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偽りの英雄  作者: 考える人
序章 始まりの日
3/158

油断


「マヤ、マヤ!!」


 昼下がりのヘルト家、一人の使用人が大声で目的の人物の名を呼ぶ。


「どうかされましたか?」


 そこに名前を呼ばれた人物、トーヤお付きの使用人であるマヤが姿を現す。


「マヤ! 大変なの、トーヤ様の姿がどこにも見あたらなくて……」


「……はあ、またですか。さすがに今日くらいはおとなしくしてくださると思ったんですが……まさか1時間も経たないうちにとは」


 仕事で下手をうち、ひどい怪我を負い、父親から本気の説教を受けたうえで外出禁止令を受ける。

 それだけのことが一日の間に起これば、おとなしく反省するのが多くの人間にとってあたりまえの行動だ。


 マヤは深くため息をつき、頭を抱えながら自分の浅はかさを恨む。

 あのひねくれ者が、あたりまえ(・・・・・)の行動をとるわけない。

 長年トーヤの傍で仕えてきたマヤにとって、それは十分予想できたことだった。


「またって、前にもこんなことが?」


「そういえば、あなたはまだこの屋敷で働き始めてから日が浅かったですね。ありました――なんてものじゃありません。日常茶飯事だと思ってください」


 その言葉を聞いた使用人は、信じられないといった表情を浮かべる。それが当然の反応だろう。

 普通ならば貴族が護衛をつけることもなく、一人で出歩くなどありえない。


「で、でも部屋の前にはずっと人がいて……逃げ出す隙なんかなかったはずなのに」


「おそらく隠し通路を使ったのでしょう」


「隠し通路!? そんなのあるんだ……って今はそれよりトーヤ様の行方! 骨折までしてるのに一人で出歩くなんて危険すぎる……」


「旦那様から説教を受けたばかりなので、近くの平原のあたりにいる確率が高いと思います」


「なら今すぐ兵士の人たちに頼んで……」


「いえその必要はありません」


 使用人の言葉をマヤは遮って答える。


「私がトーヤ様をむかえに行きますから」


「一人だと危険じゃない? もしトーヤ様の身になにかあったら……」


 心配そうな表情でマヤを見つめる使用人に、当の本人は笑って告げる。


「大丈夫ですよ――――こう見えて私、強いですから」






ーーーーーー




【トーヤ視点】




  ガディア平原

 ヘルト家の屋敷近くにある広大な平原


 俺はいつも一人になりたいとき、よくここにきて大の字になって寝っ転がる。

 ほら、あるじゃん? こういう自然豊かな景色で一人黄昏(たそがれ)て、ああ、黄昏れてる俺かっこいい……みたいなことしたくなるとき。

 ここなら人もまったく来ないため、世間体大好き親父にうだうだ言われる心配もない――



 ――はずだったんだけど、なぜか今日は人がいる。

 というか俺の姿を見て近づいてきた。

 30代くらいの無精ひげを生やした男で、ずっとこちらのほうを見ている。


 まあ、ただそこにいるだけなら無視すればいい話だ。

 しかしその男は明らかに俺のことを凝視している。

 もうガン見だよガン見。しかも剣を腰に携えて。


 ……どう考えても一般人ではないよなあ。

 帯刀法ガン無視ですし。


 さすがにこのまま、延々とにらめっこするわけにもいかない。

 悪い予感しかしないが、覚悟を決めてコミュニケーションを図る。


「えーっと、なにか俺にようか?」


「…………」


 返事はない。


「ここ、いいよな。広大な自然の中に自分一人が立っている。まるで世界に人間は自分だけって感じがして――」


「…………」


 応答はない。


「え? 俺がいるから一人じゃないって? いやおっしゃる通りで」


「…………」


 ニコリともしてくれない。


 きっっっっっっつ。


 ちょっと陽気な頭の軽いやつ感を出してしゃべった分よけいキツイ。

 会話のキャッチボールどころか投げたボールが帰ってこない。

 つーかなんだよこのおっさん、黙って人のこと凝視し続けるとか変態臭しかしねぇよ。

 しかも腰につけている剣がより一層危なさを醸し出している。

 え、なにこれ?逃げるべき?


