伝説
ここから二章です
『今学期に関しましては、先の襲撃により優秀な我が校の職員8名が命を落とし――』
襲撃事件から三ヶ月ほど日が過ぎた今日。
明日から学園は夏の長期休暇に入る。
そのためか、ほぼ全校生徒が学園内の私設の一つに集められ、職員たちによる話を聞く。
内容は長期休暇中の注意喚起や、襲撃についての情報を一般生徒達に教えられる範囲で共有。
この集会自体が異例のことであり、学園側も先の襲撃事件を相当重いものと捉えている証拠である。
そしてその生徒たちの中にもちろんトーヤ・ヘルトは――
いない。
ーーーーーー
「あー……」
生徒が一堂に会する中、トーヤ・ヘルトは一人横になって空を見上げていた。
場所は理事長室の屋根、おそらく学園内でもっとも高い位置。
何をするでもなく、ただ雲一つない青空を見つめている。
そんなトーヤの顔を覗き込むように来客が現れる。
「まーたさぼりですか?」
笑いながらそう告げたシール王国第三王女であるリリアーナは、トーヤの隣に腰掛ける。
「その言葉、そっくりそのまま投げ返してやるよ」
突如このような場所に現れたリリアーナに驚くことなく、当然のように軽口をたたく。
この一連の行動におかしなことはなく、これが二人の普通で、日常となっている。
「下でツエルが立ってましたよ」
「あの襲撃事件以来ずっとべったりなんだよ。まあそれが本来の正しい護衛の姿なんだろうけど」
「なんて羨ましい……私なら確実に保健室あたりに連れ込んでますよ」
「頼むから誰かこの色魔を地獄に落としてくれねえかな……」
しばらくは生産性のない話が続く。
しかしふと、リリアーナが少しまじめな声でトーヤにたずねる。
「もしかして……責任感じたりしてますか?」
今回の襲撃事件はトーヤを狙ったものであり、結果として8人の命が失われ多くの者が負傷した。
そのためトーヤが責任を感じているのではないかと、リリアーナは危惧した。
「んなわけねえだろ。こんな国でどうやって責任感じたりしろってんだよ。貴族家の残した遺恨のせいで一般市民が被害を被ったんだ。貴族位剥奪されたっておかしくない事態だ。
だというのに、俺が浴びたのは称賛だけだ。戦うことなく魔人を撃退しただの、さすがは英雄家だの。ほんと狂ってるとしか思えねえよ。ヘルト家も、この国も……」
「ヘルト家がいかなる時でも国の象徴として、英雄として称えられる。そんなこの国の有り様が不満ですか?」
「……どうだろうな」
気の抜けたような返事は、はぐらかしたわけではなくトーヤ自身何が正しいのかわかっていないという感じだった。
「まあいいや、集会も終わるころだろ。そろそろ戻って……」
立ち上がり、屋根の上から戻ろうとしたトーヤの動きが止まる。
その視線は何もない遠くの空に向いていた。
「どうかしましたか?」
「何だあれ?」
その言葉にリリーはトーヤの向いている方を見るが、やはりただの雲一つない青空以外は何もない。
「どれのことです?」
「ほらあれだよ、だんだん近づいてきてるやつ……もしかして竜か?」
竜という言葉に驚きながらもリリーは、目を凝らしてみてみると、遠くで小さい点が見える。
それがだんだんと大きくなっていく。
ようするに相当のスピードでその何かが近づいてきていることがわかる。
「灰色……速度特化の灰竜か」
「ほんとですね……間違いなく竜ですよあれ」
まるでトーヤとリリーの時間がずれているかのように、トーヤが一足先の光景を見る。
「なんでそんなはっきりわかるんですか」
「視力はいいほうだからな。それよりあの竜、学園に向かってきてないか」
スピードの落とし具合や高度から見ても、飛んできている竜が学園を目標にしていることは明らかだった。
「野生のはぐれ竜だとしたらまずくないですか!?竜は魔獣の危険度のランクが最低でもB、もし灰竜だとしたら危険度Aの可能性だってありますよ」
リリーの顔に焦りが増す。
この世界において竜はそれほどまでに危険な存在であり、災害指定される場合もある。
「いや、野生ってことは多分ない」
リリーの危惧した事態をトーヤは否定する。
「根拠は?」
「一瞬だけだが竜の背中の人影が見えた」
「それがほんとだとしたら、無差別に生徒を襲うということはないかもしれませんが……というかほんとよく見えましたね、どんな視力してるんですか」
「生まれつきだ。まあとにかく、竜使いらしきやつが良心的であることを祈るか」
猛スピードで学園にたどり着いた竜は、学園で竜が余裕をもって入れるスペースのある中庭に着地する。
竜の全長は約15メートルほどあり、その背には一人の人物が乗っていた。
