罵り
「トーヤ、生きてますか?」
その女は扉をノックすることもなく、貴族の部屋に躊躇せず押し入り、開口一番にくだらないことをのたまう。
なんて非常識な女だ。
きっと王室という名の動物園で育てられたのだろう、同情する。
「あら、元気そうじゃないですか。よかったですよ、トーヤになにかあればセーヤ様に合わせる顔がありませんからね」
ベッドで横になっているぼろぼろの俺を見て、よくも元気だとか言えるもんだ。
ぜひともいい脳外科医を紹介してあげたい。
「わざわざ心配してくださり光栄です、リリアーナ様」
普段二人の時は敬語なんて使わないが、今は第三者もいるし言葉遣いはちゃんとしておいたほうがいいだろう。
使いたくないけどな。
「リリアーナ様もお疲れのところわざわざ――」
「あ!ツエルじゃないですか!いやあ、あなたのサポートはほんと心強かったですよ!」
リリーは俺の話をまともに聞こうとせず、ツエルと向き合い興奮気味に話す。
こいつ!
「……えっと、何か話があってきたのでは?」
俺はイラつきを抑えながらリリーにたずねる。
「ああ、そうでしたそうでした」
リリーは思い出したというような態度をとる。
「ツエル、申し訳ありませんがトーヤと二人で話すことがあるので、少し席を外してもらってかまいませんか?」
「わかりました。では外で待機しておきます」
ツエルはリリーの言葉を素直に聞き入れ、扉の外へ出て行った。
「……」
部屋の中は俺とリリーの二人だけになる。
場が静けさに包まれる。
それを破ったのはリリーのほうだった。
「何の話か……もう大体予想がついてるんじゃないですか?」
「当然だ、ツエルを追い出してまで話すことなんか一つしかねえだろ」
「ですよね……では単刀直入にいいます。
ツエルを私に下さい!」
「ごめん、何の話?」
「さっき分かったって言ったじゃないですか!?」
「わかるか!お前の思考回路いかれてんだろ!?」
「はあぁ!?体に穴あけられて動き回るような人に言われたくありません~~!痛覚いかれてんじゃないですか?」
「いやいやいやいや、俺は貴族としての義務を果たしてたわけであってバカにされる言われはありません。多くの者が働いている中、朝まで爆睡していたどっかのバカ姫とは違いますから。特権階級にあぐらをかかない俺ってまさに貴族の鏡」
「ほおほおほお、部下に縄でくくり付けられるという無様な姿をさらしたお貴族様はやはり言うことが違いますね~~」
なんで知ってんだよ!?
……やめよう、いくらなんでも会話が不毛すぎる。
「つかなんでツエルを欲しがったりすんだよ。共闘したとは聞いたけど」
「そうです、共闘したときに感じたんですよ!ああ、この子が運命の人だと」
「なるほど」
何言ってんだこいつ。
「あなたの話で聞いていたよりも何倍も可愛いうえに強い。後衛に徹したときのあの安心感といったらもう……!私のことを知り尽くしているかのような献身的なサポート。戦いでの凛とした表情。あの子に”黙って私に守られなさい”なんて言われることを想像しただけでも濡れちゃいますよ」
「おめえの性的嗜好は聞いてねえんだよクソレズ」
というかなんだ、やっぱ姉弟だと好きになる人間の傾向も同じなのか?
