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偽りの英雄  作者: 考える人
第ニ・五章 王都への旅路
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五王の森②


 さて、情報収集を初めて約一ヶ月がたった。

 一ヶ月だ、ふざけんなちくしょう。

 長期休暇終わったわ。


 魔獣の細かい縄張り、この森に生息している動植物、五王の移動周期などなど。

 この一ヶ月間、五王の情報を得るために生きるか死ぬかのギリギリのラインを何度もまたいだ。


 その甲斐もあって、なんとかこの森から抜け出せる算段がついた。

 そのための準備も整った、勝率を上げるためにできることはすべてやりつくした。

 あとは正直言って運だ。


 さあ、始めるか。



ーーーーーー



 一際高い木に登り、かなり遠くの位置から五王の一体である『イーリー』を確認する。

 余談だが、長い森暮らしのせいで少し前より視力がよくなったような気がする。


 ちなみに魔獣の姿形は不気味なものが多いが、そのほとんどが何かしらの動物と似通った面を持つ。

 そのため、似通った動物に近い名前を付けられるものが多かったりする。

 五王も例外ではない。

 それは亀だったり、獅子だったり、狼だったり。


 だがこのイーリーだけは別だ。

 体長はサイレントタートル並み。

 蛇のような長い胴体を持ちながら、その胴体からは無数の手足が伸びている。

 顔は毛で覆われており、眼球は一つでそのほとんどを黒目が占める。

 複数の長い牙に、太く長く伸びる舌、さらには背中?のあたりに小さな黒い羽のようなものまで生えている――が空は飛べない。


 欲張りセットかよ。

 いったい何を目指して進化したのかまったくわからない。

 一言で言ってしまうとグロテスクだ。


 だが今回の作戦の第一段階はこいつにかかっている。

 数日観察してわかったが、イーリーは五王の中でも一番頭が悪い、言っちゃあ悪いが。

 だからこそ俺の作戦の第一段階に使えると考えた。


 今俺の制服には、小さめのメスのイーリーから死ぬ思いでゲットした汗を塗りたくっている。

 そんなことをすれば普通はどうなるか?

 今見えている鼻の利くイーリーが、俺をメスのイーリーと勘違いして、この距離からでも全力で追ってくること間違いなしだ。

 交尾目的で……


 それなのに今イーリーが追ってこないのは、それ以上のきつい匂いがする木の実を手に持っているからだ。

 これが制服の匂いを上書きしてくれている。

 

 ギンチョウの実

 臭い、とにかく臭いことで有名。

 大概の生き物が近づきたがらない。

 

 このギンチョウの実を、森の植物を調べているときに見つけた。

 これを使えば鼻の利く魔獣を欺いて逃げ切れるかとも思ったが、そんなに甘くはなかった。

 『レオリオン』はギンチョウの実などもろともしないし、『マーダーウルフ』は匂いはごまかせても、数の暴力により視覚的にどうしても見つかってしまう。

 ちくしょう。


 話が逸れた、とりあえず今から第一段階の開始だ。


 俺は手に持っているギンチョウの実を――



 適当な方向におもいっきりぶん投げる。

 そんなことをすればどうなるか?


「グラァアアアアアアアアアア!!!」


 このように、イーリーがとんでもない奇声を上げ猛スピードで俺の方向へと向かってくる。


 きたきた!!逃げろ!!


 俺は一気に木を下り、意図した方向に全力で逃げる。

 十分に距離はあった。

 俺の計算ではおそらくあの場(・・・)に駆け込むにはぎりぎり問題ないはず。


 それでも、まるで死神が追ってくるかのような恐怖を背中にひしひしと感じる。

 俺を追っているのが、世界で五体しかいない強さを持つ魔獣だということを改めて理解させられる。

 まあ実際追い付かれたら間違いなく死ぬわけだが。


 持てる力をすべて出し、全力で走り続ける。

 1㎞ほど走り続けたとき、そろそろ一つ目の賭けが始まる。


 それは、イーリーとレオリオンの縄張りの境界線を、イーリーが越えるかどうか。

 この境界線を越えるか越えないかで、大きく作戦が変わってくる。

 普通なら境界線を越えることは絶対にないが、今回のイーリーはフェロモン効果でかなり興奮しているためきっと境界線を越える……はず。

 それにアホだし…… 


 逃げながら、後ろを見てイーリーが越えるかどうかを確認する。

 もう境界線はすぐそこだが、スピードを落とす気配はまったくない。


 そしてついに、俺の希望通りイーリーはレオリオンの縄張りへと足を踏み入れる。


 よし!!第一段階は成功だ。


 そしてまた前を向き、全力で走る。


 走る。


 走る。


 走る……あれ?


 おかしい、あいつ(・・・)が出てこない!!


 やばいやばいやばい!もうほとんどイーリーに追い付かれかけている。


「グラアアッシャアァァァァアアアア!!!」


 勘でしかないが、観念しろ的なことを言われている気がする。

 というか普段からそんな感じでメス追いかけてんの!?がっつき過ぎだろ!