その人物は、胸などの体つきから女であることがわかるものの、身長は2メートルほどあり相当筋肉質である。
見えている腕の太さなど、そこらの男の比ではない。
肌の色は褐色で、何よりも額から生えている一本の角がその人物の正体を如実に物語っていた。
「あの角……鬼族か」
鬼族
額から一本の角が生えており、純粋な魔法無しの戦闘能力は亜人種の中で、もっとも優れてると名高い種族。
寿命は長生きするもので千年近く生きると言われており、シール王国から遠く離れた地域でひっそりと暮らしているという。
他の亜人種とは違い、人との関りが極端に少ない種族ということでも有名。
「そんな鬼族が何の用でこんなところに……」
トーヤとリリーの二人は警戒しながら、屋根の上から鬼族の女を見下ろす。
すると鬼族の女が力の限り息を吸い込んだかと思うと、大声で叫びだした。
「トーヤ・ヘルトォ!出てこおおぉぉぉぃい!!!」
その大声は、誰もいない中庭でこだまする。
予想外のことに二人はしばらく言葉を失った。
「…………」
「…………」
「……呼ばれてますよ、トーヤ」
「ばかやろう、同姓同名のやつかもしれねえだろ」
「んなわけないじゃないですか。どうせあれでしょう、痴情のもつれとか。ちゃんと責任取らないとだめですよ」
「俺は強い女も亜人も嫌いじゃないが、あそこまでガチムチなのはさすがに範囲外だ」
二人は鬼族の女の目的を知るために、竜が降り立った中庭まで向かうことにした。
ーーーーーー
俺とリリーが中庭に着くと、ツエルが鬼族の女の前に立っていた。
「トーヤ様護衛の任を受けているツエルと申します」
「そうか、私はメリダ・カーナー。見ての通り鬼族だ」
メリダと名乗った鬼族の女は言いながら、誇らしげに自分の角を親指で指さす。
どうやら二人での会話が始まったらしい。
俺とリリーは建物の影に隠れて、話を聞くことにした。
というかさっきスルーできないような名前が聞こえたぞ。
メリダ・カーナー……かつてうちのご先祖様、初代ヘルト家当主と共に旅していたっていう伝説の鬼族じゃねえか。
生きる伝説の鬼がなんでこんなところに……
名前を語っている可能性も捨てきれないが、どうやら襲撃者達とは関係ないっぽい。
もしかしたらそいつらの残党かとも思ったが違うようだ。
「ではメリダ様、どのような用件でトーヤ様を?」
おお、グッジョブツエル。
一番聞きたかったことだ。
「ああ、実はホクトのやつに頼みごとをされてな」
ホクトのやつ……親父をそんな呼び方するやつは初めて聞いたな。
その言葉遣いや態度から、ふてぶてしさが浮き彫りになっていく。
「夏の長期休暇中うちのバカ息子、トーヤ・ヘルトを鬼族の里でみっちりしごいてやって欲しいってな」
……は?
おい待て、聞いてねえぞ。
しかも夏の長期休暇中って、そんな暇なわけがない。
もうすでに遊び尽くす予定をばりばり立ててるんだぞ!
「……こちらには知らされていません、本家と確認をとってから……」
おいおい、俺だけじゃなくてツエルにも知らせてねえのかよ。
まあでもそれを理由に今日のところは回避できそうだ。
「あー、そういうのいいからいいから」
メリダはめんどくさそうに頭を掻きながら言う。
「連絡だとか、たるいし勝手に連れていく。お前んとこの当主様から許可もらってるし問題ないだろ」
この女、外見だけじゃなくて脳みそも筋肉かよ。
「申し訳ありませんがそういうわけにはいきません。しっかりと確認が取れてからでないと……」
「なら勝手にしといてくれ。私は私のやりたいようにやるから」
メリダはツエルの言葉に耳を貸そうとしない。
「お待ち下さい。いくらかつてヘルト家の者と関りがあったとはいえ、あまり勝手な真似は控えていただきたい。それでも聞かないのであれば実力こ――」
おそらくツエルは実力行使も辞さない、というようなことを言いたかったのだろう。
しかしそれを言い終わる前に、メリダからのプレッシャーが跳ね上がる。
「ハハッ、いいね!そっちのほうが私は好みだ」
メリダの跳ね上がった圧を感じ、ツエルはとっさに闇魔法で影から剣を取り出す。
そして鞘からいつでも抜き出せる構えをとる。
「闇魔法か、なかなかめずらしいな」
メリダの顔は無邪気な笑顔といったものだったが、その笑顔に恐怖を感じないものはおそらくいないだろう。
俺たちは数分後、伝説の力というものを痛感することになる。
この話に出てきた竜は西洋竜のつもりです。
作品内では“竜”を西洋竜、“龍”を東洋龍のイメージで進めます。
多分一般的?な表記……なんですかね?
龍のほうはまたいつか出ます。きっと……




