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偽りの英雄  作者: 考える人
第二章 修業らしきもの
36/158

完成


 

 20人斬りを始めて……



  四日目

 戦いの勘をだんだん取り戻してきた。

 セーヤと毎日のように組み手をさせられていた時期の動きができるようになった。


 ぼっこぼこにされた。


 

  五日目

 メリダの動きを完全に把握できるようになった。

 行動パターンや次の動きもだいぶん読めるようになった。


 ぼっこぼこにされた。



  六日目

 しっかりガードされている角以外なら反撃できるようになった。

 まともな戦いになっていると言っても過言ではなくなった。


 ぼっこぼこにされた。



 

 今現在、七日目の朝

 もうこの三日間、これでもかというほどにぼっこぼこにされた。

 

 速さの面でいえば、押されているとはいえまともに戦えるようになった。

 メリダの攻撃もほとんど当たらなくなってきたし、こっちの攻撃も少しずつ当たるようになった。


 問題は、一撃でも当たればノックアウトということと、攻撃が当たっても全く効かないということだ。

 これに関してはどうしようもない。

 例え何年かけてもこれを覆すのは無理だ。


 ただ勝算はある、というより七日目でメリダの角を折れると確信した。

 うぬぼれでも、自分への気休めでもない。


 どうやら最初の言葉通り、一週間で帰ることになりそうだ。



ーーーーーー



 20人斬りを始めてから七日目の昼。


 俺はメリダの前に立つ。

 これを最後の勝負にする、その覚悟で。


 ちなみに少し離れた場所でソフィーが立っている。

 

「どうしたトーヤ、今日はいつものように朝からこなかったんだな」


「まあな、ちょっと試したいことがあったんだ」


 普段は朝から日が暮れるまで何度も何度も、繰り返しメリダと戦ってきたが、今日はあること(・・・・)を試すために朝を捨てた。

 数年前にそのあることを使用してそれ以来だったため、しっかりとできるかどうか不安だったが、問題はなかった。

 そこで俺はいけると確信した。


「気にはなるが、その試したいことについては聞かないでおいてやる。ところで、お前が角をとった鬼たちの半数以上から文句が来たんだが……なにか心当たりあるか?」


 めちゃくちゃあるな。

 

 ガルドラをはじめ、時間短縮のためにありとあらゆる卑怯な手を使った。

 夜襲をかけたのが三人、泥酔させたのが四人、罠にかけたのが六人。

 不倫をばらすぞと脅した相手もいる。

 ちなみに不倫はしっかり嫁さんにチクった。

 鬼嫁が鬼嫁になってて怖かったですまる。

 

 きっとそいつらのうちの何人かだろう。


「まったくと言っていいほど記憶にない」


「そうか、まあ実際に角をとってきたんだしなんでもいいか」


 さすが、話のわかる鬼だ。


「じゃあ始めるか。かかってこいトーヤ」


 メリダがそう言った瞬間プレッシャーが跳ね上がる。

 殺気ともいえるような気迫が、メリダから力強く感じる。


 おそらく普段から親父やセーヤに、説教を受ける際の圧力をかけられていなければ、このプレッシャーだけで心が折られていたかもしれない。

 慣れって大事だわ。


 これなら問題なく行えそうだ。


 俺は両腕をだらんとたらし、完全に脱力する。

 そんな俺の行動を不思議そうにメリダが見つめる。


 まあそういう反応になるだろうな。

 俺が今からやろうとしているのは、言葉でいえば何も難しいことはない。


 それは集中力を上げること。


 といっても、当然ただ単に集中するだけではない。

 集中力を極限の状態まで、意識的に持って行く。

 

