鬼ごっこ
「できればこのようなマネはしたくありません。殺気をおさめてもらえませんか?」
「悪いな、最初はそんなつもりなかったが……ツエルとか言ったか?お前に興味がわいた」
ツエルの提案をメリダがバッサリと切る。
メリダのほうはもう戦う気満々。
戦闘狂じゃねえか……
「興味ってなんですか!?ツエルは私のですよ!」
おいこらバカ姫、話をややこしくしようとするな。
あとツエルはお前のじゃねえ、俺のだ。
「まずは小手調べだ。防げよ」
そう言いながらメリダが戦闘態勢に入る。
腰を落とし足腰に力が入るような構え。
一方のツエルも、説得することは無理と判断してか、剣を鞘から抜き構える。
両者戦闘態勢に入ると、メリダが動く。
その巨体からは想像できないようなスピードで一気にツエルとの距離を詰め、拳を振り上げる。
想定外の速さだったためか、ツエルはなんとかその拳を避けることしかできなかった。
メリダの振り下ろされた拳は空を切り、そのまま石畳の地面にたたきつけられる。
激しい破壊音と共に石畳は無残にも粉々に砕け散り、広範囲でひび割れが起こる。
いやいやいや、ありえねえ――
なんだあの速さにあの力、いくら鬼族の身体能力が高いからって限度があるだろ。
「トーヤ、今の攻撃……一切魔力を使ってませんよ」
リリーは驚きを隠せていない声で俺に伝える。
感知魔法を使えないからわからなかったが、なんとなくそんな気はしてた。
メリダはさらにツエルへと追撃をくらわせに行く。
その速さに、やはりツエルは避けるだけになる。
俺から見てもジリ貧なのがわかる。
そんなふうに考えていると、ツエルがなんとか攻撃を避けながらも魔法を発動する。
『黒影乱舞・捕縛』
ツエルの足元の影が太めの縄のような形になり、メリダに巻き付いていく。
腕、足、首とどんどん影が巻き付き、メリダの動きを止めようとする、が――
「ふん!!!」
その魔法をメリダは力づくで引きちぎる。
動きを止めることはかなわず、ほんの少し遅めただけ。
それもコンマ数秒。
しかしツエルはそのコンマ数秒で、追撃の準備を完了していた。
影をいくつも重ね合わせ、巨大な拳のような形のものを作る。
そしてそれを勢いよく突っ込んでくるメリダの顔に叩き込んだ。
メリダはノーガードでそれを受ける。
衝突音からしても相当な威力のはずだ。
パキッという音がすると、鬼族特有の角にひびが入る。
だがメリダ自身は攻撃を受け、動きこそ止まったものの倒れる気配がない。
あれくらっても無事なのかよ。
メリダはゆっくり拳を振り上げたかと思うと、自分を攻撃した影に振り下ろす。
影が霧散するようにはじけた。
そのため攻撃を受けたメリダの顔があらわになる。
戦いが始まるときの顔よりも、その顔は上機嫌だった。
「いいぞ!素晴らしい一撃だった!!私の角にひびをいれたこと、誇っていい」
こいつ……ガードできなかったんじゃない、わざわざ防ぐ必要もなかったんだ。
試しやがったな、ツエルの攻撃を。
倒れるとか倒れないとかの問題じゃない、そもそもまともにダメージすら受けてねえ。
間近まで近づいていたツエルはあわてて距離をとろうとする。
しかし、当然メリダも距離を詰める。
「さあ、今度こそ避けれないぞ。少し魔力を込めてやる。しっかり防げよ」
その言葉とほぼ同時に拳が繰り出される。
避ける余裕のなかったツエルは影を操り、壁のようなものを作り防ごうとする。
しかしそれをもろともせずにメリダの拳は進む。
影はまた霧散するようにはじけ散る。
「くっ!!」
『剣身強化』
ツエルは剣を盾のように構えるも、その剣さえも折られてしまう。
まともに攻撃をくらってしまったツエルは吹き飛び、校舎の壁にたたきつけられる。
校舎の壁にはひびが入り、強く打ちつけられたことがよくわかる。
ツエルはその一撃で意識を失ったらしく、起き上がらなかった。
「剣が折れることを察知してあの一瞬で後ろへ飛んだか。しかもしっかりと局所防御魔法で殴られる部分を覆った。なかなかの判断力だ」
あの一瞬の間に色々やってたんだな、まったくわからんかった。
というかそれでもあの威力かよ……
「結構楽しめたぞ、魔法技術に判断力、共にたいしたもんだ。まあ私に勝つには若すぎるな」
そんなことを言いながらメリダは笑う。
そりゃ500年も生きてるお前に比べりゃみんな若いわ。
どうすっかな……ツエルもやられちまったし。
俺がどうにかできる相手でもねえし。
……帰りたい。
「そこの影でこそこそしてる女、出てきたらどうだ」
いきなりメリダが隠れている俺とリリーのほうを向きながら言う。
やっぱばれてたか……ん?女?