「おい!なんでだよ!?俺の時は一瞬で現れたくせにあのクソライオンめ!!」


 そんな恨み言を吐いていると、その目当ての奴がやっと現れた。


 イーリーよりは一回り小さいが、その魔獣の発するオーラがその魔獣を実物よりも大きく見せる。

 ライオンの見た目を三倍ほど怖くしたような見た目で、顔の色は黒色に近く不気味な雰囲気が醸し出ている。

 それでいてどことなく気品を感じられるような佇まいは、まさに王者そのもの。


 五王の中でも一際プライドの高いと言われる『レオリオン』だ。


 ちょっと予想より遅かったが、自分の縄張りに侵入されて、プライドの高いレオリオンが黙っているわけがない。

 俺は制服を脱ぎ、丸めてレオリオンに投げつける。

 そしてすぐに、レオリオンのいる方向と反対方向へ逃げ出す。


 当然レオリオンは俺へと敵意を向ける。

 が、そこにフェロモンのついた制服に向かうような形で、イーリーがレオリオンにぶち当たる。


 五王同士の衝突の余波、数メートルほど離れた場所にも強く感じる。

 こうなりゃもうちっぽけな俺の存在なんて忘れて、五王同士の戦いが始まる。


 縄張りに侵入されたレオリオンはぶちぎれてる。

 イーリーも、わいのメスはどこや!?とばかりにぶちぎれている。


 数メートルほど離れていただけでは、間違いなく巻き込まれると判断し、さらに二匹から距離をとる。

 さすが五王、予想以上に両者の戦闘が激しい。


 とりあえず第二段階も成功だ。


 さて次だ。


 俺は近くのできるだけ高い木に登る。

 当然、空を飛んでるスクープホークには気をつけながら。


「あーあー、ヴン!!」


 のどの調整をし、


「ウオーーーーーン!!ウオーーーーーン!!」


 俺はマーダーウルフの縄張り方向に向かって吠える。

 今のはマーダーウルフが仲間を呼ぶときに使う遠吠えだ。

 俺は何度もマーダーウルフに追われたせいで、あいつらの使う鳴き声の意味をすべて理解し、微妙な音の差もすべて把握した。

 そしてその鳴き声を、完全にマネすることができるようになった。

 この声マネでマーダーウルフが来るかどうかは、実験で試してすでに成功している。


 では仲間を呼ぶときに、その仲間の声が自分たちの縄張り外からでも、境界線を越えて仲間のもとへ向かうのか?


 答えはイエスだ。

 これも数日前に試してみてわかっている。

 マーダーウルフは仲間を大切にする。

 その習性を今回は利用させてもらう。


 ここはマーダーウルフの縄張りからも近い。

 そのため一分ほどで数頭のマーダーウルフが現れる。


 不用意にこの場に現れ、イーリーとレオリオンの戦いに巻き込まれてしまったマーダーウルフが、吹き飛ばされたり叩き潰される。

 そんな仲間の様子を見て、自分たちの手に追いきれないと判断したマーダーウルフたちはさらに仲間を呼ぶ。


「ウオーーーーーン!!ウオーーーーーン!!」


「ウオーーーーーン!!ウオーーーーーン!!」


 その鳴き声から数分、ズシンズシンという足音と共に、今までのマーダーウルフより何倍もでかいマーダーウルフが現れる。

 体格はレオリオンとほぼ変わらず、圧倒的な存在感を伴っている。

 間違いなくアレが群れのボスだ。

 五王と呼ばれているマーダーウルフはこいつだ。


 マーダーウルフのボスはゆっくりと現れたかと思うと、今度は一気にスピードを出してイーリーとレオリオンの戦いに参戦する。


 五王同士の戦いは拮抗し、三つ巴の状態ができあがる。


 第三段階も問題なく成功。


 この森は秩序がしっかりとしすぎている。

 お互いが領土を決め、不可侵にして不干渉。

 すべてが安定しているため、獲物が逃げ切れるというイレギュラーが起こらない。

 どこかの縄張りで狩られる。


 ならば混乱を起こせばいい。

 今まで起こらなかったはずの事態を起こし、混乱を招く。

 その混乱に乗じて逃げ出すのが、今回の俺の作戦だった。


 ほぼほぼ俺の予想通りに物事が進み、ほとんど完璧といっていいほど作戦は成功した。

 後は今のうちに森を抜け出せばいい。


 そう考え木を下りようとした時、イーリーが動いた。


 何十本とある手足を地面に突き刺す。

 次の瞬間、数十メートル四方の地面が黒い液体状の何かで覆われる。

 

