狂気
鬼族の村にきて一ヶ月がたった。
崖から落とされた日以来、覚醒を促すという鬼畜メリダにより、何度も死地に放り込まれた。
ある時は魔獣の群れのど真ん中に、ある時はおもりをつけて池の底に、ある時は全力で空へ高い高い。
幾度となく生か死かを乗り越え、鍛錬を積んだ。
汗と泥にまみれ、血反吐を吐きながらも自分の体をいじめ続ける。
ヘルト家の名に恥じぬ、英雄と呼ばれる魔法使いになりたい!
その一心を胸に、例え灼熱の炎の中だろうと、立ちはだかる才能という壁がどれだけ高かろうと、進む決意をもって努力を続けた。
その結果、魔力量が爆発的に上がり、魔法技術も見違えるほどに上達した。
そう、俺は自信をもってヘルト家を名乗れる魔法使いとなったのだ!
――なんてことはなかった。
魔力に変化はないし、魔法も相変わらずまともに使えない。
当然覚醒なんてしていないし、少しの成長すらしなかった。
うん、知ってた。
結局、汗と泥にまみれ、血反吐を吐きながら得たものは、『鬼族はフ〇ッキン』という教訓だけだった。
ちなみに最初こそ強くなれ強くなれとうるさかったメリダだが、あまりに成長しない俺に憐れみを感じたのか――
「な、なに、その、あれだ、ほら……魔法なんざ使えなくても強く生きていけるって!」
今はこの調子である。
完全に諦めモード入っちゃってる。
「魔法に関しては何も成長しなかったが、このままヘルト家にかえしたんじゃ私のプライドが許さない」
もういいよ、実家にかえしてくれよ。
俺の長期休暇もかえしてくれよ。
長期休暇がもう半分終わっちまったよ。
「そこで戦闘技術を高めてもらうことにした」
「戦闘技術?」
「ああ、見たところ魔法の才能はからっきしだが、素の身体能力に関してはなかなかのもんだ」
地面をたたき割ってたあんたに言われてもな。
「おい、なんだその顔。本当にたいしたもんだと思っているんだぞ。今まで何回か死地に放り込んだが、そのたびに自力でなんとかしたんだからたいしたもんだ」
「まあこれでも、歴代ヘルト家の中ではトップクラスの身体能力だからな」
俺は少し自慢げに言う。
これに関してはほぼ唯一と言っていいほど、ヘルト内で比べた時に誇れるものだ。
ちなみに魔法はすべての部門において、もはや比べてすらもらえないほどぶっちぎりの最下位なのだが。
「へえ、そりゃすごいな。ちなみにトップは誰だ、オーヤか?いや違うな、強化魔法はすごかったが素のほうはたいしたことなかった気がする」
「セーヤだ」
「あ、そうなのか……」
メリダは俺に憐れみの目を向けてくる。
おい、なんだその顔。
魔法で負けて身体能力でも負けてお前何も勝ってねーじゃんって顔は。
「大丈夫だ、多少身体能力が優れていようと身体強化の魔法を使えば差なんてなくなるさ!」
それなぐさめてるつもりか?
ノーガードの俺に追い打ちかけてるだけだからな?
「おっと、話がそれたな。とにかくお前には、方向性は変わるが強くなってもらわなければならない。そこでこの村のものと戦ってもらう」
「実践訓練か」
「そういうことだ、察しがいいな。この村で私が決めた20人と戦ってもらう」
20人か、結構多いな。
「俺の勝利条件はその20人の鬼をシンプルに倒すことでいいのか?」
「いや、角を私のところに持ってくることだ」
角?
「強靭な肉体を持つ鬼族にとって、実をいうと角は一番もろい部分だ。倒さずとも角を折るだけでいい。もちろん、倒してしまえば角を折るのは簡単だろうがな」
「おいおい、いいのかよ?角は鬼族にとって自慢のものじゃないのか?」
「どうせ折れても一週間たったら生えてくるさ」
あ、そんなもんなんだ。
「だからこそ、何年も角が折れてないってのは鬼にとって誇りになる。そう簡単にはいかないと思えよ」
メリダは挑発的に俺へと説明する。
なるほど、いいだろう。
受けてやる。
……けど、
「一つ聞いておかなきゃならないことがある」
「なんだ?」
「20人の鬼の角、全部折れば帰らせてもらえるんだよな」
「ああ、もちろんだ」
ならいい、それさえ聞けりゃ十分だ。
「一週間で終わらせてやるよ」
メリダに向かい俺は、そうはっきりと宣言する。
そんな俺を見て、メリダは楽しそうに笑った。
ーーーーーー
メリダに20人斬りを課せられた次の日、さっそく一人目がいるという場所を教えられた。
『最初はガルドラという男だ。お前と戦うことに一番やる気を出していた男だぞ』
指定された場所について、俺はメリダの話を思い出す。
やる気を出していたってことはよっぽど戦いが好きなのか?