 そうすることで、己の力を百パーセント近くまで引き出すことができるようになる。

 普段以上の力が出せ、普段以上の速さが出せ、思考速度も格段に速くなる。

 そして何より、やりたいことと実際に行うことの乖離が一切なくなる感覚を得る。


 これは、ヘルト家で代々伝えられてきた技というか戦い方であり、魔法を使わないものなので俺も使うことができる。

 というより無理やり覚えさせられた。


 俺はどんどん集中力を高めていく。

 相手は世界最強の鬼。

 簡単に勝てる相手ではないが、角を折るだけなら可能性がある。

 モチベーションはしっかり上がっている。

 勝ちたい、伝説とまで呼ばれる相手に。

 勝ちへの過程はもう見えている。


 状況的に(シチュエーション)は最高。


 ……いい感じだ。


 風の音などの周りの音が鮮明になっていく。

 自分という存在の感覚が薄くなっていく。

 角を折るという目的だけが思考を支配する。


 自分の中で、カチッという音が鳴る。

 完全に入った合図だ。


 俺は何の前触れもなく、一気にメリダへと距離を詰めた。



ーーーーーー





 メリダにとって反応できないような速さではなかった。

 しかしそれまでのメリダの中にあったトーヤの速さに引っ張られ、反応が遅れた。


 メリダは慌てて、初手から角を狙って殴ってきたトーヤの右腕を取ろうとするが、トーヤは殴り掛かってきた勢いからは考えられないようなスピードで腕を引く。


(フェイントか!)


 トーヤの腕をとろうとした右腕を、逆にトーヤにつかまれてしまう。

 振り払おうとする前に、トーヤの右足の蹴りが襲ってくる。

 今度は左腕でガードしようと、メリダが左腕を蹴りの攻撃線上に置く。


 次の瞬間、トーヤは唯一体を支えていた左足を地面から浮かす。


(しまった!こっちもフェイントか!!)


 空中へと飛んだトーヤは体を一気にぐいっと捻り、右足による裏蹴りを、守るもののない角に向かってはなつ。

 

 その攻撃は的確に角に当たり、にぶい音を立てる。


 思わずメリダはトーヤから距離をとり、角を確認する。

 角は取れることなく額に生えたままだった。


(さすがに一撃で折られることはないか。とはいえ、あれをもう2、3回くらったら折れてしまうな)


 メリダはひとまず安堵し、今度はメリダのほうからトーヤへと攻撃を仕掛ける。

 その攻撃にも、トーヤはしっかりとさばき対応していく。


「すごい……」


 離れてみていたソフィーからも驚きの声が上がる。


 メリダも素直に感心する。

 トーヤの若くして完成されたその強さに。


 だからこそメリダは考える。

 自分は大きな間違いをしていたのではないかと。


(トーヤのこの強さはすでに完成された強さだ。若くしてここまで完成された強さを持つなんてことは、普通の育て方をされればありえない。おそらく、これから何年もかけて幾千と積んでいくはずの経験を、トーヤはこの年でもうすでに積み終わっている。もちろん、成長期というのもあって基礎的な力はまだ上がっていくはずだ。……けど、これじゃあ――)



 なんて残酷なんだと、メリダは感じる。

 

 ここまで完成された強さを持っていれば、多少身体能力が向上しても、劇的に成長することはありえない。

 ようするにトーヤの強さは、すでにほぼ頭打ちだということ。

  

 そうであれば、強くするために行ったトーヤへの行動は意味がなかったことになる。

 メリダとの戦いの中、成長したようにみえたのは、ただメリダの戦いに慣れただけ(・・・・・)だった。

 トーヤは強敵との戦い方を知っていただけ(・・・・・・・)だった。

 

 まだまだ心も体も成長していく中で、強さだけが置いて行かれる。

 周りの人間がどんどん強くなっていく中、トーヤだけが置いて行かれる。


 メリダは憐れみのような感情さえも、トーヤにいだき始めていた。 



「くだらねえこと考えてんじゃねえぞメリダ」


  

 突如かけられた言葉にメリダはハッとする。

 トーヤは攻撃の手を止める。


「大体何を考えていたかは想像がつく。影の人間と訓練しているときによく言われたことだ。お前はもう強くなれないってな」


 トーヤの話す内容は、どう取り繕っても喜ばしい話ではない。

 それでも、その表情は力強かった。


「あなどるなよ。俺は生まれたときから魔法において置いてけぼりくらってんだ。今さらそれを辛いと感じたりなんてしねえよ」


 その言葉が本気なのか、ただの強がりなのかメリダには判断できない。


「……」


「なんだよ。らしくねえな」


 そんなトーヤの言葉にメリダは、まったくその通りだと思う。


 自分までもが辛くなってしまうほど、他人のことについて気に掛ける鬼ではなかったはずだ。

 この一か月で情がわいてしまったのか。

 オーヤと似ていることが自分の中で引っかかっているのか。


 そんな疑問がメリダの頭の中に浮かぶが、結論は出ない。


「なあメリダ、今楽しいか?」


 唐突に発せられるトーヤの言葉。

 その言葉にメリダは理解が追い付かなかった。


「この戦い方するとハイになってるせいか、だんだん楽しくなってくるんだよ。例えそれが命を懸けたことであっても。実際に、普段の俺は戦いなんかくそくらえって人間だけど、俺の全力でお前と対等に戦うことができている今が最高に楽しい。なあ、メリダはどうなんだ?」