俺のことには気づいてないのか?
……よし!
「じゃあリリー、後はまかせ――」
最後までいう前にリリーに肩をつかまれる。
「なに逃げようとしてるんですか。張本人のあなたが逃げたらどうしようもないでしょう。さっさと捕まってあの鬼どっかにやってくださいよ」
「いやいや、さすがに冷たすぎないか?将来義理とはいえ家族になるんだから……」
「ここにお探しのトーヤ・ヘルトがいますよー!!!」
義姉ちゃん!!
「ほう、そこにいたのか。この私が気づかないとは、気配遮断が上手いじゃないか。トーヤ・ヘルト、いるなら出てこい」
別に気配を消したつもりなんてなかったんだけど……
いやだなあ、出たくないなあ。
出たら間違いなく連れて行かれるだろうし。
「もしびびって出てこないなら……」
なんだ?脅しでもするつもりか?
残念ながら俺はどこに出しても恥ずかしいと親に言われるほどの問題児だ。
今さら脅される要素なんてもん――
「ホクトから聞いたお前の女性遍歴をすべて大声で叫ぶ」
「おいおい誰がびびってるって?俺が汚れなき経歴を持つトーヤ・ヘルトだ」
おそらく先ほどの戦闘で見せたメリダの速さを超える速度で、俺はメリダの前に姿を現す。
あのクソ親父!!父親だからといって、やっていいことと悪いことがあるだろ!
帰ったら覚えてろ。
「……」
姿を現した俺に、メリダは何を言うわけでもなく固まって、信じられないようなものを見る目で俺を見る。
……なんだその反応?
「オーヤ……」
「オじゃねえ、トだ。トーヤ・ヘルトだ」
こいつ、さっきまでさんざん正しく名前読んでたくせに間違えやがった。
魔人のやろうといい俺の名前を間違えるとは、なんつう失礼な奴だ。
「っ!!……そうか、そうだよな。オーヤが生きているわけがない」
少しメリダの顔が寂しそうなものになる。
しかしすぐに元に戻り、話し出す。
「おまえがトーヤ・ヘルトか。じゃあ早速だがいくぞ、鬼族の村へな」
「その話なんだが悪い。夏の長期休暇中は外せない大切なようがくさるほどあってな」
「ホクトからお前の予定は真っ白だと聞いたぞ」
うぅぅん。
「もう正直に言うわ。行きたくない、以上!」
俺は開き直って正直に伝える。
「ハハハ!そういう馬鹿正直なの嫌いじゃないぞ。しかし連れて行ってくれとホクトからは頼まれているからな~」
少し考えるかのような素振りをすると、何かを思いついたかのように手をたたく。
「ならあれだ、“鬼ごっこ”をしよう」
……は?