 イーリーの体内から分泌された何かであることは間違いない。

 こんな見るからに毒々しい色の物体を、踏んで歩いていくのはごめんだ。


 しかもその液状の物体はどんどん高さを増し、俺の身長が完全に埋まるぐらいの高さになる。

 近くにいた普通サイズのマーダーウルフたちはこれに飲み込まれる。

 少しの間、苦しそうにもがいたかと思うとすぐに動かなくなった。


 やべえ、完全に毒だ……くっそ、しかたない。

 こうなったら木をつたって移動するか。


 移動できそうな木を探し辺りを見回すと、おかしな光景を見つける。

 森の奥のほうで、何かが木々をなぎ倒していくような光景。

 それはどんどんと近づいてくる。


 さらにおかしいのは、あれだけ派手に木々がなぎ倒されているにも関わらず、その音が一切聞こえないこと。

 いくら五王同士の戦いが激しいと言っても、こうも音が聞こえないものか……?


 



 ――まさか!?


 俺は大慌てで隣の木へ乗り移る。


 間一髪だった。

 隣の木へ手をかけた瞬間、上下に揺れるような震動と、木々がなぎ倒される音がいきなり発現する。

 そして先ほどまで乗っていた木がなぎ倒されると同時に、五王の『サイレントタートル』が現れる。


 は!?なんでこの亀がこんなとこに出てくるんだよ!?

 お前の縄張りはもっと遠くだろうが!!


 サイレントタートルの縄張りは、森を抜け出すのにそれほど問題のない場所であったため放置していた。

 なのにわざわざ、縄張りからも遠いこの場に現れ、五王同士の戦いに参戦していく。


 訳が分からん!


 とにかくまずいことになった。

 超重量級の参戦で地面が激しく揺れ、木から振り落とされないようにするのが精一杯で移動なんてできやしない。

 くっそ、逃げる算段が丸つぶれだ。


「ピューーーーイ!!」


 ……おい、なんださっきの妙に甲高い声は。

 空のほうから聞こえた気がするんだが……


 俺は木にしがみつきながら恐る恐る空を見上げる。


 

 ……案の定でした。


 五王のスクープホークが、五王同士の戦いの場に向かって急降下しています。

 ほんとなんなんでしょうねこいつら。

 そんなに戦いたいのかお前ら。


 五王全てがそろい、戦いはさらに激しさを増す。

 

 あきらかにえげつない魔法をバンバン放っていく。

 致死性の攻撃をとんでもない方法で避ける。

 地形すらもどんどんと変わっていく。

 目玉をえぐられようが、羽をもがれようが、足を何本か失っても戦い続ける五王。


 その近くで、巻き込まれないように必死に木々を移動する俺……


 


 そんな戦いが数時間ほどたったころ、ついに決着がついた。

 レオリオンを残して、すべての五王が命を失い地面に転がっている。

 残ったレオリオンも片目を失い、後ろ脚がまともに動いておらず、ふらふらしている。


 それでも、俺の姿を見つけると脚を引きずりながら向かってくる。

 俺は木から下りる。

 

 イーリーの出した毒のようなものは時間がたったからか、地面に吸い込まれていった。


「やめとけ、今のお前なら俺(の魔法陣)でも勝てる」


 無駄だとはわかっていても、ボロボロになった『王』の姿に、そんな言葉を投げかけてしまう。

 通じるはずもない、理解されるはずもない。

 

 レオリオンは止まることなく、俺へと近づいてくる。


 俺のことを食料としてしか見ていないのか、それとも王者のプライドか。

 逃がしてくれないというのならば、使わせてもらう。

 俺は今持っている最後の魔法陣を取り出し、魔力を込める。


氷槍刺突(ひょうそうしとつ)


 魔法陣から、先のとがった分厚い氷が現れ、レオリオンの腹部を貫く。

 普段の状態ならともかく、今のケガでは避けれるはずもなかった。

 

「グルウゥゥ……」


 か細い声で鳴きながら、眠るように息を引き取った。


 これでおそらく、数百年ほど生きた現役の五王はすべて死んだことになる。

 次にこの五王の森を治める魔獣が決まるには、しばらく時間がかかる。

 順当にいけば五王の子孫だろうが、もしかしたら別の魔獣が名乗りを上げるかもしれない。

 なんにせよ、しばらく混乱が起こるのは確かだ。


 しかしまあ、考えてみればひどい話だよな。

 俺みたいなわけのわからんやつがいきなり現れて、殺し合いさせられて。


 最後までわからなかったのが、なぜあの場でスクープホークとサイレントタートルが現れたのか。

 あいつらにとって、戦いに参戦することは何のメリットもなかったはずだ。

 

 それも途中で逃げればいいものの、五王のすべてが死ぬまで戦いやがった。

 五王のプライドなのか……


 もしかしたら、不可侵のような関係を築いていても、五王の本能が戦いの場を求めていたのかもしれないな。

 ま、俺は魔獣研究者でもないし憶測でしかないが。

 

 さて、さっさとこんな恐ろしい森からおさらばするか。




 数日後、俺は無事『五王の森』を抜け出すことに成功した。



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