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偽りの英雄  作者: 考える人
第二章 修業らしきもの
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オーヤの絵



 特に荷物の準備などすることはない。

 ほぼ拉致同然でこの村に連れてこられたんだ。

 荷物なんてあるわけない。


 俺は連れてこられたとき同様、学園指定の制服に腕を通す。

 

 メリダの角を折ることに成功してから三日がたった。

 まだ俺は鬼族の村にいる。


 角折ったらすぐ帰るって言ってたくせに、この三日間何してたかって?

 

 そりゃもうお別れということもあって、一日中飲めや食えや歌えや騒げや。

 初日以上に村全体で大騒ぎだった。


 そして今日やっと村を出る。


 せっかく与えられた二か月間もの長期休暇を、一か月半近くこの村で消費してしまった。

 本当なら今ごろ別荘で優雅に釣りでもしていた予定だったのに。


 とはいえ、この村での生活はそれほど悪くなかった。

 気持ちのいい奴らとバカ騒ぎして、何度も死にかけて、何度もぼこぼこにされて……いや、やっぱくそだったわ。


 まあまだ休暇は半月ある。

 その半月でこれでもかというほど満喫すればいい。

 

 


「トーヤくん、おばあちゃん戻ってきたよ~」


 外からソフィーの呼ぶ声が聞こえる。


 帰りも行きと同様、灰竜に乗って王都まで一気に帰る予定だ。

 そのためメリダが灰竜を連れてくると言って、外に出て行っていたがどうやら戻ってきたらしい。


 俺は長らく世話になった部屋を出て外に向かう。


 外に出るとメリダの姿はあったが、嫌でも認識するであろうでかさの灰竜は見当たらなかった。

 

「おい、竜はどこだ?連れてきたんじゃないのか?」


 そんな俺の言葉にメリダはバツの悪そうな顔をする。


「いや~実はそのことなんだが……」


 何かを言おうとしているメリダだったが、どうにも歯切れが悪い。


「なんだよ、なにかあったのか?」


「なあ、最近寒くなってきたと思わないか?」


 なんだその質問?

 灰竜となにか関係があるのか?


「まあ確かに少し肌寒くなってきた感じはするな」


 この村はかなり標高が高い所にあるし、位置的にも少し冬が来るのが早い。

 王都なんかは、きっとまだ夏が抜けてきたかなってところだろうけど。


 というか俺が聞きたいのはそんなことじゃない。


「そんなことより竜はどうしたんだって」


 俺が少しイラついているように言うと、メリダは覚悟を決めたかのような顔になる。


 ……なんだよ、なにをそこまで。


「竜は――






 冬眠するんだ」


 

 …………あーはいはい、なるほど冬眠か。

 そうだ、確か竜にも一部冬眠するやつがいるんだった。

 灰竜も冬眠しちゃったか。

 そっかー……




 どうやって帰んの俺!?


「いや待て待て!いくらなんでも早すぎるだろ!!」


「いやあ、思った以上に冬眠の準備期間に入るのが早くてな。今月いっぱいは持つと思ったんだが、もう栄養たくわえ始めちまった。というわけで長距離飛行はできない状態なんだ、ハッハッハ」


 ハッハッハ、じゃねえよ!!


「は、おい!!ちょっと待て。灰竜の送迎がなしでどうやって帰れってんだ!?」


「……歩き?」


 ふざけんな!