 その問いかけにメリダは考える。


(……そんなもの、楽しいに決まっている。魔力を使っていないとはいえ、単純な近接格闘で攻撃をまともに受けたのはいつ以来だろうか?本当に角を折られるかもしれない――そんな緊張感も増している。


 そうだ、なにを悩んでいる、なにを憂いている。私はメリダ・カーナーだ!戦いを楽しめばいい!!)


 メリダの顔に好戦的な笑顔が戻る。


「仕切り直しだ。改めていくぞトーヤ」


 メリダは腰を低くし、再び戦闘態勢に入る。

 そしてまた激しい攻防が始まる。


 ソフィーには、トーヤとメリダの戦いは何が起こっているのか把握できないほどのものだった。

 もちろん全く見えないというわけではない。

 しかし、細かい攻防で何が起こっているのかわからなかった。


――ガァン!


 長く続く攻防の中で、トーヤの一撃がまたメリダの角に入り、鈍い音が再び鳴る。

 メリダの角にはひびが入る。

 あと一撃でも当たれば確実に折れる――そんな状態だった。


 しかし、その状態から全く進まなかった。

 15分が立つ。

 その間、二人の攻防は休まることなくずっと続いている。


 持久戦になってしまえば不利なのはどちらか?

 当然トーヤのほうだ。


 メリダと違い、全身どこでも一撃くらえば負けてしまうトーヤ。

 そんなトーヤにとって体力が奪われ、集中力が欠けていくのは最悪の状況。

 その上、トーヤの使っている極限状態は体力をかなり消費する。


 すでにトーヤはギリギリだった。

 これだけ攻防が長引けば、どうしても隙は生まれてしまう。


 そしてそれは、ほんの少し生まれたトーヤの隙。

 わずかな気のゆるみだったのかもしれない。

 体力的な問題だったのかもしれない。

 なんにせよ、その隙をメリダが見逃すはずもない。

 ガードが間に合わない状態で、メリダの拳がトーヤの腹部へと向かう。


「しまっ!!」


 必死に手で防ごうとするも、間に合わない。

 ノーガードの腹部にメリダの拳がまともに入る。


「ガッ!!!」


 トーヤの苦しむ声がにじみ出る。


 普段ならここで吹き飛ばされて終わっていた。

 しかし、ガードに間に合わなかった右手が腹に力が入らない状態で、メリダの腕を腕の力だけでがっしりとつかんでいた。

 そのおかげでトーヤは吹き飛ばされることはなかった。

 殴られた衝撃はもろに受けることになったが。


 メリダとの距離をほぼゼロのまま保ったトーヤは、当然反撃に出る。


 このとき、メリダは無意識に魔法による強化を使ってしまう。

 メリダはトーヤとの戦いでは、身体強化の魔法を使わないと決めていた。

 それでも使ってしまった理由は二つ。

 

 一つは、メリダにとってこの戦いをは終わらせたくないものだったから。 

 そしてもう一つはトーヤの反撃に対し、殺られる(・・・・)と本能的に感じ取ったから。


 この二つの理由からメリダは、意識せずに身体強化の魔法を使い、つかまれた腕をはらい距離をとる。

 もちろん百パーセントの力を出したわけではない。

 それでもトーヤから一度距離をとるには十分な速さのはずだった。


 しかし、メリダの目の前には先ほどと変わらずに攻撃態勢をとるトーヤの姿が――


(ハハハ、何が全力だ。まだまだ底を隠していたんじゃないか)


『俺の全力(・・)でお前と対等に戦うことができている今が最高に楽しい』


 トーヤの言葉を思い出しながら、メリダはやられたことをさとる。


 トーヤの左足が角をめがけて一直線に蹴り上げられる。

 メリダもなんとか両手でガードしようとするも、先にトーヤの左足が高々と上げられる。


 激しく動き続けていたのが嘘のように、二人の動きがぴたりと止まる。

 その場で聞こえる音は、角が落ち、地面に当たる音だけ。


「私の……負けだな」


 どこか悔しそうに、どこかすがすがしそうにメリダが言った



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