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偽りの英雄  作者: 考える人
第二章 修業らしきもの
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しょぼさと歪さ



「さあ、今日から稽古を始めていくとしよう」


 まだ日が出ていない朝っぱらから、俺は外に駆り出される。


 広場のような周りに何もない開けた場所に連れていかれた。

 俺の前には昨日酔いつぶれていたメリダが、どっしりと構えている。

 そしてなぜか俺の隣にはメリダの孫であるソフィーが。


「あれ、なんでいんの?」


「ん~、同世代の子って今までいなかったから気になるんだよね~。だから傍で見ていたいな~って思って」


 まあ拒否する理由もないか。


「いいぞ、俺のかっこいいところをしっかり見とけよ」


「わあ~楽しみ~」


 俺の軽口にもしっかり返してくれる、いい子だ。

 これがマヤ相手なら『ではこれからトーヤ様がこの世に生れ落ちて以来史上初めてのかっこいいところが見られるんですね。とても楽しみです(嘲笑)』などと罵詈雑言が飛んできてもおかしくない。


「ほら、そろそろ始めるぞ」


 そういってメリダが話を止める。


「じゃあさっそくだがトーヤのメインを教えてくれ」


 ……あれ?


「親父から俺の才能とか魔力とかのこと聞いてないのか?」


「ああ、安心しろ。それなら事前に聞いてある。だからそれなりのレベルでやるつもりだ。


 ――で、メインは?」


「ねえよ」


「…………は?いや、いくらなんでもメインぐらいはあるだろ」


「ねえよ」


「嘘だろ!」


「嘘じゃねえよ、親父からなんて聞いてたんだよ?」


「トーヤは他のものと比べて少し(・・)魔力も才能も乏しい、って」


 ああ、なるほど。


 他のものと比べての『他のもの』を、ヘルト家の他のものと勘違いしたわけか。

 残念、一般人と比べてだ。

 あと、少しっていうのは盛ったな。


  メイン

 一人の魔法使いが主に扱う魔法のこと。

 より魔法の高みへと昇るためには、メインを作ってひとつのものを突き詰めることが必須だと言われている。

 欲張って多くの魔法に手を出し、器用貧乏になった魔法使いは実際数多くいるわけで。

 ちなみにメインを持たないものをノーメインと呼ぶ、けどこれは差別的意味合いが強いためそんなに使われない。


 そして先ほども言ったが、俺にメインはない。

 幼いころに多くの魔法を試して、しっくりきたり、威力が一段と高かったりする魔法をメインとするのが基本となっている。

 しかし俺が魔法を試しても、まずほとんど発動しないうえに、発動した魔法もぜーんぶしょぼかった。


 というわけで俺にはメインがない。

 あ、自分で考えてて悲しくなってきた。


「ちょっと待て、メインがないとなると考えていたプランを全部考え直さなきゃならんぞ」


 メリダは慌てるように考え込む。

 しばらくすると口を開いた。


「単純放出系魔法をいくつか撃ってみてくれないか?」


 それでメインを見極める気か?

 まあ無理だと思うけど。


「了解」


 単純放出系魔法、その名の通り一つの種類の魔法を単純にぶっ放す。

 火魔法なら火をドーンと、水魔法なら水をドーンと。


「じゃあまずは火から」


 そういわれ俺は右手をかざし、火魔法を使う。


「……出てないぞ?」


 不思議そうに尋ねるメリダ。


「なら近くで手をかざしてみろ」


 俺がそういうとメリダは手を近づける。


「な、ほんのりと温かいだろ」


「たき火以下!火すら出せてない!!」


 昔は人肌レベルの暖かさだったんだからほめてもらいたい。


「じゃあ次は風!」


 ほんのりと風が起こる。


「口で吹いた方がまし!!次は土!」


 目に見えるか見えないかのサイズの砂が落ちる。


「ただただしょぼい!!次は電撃!」


「あ、使えない」


「次は水!」


 手のひらにほんの少し水が滴る。


「手汗!!次は氷!」


「あ、魔力切れた」


「はっっっっっや!!」


 メリダは膝から崩れ手をつき嘆く。


「ちょっと待て、まさかここまでとは……」


 あーあー、親父がちゃんと話しとかねえから。


「お前……本当に人間か?」


 失礼にもほどがあるのでは?


「魔力が切れたにしては疲れてなさそうだね~」


 魔力が切れた場合、切れそうになった場合通常はひどい疲労感に襲われる。

 しかし俺がそれほどこたえていないのを見て、ソフィーが不思議に思ったのだろう。


「ガキの頃から魔力切れおこしても疲れとか出ねえんだよ」


「へえ~すごいね~」


 親父曰く、魔力がない状態に体が慣れているため疲労を感じないらしい。

 ほんとかどうかはわからんが。


「すまん、少しプランを練り直したい。稽古は午後からにしてくれ」


 ようやく立ち直ったメリダはそれだけ言うと、家のほうへ戻っていった。


 苦労してるなあ……俺のことなんだけど。

 


ーーーーーー



「五王と呼ばれる魔獣のうちの一体、レオリオンは生まれた子供の手足を折り千尋の谷に突き落とす。そして這い上がってきた子供をまた突き落とし、もう一度這い上がってきた子供を百獣の王となるべく育てるという」


 成長した子供が真っ先に殺すのは間違いなく親だろうな。

 まあそれはいいとして――


「それを底深い崖の上で俺に言うってことは“今からお前をここから突き落とすぞ”っていう意思表示だと解釈してもいいのか?」


「ああ」


「てめえふざけんなよ、考えて出た結論がそれかよ。むしろお前が飛び込んで頭ぶつけた方がいい結果を生みそうだわ」


 午後になり、いきなりメリダに呼び出されたかと思えば、なぜか底が見えないような崖の上まで連れてこられ、殺す宣言をいただく。

 