片方同性だけど。
「レズじゃありません、バイです。初恋は男の子でしたから」
「知るかボケくたばれ」
「あのですね、確かに二人の時は敬語じゃなくていいとは言いましたがいくらなんでも口が悪すぎません?もう少し敬意をもって話してもいいんじゃないですかね」
何をいまさら。
「お前に対する敬意なんて微塵も残っちゃいねえよ」
「お、ケンカですか?買いますよ。言っときますけど私は相手がけが人だろうと、傷口を重点的にねちっこく攻めることができる女ですからね。横になっているあなたに対して、容赦なく傷口を踏みつけてやりますよ」
どうやら王室では道徳や倫理といった類は教えてもらえないらしい。
革命が起きる日も近いだろう。
「とにかく、お前の申し入れは断る。ツエルは俺の部下だからな」
直属ではねえんだけど。
「ちっ!……それは残念です。まあ今回はあきらめるとしましょう。夜道には気をつけてくださいね」
諦める気ゼロじゃねえか。
お前の弟も同じ相手狙ってるぞ、とか言ってみたかったけど黙っておくか。
王族同士の恋愛のもつれとか冗談抜きで地獄になる。
さて、くだらない戯言もひと段落したことだし、こっちから話を振るか。
「そうそう、俺から聞いておきたかったことがあるんだよ」
てっきりこの話をしに来たんだと思ってたからな。
「なんでしょう?」
「あの女はなんだ?」
……
……
リリーはその問いにすぐ答えない。
表情こそ変えないものの、先ほどのどこかふざけたような雰囲気は全くと言っていいほど残っていない。
「……どの、女のことですか?」
「お前らがカーライとの戦闘最中、俺が姿を現したときに抱えてた女だよ。ラシェルとか呼ばれてた。……なんか知ってんだろ?」
「さあ……思い当たる記憶はないですね」
とぼける気か。
「こいつは推測でしかないが、あの女は精霊魔法を使いやがった。ただ実際精霊の姿を見たわけじゃない」
「ならその推測は外れですね。精霊魔法は王族の人間でしか使えませんから」
「その通りだ。だから俺もあの瞬間までは半信半疑だった。未知の魔法だという可能性も捨てきれなかった」
「あの瞬間?」
「俺がカーライの前に姿を現した時だ。あのとき俺は二つのことに気を張っていた。一つは魔法陣が効果的なタイミングで発動するようにすること。
そしてもう一つは――
アーカイドを含めた王族の表情の変化を見逃さないこと」
この言葉にリリーはどこか気まずそうな雰囲気になる。
顔には出していないが、なんとなくわかる。
「抱えていたラシェルと呼ばれていた女をしっかりと見せたとき、アーカイドには特に変化がなかった。
だがリリー、お前は一瞬ではあったがあきらかに目を見開いた。しかもその動揺を必死に隠そうとしていた。それで確信したよ、お前はあの女のことを知っているってな」
「勘違いじゃないですか?まったく覚えがありません」
「あの女はなんだ、王族なのか?」
「知りません」
「なぜ精霊魔法を使える?お前とはどういう関係なんだ?」
「わ か り ま せ ん」
一連の質問にすべて笑顔で答えるリリー。
おそらく内心では一切笑ってない。
……話す気はなしってか。
これ以上問い詰めても無駄だろうな。
実力行使だと逆にやられそうだし。
リリーのあの時の驚き方からすれば、ラシェルが今回の襲撃に関わっていたことは知らなかったと予想できる。
「話す気がないならこれ以上詮索したりはしない。けど、仮に身内の問題だとしたらしっかり身内でけりつけろよ」
「何の話かはわかりませんが……感謝しますよ」
ラシェルの魔法は実際不確定要素が多いからな。
報告では能力の詳細だけ伝えればいいか。
「ではそろそろ私は退散しますね。ああ、あと最後に――」
リリーは背を向け出て行こうとしたかと思うと、何かを思い出したように振り向く。
「今回のカーライと名乗っていた男、おそらく“魔人”でしょう」
魔人
人と同じ容姿ながら人の理から外れたものを指す言葉。
圧倒的な魔力を持ち、致命傷を受けても一瞬で再生するほどの回復力も有している。
人類史で最初に魔人が確認されたのは約500年前であり、その強さから、初代英雄家当主オーヤ・ヘルトに討伐されるまで多くの被害を被ったという。
魔人の正体は元は人間らしいが、どのような原因でどのような影響で魔人化するのか、今だ明らかになっていない。
俺も報告などから大体同じような予想をしていたため、それほど驚きは感じない。
「魔人が現れたのは約20年ぶりです。隠そうにもすぐにこのことは広まってしまうでしょう」
だろうな。
あの異常な回復力を目にした人間は大勢いた。
隠し通すのは無理だ。
「これは予感でしかないですが……20年前のように単純に魔人を倒して終わり、なんてことにはならないと思いますよ」
リリーの推測、根拠も何もないはずのその言葉になぜか少しばかりの信憑性を感じてしまった。
魔人の出現というだけでも、歴史に残るような大事件だというのに……
「では今度こそ、お大事に」
そういってリリーは扉を開ける。
すると扉の傍にいたツエルの姿を確認したかと思うと一目散に駆け寄り、ツエルの両手を自分の両手で包むようにつかむ。
続けてきめ顔で言い放った。
「ツエル、私と一緒に危険な恋に落ちてみませんか?」
つい俺の傍にあった枕をリリーに投げつけてしまったのは仕方がないと思う。
自分は話を聞かないくせに、自分が話を聞かれないと怒るトーヤ。
あと一話で一章は終わりです。
次回は少し時間がとびます。