「いけるわけねえだろが!歩きってことはあの森(・・・)を抜けなきゃなんねえってことだろ!?」


「まあそうなるな」


 ふざけんなおい、歩いて帰ってたら長期休暇なんて余裕をもって終わっちまう。

 とはいえ、冬眠から目覚めるのを待っていたら最低でも四ヶ月近くはかかる。


 しかも歩きであの森(・・・)を通るとかただの自殺志願者でしかない。

 まだメリダの特訓を受け続ける方が生存率高いぐらいだ。


「なに、お前なら何の心配もない。私の頭おかしい特訓を乗り切ったんだから」


 あ、自覚あったんだ。



 その後も、無理だと言い続けたがそれ以外に方法はなく、結局地道に徒歩で帰ることとなった。


 ……フ〇ック。



ーーーーーー



「また来てね!!」


「また飲み比べしようぜ!!」


「トーヤ、ちゃんと約束守ってくれたのか!?」


 トーヤの見送りに多くの鬼が集まり、各々がトーヤに言葉を贈る。


「ほら、これは餞別だ」


 そういってメリダは、トーヤに小さめの袋を渡す。

 トーヤが袋を開くと、その中には手のひらサイズの石が三つ入っていた。


「へえ、魔吸石じゃねえか」


「ん?ああ、たしかおまえらの国ではそういう言い方だったか」


  魔吸石

 ごく一部の地域のみでとれる珍しい石。

 名前の通り、魔力を一定量吸い込むことができる。

 しかし、吸い込んだ魔力を取り出す技術は今だなく、あまり価値を見出されていない。

 物珍しさで売れることはある。

 一定量魔力を吸い込むとただの石になる。

 一度限りの使い捨て。


「……で、これをどうしろと?どうせなら食糧とかでも渡せよ」


 いまいち使い道のないものを渡されたトーヤは、不機嫌そうにメリダをにらむ。


「他人からの贈り物なんて大体そんなもんだ。それに食糧に関しては問題ないだろ。お前がこれから通る『五王の森』は食物の天国なんて言われてんだから」


「……いろいろ文句は言いたいが、サバイバル生活には慣れてるからまあいい」


「お前貴族じゃないのか……なんで慣れてんだ」


 あきれるようにメリダはつぶやく。


 メリダやソフィー、村の者たちが次々とトーヤとの別れの言葉をすます。


「拉致同然で連れてこられたとはいえ、まあまあ楽しかったよ」


「また来いよ、楽しみにしてるぞ。その時はもう少し成長した姿を見せてくれ」


 そういってにやりと笑うメリダ。

 しかし、いきなりそのメリダの顔は真剣なものに変わる。


「なあ、トーヤ……歪むなよ」


 もしトーヤが貴族の生まれではなかったら、きっと少し魔法が苦手というだけで普通の人生を過ごしていただろう。

 だがトーヤは貴族の中でも、とりわけ実力を重視するヘルト家に生まれた。

 その時点でトーヤはまともな生き方ができないことは決まってしまっている。

 おそらくいままで誰もしてこなかった生き方を、強いられることになるだろう。


 そんな歪んだ生き方しかできないトーヤが、その心の在り方さえも歪んでしまうのではないかと恐れたメリダの発言だった。

 歪んでしまったかつての思い人のように。


 どこか悲痛ささえも感じられる表情のメリダ。

 だが、トーヤは一切動揺することなくうっすらと笑う。


「心配すんなよメリダ。俺はな、お前らが思っている以上に自分のことが嫌いじゃない。魔力が無くて、魔法を扱う才能がなくて、落ちこぼれだと言われて、他人の前ではずっと仮面かぶってて、適当なことばっか口にして、どこまでいっても偽りでしかない俺だ。

 

 それでも俺は、自信をもって自分が好きだと言い切れる」


 真っすぐな目でメリダを見て、笑いながらそう告げるトーヤ。


「例え世界中の人間が俺を嫌いになっても、ずうずうしく、みっともなく、どこまでも俺らしく生きてやる」


――ああ、この少年は本当に――




「強いな」


 メリダは自分の心配が無用のものだったことを悟る。

 近いうち、この少年が英雄と呼ばれる日がくるのだろう。

 どこまでも予想でしかない確信をメリダは得た。


「……じゃあな、トーヤ」


「おう」


 その言葉を最後にトーヤは村を後にする。


 トーヤの後ろ姿がどんどん小さくなっていく。

 その後ろ姿に向かって、メリダは小さな声でつぶやく。


「オーヤのようにはならないでくれよ、トーヤ」



ーーーーーー



「ああ~、行っちゃったねえ~」


 トーヤの姿が完全に見えなくなり、集まっていた鬼たちはどんどん解散していく。


「じゃあ私たちも戻るか」


 メリダがソフィーに声をかけて家に戻ろうとする。

 そんな二人に向かって、遠くから声をかける鬼がいた。


「おーい、メリダさーん!」


 その男の鬼は手を振りながら、まだ解散しきっていない集団へと近づいてくる。


「あの人、もしかして隣の村の絵師さんじゃない?」


 集団の中の一人がその顔に覚えがあったらしく、確認するように言う。

 このあたりには、メリダたちが住んでいる村以外にもいくつかの鬼の村がある。


 絵師じゃないかと言われた鬼は、メリダのもとへ駆け寄る。


「メリダさん、頼まれていたもの完成しましたよ。それにしてもどうしたんですか?こんなに大勢集まって」 


「ああ、ちょっと客人の見送りにな。それよりなんだ?頼まれていたものって」


 メリダは絵師の男に見覚えはあったが、何かを頼んだことは思い出せなかった。


「忘れてたんですか? 絵の修復ですよ。三ヶ月ほど前にふらっとうちに来て、ポイッてこの絵を置いていったじゃないですか」


 そういって絵師は手に持っていた、丸めて紐をくくった絵を差し出す。


「……ああ!そうだオーヤの絵だ。損傷が激しかったから修復に出してたんだ。すっかり忘れてた」


「オーヤってトーヤくんにそっくりの人だったっけ?その絵、見てもいい?」


「かまわんぞ」


 メリダから絵を見る許可をもらったソフィーは、絵師から絵を受け取り、紐をほどいて紙を広げる。

 周りにいた鬼たちもその絵を見ようと、覗き込んでいく。


「どれどれ~…………え?」


 絵を見たソフィーの声からかすかに漏れた言葉は、明らかに困惑していた。

 絵を見た周りの鬼たちも、自分の目を疑う。


「ねえおばあちゃん、オーヤさんって人……500年も前の人だよね?」


「そうだ、それは500年前に私と一緒に旅してた時の絵だからな」


「この絵を描いた人って上手かったの?」


「実力の話か?そりゃもう驚くほどに上手かったぞ。描いてもらった時はあまりのうまさに、オーヤと二人でお互いそっくりだと言いあったほどだ」


 懐かしそうに気分よく話していくメリダとは裏腹に、ソフィー達の顔はどんどん険しくなっていく。


「おばあちゃん、これ……トーヤくんにそっくりなんてもんじゃないよ――



 完全にトーヤくんだよ」


 絵に描かれていたのは、ソフィー達と一か月以上一緒に過ごしてきた人物。

 トーヤ・ヘルトの姿そのものだった。



本当はもう少し二章を続けるつもりでしたが、次から三章に入っていこうと思います。

時間が少し飛びますが、抜けている部分は2.5章というような形で、時間のある時に少しづつ書いていこうと思います。


追記:2.5章書き終わりました。

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