「いやほんとなんでこの結論にいたったわけ?」


 俺がこの疑問を持つのは当然のはずだ。


「いいかトーヤ、お前は弱い」


 遺憾ながらわかる。


「英雄家なら強くならねばならない」


 まあわかる。


「というわけで飛び込め」


 ぜんぜんわからん。


「俺を崖から落とす理由を教えてもらえませんかね」


「覚醒を促そうと思ってな」


 ……ああ、なるほど。

 なんとなく理解できたぞ。


 基本的に生まれながらにして保有する魔力量というのは決まっている。

 これはいくら努力しようとも、くつがえることのない事実。

 だが稀に、突然爆発的に魔力量が上がることがある。

 それを覚醒と呼ぶ。

 覚醒したものは千差万別、魔獣ですら覚醒した例も残っている。

 しかし覚醒した瞬間は、みな決まって命の危機に瀕した時だと言われている。


「こっから俺を落として覚醒させようってことか」


「そういうことだ」


「バカ言うんじゃねえよ。そんな都合よく覚醒出来たら世の中自殺志願者だらけだ」


 そもそも覚醒したものなど、歴史に残っているだけでも片手で数えりゃすむ数だ。

 俺がセーヤに一矢報いる可能性のほうが高……それはないか。


 とにかくそんな低確率に望みをかけられるわけがない。


「オーヤもかつてこの場で覚醒したんだ、お前も行けるはずだ」


 なんの根拠にもなってねえよ。

 

「というかオーヤってこの村に来てたんだな」


「ああ、かつては私と二人っきりで旅したこともあったからな。それに男女の仲になったことだってあるんだぞ」


 メリダはそれを少し誇らしげに言う。


「まあ私は諸事情で村にとどまることになってしまったから、そこでオーヤとは別れたんだがな」


「なるほど……じゃあその後にうちのもう一人のご先祖様に奪われたってわけだ。アッハッハッハ」


「そういうことだな、ハハハハ。


 ――おら落ちろ」


「ああああああああ!」


 俺は無情にも崖からけり落とされた。




ーーーーーー


 

 メリダはトーヤが落ちていった崖の上でたたずむ。


 実は崖の底に、トーヤが覚醒しなかった場合に助けに入る鬼を何人か用意している。

 鬼とはいえこんなことで殺すようなマネをするほど鬼ではない。


 そのため、メリダはトーヤが死ぬことは一切考えてなかったのだが――


 ガアァァァン!!


 なにかが岩に当たる音が鳴り響く。

 その音にメリダは慌てる。

 なにか手違いが起こり、トーヤが地面にたたきつけられてしまったのではないかと。


 しかし、メリダはある違和感を感じる。


 速すぎる。


 この崖は底が見えないほど深く、たった数秒前に落としたトーヤがもう一番下まで到着したというのは考えられないことだった。


 メリダが崖の下をのぞくと、ぎりぎり目視できるほどの距離でトーヤがぼろぼろになりながら崖につかまっていた。

 

「よう、今すぐ這い上がってやるからちょっと待ってろ」


 メリダの姿を確認したトーヤがそういうと、垂直な崖を苦も無く登っていく。

 トーヤは崖を登りきると、その場に座り込む。


「なぜだトーヤ、私は崖際に届かないところまで蹴り飛ばしたはずだぞ」


 メリダがトーヤを崖から落とした時、崖際につかまったりすることがないように落とした。

 その距離は手を伸ばそうとも絶対届かないはずの距離だった。


 なのにトーヤはこうして登ってきた。


「学園でお前に使った魔法陣覚えてるか?」


「ああ、たしか『岩拳』だったか」


「それを俺に向かって使ったんだ、勢い余っておもいっきり崖にたたきつけられたけどなんとかしがみつけた。魔法を使うときは基本的に反作用がないように制御されてる。だから自分に向けて使うしかなかったんだ」


 簡単に言うトーヤ、だが実際はそう簡単なことではない。

 

 メリダは自分が並外れた存在であることを理解している。

 そのため自分基準で物事を考えるようなことはしない。

 だからこそ、トーヤが『岩拳』を受けて意識を飛ばさなかったことに驚いている。

 自分は余裕で耐えられることができたが、相当な威力であったのは身に染みているから。


「気絶するかもしれないとは考えなかったのか?」


「ちゃんと身構えて受け身とっとけば問題ないだろ。メリダだって耐えられたんだし。全身至ることろが痛いけどな」


 あろうことか、トーヤはメリダと自分を同列に考えている。

 客観的に見れば明らかにうぬぼれであろう。


 メリダはヘルト家の屋敷で、ホクトの言っていたある言葉を思い出す。


『確かにトーヤは魔法の才に乏しい……が、それ以外に関してはヘルト家の人間としてたりうるものだ。肉体的ポテンシャル、知識、度胸、意識、もちろん生意気さもな』


(なるほど……そもそも、強さを追い求めるようなヘルト家に、トーヤのようなものが生まれてくるような道理がない。そんな生まれてくるはずのなかった才無しの少年が、国一番の英才教育を生まれてからずっと受け続けてきている。ただの落ちこぼれですますには歪な存在というわけか)


 この日メリダは、トーヤ・ヘルトという存在の不自然さを実感することになった。 




トーヤの実力(どれくらいしょぼいか)を見せる回でした。

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