 俺は男から目を逸らさず、後ずさりしながら距離をとるという、猛獣を相手にするときの逃げ方を実践しようとしたその時、男が初めてその口を開いた。


「その黒髪黒目……英雄家と名高いヘルト家の次男、トーヤ・ヘルトで間違いないな」


 男の口にした情報はまごうことなき俺の個人情報。

 やっべえ、完全に身バレしてるわ。


 どうするかな……一応貴族として、こんなところに一人でいるとあっさり認めるわけにもいかない。

 

 やんわり否定しながら逃げるか。


「いやいや、俺があの英雄家の人間とかありえ――」


 ありえないから――――そう告げようとした時、男は俺の目の前まで距離を詰めていた。


「……は?」


「今のが見えていないとしたら、落ちこぼれというのは本当みたいだな」


 俺はあわてて体重を後ろにそらす。

 身体が動いたのは本能的なものだった。

 スッと静かな音が鳴り、つっていた二の腕に何かが通りすぎるような、そんな感覚を得る。


 気づくと、骨折している左腕が二の腕からばっさり切り落とされていた。

 地面へと落ちていく俺の腕がやたらとスローに感じ、まるで他人事のようにそれを見つめる。

 しかしすぐに正気へと戻り、それと同時に信じられないような痛みが襲った。


「ぐああぁぁぁ!!」


 我慢できずに切られた部分をおさえ、その場に倒れこむ。


「私の名はケルト・オーディル、貴様ら英雄家にすべてを奪われた者だ!」


 貴様()ってなんだ、らって。

 

「わりいけど……どっかで会ったことあるっけ? 記憶力はいい方なんだけど、まったく覚えがないんだよな」


 痛みを必死に抑えながら、ケルトと名乗った男にたずねる。


「だろうな。あの事件の日……貴様はまだこの世に生を受けていなかった」


 はいはい出ました逆恨みパターン。

 俺関係ないじゃん。親父かどうかはわかんねえんけど、直接そっちに仕返しすればいーじゃんかよー。

 まあどうせ返り討ちにあうだろうけど。


 それより今は傷口をふせがないと、このままじゃ血が足りなくなってしまう。

 とはいえ、敵さんもわざわざ、一般的な方法でじっくり止血しようとするのを、黙って見逃すはずがない。

 つまり一瞬で止血を完了し、なんとかこの状況を打破する次の手を考えないといけないわけだ。

 しかし切断された傷口を一瞬で治すほどの治療魔法なんて使えないし、傷口を縛るものも持ち合わせていない。

 

 ……よし、火魔法で傷口を焼いて血を止める。

 いけるか? 俺のしょぼい魔法で? いや! できるできないじゃない、やるんだ! 今ここで、限界を超える!


 ………………言い訳をさせてもらえるなら、明らかに無謀が過ぎるし、少し考えれば他にやりようなどいくらでもあったのだが、この時の俺はテンションがおかしかった。


 俺はそのおかしなテンションで覚悟を決め(考えたらずとも言う)、右手を傷口にかざし呪文を唱える。


 「『ヒート――』ってあっつううぅぅぅぅぅ!!!!」


 熱い熱い熱い! なにこれ!? 想像していたより10倍熱くて痛い!

 あまりの熱さと痛みに俺はその場で転がりまわる。

 必死に耐えながら傷口を見ると……




 ……血、止まってねーし。

 俺の魔法しょぼすぎない? なんでいけると思ったんだ俺。

 できないもんはできねえに決まってんだろ!!


「何をしているんだ貴様は……」


 あきれたような声でケルトがつぶやく。

 

 ちくしょう。


「……なるほどな。こうして俺が自爆するのを誘ったわけか。なかなかひどいマネしてくれんじゃねえか」


「いや、初撃以外なにもしてないんだが……」


 ケルトは何言ってんだこいつ、といった目で俺を見る。

 しょうがないだろ。誰かのせいにしないと、あまりの自分のマヌケさに泣いてしまう。


「まあいい、このまま息の根を止めてやる」


 できれば血を止めてほしいんだけど、まあ無理な話か。




 ケルトの構える刀が、倒れている俺の首に添えられる。


「まず貴様ら英雄家のガキを皆殺しにし、私が受けた以上の苦しみをあいつに、ヘルト家当主ホクト・ヘルトにあじあわせる。あのかた(・・・・)は私にとってすべてだった!! それを、あいつは――!」


 なるほど、恨みがあるのはやっぱ親父か。

 まあ精神的に攻めるなら子供からって考えも間違ってないかもしれない。

 危険思想すぎるけどな。

 

 しかし、こいつはひとつ勘違いをしている。

 