「訳が分からないという顔をしているな。安心しろ、言葉通りただの鬼ごっこだ。今から私が10秒数える。その間、私は一切なにもしない。お前は1時間私から逃げ切れば、鬼族の村に連れていくのは無しにしてやる。ただし捕まった場合は素直についてくる。どうだ?普通の鬼ごっこだろ?まあ追いかけるのは本物の鬼だがな」
なるほど、チャンスをもらえるってわけか。
このままごねてても強引に連れていかれてただろうし、こっちとしては望むところだ。
「いいだろ、その条件飲んでやる」
「いいんですか?相当厳しい条件ですよ」
俺がかなり不利な条件を飲んだことに、疑問を持ったリリーがたずねてくる。
「何の問題もねえよ、10秒間もありゃ十分だ」
むしろ時間が余るまである。
「そうこなっくちゃな、じゃあ準備はいいか?」
俺の快い返事に上機嫌になりながらメリダが言う。
「かまわねえよ」
「なら数え始めるとしよう、いーち……」
「うらあ!くたばれえぇ!!!」
『岩拳』
俺はメリダが数を数え始めると同時に魔法陣を発動する。
大きめの魔法陣から拳のような形をした岩が現れ、メリダに勢いよくぶち当たる。
メリダの巨体が校舎の壁に激突するも、勢いは止まらず壁を突き破る。
その衝撃で二階の天井が崩れ、メリダがその下敷きになる。
……よし!
「いや何やってんですか……」
リリーがドン引きするような目で俺のことを見てくる。
「なにって、鬼ごっこの定石じゃねえか。鬼を倒せば追いかけられることはない」
「定石の前に常識って知ってます?」
「失礼だな、10秒間あいつは何もしないって言ったんだ。ならその間にぶちのめすのが基本だろ。1時間なんてどうせ逃げ切れやしねえんだから」
リリーは軽蔑するような目で俺のことを見る。
……なぜだ?
まあいいや、とにかくこれで俺の素晴らしい休暇ライフは守られ……
「じゅぅぅうっっと!!」
メリダが埋まっている辺りから大きな音が鳴ったかと思うと、上にのっていた岩が弾き飛ばされる。
そうして、何事もなかったかのように平気な顔をしたメリダが出てきた。
嘘だろ……あれくらってもピンピンしてんのかよ。
「考えは悪くなかったぞ、確かにお前からすればあれが最善手だ。ただ、私を倒すにはあれをもう一万回はくらわせる必要があるがな」
……なにこいつ、冗談抜きで体がダイヤかなんかでできてんじゃねえの。
「さあ、10秒数えた。追いかけさせてもらうぞ」
そういうと、猛スピードでこっちに向かってくる。
あ、こりゃだめだわ、詰んだ詰んだ。
俺のみぞおち辺りに強い衝撃が加わり、そのまま吹き飛ばされる。
ああ、多分おもいっきり殴られたんだろうな~
吹き飛びながらそんなことを考える。
壁に当たるがそれで勢いがなくなるわけもなく、壁をぶち破る。
さらにもう一枚壁をぶち破り、三つ目の壁に当たりひびをいれ、ようやく止まった。
うぐおおぉぉお……
いや、致命傷だろこれ。
体が動かねえ、あの脳筋鬼め……
俺のもとに歩いてきたメリダが、俺の首根っこを掴み持ち上げる。
「ぐえおぉ……はなせえぇぇぇ」
俺はなんとか声を絞り出す。
「ほお!あれをくらってまだ意識があるか。たいした根性だ」
しゃべること自体に感心しても、内容は一切気にせず俺を運ぶ。
竜のそばまで来たかと思うと、俺を竜の背に放り投げる。
いってええ、骨にひびく……
「村に着いたら治療魔法が得意な奴がいるから安心しろ。村までは丸一日かかるがな!」
大声で笑いながら、そんなことをのたまう。
俺が苦しむのがそんなに楽しいか。
ちなみにリリーはというと俺のことには目もくれず、ツエルのケガの治療をしている。
治療魔法も使えるのか、あいつのメインって何なんだ?
というか、いくら治療のためとはいえさわりすぎじゃじゃないですかねぇ?
顔がゆるんでるぞおい。
「さあ、帰るぞ村へ!!」
メリダは竜に向かってそう叫ぶと、竜は羽を広げ一気に高度を上げる。
そうしてとんでもないスピードで飛び出す。
なるほど、竜のなかで灰竜がもっとも速い種族だと言われるだけはある。
メリダはあぐらをかきながら、倒れている俺がとんでいかないように片手で押さえつけている。
風を切り、快晴の空を悠々と飛ぶ竜の背に乗って俺は思う。
乗り心地わっる。
トーヤの負け!!!




