過去からも
襲撃事件から一ヶ月後
王都サラスティナの中心に高々とそびえ立ち、最高権力者の住居である王城。
その王城では、国の命運がかかった重要な会議が開かれようとしていた。
王城と外を隔てる門の前では多くの華美な馬車が止まっており、少し離れたところでは野次馬が集まっている。
「見ろよ、あの馬車についてる家紋。魔法生物学の権威、カザルディア家だ」
「おい、あっちには風の一族ヴァント家もいるぞ」
「とんでもないな、名だたる貴族家が勢ぞろいじゃねえか」
この日、シール王国に住んでいれば一度は必ず耳にするような貴族家、研究者達が一堂に会していた。
もちろんよくあることなどではなく、異例の事態である。
「こんだけえらいさんが集まるのなんて長らくなかっただろ」
「やっぱ魔人が現れたっていうのはほんとだったんだな……」
その誰かが発した言葉に、野次馬たちの中で興奮と不安が入り乱れる。
そんな中、一台の馬車が門の前で止まる。
停止した馬車は、周りと比べてそれほど華美というわけでなければ、質素というわけでもない。
しかしその馬車に付けられた龍の家紋を見た者たちは、今までの会話内容を忘れて馬車に釘付けになる。
そうしてその馬車から出てきた人物に、野次馬たちは今までで一番大きな声をあげた。
「英雄家だ!!」
「すげえ!初めて生で見た」
「あれが“魔人殺し”ホクト・ヘルト様か!」
あふれんばかりの声。
その歓声にも近い声がヘルト家の威光を物語っていた。
しかしその中で、一人の少年が不機嫌そうにホクトの姿を見る。
「なにが“魔人殺し”だよ。もう20年以上も前の話だろ。今は第一線から退いた、ただの口うるさいおっさんじゃねえか」
その言葉に、近くにいた一人の男が不快感を表す。
「なんだよお前、英雄家のかたに対してその言い方はねえだろ」
「あ~そうだな、悪い悪い」
少年は言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく、その場を去ろうとする。
「あ、おいちょっと待て!」
去っていく少年を止めようとする男。
その男を隣にいた人物が肩をつかんで止めた。
「やめとけ、あんなの相手しなくていいよ。偶にいるだろ、英雄家にわけのわからん反骨精神持ってるやつ」
「……そうだな」
そうして黒髪の少年はその場から去っていった。
ーーーーーー
「ではこれより、緊急の特別議会を始めたいと思います。内容は皆さんもう把握しておられると思いますが、先月サラスティナ魔法学園の遠征実習の際に現れた魔人についてです」
王城内の一室、ここで大きな円卓の机を、ホクト・ヘルトをはじめとした貴族たちが囲む。
その円卓から少し離れた場所、円卓全体を見下ろせる位置に現国王が座る。
会議の内容はトーヤ達を遠征実習中に襲撃した魔人について。
学園の関わった者たちの報告書から事実確認。
魔法生物学や魔人の研究者たちによる見解。
会議は議論を交わしながら着々と進んでいく。
「それで、今回現れた魔人の正体に目星は?」
誰かがあげた疑問に、議長は渋い顔で答える。
「今のところ難航しております。魔人はカーライ・テグレウと名乗っていましたが、おそらく偽名でしょう」
魔人は元々、なんの変哲もないただの人間。
とある方法により魔人化すると言われているが、そのきっかけは解明されていない。
そのためカーライ・テグレウと名乗った魔人の身元を判明しようと試みるも、調査は難航している。
「捕らえた者たちから情報は得られなかったのか?」
「それが、捕らえた襲撃者たちはカーライ・テグレウが魔人だということさえ知りませんでした。魔法による尋問を行いましたので間違いないと思われます」
その言葉に少しざわつきが増す。
「このカーライ・テグレウは、ラシェルという報告にもあった幻術使いの少女が連れてきたそうです。身元を特定できるようなことに関しては一切話さなかったと供述しています」
「なるほど、事情を知っているのはそのラシェルとかいう少女だけというわけか」
「となると、みすみすその少女を逃がしてしまったのは痛かったですかな……」
その発言をした男は、急に何かに気づいたようにハッとなる。
「あ、いやこれは、ご子息のことを責めているわけではなく――!」
しどろもどろになりながら、その男は弁解するような言葉を絞り出そうとする。