 それは――俺の親父や兄妹と、俺を同列に考えていることだ。

 こいつが俺以外のヘルト家の人間に手を出せば確実に返り討ちに合う。確実に、だ。

 兄妹というひいき目を無しにしたとしても断言できる。


 あいつらはバケモンだ。


 俺は何人もの魔法使いを見てきたが、どれだけ優秀なやつでも、どれだけ才能があっても、ヘルト家の人間と比べると霞む。まあ俺は別として。


 けど、俺だってこのまま黙って殺されるわけにはいかない。

 そしてさっきの話の続きだが、強いのは兄妹だけではなく、姉みたいなやつでも例外ではないということ。

 さてと――


「そうか、お前には恨む相手がちゃんといるんだな」


「なに?」


 いきなり発せられた俺の発言に、ケルトはいぶかしげな表情を浮かべる。


「俺には、恨む相手がいねえんだよ。英雄家に生まれながら魔法の才能が無くて、落ちこぼれとして生きてきた俺は何を恨めばいいんだ? 生んでくれた親か? 生まれたのが英雄家だったことか? それとも神かなにかか?


 わかんねえんだよ!! 一体俺は何を恨めばいいのか! 言いようのない怒りをどこにぶつければいいのか!」


 俺は右腕で目を覆いながら話を続ける。


「才能がないっていうだけで不当な扱いを受ける。兄妹とも比べられる。その上お前みたいに英雄家に恨みがある人間に命を狙われる……一体俺が何をしたってんだよちくしょう!!! なんで生きたいと思うことまで否定されなきゃならないんだ!



 なんで……人並の力もないんだよ」 


 感情を爆発させた俺の言葉を聞き、少し同情する気持ちでもわいたのか、ケルトの俺を見る眼がどこか哀れなものを見る眼に変わっていた。


「なるほど、貴様にも思うところはあるよう――」


「なんてのはまあほとんどウソだ」


「……は?」


 役者顔負けのウソ泣きをやめて上半身を起こし、ほうけた顔をしているケルトに目線を向ける。


「魔法の才能がないことなんてもうすっぱりわりきってる。まあこれから覚醒する可能性が皆無ってわけでもないけど……ここ重要な」


 おいこら、全然わりきれてねえじゃんみたいな顔するな。


「不当な扱いだって受けてねえし、命が狙われるなんてことそうそうない。なんてったって、英雄家はこの国のヒーローみたいなもんだからな。お前みたいなケースはまれだ。まあ暗殺なんてそんなしょっちゅうあってたまるかって話だけど。ちなみに兄妹と比べられるっていうのはガチだ。え? じゃあなんでこんな小芝居したかって? それは――」


「時間稼ぎ、ですよね?」


 その言葉を発したのは、俺でもケルトでもない。

 この場において、明らかにそぐわないメイド服を着た女。

 

 そう、俺のお付きの使用人であるマヤだ。


「なっ!?」


 いつの間にかそこにいたマヤに、ケルトは慌てて距離をとる。

 まあ驚くよな。気配もなんもなかったし。


「ちょっと遅くないか? マヤ」


「勝手に屋敷を抜け出したトーヤ様に、文句を言う権利なんてありませんよ。ああ、あとそれと――」


「ん? なんだ」


「覚醒はありえないかと」


「いやわっかんねえだろ!!」


 というか、やっぱさっきの会話聞いてたのか。


「俺の内なるなにかが目覚めて……」


「そんな戯言はいいですから、とりあえずあの男の身柄を拘束しますね」


 待てコラ、今俺の希望を戯言扱いしやがったな?

 でもまあいい、今はもっと急いで取り掛かってほしいことがある。


「待てマヤ、戦う前に俺のけがの手当てを――」

 

 手当をしてくれ――――そう言い切る前に、ボトリと、マヤの手から紐のようなものが地面に落とされる。


「えっと、なにこれ……?」


「紐です」


「見りゃわかるわ」


「それで傷口をしばっておいて下さい」


 いや、しばっておいて下さいって………………はっはっは、マヤのやつ本当に冗談が上手い。俺片腕ないんだぜ? いたるところケガだらけで。



 ………………え? 嘘だよなマヤ? さすがにそういう冗談だよな? な!?


「ちょ、ちょっと待てマヤ!」


「では」


「では、じゃなくて! 待って待って! マヤさん!! マヤさあぁぁぁあん!!!」




 行きやがった…………。あいつ……絶対減給にしてやる。



今回主人公初の活躍?

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