれたケルトの言葉。

 しかしそれは、明確な拒否宣言に他ならない。


「ふざけるな! あいつはクレア様を自分勝手な理由で殺した!! あの人は本気で愛していたんだ……それを!――こうなったら、せめて貴様らだけでも葬ってやる!!!」


 ……なぜ?

 

 そこはがんばろうよ。

 その執念、俺じゃなくて親父にぶつけようよ。

 親父は無理だから代わりに俺を葬ろうとか、まさにお前の言う自分勝手じゃねえか。


 ケルトが叫んだ瞬間、その体の表面から白い光のようなものがあふれ出す。


 あれ、ちょっと待って。

 これどう考えてもやばいやつじゃね?


「トーヤ様!」


 そんなケルトをみたマヤが慌てて俺のほうに近づき、ケルトから盾になるように抱き込む。


「『我が身を喰らい・万物を滅ぼせ・空破(くうは)』」


 ケルトが呪文を唱えた瞬間、あたり一帯が爆炎にまきこまれた。


 

















 しばらくして目を開けると、あたり一面が焼け野原と化していた。

 半径数メートル内を除いて。


「ご無事ですか?」


 そうマヤが問いかけてくる。

 どうやら二人とも無事だったらしい。


 俺とマヤを中心にして半径数メートルほどの透明な球体ができており、その球体の内部だけ何事もなかったかのような状態のまま。

 これは戦闘に使う魔法としては、初歩の魔法である防御魔法だ。

 しかしこの魔法は使用する人間の魔力量によって、その質がかなり変化する。

 多少の例外はあるが、魔力量が多ければより硬く、少なければより(もろ)く、といった具合に。

 

 ちなみに言うまでもないが、俺の防御魔法は紙装甲だ。

 子供のデコピンで割れる。


「自爆したのか?」


 俺はほとんど確信をもってマヤにたずねる。


「ええ、そうですね。いわゆる禁忌とされている魔法の一種です。……まったく、最後の最後まで英雄家をみくびった男でした。自分の命一つ捨てれば殺せると、本気で思っていたようですから」


 先ほどと同様に、もうこの世にいない人間に対してきつい言葉をぶつけるマヤ。

 

 しかし、ほんのわずかではあるものの、その表情は先ほどとは違い、どこか悲し気に見えた気がした。











 ちなみに、切られた腕は爆発に巻き込まれる寸前に、マヤが回収してくれていた。

 あの一瞬でよくそこまでできたもんだ。

 

 屋敷に戻った後、腕は元通りにくっつけてもらった。

 なんと骨折は治さずに。


 さすが英雄家お抱えの医者だ。

 器用なことしやがる――




 いや治せよ。




 

 ヘルト家トーヤ直属使用人 マヤ vs ケルト・オーディル ???


 勝者 マヤ

 ケルト・オーディル 自爆により死亡


ーーーーーー




「――という経緯で、二人は無事だったものの、襲撃者には死なれてしまったとのことです」


「そうか、情報を手に入れられなかったのは痛いな……」


 ヘルト家当主ホクトの執務室にて、ホクトと、年をとってはいるがそのたたずまいに威厳を感じさせる一人の男が、トーヤ襲撃の件で話をしていた。


「聞けば、トーヤに魔法の才能がないという情報まで漏れていたそうだな」


「はい、そこまで探り出せるとなると、やはり組織的な可能性が高いかと」


 トーヤの才能がないという事実は、英雄家のなかでも機密性が高く、ましてや外部で知るものなど、王家のような例外を除けば存在しないはずだった。


「組織的となると、これからも襲撃が続く可能性があるな。今回はマヤが間に合ったからよかったものの……」


「学園に通いだすと、マヤがそばにいられない時間も増えるでしょう。よろしければ『影』から、同年代の優秀な者をトーヤ様の護衛にあてましょうか?」


「そんな優秀な人材がいるのか?」


「はい、一人だけ群を抜いて才のある者がおります」


「ならばその者にトーヤの護衛をまかせる。学園の理事長には私が直接話をつけておく。あとで資料をまとめてよこしてくれ。頼んだぞ、トレイド」


「かしこまりました」


 そういってトレイドと呼ばれた男は部屋を出る。


 一人になったホクトは椅子にもたれかかり息を吐く。


 “クレア”


 またなつかしい名が出てきたものだ――

 

 目を閉じ、ホクトは過去を振り返る。

 それにより抱く感情がどのようなものなのか。

 

 今はまだ、ホクト本人以外には知る(よし)もない。






ーーーーーー




 ――ある組織の、とある室内にて



「ケルトの姿が見当たらない?」


「ああ、今朝から姿が見当たらんらしい。あいつは人一倍オーヤの一族……今は英雄家といったか。それに恨みを持っていたからな。情報を手に入れ、我慢できずに飛び出したのだろう」


 一組の男女がお互い別のソファーに座り、向かい合って言葉を交わす。

 女の方はまだ少女と呼べる年齢であり、美しい金色の髪が特徴的な少女。

 男の方は40代ほどの見た目であり、年齢とともに重ねた威厳をその風貌から感じさせる。


「あれだけ先走るなって言っておいたのに……」


 少女は歯を食いしばり、怒りや悲しみの混ざった複雑な表情を浮かべる。


「やつのことも気がかりだが、忠誠心の強かった男だ。間違っても情報を漏らすことはないだろう。それに、今はそちらに気を向ける余裕が無いのはわかっているだろう?」


 その言葉で、少女の目がとたんに険しいものへと変わる。


「ええ、私たちの存在が感づかれ始めてる……そうでしょ?」


「ああ、君の父は愚王ではない。すぐに私たちの存在も露見するだろう。そうなる前に、私たちの悲願を達成する」


「もちろんよ。“英雄家の撲滅”――なんとしてでも叶えてみせる」


 少女のその言葉は、夢物語を語るようなものでは決してなく、絶対に成し遂げてみせるという強い意志を持って放たれた。



 

 さまざまな因縁が絡み合い、静かに激動の時代が幕を開ける。

 トーヤ・ヘルトも否応なく、その激動に巻き込まれていく。 



 時代に訪れる大きなうねり。

 そのうねりと共に、英雄は生まれる。

とりあえず序章はこれで終わりです。

次から第一章。トーヤの活躍(笑)をご期待ください。

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