男は自分が、英雄家ホクト・ヘルトの息子であるトーヤの行動を責めるような発言をしてしまったことに、言ってから気づき後悔する。
機嫌をうかがうようにホクト・ヘルトのほうを見るが、そのホクトの反応は予想とは違うものだった。
「いえ、実際貴重な情報を持つものを簡単に敵に渡してしまったトーヤに非があります」
てっきり怒らせてしまったかもしれない、と考えていた男にとっては拍子抜けの言葉だった。
そのまま続けてホクトが発言を続ける。
「カーライと名乗る魔人はトーヤのことを“オーヤ”と呼んだそうだ」
それは当の本人であるトーヤの報告書にだけ書かれてあったこと。
名前を間違えられたのが癪にさわったのか、その部分が強調して書かれてあった。
他の報告書にはまったく挙げられてなかったことや、トーヤとオーヤの音が似ていることもあり、聞き間違いかもしれないとほとんどの者がそう判断していた。
実際にオーヤと呼んでいたとしても、そこまでたいした問題ではないだろうと考えていた事柄にホクトは触れてくる。
「500年前の歴史書からも、カーライと名乗る魔人に該当する人物がいないか調べてみるべきだ」
なぜ名前の間違いなどに触れるのか。
なぜ500年前なのか。
おそらく先ほどの言葉だけで、ホクトの意図をくみ取れたものはいないだろう。
しかし異を唱える者は誰一人としていない。
まるでホクトの言葉、いや、ヘルト家の者の言葉に間違いはない――そんな空気が部屋の中では流れていた。
それほどまでに、国の危機を何度も救ってきた英雄家の威光は強い。
その後も会議が続き、襲撃者達に対抗する案が可決されていく。
そうして会議は終わりに差し掛かる。
「ということで、この案で当面は動くことになるでしょう。それでは国王様、お願いします」
議長の言葉に国王は立ちあがる。
「此度の特別議会はこれにて閉会とする」
国王による閉会の言葉に一同が頭を下げ、ちらほらと解散していく。
しかし、ホクトの周りには英雄家に胡麻をすろうとするものが多く集まっている。
「しかしさすがですな。魔人を相手に、トーヤくんは戦うことなく退かせたらしいじゃないですか」
「その上セーヤ様もすでにこの国で一番の魔法使いと名高い。魔人の出現もありますがこの国の未来は明るいですな!」
惜しみない賛辞が与えられるが、ホクトはそれをたまに相槌を打ちながら軽く流すように聞くだけだった。
やっとホクトの周りから人がいなくなったとき、一人の男がホクトへと近づく。
その男はホクトより年を取っており、老人というほどではないがその一歩手前という見た目をしている。
「やあホクトくん、相変わらず人気者だね」
「バートールさん、お久しぶりですね」
ホクトは今までの相手とは違い、歓迎ムードでバートールと呼んだ男と向き合う。
「セーヤくんやトーヤくんの活躍ぶりは私の耳にまで届いているよ」
「いえいえ、すでに私の実力を超えてしまったセーヤはともかく、トーヤに関してはまだまだですよ」
「ハハハ、厳しいねえ」
ホクトと対等に話すバートールという人物。
この人物は、シール王国の国教であるアルシアス教の教主。
つまり、国王でさえも信者である教団のトップである。
「そういえばトーヤくんの婚約者はまだ決まっていなかったね。どうだい私の孫は? 今代の聖女でトーヤくんと同じ学園に通っている。身内のひいき目を除いても、容姿実力とそれなりに優れていると思うよ」
「そうですね……」
ホクトは考えるようなそぶりをする。
「とはいえ、このような話は他にも多く来ているだろう。候補の一つとでも考えてくれたらいいよ」
「ありがとうございます」
ホクトはバートールの気づかいに感謝する、
「それと話は変わるが――
襲撃者の件は、やはり25年前の事件が関わっていたようだね」
二人の表情から笑顔が消える。
「……そのようですね。捕らえたうちの何人かはあの事件の関係者だった」
「あの事件が関係しているのだとしたら私とて無関係ではいられない。問題解決に全力を注ごう」
「……本当にありがとうございます」
“クレア”
二人の頭に、その名前が同時に浮かぶ。
彼らにとっては変わることのない過去が、動きだそうとしていた。
一章はこれにて終了です。
次回から二章に入ります。