そんなことを考えていると声をかけられる。
「お前がトーヤだな」
俺に話しかけた鬼を見ると、今まで見た鬼の中では比較的若く見える。
というより、ムキムキでこそあるものの、同年代とすら思えるような見た目をしている。
あれ、確かソフィーは同年代のやつは村にいないって言ってなかったっけ?
まあそんなことはともかく、こいつがメリダの言っていた一人目で間違いないだろ。
「お前がガルドラだな?」
「ああ、そうだ」
返事をしたガルドラは、わかりやすいほどに敵対心をこっちに向けてくる。
こりゃやる気を出していたのは戦闘が好きとかじゃなくて、ただただ純粋な俺に対する怒りだな。
おかしいな、こいつと会ったこともなければ話したこともないはずなんだが……
「トーヤ、お前をぼろ雑巾にする前に一つ聞いておきたいことがある」
……ぼろ雑巾?
「ソフィーのことをどう思ってる?」
初対面の人間にぼろ雑巾にしてやるとか初めて言われたぞ。
いや、初対面じゃなくても言われたことないけど、ってえ?なに?ソフィー?
「え、なんでソフィー?」
予想外の質問に、つい質問で返してしまう。
「だってお前、最近ずっとソフィーと……」
言うのが恥ずかしいのか、少し言いよどむ。
……あーはいはい、そういうこと。
鬼にも思春期があるってわけね。
こいつ、ソフィーのことが好きなのか。
確かに、いきなり現れた同年代の男が好きな子と同じ屋根の下で寝たり、日中もずっと一緒に行動してたら気になるわな。
怒りたくなる気持ちもわかる。
けどな、俺にそんな気は一切ないから安心しろ。
最初こそ優しくていい子だと思ってた。
実際俺がしんどい思いをしているときは、どんなときでも笑顔でがんばれと言ってくれた――
そう、どんなときでもだ。
俺が魔獣に食われかけた時も、水の中へ沈んでいくときも、空高くから猛スピードで落下しているときもソフィーは笑顔だった。
狂気を感じたよ。
なんだかんだでメリダの孫なんだなと実感させられたわ。
とはいえ、見た目は笑顔のかわいらしい女の子だ。
もしかしたら案外ガルドラとは気があうかもしれない。
鬼族のやつらは基本的に男女問わず、ガチムチの異性を好むらしい。
だが、まだソフィーにそれほど筋肉はついていない。
そんなソフィーに惚れたということは、もしや鬼族の中ではマイノリティな感性を持っているのではないか?
だとしたら仲良くなれるかもしれない。
この村のやつらは人柄……鬼だから鬼柄か?まあなんにせよ、鬼柄はいいのだが、共通認識を持つ奴がいなさすぎる。
やはり同じ価値観を共有できる相手が一人くらいはいて欲しいもんだ。
「俺とソフィーはそんな雰囲気になったことねえよ」
そう言うとわかりやすく、少し安心したような顔になる。
「俺からも一つ聞きたいことがある。もし……ソフィーがムキムキになったらどう思う?」
「ムキムキってお前……
……いいと思う」
顔を赤く染め、年相応の初々しさを見せて目を逸らすガルドラ。
はい、お疲れさんでした。
だと思ったよ、ちくしょう。
ささやかな希望を一瞬で打ち砕きやがって。
「とにかく!ソフィーは俺の女だ!!ソフィーはこの村で唯一の幼なじみである俺のことを好きになるべきなんだ!」
うわ。
「わかったな!これからは絶対にソフィーに近づくなよ!!話しかけるのもだめだからな!!」
……なんかさっきから感じ始めているが、ガルドラの発言に幼さを感じる。
「なあ、お前年いくつだ?」
「14だ」
俺の一つ下か……それにしてはやっぱり精神年齢が低い気がする。
小さいガキを相手している気分だ。
寿命が長い分、精神的な成長も遅いのか?
それとも、周りに同年代が全然いないのも原因の一つかも……
ちょっと待てよ、もしかして――
「ガルドラ、もう一ついいか?」
「なんだ?」
「『好きになるべきだ』とかって言葉、ソフィー本人にも言ったりしてるのか?」
「もちろんだ、何度も言ってるぞ」
あちゃあ。
「そんなことより、ソフィーと結婚するのは俺だからな。わかったな!!」
無理だと思うぞ、お前もう知り合いであることを恥じるレベルまで嫌われてるから……
『同世代の子って今までいなかったから』
いつもと何一つ変わらない笑顔でそう言い放ったソフィーを思い出した。
ソフィー怖い




